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偽典 ドラゴンクエストⅢ 勇者ではないアーベルの冒険

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第8章 そして、伝説へ・・・
  第肆話 離別

「テルル、セレン・・・・・・どうして?」
(テルルの望みは、アーベルの願いを知ることでした)
「なんだと・・・・・・」
俺は、精霊ルビスの言葉に反応して思わず声に出していた。

「あんたは、いっつも変なことばかり言っていた。
その理由も、ようやく納得出来たわ」
テルルは、不満そうに口にする。
(ちょ、ちょっと、俺の秘密を伝えたのか)
(秘密だったのですか?
そんなことを言ってなかったようですし)
精霊ルビスの声の調子は変わらない。
(そもそも、この世界のことを知っているアーベルから、そのようなことを言われるとは思いませんでしたが)
(・・・・・・)
俺は、精霊ルビスに対して、少しだけ黒い思いを抱いた。

思い返してみれば、テルルが俺の行動に対して疑問を持っていた。
「あんたの行動が理解できないことが理解できたわ」と。
失礼な言われようだった。
俺は、自分なりに論理的な言動をしていたつもりだったが、テルルから見たら違っていたのだろう。
それは、俺がゲームとしてのドラクエ3を知っていて、彼女がそれを知らなかったことによる違いから生じたものであろう。

それなのに、テルルの言葉は、俺たちが大魔王ゾーマを倒した時から変化した。
「やっぱり」と。
ある意味、これも失礼な言葉だ。

いや、それは脇において、この言葉が出るということは、少なくとも俺がある程度この世界にとっての未来を知っていると、思われているだろう。
俺が、転生者であることをテルルに教えていない以上、精霊ルビスが伝えたに違いない。

もちろん、ルビスにも言い分がある。
テルルの願い事である、「俺の願いを知る」を叶えるためには、俺が転生者であること、そして転生者とはどのような存在であるかを説明する必要がある。
だが、俺に内緒で説明して欲しくなかった。
もっとも、説明すると提案されても、許可はしなかっただろう。

「アーベルは本当に、別の世界から・・・・・・」
セレンは、とまどいながらも、核心をつく質問をした。

「・・・・・・」
俺は、何を言うべきか迷っていた。
本当であれば、適当に誤魔化したいところであった。
だが、精霊ルビスの入れ知恵と、セレンとテルルの真剣な表情から、それを断念する。

「そうだな、どのような説明がなされたのかはわからないが、俺が別の世界から来たことは間違いない。
俺が、アーベルが5歳の時、城の掘に落ちたときだ」
俺は、正直に答えることにした。
「なるほどね」
テルルは納得したようだ。

「子どもの頃は、気が付かなかったけど、今ならわかるわ」
テルルは、転生する前のアーベルを覚えていたようだ。
「でも、いきなり戻ることは無いでしょう!」
テルルは激怒した。

「それに、10年以上も前の話よ!
もとに戻れるわけないわ」
テルルは、俺に問題点を追及する。
どうやら、精霊ルビスは総てを二人に伝えたわけではないようだ。
「戻れるのだよ、それが」
(ええ、あちらの世界で経過した時間は、数日後のようです)
俺の言葉に、精霊ルビスが補足する。
力を取り戻したおかげで、元に戻った場合の状況も把握できたようだ。

「でも、それでも!」
テルルは俺への追及を止めなかった。
「ここでの生活を残して、旅立つと言うの!
そんなに、この世界よりも前の世界が良いというの!
許さないから、絶対に許さないから!」
テルルの言葉は、もはや叫び声になっていた。


「確かに、あちらのほうが便利な世の中だった。
そして、あちらの世界の記憶は薄くなっている。
ここには、家族や大切な仲間がいる」
俺は、落ち着いて、ゆっくりと答える。
「だったら!」
「だが、やり残したことが全くないわけではない。
おそらく、この世界に来るときの過程で、多くの人に迷惑をかけたはずだ。
その人たちには、何も残さなかった」


「だから、俺は戻れるのなら、やり直すことができるのなら」
俺は、一度言葉を切って、
「俺は、戻る。
幸い、俺はここでの目的を果たすことが出来た」
「・・・・・・魔王バラモス、いいえ、大魔王ゾーマを倒すことね・・・・・・」
「・・・・・・そんな、ところか」
俺は、ようやく落ち着いてきた、テルルの言葉にうなづく。
多少異なるが、わざわざ説明することもないだろう。

「違うの?」
セレンが、静かに質問する。
「勇者が魔王バラモスや大魔王ゾーマを倒して世界が平和になることを、アーベルは知っていたのでしょう。
だったら、アーベルが参加しなくても問題はなかった。
現に、三姉妹は大魔王よりも強いと言い切っていました」
「そういえば、そんなことも言ったわね」
テルルが俺をにらむ。


「そうだな」
俺は、下手なことを言っては、時間がかかることを確信した。
「普通なら、勇者はアリアハン王の命令に従い、目にみえる脅威の魔王バラモスを倒す。
バラモスを倒した勇者達は、平和になった世界で、アリアハンに凱旋し、王に報告する」

「そこで、大魔王ゾーマの影が登場し、雷とともに場内にいた兵士を倒す」
俺は、自分でも驚くほど冷静に説明した。
「そうだったの・・・・・・」
「ああ、そういうことだ」
納得した表情のテルルに、俺はうなづいた。

