Re;Generations
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暗黒の時代
第3話
スタート地点であるはじまりの丘はコーパス大陸の東端に位置する。アレクシス、アビーの2人はメインクエストをこなしながらMOB(ムービングオブジェクト・モンスター類を意味する)を狩りつつ、西のエリアであるホワイトウッドを目指していた。「戦闘はあまり得意じゃないかもですよ?」と言ってたアビーもめきめきと上達していき、この短時間で少年を唸らせる程に上達していった。
「それで、アビーはなんでこの世界に?」
少年は彼女に何気なく問い掛けてみた。勿論、ダークエイジの世界の事だ。
「えーとですね・・・農業をやってみたくて」
「えらく地味だな・・・」
「とれた野菜を使って料理とかもいいかな。現実では出来ない事色々やってみたいです」
「まあ、そういう選択肢もアリか」
アレクシスは心の片隅で少し勿体無いな、と思った。戦闘スキルも、生産スキルもやればやるほど熟練度が蓄積していき、ランクアップする事でより強力なものとなっていくのだが、反射神経や判断能力が問われる戦闘関連はスキル熟練度が絶対的なものではない。本人は自覚していないだろうが、アビーはキャラクターの能力を遥かに超えたプレイヤースキルの持ち主だった。
「でも、アビーなら世界狙えると思うんだけどな・・・」
プロゲーマー。そんな言葉が少年の脳裏をかすめる。Eスポーツと呼ばれるゲームをスポーツまで昇華したもので、一昔前までは「ゲームごときに」等と、失笑の対象だったが、最近はその競技性が見直されてゲームタイトルによって規模はまちまちだが、世界大会などが年に数回行われている。
「世界って、取れた野菜の重さ競う大会とかあれですか。楽しそうですねっ」
「いやいやいや、そっちじゃなくてだな・・・もういい」
「はい?」
双方の意識が全く別の所にある事を噛み締め、アレクシスは歩みを僅かに速めた。
「ほら、次の報告NPCが見えてきたぞ」
「あ、ほんとですねー」
前方に牧場のような所が視界内に入ってくる。アビーはそれを確認すると小走りで先行し始める。
「あっ、おい!」
「ここの報酬のレギンスでセットが揃うんですー。どんな服か楽しみなんですよ?」
彼女はそう言い残すとあっという間にNPCの元へと駆け寄って行った。
「まー、気持ちは分からなくもないけどね・・・」
独りになり、ついつい地が出てしまうアレクシス。自分の服装を見ると、MOBからのドロップ品やら、クエストの報酬品やらで、つぎはぎのようなファッション・・・とも言えない風貌だった。少しは服装にも気を使ってみるかな・・・と、スタミナポイントを消費しない程度の速さで、目標地点まで駆けていく。
アビーはNPCの前でご機嫌そうな顔をして、彼を待っていた。
「えへへ・・・では、お披露目です!」
そう言うと、メニューを素早く操作し、紺色がかかった初心者装備からクエスト報酬コットンシリーズへと装備をかえていく。まず、豊かな胸元を強調したグレーとホワイトのチューニックが出現した。事もあろうか、腋が露出しており、隠すところはしっかり隠しているのだが、夏着のようなデザインだ。次に純白のミニスカートに白い足をグレーのニーハイソックスが覆う。足にはヒールが多少ついている同系色のブーツを履いていた。そこに派手さは微塵も無かったが、女性らしいラインがくっきりと表れており、少年は不本意ながら彼女に劣情を催してしまう。
「えっと・・・これは・・・」
「いや・・・なんというか・・・」
アビーの顔面が紅色に染まっていく。アレクシスは直視しているのが悪いような気がしてきて、手で顔を覆う。指を開いてちらっと彼女の様子を伺うが、大声で「見ないでください!」と拒絶されてしまう。
「はあ・・・。もう、いいですよ」
手を外すと、そこにはさっきまでのだぶだぶの初心者服の彼女の姿があった。
「なんですか。あのデザインは・・・」
「セクシャルハラスメントには厳しかった筈だけど、まさか開発元がセクハラそのものだとはな・・・」
「真面目な顔してもっともらしい事言わないでくださいっ!」
勢いよく平手で後頭部を叩かれる。今は同パーティー内なのでダメージは通らないが、ヒットポイントが1か2は減ってもいい衝撃だった。
「いてて・・・。でも、似合ってたぜ」
「私みたいな年齢が着たら、それこそ犯罪ですよ・・・」
ふと、声がした方向を見やると、近くに設定年齢が10代くらいの少年少女のパーティーが見えた。さっきのクエスト装備を身に纏い、楽しそうに談話している。
