最後の大舞台
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3部分:第三章
第三章
しかしそれで終わらなかった。
三塁にも走った。そして見事成功させたのだ。
観客達の声援は最高潮になった。場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
これもまたプロのプレイであった。お客さんに応える、彼はそれを知る選手であった。
彼はダイエーの看板選手となり誰からも慕われるようになった。しかしその彼も寄る年波には勝てなかった。
遂にダイエーも解雇されたのである。しかし彼はまだ諦めてはいなかった。
「やれるだけやりたいしな」
年俸は大幅に減る、それでも野球を続けたかったのだ。
「金やない、わしは最後まで野球をやりたいんや」
そして古巣近鉄に入った。とにかく野球がしたかった。
「よお、久し振りやな」
彼を出迎えたのは佐々木であった。
「また同じチームになるとは思わんかったな」
彼は打撃理論には定評がある。それを買われ監督になったところがあった。
「そうですね」
山本は彼のことは近鉄時代から知っていた。だから何かとやり易かった。
佐々木は熱い男であった。褌を締め髪を短く切っている。かって自分や多くの近鉄の選手を育てた西本幸雄を心から敬愛し、その背番号も受け継いでいた。
「この背番号を背負うのが夢やった」
佐々木は感慨深げに言った。
「西本さんのチームみたいにしたいんや」
その心意気がはっきりと見てとれた。
彼の活躍の舞台はすぐにやってきた。開幕第二試合、西武との戦いである。
この時マウンドにいたのは西武の若きエース西口文也。大きく振るスリークォーターからの速球とスライダーが武器だ。
その彼と対峙した。かたや若きエース、かたや何時引退してもおかしくないロートルである。
「こらまた面白い対決やな」
「これで三振したら引退やな」
ファン達は面白半分に観ていた。口ではそう言うが皆山本が好きだった。内心彼に期待しているところもあった。
西口は投げる。山本はそれにしつこく合わせてきた。
粘る。ファールが続く。何時の間にか球数は十を越えていた。
「ここまで粘られるなんて」
西口は焦りだした。彼は確かにいいピッチャーである。東尾修が認めただけはあった。
だが弱点があった。今一つ気が強くないのだ。どちらかというと弱気な方である。ここぞという試合で打たれることがままあった。彼は責任感の強い男だがそれが裏目に出るのだった。
「責任感が強いのはいいことだがそれに押し潰されるのは駄目だ」
当時西武の監督をしちえた東尾はこう言った。
「あいつにはもっと図太くなって欲しいのだが」
だがそれができないのが西口の性格だった。そうなれる程彼は太くはなかった。
そうした男が山本のようなベテランに粘られるとつらい。焦りだすとそれが止まらないのだ。
「早く楽になりたい」
そう思うようになってきた。それが間違いだった。
失投だった。山本はそれを待っていたのだ。
「よし!」
振った。打球はそのままライトスタンドへ向かっていく。
「う・・・・・・」
打球を見た西口が苦い顔をする。彼が見たのはホームランだった。
彼は満面の笑みでベースを回る。そしてホームを踏んでベンチに戻るとナインが総出で出迎えた。
「ようやったな!」
佐々木も帽子を取って彼を迎えた。監督までが彼に敬意をあらわしたのだ。
これで山本は復活した。彼は近鉄の一員として見事に復活を遂げたのだ。
「山本さ〜〜〜〜ん!」
球場で練習をしていると子供達の声がする。
「お、オリックスファンの子か」
帽子を見てそう言った。だが彼は帽子で子供を差別したりはしない。
「おう、どないしたんや!?」
彼は子供達の方に歩いていって声をかけた。
「有り難うございます!」
そして急に礼を言われた。
「わし、自分等に何かしたか!?」
礼を言われた彼はキョトンとした。
「僕達、神戸から来たんです」
子供達はそんな彼に言った。
「神戸からか、そうやったんか」
この時神戸はようやく震災から立ち直ったばかりであった。当時の政府のあまりに無能な対策の為不必要に遅れてしまったのだ。
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