偽典 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険
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第8章 そして、伝説へ・・・
最終話 帰還
「失礼します」
検温に訪れた看護師が、部屋から出ると、俺は、ゆっくりと窓の外に視線を移す。
体を動かすことがほとんどできないため、視線を移すことだけでも苦労するが、楽しみが少ない入院生活の中での唯一ともいえる心の慰めなので、つらいとは思わない。
外の日差しが柔らかくなって、冬が近づいていることがわかる。
俺は外の風景を眺めながら、これまでのことを思い出していた。
目が覚めた俺が最初に見たのは、やつれた姿の職場の後輩だった。
ベッドのそばにある椅子に行儀良くすわり、小さな寝息をたてていた。
最後に会ったときは、確か、逃げるように走り去っていった。
最後に会ってから、長い時間が経過した、今の俺ならばわかる。
彼女を傷つけてしまったことを。
だって、そうだろう?
自分のことを棚にあげて、相手に付き合っている相手がいるか尋ねたのだ。
クリスマスイブの夕方に。
失礼な相手と思われたに違いない。
相当、怒って走り出した様子から、相手にふられたのかもしれない。
きっと、傷口をえぐるような気持ちを覚えたのだろう。
謝罪の言葉を要求するために、わざわざ病室まで来ているのだ。
おぼれてから、どのくらい時間が経過したかわからないが、直接押し掛けるほどの彼女の怒りは頂点に達しているだろう。
病室で休んでいる今の体では、選手生命を失う可能性があるが、場合によってはジャンピング土下座を行う必要があるかもしれない。
自分がいる病室が個室であり、後輩以外にだれもそばにはいない。
今が何日かはわからないが、窓は既に夜中であることから、誰かがやってくることも無いだろう。
ならば、謝罪は早いうちにするのが良いだろう。
「あ、あのぅ」
俺が覚悟を決めて声をかけると、後輩がゆっくりと目を覚ます。
「・・・・・・!」
彼女は、俺の姿を見て、驚愕していた。
何かを、言いたそうにしているが、いろいろな思いが強く出過ぎて、何をいってよいかわからないようだった。
「済まなかった」
俺は、後輩が何かを言う前に、先制して謝罪の言葉を口にする。
自分に過失があると思った時点で、先に謝ることで相手の機先を制し、怒りの感情を和らげ、交渉をスムーズに進める。
短くない人生で培った経験をここで生かすことにした。
相手が、自分の言いたいことを言うまで気が済まない相手には通用しないが、後輩はそういうタイプではなかった。
「・・・・・・」
彼女は、俺の言葉に落ち着きを取り戻し、
「無事でよかったです」
喜びの表情で答えた。
頬からは、涙がつたって流れている。
俺は、
「・・・・・・そうだな。
無事でなければ、失言に対して謝罪もできないしな」
俺は神妙そうな表情で、うなずく。
「・・・・・・失言?
何のことですか?」
後輩は最初の時ほどではないが、俺の言葉に驚いている。
「え?」
「先輩・・・・・・」
「いやぁ、その、なんだ」
俺は、後輩が俺のそばにすり寄ってきたので、少しずつ体をずらしながら、
「クリスマスイブに、付き合っている相手がいるかと聞いたのだが」
「・・・・・・、先輩?」
「あれだけ、怒ったのなら鈍感な俺でも、さすがに気づく」
「・・・・・・」
「ようやく、気持ちがわかったよ」
「?」
俺は、自身を持って頷く。
「失恋して傷ついたところに、俺が塩を塗るようなことを言ったのだ。
すまない、許してくれ」
俺は、後輩の目をみてから大きく頭をさげる。
さすがに、からだがまだ言うことを聞かないため、頭だけしか下げていないのだが。
「先輩・・・・・・」
彼女の顔は、急に虚をつかれた表情を示し、
「あなたという人は!
