Re;Generations
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暗黒の時代
第2話
「フェルナンドさんこんにちはー。お届け物にあがりましたー」
運送屋の男性が灰色の扉を3回ノックすると、一呼吸も置かないうちに「はーい!」と元気な声と共に外開きの扉が勢いよく開け放たれ、赤毛の少女が玄関から姿を現した。
「と、と・・・。元気がいいね、アレク君」
「ずっと待ってたんですよ。山猫通運さんが遅配なんて珍しいし」
「はは・・・色々あってね。で、ここにサインお願いします」
「はい、はい・・・っと。ありがと、おっちゃん!」
アレク「君」と呼ばれた少女のような少年は、バスケットボールでも入ってそうな茶色の段ボール箱を大事そうに抱え、身を翻して居間を通り、下の階へとたとたと降りていった。それと入れ替わりに20代後半くらいの女性が軽く会釈をして玄関へと歩んでくる。
「いつも此処までありがとうね」
彼女の肌はとても瑞々しく、腰まで届きそうな長い髪は赤毛で僅かに巻いており、艶やかだ。一児の母とは到底思えない程の容姿で、趣味で様々なハーブをベランダで栽培している事からか、近所の人々に冗談半分で「魔女」と呼ばれている。
「いえ、仕事ですから。イリアさん、本当はこんな事聞いてはいけないんですけど、アレク君が頼んだ物って、ニューロンギアでしょうか?羨ましいなぁ、初期ロットは全滅で何ヶ月も待たないといけないんですよ」
「ニューロンギア・・・?」
母は口を半開きにして何の事か、と呆けていた。配達員の男は聞くだけ無駄だったか・・・と、心の片隅で後悔する。
ニューロンギアとは、元々は無人機などの分野で開発・使用されていた脳波リンクによるダイブシステムを初めて民生品で実用化したヘッドギアの事だ。医療分野では、精密ロボットを遠距離から思いのまま動かす事が出来る為、そちらの方面でも期待されているが、若者たちの興味は別の所にあった。
「ダークエイジ・・・!」
一方、自室に戻ったアレクシスは段ボール箱を手早く開け、グレーのニューロンギアに同封されていたパッケージの名前を叫んでいた。ダイブシステムを用いた期待のタイトル一作目で、プレイヤーは中世をベースにしたファンタジー世界で戦闘、製作、収集など様々な事をして思いのままに遊ぶ事が出来るのだ。初ダイブシステム採用とあってか、数ヶ月に及ぶクローズドベータテスト期間が設けられ、この少年もそれに参加していた。このテスト以前のアルファーテストの段階では専門医がついていたのだが、脳への負担が比較的少なく、安全面も問題ない事が判明し、ベータでは月に一度の健康診断書の提出が義務付けられてはいたものの、それ以外は自由に遊ばせていた。
原則として心身共に健康である事が証明できれば誰でも購入できるが、精密機械として故障が許される物では無いので、一台一台調節している為に量産化ができない。今回、この少年がギアを手に入れることが出来たのも幸運ではなく、ベータテスターのアーリーアクセス権を使用したからだ。
「くーっ!間に合って良かった!」
時刻は午後4時53分。正式サービスは5時開始なので少しだけ時間はある。少年ははやる気持ちを抑えながら純白の保護シートをペリペリと剥がし、左即頭部部分にあるソケット挿入口にダークエイジのカードを挿入。次にコンセントから電源ケーブルを挿し、壁から光ファイバーの通信ケーブルを後頭部にあるコネクタに装着した。無線技術が進歩したこの世の中でも、無線・有線の間には若干のタイムラグがある為、ニューロンギアは有線での接続方式を推奨しているためだ。全ての準備が整い、メッシュの椅子に腰掛けて情報検索用にパソコンを起動しておく。近代では珍しいデスクトップ型パソコンで、23.5インチのワイドディスプレイに命が吹き込まれる。
気が付くと2分前。両肩で重量を支える造りになっているニューロンギアを頭に装着し、背もたれを調節して最適な位置へと持ってくる。そして、電源スイッチを入れるとHUD(ヘッドアップディスプレイ)にIDとパスワードの入力を求められた。それを視線移動で素早く入力する。
すると、「リンク確立中・・・OK・・・ダイブ中・・・」と表示され、ゆっくりと目蓋を閉じると眠りにつくように少年の意識はその世界に生れ落ちていった。
「・・・懐かしいな」