「あの子達くらいの年齢だといいんでしょうけど・・・はあ」
がっくりと肩を落とすアビー。
「いや、アビーも十分若いって」
「アレク君に言われたくないですよ・・・」
再び、大きく「はぁ」と溜息を大きく吐いた。
「気落ちしてても仕方ない。その装備は分解するか、売るかして処分しようぜ」
「・・・ですね」
「それと、直前まで言わなかったけど、ここの牧場でお楽しみがあります」
「何です?」
・・・。
「ハイヨー!」
手垢が付き過ぎた台詞をアビーが上機嫌で叫ぶ。
「お楽しみって言っただろー!」
2人は茶色の馬に相乗りし、風を切りながら夕暮れの平原を駆けていた。手綱を握るのはアレクシスの方だ。
馬が支給されるクエストがあるのだが、アビーは「運転とか、操縦とか全く駄目なんです」と言って聞かなかったので、彼女をとりあえず後部に乗せる事にし、今はクエストを放置してホワイトウッドに向かっている。
「凄いです!速いですー!」
品種にもよるが、乗り物の移動速度は歩行時の数倍にもなる。広大な世界のダークエイジでは乗り物の移動が必要不可欠だ。徒歩で移動できなくもないが、戦闘や生産といった行動全般で消費するスタミナポイントを僅かに消費する上、当然の事だが、莫大な時間がかかる。少年は早期に馬を手に入れ、ホワイトウッドを目指すつもりでいた。
後ろではしゃぐアビーに口元を緩ませた瞬間、ピピピという電子音と共に「CALL」というボタンが表れた。
「どうどう・・・っと」
自分の馬に止まれの合図を出すと、AIは直ちに減速して停止をする。
「あら、電話ですか」
「あ、ああ。少し待ってくれ」
思いっきり顔の近くにあったアビーの吐く息がかかり、少し口篭ってしまう。
アレクシスは馬から飛び降りると、馬を通行の邪魔にならないように街道の脇に寄せてCALLボタンをタップした。
「はい。・・・うん、分かった。すぐ行くから待ってて」
通話終了ボタンを溜息混じりにタップすると、彼はアビーの方に向き直って「ごめん。ちょっと抜けないと」と言った。
「夕飯時ですし、私も一旦休憩にします」
軽い身のこなしで馬から飛び降りたアビーが手でパタパタと埃を払いながら言った。
「ログインしていないとパーティーが自動解散されるから、フレンド登録いいかな」
「あ、はい。是非ぜひ」
少年は慣れた手付きでコミュニティタブからフレンド管理メニューを開くと、少し躊躇した後にフレンド追加ボタンを押した。すると、アビーの前に「アレクシスからフレンド申請が届いています」というシステムメッセージが表示される。彼女は一瞬だけアレクシスを見ると、OKボタンを細い指でゆっくりと触った。
「改めて、宜しく。分からない事あったらメッセージ飛ばしてくれたらいいから」
「よろしくですよ。アレク君、次はいつ来れそうです?」
「えーと・・・」
インターフェイスで確認すると実世界の時刻は18時半を示していた。
「8時くらいかな。と、その前にログアウト準備しないと」
既に陽は傾き、先ほどよりも夜の闇が急激に支配を広げてきている。
アレクシスが馬の尻を軽く二度叩くと、馬はどこかに走り去って行った。
「準備ってなんです?」
「まあ、見てろって」
疑問符を浮かべる彼女をよそに、彼は身近にあった立木の枝を初期装備のダガーで数回切りつけると、ドサっと大地に枝が落ちて来た。
「枝ですか」
「そうそう、これをこの辺に持ってきてだな・・・っと」
見晴らしの良い場所まで枝を運ぶと、それを適当な形に整えてやり、インベントリ(バッグ)から火打ち石を取り出し、それらを枝の近くで数回鳴らすと煙が出て、やがてもうもうと火が夕闇を照らし出した。
「リアルですねー」
一連の作業を感心そうに覗き込むアビー。
「で、後はインベントリから寝袋を取り出して・・・んで、おやすみなさい」
「え、野宿ですか?」
彼女は心底嫌そうな表情を浮かべる。
「いや、そのままログアウトすると何分間か無防備な状態になるから、こうやってキャンプ張るんだ」
「ああー・・・ちょっと面倒ですね」
「でも、悪くないだろ?」
「そうかもですね」
アビーもまた、寝袋を取り出しそれを地面に敷くと、アレクシスからキャンプファイアを挟むようにして寝転がった。
「では、おやすみなさい?」
「おやすみ。また後で」
少年はログアウト手順を行うと、カウントダウンと共に目蓋が重たくなり、それに抗うことなく眠るように意識は闇に落ちていった。
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