本当に、あなたという人は!」
怒りの感情を爆発させた。
「許して、くれないのか?」
俺は、自分が、虎の尻尾を踏んづけてしまったことを理解した。
「良い機会です、入院中は覚悟してください!」
彼女は、俺の謝罪に対して、説教を開始した。
この、後輩による第1回説教大会は、後輩の声に反応して何事かと駆けつけた看護師が、俺の病室に駆けつけて、必死に謝る俺の姿と、泣きながら、怒りながら、笑うという絵にもかけない表情で俺を叱り続ける後輩の姿を確認するまで続けられた。
「意識が回復したなら、すぐにナースコールを呼んでください」
「はあ、すいません」
俺と同じくらいの年齢で、異様に顔が整っている看護師から冷静な注意を受ける。
ひょっとしたら、付き添いの後輩への注意かもしれないが、俺は素直にあやまる。
今のところ、体の動きが鈍いこと以外、体調は問題ないが、それでも迅速な対応が必要なのかもしれない。医学的知識や回復呪文の無い俺には、目の前の看護師に頼るしかないのだ。
「それと、痴話喧嘩は退院してからにしてください」
「?」
俺は、首を傾げる。
俺は、ほとんどしゃべっていない。
意識が戻らない状況であれば寝言を言うことも無いだろうし。
「先輩の前で、変なことを言わないでください!」
看護師の言葉に、
「そんなことを言ってもいいの?」
看護師は、細目を少しだけ大きくし、口を少しだけゆがめて、笑みを作る。
「言わないで!」
後輩は、思わず叫んでいた。
看護師は、口に指を当てて、静かにするように注意すると、後輩は両手で口をふさぐ。
「先生を呼びますから、静かに待つように」
「はい」
後輩は、素直に看護師の言葉に従った。
残念ながら説教大会は、この後も病院内だけでも3回は開かれた。
大会規定には、議事録は残さないように規定されているので、ここでは何も残さない。
その後、説教大会は、彼女が生きている間中、数え切れないくらい続けられることになる。
話を戻そう。
当直医が、偶然、俺の主治医であったことから、簡単な診断のあと、異常が見られないこと、念のため明日精密検査をして異常がなければ退院できること、しばらく、安静にするようにということを簡潔に説明すると、「こんなことがあるのかよ」と呟いて病室を後にした。
「じゃあ、お大事に」
看護師も、医師に従って退室した。
残された俺は、説教大会が再開される前に、後輩からこれまでの経過を教えてもらった。
俺が、酔った勢いで川に落ちたとき、助けてくれたのは、後輩だった。
なぜ、遅い時間帯に彼女が歩いていたのかわからないが、そのことは聞かなかった。
聞いたら終わりそうな気がするし。
後輩は、俺が落ちた後、川の反対側から階段を使って川岸まで降りると、手を伸ばし、俺をつかまえた。
すぐに、彼女は、大声を出して救助を呼んだ。
幸い、周辺に何人かの男性がいたことから、協力して川からひきあげ、救急車を呼び病院へと搬送された。
身体には大きなけがもなく、ほとんど水も飲んでいなかったのだが、俺の意識は回復しなかった。
脳にダメージを受けた可能性から脳も検査してもらったのだが、こちらも問題なかったようだ。
原因が分からない状況で、それでも、点滴を受け続けながら入院していた。
一人暮らしだったことと、後輩が現場からついてきていたことから、付き添っていたということらしい。
「最悪の事態も覚悟して欲しい」と、医師からの宣告があったようだが、結局、今日意識を取り戻したとのことだった。
「迷惑をかけたな」
俺は、最後の方では涙を流しながら説明をしてくれた後輩に対して、謝罪した。
彼女はかなり疲労していた。
いろいろと渋っていたが、家に帰らせた。
翌日、俺は精密検査を受けて、問題が無いことを医師から告げられた。
「だけど、個室だからといって、無理はしないように」
と、訳のわからない注意を受けた。
俺は、ゆっくり休むつもりだ。
久しぶりに戻ったこの世界に慣れる必要もあったし、ここは市立病院だ。
部局は違うけど、俺が変なことをしたら、職場にすぐに知れ渡るはずだ。
友人が、勝手に用意してくれたお見舞いのPCソフト(18未満お断り)を開封するわけにはいかない。
第一、ここにはパソコンはないし。
説教大会の合間に、いや、入院期間中に、俺は魔法が使用できるか確認していた。
どうやら、今の俺にはMPが無いので攻撃魔法は、使えないようだ。
ひょっとして、この世界で童貞であったのなら、魔法が使えたままだったかもしれない。
今となっては確認する術もない。
特技にイオナズンと記載しても、公務員では意味がないな。
「!」
ジンクと同じレベルの発想しか出来なかったことに気が付き、思わず悶絶してしまった。
特に体調も問題なかったため、俺は、2週間ほど入院してから、職場に復帰した。
市の12月議会も終わり、予算要求作業も一段落ついていたこと、入院の時期が年末年始と重なっていたことから、大きな仕事の穴を開けることはなかったが、2月の議会対応にすぐさま追われるようになった。
やがて、日常の生活に戻っていった。
普通なら、俺の冒険の物語はここで終わるのだろうが、現実はそのまま続いて行く。
インスタントラーメンを食べて、涙を流したら、周囲から本気で心配された。
久しぶりにドラクエ3を買い直したら、直後にWiiのソフトが発売されて、結局本体ごと買ってしまったりと、そんなに大きな波乱もなかった。
まあ、魔王はおろかモンスターもいないし、呪文で火の玉が出るようになったりしたわけでもない。
結婚することになった。
お見合い結婚ではあったが、あれはお見合いといえるのだろうか?