その男は小高い丘に立っていた。髪は赤毛でオールバック、歳は20前半ぐらいだろうか。彫りの深い顔で体つきもやや細身だが、筋肉質で実際のプレイヤー像とは程遠い姿だった。これもベータテスト参加者特典の先行キャラメイク権であらかじめ作成しておいたキャラクターデータだ。正式サービスからの参加者は今頃キャラクター作成に時間を費やしている頃だろう。神経との整合性が取れている事を確認すると、深緑の空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出し、辺りを見回して大樹の元に佇んでいたクエスト受注NPCの元に駆け寄ろうとした。
突如、ログインエフェクトである光の粒子の束が目の前に展開され、アレクシスは咄嗟に身体を後方に傾けて全力でブレーキをかけた。
「きゃっ」
ログインした途端に背中に何かが触る感触に襲われ、その女性は思わず叫び声をあげた。一方のアレクシスは背中から激しく倒れ込んでしまう。
「なんだあれ?」
「だからリスポーンポイント付近では走るなとだな・・・」
「というか、女相手に情けねぇな」
やじ馬が口々に勝手な事を吐き捨て、興味を失ったのか暫くすると時間が惜しいと思い、それぞれNPCの元に歩み寄って行った。
「え、えーと?大丈夫ですか?」
何が起きたのかようやく把握したのか、その女性はアレクシスに白く細い手を差し出した。頭髪は目の覚める様な鮮やかな金で、ブルーの瞳は未だに困惑の色を浮かべている。全体的なシルエットはとてもスマートで、研ぎ澄まされたものを感じるが、鼻が掛かったとろんとした声色が全てを台無しにさせている感じがある。それは置いておいて―その女性はかなりの美人だった。
「・・・第一印象、最悪だ」
アレクシスは起こしかけていた上半身を再び仮想空間の大地へと預けた。もう少しまともな出会いをしていればお近づきになれる機会もあったであろう。が、これでは単なる痛い自爆野朗でしかない。だが、何時までも日向ぼっこをしてる訳にもいかないので、腕と腹筋を使って上半身を跳ね起こして女性の手を掴む。テスト期間中は剣のグリップばかりを触っていたゴツゴツとした手が柔らかくて優しい感触に包まれる。
「ほ・・・っと」
それに似つかわしくないくらいの筋力で力強く引き起こされる。
「すまん。少し急いでたものでな」
アレクシスは演技がかかった口調で謝罪をする。
「いえいえ。それよりも大丈夫ですか?怪我とかしてませんか?」
「いや、転んだぐらいでダメージは受けないだろう・・・と、もしかして初心者?」
「そうですよ?あれ、今日がスタートだから皆そうなんじゃ・・・?」
「いや、ベータテストというものがあってだな・・・時間が勿体無いから歩きながら喋らないか」
「そうなんですね。私はアビーといいます、宜しくお願いします」
丁寧に手を前で組んで、ぺこんと頭を垂れるアビー。
「ぼ・・・俺はアレクシス。アレクでいい」
長年の癖のせいか僕、と言い掛けて慌てて言い直すアレクシス。
「まずはあのNPCのところまで行こう」
「NPC?」
「そこからか・・・ノンプレイヤーキャラクター。要するに、プレイヤーが操作しないキャラクターの事だ」
「なるほど、ですよ?」
「で、頭上にビックリマークが見えるだろ?これがクエスト受注NPCといって、クエストを受ける事ができる。クエストにはメインクエストのその他のサブクエストがあって、これは金色に光ってるからメインクエストだな。『ダークエイジ』のストーリー進行に関わる重要なものだ・・・が、無視しても構わない」
「というのは、なぜです?」
「知ってるかもしれないが、ハウジング・・・自宅の建設までは少ない資源の奪い合いになる。特に使い道の多い木材は不足になりがちだな。ここから西のエリアのホワイトウッドにある共同樹林にも限りがあるから、まずはそこを抑えたい」
「ふむふむ・・・って、なんか始まっちゃいましたよ?」
アレクシスが高説を垂れていると、彼女は勝手に話しかけてしまったのか、老人のNPCの前で棒立ちしていた。他の進行中のプレイヤーも多数居り、同じようにその周辺に棒立ちしていた。
「・・・スキップしても構わないけど、初めてならいいさ。俺はその辺で待っとく」
完全にスタートダッシュに遅れてしまい、少年は完全に気が抜けてしまったのか切り株の上に腰を落として空を仰ぐ。視界に広がる青空を鳥が3羽滑空していった。
(信じられないよな、ここが仮想空間だなんて)
鳥達のさえずり声も、草葉の擦れ合う音も、暖かな日差しも。五感全てを刺激されるこの感覚がバーチャルだなんて到底思えない―・・・そう、アレクシスは感じていた。
