科学と魔術の交差
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6章
もしも、本当に機械だったら。
こんな思いはしなかったのだろう。
もしも、この力が夢ならば。
私はここにいないのだろう。
では、一体今の私は何なのだろうか。
私ですら本当に自分が誰なのかわからなくなる。
この想いは本物なのに、脆い。
崩れ去ってしまえば楽なのに、それが辛いから戦う。
辛いことを選ぶ。
それは正しい道なのだろうか。
それが与えられた夢だったとしても―――――
「…どこに行くと聞いている」
『…私の、私の願いを一つだけ聞き入れてほしい』
そう、一つだけでいい。
この一つで――――わからせてやろう。
『ラウラ・ボーデヴィッヒと私の間に何があろうとも後で干渉しないでほしい。もちろん、軍に不利益は与えない。
いや、多少の損失は与えるかもしれないが、動けなくなるようなことはしない』
『…いいだろう。
ただし、以後は我々と関係があったことなどは他言無用で頼む。そして、彼女は大切な仲間だ。もしものことがあれば判っているかな?』
『無論だ』
そうして、部下を引き連れて通路を戻っていく。
「待たせたな」
「質問に答えろ。どこへ行く」
彼女の上官を気にする様子もなく、彼女はエミヤシロウだけを睨み続ける。
彼はそんな様子の彼女に溜息をつきつつも説明する。
「別に、ここを去ろうというだけだ」
「何故」
「用がない。それだけだ」
エミヤシロウにではない。軍に彼には用がない。いや、それでは語弊があるが、用は済んでいる。彼が出ていき、以後関わらない。それでいい。
あの上官は人が良いのだろう。エミヤシロウが危険だと判断しつつも甘い判断をくだしている。こうして要求を呑んでくれたことにも最大限の譲歩をしていると言ってもいい。
どっちつかず。ラウラがそれにたいしてどのような判断を下すのかはわからない。
怒るか。
「…まぁ、いい」
「む」
意外だ、と彼は思う。
今までの行動と性格を考えれば軍部が馬鹿にされたりすれば飛びかかってくるか、頭に血が昇りやすくなるぐらいは予想していた。
しかし、冷静にラウラは構える。
「私はただ、貴様と手加減抜きの勝負がしたいだけだ。貴様がどこに行ってしまおうと興味はない。だが、このまま手を抜かれたままでは私が我慢できん。
…ISを使うことは卑怯かもしれん。だが、貴様は強い。どれだけ顔を背けようとも貴様が織斑教官よりも強いということは私だって理解している。勝てるはずがないということも理解している。現実が見えていないわけではない、事実として認識している。
ISに勝てる人間など世界に片手で数えて事足りる。ならば、その一人の全力をこの目に焼き付けておきたい。
軍というか限られた世界しか知らない私に世界の広さの一端を教えてくれ!
わがままと好奇心でお前に挑む私は叩きのめしてくれ、エミヤ!」
その時の彼は何を思ったのだろうか。
怒りか、嘲笑か、嫌悪か。どんな感情を抱いたかは彼にしか分からないだろうが、少なくとも怒りや嘲笑という人を見下すような態度ではない。馬鹿にするようないつもの笑みでもない。
少しの驚きと、その後の小さな笑みを彼が出した表情だった。
「――――いいだろう。ただこれは記録に残してはならないものだ。
映像記録やその類のものを使用しないと約束するならば私は喜んでラウラ、君の相手をしよう」
「わかった。
クラリッサ、軍の衛星を操作して私達を映させるな。他国にも見せるな。やってくれ」
『了解しました』
彼は思う。ずいぶんと溶け込めるようになったものだと。
少し前の彼女には拒絶があった。どんなことが過去に会ったかは知らないが、それがこの数カ月でずいぶんと変わった。まだ固さはあるが、少女らしい一面もある。
この戦いは彼には無意味だ。
手の内をわざわざ見せることなり、秘密を知られる。
だが、それも良いと思えると判断した。
今まで彼女はフルネームでしか呼んでくれていなかった。
姓だけでも呼んでくれたことが、少しだけ彼は嬉しかったのだろうか。
「私の秘密を見せてやろう。
しかし、これは長々と見せるものではなくてね。今の君では一瞬で終わってしまう。だから君を満足させることは出来ないだろう。
だが、手加減抜きだ。教え子には少々刺激が強いかもしれんが、高い授業料を払ったと思って諦めてくれ」
では、いくぞ。
彼に手に一瞬で黒塗りの弓と螺旋の剣が握られていた。
どんな手品かはわからないがそのことを気にする様子もなくラウラは駆けるように飛ぶ。
AICで絡め取ろうとするが、どこからか飛来した剣に阻まれ、防御。
気付いた時には彼の姿は無く。
『偽・螺旋剣』
何かが視界を縦に切り裂くような感覚を感じ、空間ごと抉るような荒れ狂う暴風と衝撃に、ラウラは意識を失った。
「…」
佇むその姿はこの惨状を引き起こした張本人とは思えないほど、その長身が嘘のように小さく見える。
ラウラの怪我は大したことは無いようで、触診を終えると少しの間、彼女を見つめ、踵を返す。
「やりすぎただろうか」
「いや、ラウラには目標ができただろう。自惚れともとれるが、こいつは私になろうとしていたからな。
それが少し逸れただけでも良しとするさ」
木陰から現れる織斑千冬。
その手には刀が握られていた。
「君もか」
「私よりも強い奴はあまりいなくてな。本気で立ち向かえる奴というのは貴重な存在だ。それがどこに行くともしれんとなれば、ましてやそいつの本気が人知を超えるものだと知れば挑まないわけにはいかないだろう?