職場内や遊び友達、相手の家族総出によるプロデュースは、俺を結婚以外ありえない状況へと追いつめた。
だいたい市長まで巻き込むな、市長まで!
俺のどこが良いのかわからないが、それでも俺と一緒にいてくれて嬉しく思ってくれるのなら、断る理由もない。
周囲の冷やかしや妬みなどが渦巻く中で、それでも無事に結婚式は済んだ。
二次会で友人から、俺が隠密のサリシュアンファンであることが明らかにされたが、誰も知らなかったので問題なかった。
もちろん、有志によるクリスマスイベントも中止となった。
クリスマスが中止になったわけではないけれども。
ときどき、ドラクエ3の世界での生活を思い出すことがある。
戻れるのかどうかはわからないが、戻ったときに快適な生活ができるよう、いろいろな知識を学んでいた。
もし、戻ることが出来たら、この知識で技術チートができるだろう。
1年とはいえ、国政を担ったことがある。
だから、あの世界の科学技術は把握している。
モンスターがいない世界でも、生活の糧を得ることはできるだろう。
誰も信じてくれないと思うので、二次小説の投稿サイトに掲載した。
もちろん、自分だとわからないように、転生の状況は改変させているが。
それなりに読者もついたが、完結すればやがて忘れられていく。
俺も、生まれてきた子供達の相手をするうちに、そのときの記憶も遠い過去のこととして、思い出すこともなくなっていった。
その後は、まあ、いろいろはあったが、幸せな日々だったと思う。
窓際にある木の枝も、既にすべての木の葉が落ち、冬の季節が訪れたことを思い起こす。
100歳を過ぎ、妻に先立たれた俺は、体調を崩し、入院生活を続けていた。
もう、長くない。
もうすぐで、妻に再会できるかなと思った。
退職して、多くの友人達とも見送ったり、疎遠になってしまったため、見舞いにくる相手もない。
子供達も、それぞれ独立しているため、本当にたまにしか、顔を出さない。
俺には、ゆっくりとした時間が与えられた。
俺は、その時間で、かつて過ごした異世界のことを思い出す。
何十年も前のことなのに、かつて冒険した異世界のことが、急に鮮やかに思い出してきた。
毎日病院で出される食事の内容など、すぐ忘れるのにもかかわらず。
あちらの世界のみんなは、どうしているのだろうか。
ソフィアはともかく、一緒に冒険していた仲間達は、今の俺よりも一回り若かった。
まだまだ、元気かもしれない。
平和になった世界で、どのように暮らしているのだろうか。
ひょっとしたら、人間同士の争いが起こっているかもしれない。
彼女たちなら、簡単に死ぬことはないだろうが、争いは、憎しみと悲劇しか生まれない。
そうならないことを祈った。
どのくらい、時間がすぎたのだろうか。
体が、動かなくなってきた。
意識が、ゆっくりと、今の自分の頭髪のように、あるいは霞がかかったかのように、薄くなってきた。
どうやら、お迎えが来たようだ。
苦しまずに死ねることに感謝しながら、俺は、目を閉じて深い眠りについた。
「アーベル!アーベル!」
騒がしい声に、安らかな気持ちを遮られたことに、少しだけ怒りを覚えた俺は、ゆっくりと瞼を開ける。
「よかった・・・・・・」
もはや、自分の意志では満足に動かせない体を強く揺さぶる少女の姿を見て、
「!」
ここが、ドラクエ3の世界であること、住み慣れた家にいること、少女が何十年も前に別れたはずのテルルであることに気が付いた。
視力が回復し、周囲をみると、セレンや父親のロイズそしてソフィアもいた。
全員、俺が別れた時と変わらない姿だ。
俺自身の姿も、あのときと変わってはいなかった。
「ほんと、十数年ぶりかしらね。
アーベルが顔を赤くして、慌てたのは・・・・・・」
途中から言葉を詰まらせながら、数十年ぶりに再会する女性が俺をやさしく包み込む。
暖かい匂いが、優しく包み込んでくれる。
「・・・・・・ああ、ただいま」
俺の一つの人生が終わり、アーベルとしての人生の続きが始まった。
後書き
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
ちなみに、無印の「勇者ではないアーベルの冒険」を、「三国志演義」とたとえるのなら、「偽典」は「反三国志演義」のような扱いです。
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