自分の容姿にコンプレックスがある彼が、このダークエイジにのめり込むのは簡単だった。現実では不可能に近いあらゆる壁を取り払った世界、剣士として戦果をあげるもよし、職人として生産を極めるもよし。ここでは現実を忘れて色々なロールプレイに没頭できる。
中でも、少年は剣の道に精通していた。現実では体格に恵まれていない彼でも、この世界ではキャラクターステータスがそれを補ってくれる。元々、反射神経は人一倍良いので、ベータテスト中のPv(プレイヤーバーサス・対人戦)では少しは名が通ったプレイヤーだ。テスト時代はギルドというコミュニティに属していたが、人間関係のしがらみにとらわれるのが嫌で、名前を変えての再出発となった。それが、本名だというのも皮肉な話だが。
「お待たせです?」
アビーがぱたぱたと走ってアレクシスの元に寄って来た。
「そうそう、アビー・・・呼び捨てでいいかな」
「はいはい?」
「オープンチャットだと回りの迷惑になるから、パーティー組んで話さないか?」
「よく分からないけど、分かりましたよ?」
人差し指を形のいい頬に当て、きょとんとした表情のアビー。分かってないんじゃないか・・・とつっこみたくなるのを堪えて、少年はコホンと咳払いを一つ。
「今から招待送るから、OK押してくれ」
「はいはーい」
アレクシスは右手を広げ、インターフェイスの展開命令を念じて左から右へとスライドさせた。すると、白を基調としたユーザーインターフェイスが目の前に現われ、彼はコミュニティからパーティーの項目を弾く様にタップすると、パーティーメニューが開いた。次に、パーティーを作成するを選択すると「対象を選択してください」というシステムメッセージが視線の下方に表示される。対象を直接見る視線誘導式と周囲のプレイヤー一覧から選ぶ2種類が用意されているが、彼は前者の方をよく使っている。なぜかと言われれば、場合によっては命を預ける事になるメンバーを機械的に選びたくない為だ。
「え・・・そんなに見つめられても・・・」
時間にして約2~3秒、過程を説明していなかったアビーが戸惑っていると、彼女の目の前にピコンという電子音と共に「アレクシスからパーティー招待が来ています」と表示され「ああ・・・なるほど」と人差し指をピンと立てて不慣れな手付きでOKボタンをタップした。
「よし、これでパーティーが組めた」
「おー・・・なんかアレク君の上に緑の棒みたいのが見えますね」
「それがHP。ヒットポイントバーで、これが無くなるとキャラは戦闘不能になる」
「えっえっ・・・それってプレイヤーが死んじゃうって事ですか!?」
手をわなわなと震わせ、慌てるアビーの様子が可笑しくて、少年はついクスっと笑い「あの小説じゃないんだから、そうはならないよ」と続けた。
「安心しました。でも、以外ですね。あの小説読んだ事があるなんて」
「男が女性向けの小説読んでも自由だろ?」
「いやー・・・厳つそうな人だから、硬派な作品ばかり読んでいるものかと」
「それは偏見だな」
もっとも、中身は硬派な男に憧れつつ、女性向けのコミックスや小説が大好物な人間な訳だが。
「でも、注意して欲しいのは、蘇生手段が無い場合リスポーン・・・えーと、復活に5分近くかかる事と、所持品を一部失う事だな」
「装備とか、大切な物も無くしちゃう可能性があるって事です?」
「そうだな」
アビーはそれを聞くと、項垂れて「それは・・・とても嫌な事ですね」と呟いた。
そんな様子を見たアレクシスはアビーの肩に手を置き
「大丈夫。一番大事な物は決してロストしないから」
と言い、自らの厚い胸板をドンと叩いた。
「ハート、ですか」
少年はうんうんと何度も頷いてみせた。
「ぷっ・・・あ、あはは・・・っ」
アビーは地に膝を突きそうな勢いで薄い腹を抱えて笑い出した。
「あれ、結構真面目に言ったつもりだったんだけど」
「あはは・・・クサイですよ、アレク君。でも、そういうの嫌いじゃないです」
少年はばつが悪そうにポリポリと頬を掻いた。
「色々不安でしたけど、この先なんとかなりそうな気がしてきました。改めて宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しく」
再び結んだ手は固く、かたく。その意思はパートナーとして迎い入れた証だった。
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