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第四章


第四章

「今日も会ったね」
「自転車がないのか」
「気が変わったんだよ」
 赤藤の横に来てこう答えるのだった。
「少しね」
「少しか」
「ああ、少しだよ」
 声が少し笑っているのがわかる言葉だった。ただし表情は変わっておらずクールなものである。その顔で彼の横に来て走っているのである。
「少し気が変わってね」
「そうか、少しか」
「それで。右腕はどうだい?」
「右腕?」
「まだ動かせないか」
「動かすわけないだろう」
 赤藤は走りながら憮然とした声で未樹に答えた。
「俺の右腕はまだ」
「手術が完治しても駄目なんだね」
「治ってすぐ動かせたら苦労はしないさ」
 憮然としたまま答えた言葉だった。
「こんなにな」
「苦労ねえ」
 未樹は赤藤の今の言葉に何かを思ったようだった。しかし表情には出していなかった。
「かなり苦労したんだね」
「その分勝ってはきているさ」
 こうは答える。
「今までな。けれど」
「もう投げられないとか思ってないよね」
「何っ!?」
 今の言葉にはすぐにカチンときた。むっとした顔で未樹に顔を向ける。だが未樹はそれを受けても顔を正面に向けたままで表情もクールなままであった。
「まさかとは思うけれど」
「思っているわけないだろう」
 赤藤はそれは否定した。だが何故か必死の顔になっている。
「何でそう思うんだ。俺は六月に復帰するんだ」
「六月だね」
「ああ、六月だ」
 自分でも六月と言う。彼はここでも気付いていないがやはり強がりになっている。
「六月に復帰するからな。絶対にな」
「本気ならいいけれどね」
「俺は嘘は言わない」
 この言葉は本気だった。彼にも誇りがあった。
「それに何でこんな所で嘘なんか言うんだ」
「確かに嘘じゃないね」
 未樹もそれは認めた。
「嘘じゃないけれどね」
「何か言いたそうだな」
「心の底じゃどうかね」
 未樹はそこを指摘したのだった。走りながら。
「右腕を動かすのが怖いしそれで復帰したくないって思っていなかったらいいけれど」
「思っているものか」
「だったら」
 未樹はさらに言う。
「走っている時も右腕を庇っているよね」
「むっ!?」
 これは彼も気付いていなかった。言われて内心かなり驚いている程だ。
「何処がだ」
「右腕、全然動いていないね」
 やはり正面を見たままの言葉だ。しかしそれでも未樹は言うのだ。
「それ見たら思ったよ。怖いんだね」
「だから右腕は今は」
「動かせないっていうんだね」
「その通りだ」
 ここで彼は医者の言葉を自分の盾にしていた。実際にそれを言葉にも出す。
「医者にも言われた。安静にってな」
「安静にするのは大事だよ」
 未樹もそれは認めてきた。
「それはね」
「じゃあどうしてそんなことを言うんだよ」
 腹が立ってきていた。言葉にもそれが出ていた。
「下手をしたら動かなくなるだろ、そうしたら二度と」
「やっぱり怖いんじゃないかい」
「なっ!?」
 また怖いと言われて。怒りはしなかった。そのかわり頭から冷水を浴びせかけられたような気分になった。それで言葉も止まってしまった。
「それが怖いんじゃない。私の言った通りね」
「怖い・・・・・・」
「大事にするのはいいさ」
 未樹はまたしてもこれは認めた。
「けれどね。怖がったら駄目なんだよ」
「怖がったら」
「そう、怖がったら何にもならないんだよ」
 未樹は言う。
「何にもね」
「そういうものか」
「あんた、怖がったら駄目だよ」
「俺は別に」
「今投げろなんて言わないさ」
 未樹もこのことはわかっていた。しかしそれと共に。別のこともまたわかっているのだった。そしてこのことを今赤藤に対して語るのだった。
「けれど。怖がったら駄目さ」
「・・・・・・怖がったらか」
「お医者さんから投げてもいいって言われる時期があるよね」
「ああ」
 未樹のその言葉に頷く。
「もうすぐだ」
「もうすぐなんだね」
「もうすぐだけれどな」
「まず無理はしないことだよ」
 前を見据えたままの言葉だ。しかしこの言葉は赤藤だけに向けられた言葉だった。今自分自身の横に走る彼に対する言葉だった。
「それと一緒に」
「怖がらないか」
「最初は何処で投げるんだい?」
「さてな」
 その質問には答えない、いや答えられなかった。
「まだそこまで決めていないな」
「まだなんだね」
「まださ。けれどわかったよ」
 そのうえでまた言ってきた。
 
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