あぁ、そういえば貴様には手加減された借りがあったな」
ニヤリと嗤う彼女は美しく、だが冷たい殺気が浴びせられる。
「そもそも上層部は情報を漏らしすぎだ。
私が手を回さなければ貴様は世界で二人目のお尋ね者だ」
ということはそうなる可能性はとても低くなったと考えていいのだろう。
そうやったのかは知らないが、彼女が嘘をつくとは思っていない。
だったら、ここは彼女の望みに応えるのが礼だ。
二振りの剣を抜く。
干将・莫耶。
初めてエミヤシロウと戦ったあの夜に見た剣。
千冬に干将・莫耶に思う。美しいと。
日本刀のように美術的に価値のある物が多いが、エミヤシロウの持つ剣はどこか違う。美しさがあり、全てを切り裂くような鋭さがあり、清涼とした雰囲気がある。
もしかしたら奴はあれで人を切っているかもしれない。あの夜は皆、柄や峰打ちで全滅させられている。
だが、おかしいのはここからだ。
軍はあの剣を返却していない。今も倉庫で二度と開封されることはないというほど厳重に封印されている。
それがその手にあるのはどういうことだろうか。
「…どうした、かかってこないのか?」
哂う。
こっちを嘲笑い、脱力した姿勢。あまりにも隙だらけ。
だが、千冬の構えはゆっくりと、正眼をとる。
挑発に乗らず、自分のリズムで戦闘態勢を作る。
それを、エミヤシロウは待った。
万全になるまで数分もかからないだろうが、彼女の集中を乱してはならないというかのように彼は静かに佇むだけ。
一分―――――いや、30秒かもしれない。だが、長く… とても長く感じた。
「一つ聞きたい」
「…」
「貴様はこれからどうしたい」
無言。
「これから人を殺すのか?」
ピクリと反応。
「貴様から感じたのは血の匂いだ。数え切れない人の血の匂い。眼に映る危険なモノ。
…だというのに、貴様の存在からは危険さはおろか人殺しの気配すら感じない。矛盾だ。この疑問の答えはどれだけ考えてもわからなかった」
俯いていることで、表情は見えない。
だが、空気が変わった。
「そして時折見せる眼に私は興味を引かれた」
冷たい。
「人に絶望することを拒むような、何かを望んでいるような眼だ」
「…」
「これでもだんまりか? まぁ、いい。
貴様は軍で何かを調べている時はそんな眼をしていたぞ。そしてラウラ達との鍛錬では希望に縋るような光を見た。なのに、それすらもどこか遠くに見ている。
貴様のこれまでに何があったかはわからないが、そんな眼をする奴をこのまま野放しにすることは軍が許可しても私が許可できん。
せめて、首輪くらいつけなければな」
そこで、エミヤシロウは笑った。
「なにがおかしかった?」
「首輪、か。付けてどうするつもりだ?」
「そうだな、家政夫としてでも仕立てて見せようか」
「生活能力のない君は仕立てることは無理だろう」
「…なぜそれを」
「見ていればわかるさ」
笑い話。だが、二人の集中力は若干の乱れこそあれ、上がっていく。
そして一瞬の間。
空気が完全に変わった。
「考えは変わらないか?」
「―――私もこれからどう生きていこうか迷っている。
だが、やらねばならないとは視えている」
「…そうか」
一気に空気が濃くなったような感じがする。
エミヤシロウは構えであり、構えではないそれを取りつつ、集中する。
負ける要因は無いと言っても、油断はしない。どんな状況でも対応できるようにあらゆる可能性を思考する。
突きか、上段からか、袈裟か、逆袈裟か、薙ぐか、銃か、どこからか援護されるか。
あらゆる可能性を考慮して構える。
「ふん。そうか」
パチン、と刀を鞘にしまう。
「…む?」
拍子抜けどころか理解が追い付かない。そんな表情をエミヤシロウはしていた。
「なんだその顔は。みっともないぞ」
「いや… 戦うと思ったのだがね」
「誰が戦うか」
戦況を見て、そう答えたのであればエミヤシロウはこのまま行ってしまうつもりだった。
だが、千冬はそんな感じではなく、納得してうえで戦うことをやめたようだった。
「なぜ」
「そんなもの、私の気分次第だ」
腕を組み、堂々と言い放つその姿に一瞬、眩暈がする。
「…真っすぐな眼だったからな」
千冬は空を見上げながら言う。
「迷いはあると言ってきながら、迷いのない眼だった。危険なものでもなかった。決意があった。
私が止めたところでどうすることも出来ないように思えた。
行け。いずれまた会うのならその時にでも聞くさ」
何をとは言わず、千冬は彼に向かってくしゃくしゃになった紙をよこした。
そして、彼女はラウラを抱えて行ってしまった。
別れの言葉は無く、だが、これでいいと思える。
「…いずれまた会うか。それまで、世界が私を生かしていればいいのだがな」
その言葉の意味を真に理解しているのは彼しかいない。
そして理解してしても、それがいつやってくるのか、どういう行動に出るのか全く予想がつかない。
魔法使いですらわからないだろう。
「君面白いことしてるねっ!」
ならば、未来へ駆ける科学者では如何だろうか。
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