「それがなかったら、適当に暮らしていたのだろうな」
「だったら!」
「でも、知ってしまった」
俺は断言する。
「前の世界に帰ることができると言うことを」


テルルは、別の視点で俺に反論を試みた。
「今じゃなくていいじゃない!」
「いや、戻るのなら今しかない」
俺は断言する。
「このまま、ここで暮らしたら、戻りたくなくなってしまうから」

「そして一生、戻らなかったことに、後悔することになるから」
「・・・・・・」
テルルは黙り込んだ。
とりあえずこれで、俺はこの世界から旅立てると思った。

だが、セレンが別の提案をしてきた。
「アーベル、私を連れてって」
「セレン!」
テルルは、驚きと怒りの表情を、初めてセレンに対して向けた。
「テルル、ごめんなさい」
セレンは、テルルと俺に謝った。
しかし、セレンの目は、あきらめてはいない。

「ルビス様、アーベルと同じ世界に行くことができますか」
(それが、あなたの願いなら)
ルビスは、いつものように静かに答えた。

俺は、重い選択を突きつけられた。
外国人排斥法により、国を出ることになった主人公に、一緒につれていて欲しいと迫るヒロインが登場するゲームを思いだした。
まあ、あれは、あくまでゲームの話だから、それほど重くは考えなかったが。
そして、当事者である俺は、答えを言わなければならない。

「セレン」
俺は、セレンに向き直る。
「はい」
セレンも俺に向き直り、見上げる。
「連れて行くことはできない」
俺は、たんたんと結論を述べる。

「ど、どうしてですか!」
セレンは、俺に詰め寄った。
「理由は二つある」

俺は、人差し指を伸ばしながら答える。
「ひとつは、あっちの俺は、この姿ではないことだ」

「?」
セレンは、俺の言葉に首をかしげる。
「あっちの世界の俺は、黒髪黒目だ」
俺は、金色の髪をかきあげる。
「そして、さえないおじさんだ」
俺は、事実をつたえる。
この世界に来る前の俺は、30を過ぎたおじさんだ。

「・・・・・・」
テルルは静かに聞いていた。
「結婚しているの?」
テルルは質問した。

「・・・・・・まだだ。モテないのでね」
俺は、ため息をついて答えた。
「それなら、かまわない。
その人が、アーベルであるのなら」
テルルは、即答した。
「・・・・・・」

俺は思わず、黙ってしまった。
俺は、この世界ではアーベルだが、あの世界ではアーベルではない。
人間は、社会に縛られる。
その関係性の中で生きるのであれば、社会に合わせて言動が変わる。
もちろん、世の中に縛られない人間もいる。
だが、それは、選ばれた限られた人間だけだ。
そして、俺は、そんな強い人間ではない。

「・・・・・・」
俺はその事実をセレンに伝えるとセレンは黙ってしまった。

「そして、もうひとつ」
俺は、中指を伸ばす。
「セレンは、あっちの世界の身体はあるのかい?」
「!」
「無いと思うよ」
「・・・・・・」
「俺の時は、偶然アーベルがいたけれども、セレンの場合いるのかな?」
俺は、意識を精霊ルビスに向ける。
「セレンがあの世界で確保できる身体がありますか?」
(わかりません)
ルビスは、静かに答える。
「そんな!」
セレンは、口を手にあてる。

「身体がない場合、セレンはどうなりますか?」
(あちらの世界とこちらの世界と違うかもしれませんが、魂だけの存在となるでしょう)
精霊ルビスは、事務的に答える。


「その場合、俺はセレンを認識できますか?」
(無理だと思いますよ)

「それに、仮に身体があったとしても」
俺は、セレンに
「それは、セレンではなく、別の人になる」
「!」

「その姿が、おじいさんになるのか赤ちゃんになるのかわからない」
「そ、そんな」
セレンは動揺をかくせないでいた。
「あちらの世界は広い。
人口も、この世界とは比べものにならないくらいに多い。
魔法もあちらでは使えない。
だから、一生で逢えない可能性が非常に高い」

「そして、俺はセレンを探さない」
俺は、断言する。
冷酷な話かもしれない。
だが、偶然再会する奇跡など信じていない。
世界中で、たった一人を捜すなんて、人生の総てを賭けなければ、挑めるようなことではない。
そして、それを挑んだら、戻ってきた意味がない。
「・・・・・・」



もはや、誰も何も言わなかった。



「精霊ルビスよ」
俺は、声に出して呼びかける。
(よろしいですか?)
ルビスの口調に変化は見えない。
「ああ、頼む」
「・・・・・・」
「アーベル」
セレンはうつむいたまま黙っていて、テルルは両手を強く握りしめて覚悟を決めたように俺に声をかけた。


「新しい、旅にでも出たと思ってくれ」
俺は、二人に最後の言葉を残す。
「二人のことは、忘れない。
ありがとう」

俺は、浮遊感を覚えた。
身体と意識がずれて、意識だけがゆっくりと上昇している。

地面には、ぐったりと倒れた俺の姿と、俺を抱き抱えようとするテルル、俺の手を強く握りしめるセレンがいた。






「ここは・・・・・・」
気がついた俺が、周囲を見回すと、前の世界に存在する、病室のベッドで寝ていたことを理解した。
 
 

 
後書き
次回、最終回です。 
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