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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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六十七 凶報

犬の遠吠えが聞こえる。

喧騒が絶えない夜の街。狭い敷地にひっそりと佇む居酒屋で、かつての同胞は並んで酒を飲んでいた。


「――まさか、こんな所であんたと会うなんてねぇ…」
カツン、と御猪口を置く。空になっているのを見て取って、男は銚子を手にした。
「久しぶりだなぁ、綱手…」
とぽぽ…と注ぎ込まれる酒。器に溜まった小さな池の水面を、綱手と呼ばれた女性は覗き込んだ。
男とは対象的に若い容姿。同い年でありながら変化で誤魔化している自身に自嘲する。

「昔話をする為だけに私の弟子を誑し込んだのかい?」
「ぶふぉっ!!……ひ、人聞きが悪い事言うな!偶々だ、偶々!!」
酒を喉に詰まらせ、咳き込む男――自来也を、「どうだかねぇ…」と綱手は白い眼で眺めた。


祭りを堪能するよう己の弟子であるアマルを送り出したのはほんの数時間前。一通りこの街の賭場を回っていた矢先に、祭りへ遊びに出掛けたはずの弟子が帰って来たのである。それも見知った顔を引き連れて。
その後、弟子と付き人に気を使われた綱手は、その昔馴染みと共に酒場へ繰り出したのだ。


暫し同胞との再会を祝い、機嫌良く喋る。ややあってぐいっと一息に酒を飲み干した綱手が「それで?」と瞳を眇めた。
「いい加減本題に入ったらどう?」

途端、和気藹々としていたその場の空気が一変する。若干の緊張を纏った自来也がごほんっと咳払いした。
「率直に言う…――綱手、里からお前に五代目火影就任の要請が下った」

杯が唇に触れる寸前、手許が狂う。御猪口から零れた酒が机上に小さな染みを作った。
綱手の動揺を知りつつも素知らぬ顔で自来也がその染みを拭い取る。伏せていた顔を僅かに上げ、上目遣いに彼は問うた。

「三代目の事は?」
躊躇した素振りを見せた後、綱手は口を重々しく開いた。
「風の噂で耳にしたよ…。やはり本当だったんだね…」
「ああ…」

一時の沈黙。改めて二人はちびりと酒を煽った。先ほどよりなぜか苦く感じる酒の味に顔を顰める。
御猪口を弄ぶように手の中で転がしながら、綱手は自来也をちらりと見遣った。
「しかも、()ったのは大蛇丸だとか…」
「…ああ…」
頷いた自来也の苦い顔を綱手はじっと見据えた。やがて大きく息をつく。
酒気を帯びた溜息はまるで目に見えるほど深い哀愁に満ちていた。

「同じ弟子として同じ三忍として、遣る瀬無いねぇ…」
しみじみと語る綱手の前で、自来也がつまみの焼鳥を齧る。食べ終わった焼鳥の串を剣のように突き付け、彼は今一度訊ねた。
「それで?引き受けてくれるのか?」

矛先を向けられた綱手がうっとおしそうに串をペシリと叩いた。同時に「ありえないな―――断る」と一蹴する。
「思い出すなぁ、その台詞…。昔、お前に「つき合え」って言って、同じ台詞で断られたのぉ」
すげなく断られても呵々と哄笑した自来也は昔を思い返すように眼を細めた。
「そう冷たくするな。五代目火影はお前にしか勤まらん――凄まじき大戦時代に木ノ葉の勝利に大きく貢献。その戦闘及び医療忍術においては未だ肩を並べる者はいない」
「…褒めても何も出ないよ」
聊か機嫌を浮上させた綱手が小さく鼻を鳴らす。彼女の言葉に「謙遜するな」と笑った自来也は、次の瞬間顔を引き締めた。

「これは相談役達による決定だ。流石のお前も木ノ葉の最高意志を無視する事は出来んだろう?」
「……同じ三忍としてなら、お前はどうなんだ?」
「冗談。わしはそんな柄じゃないのう」
ひらひらと手を振って、自来也は肩を竦めた。そしてやにわに、つまみの乗った皿を退かして身を乗り出す。
「その点、お前は初代火影の孫。能力と併せてもこれ以上火影として相応しい者がいるとは考えられん」
無言で酒を飲み干して、綱手は目を閉ざした。やがて薄く笑みを浮かべる。

「気ままな放浪旅も気に入ってたんだけどね…まぁ、検討してみるよ」
「…!そうか…っ!!」
綱手の色好い返事に内心意外に思ったが、自来也はホッと息をついた。
安堵からか、幾分和らいだ表情で御猪口に並々と酒を注ぐ。

「それにしてもお前さん、いつ弟子をとったんだ?以前はシズネと二人だけだっただろうが」
「ああ…アマルの事だね」
自来也の問いに綱手はどこか懐かしむように目を細めた。


綱手の弟子――アマルは捨て子だ。
以前はジャングルの奥地にある村で過ごしていた彼女だが、一度生命の危機に陥るほどの大病を患い、その際村人から隔離された。その一件以来、アマルは人を心から信じられなくなっている。

その彼女が唯一、心底信じているのが『神サマ』だ。

全治するや否や村を飛び出し、『神サマ』を捜す旅に出る。独り旅をしていたアマルを見兼ね、シズネが声を掛けたのが切っ掛けで綱手はその『神サマ』の話を聞いた。
当初半信半疑だった綱手だが医療スペシャリストという性分からか、自身もアマルが捜す『神サマ』とやらに会ってみたくなったのである。

『神サマ』が実際に存在する人物なのかは疑わしいが、アマルの体験談を聞く上ではその病は大変厄介なモノ。また、最初はそれを見返りも無く治癒したらしき相手に興味を引かれただけだったが、アマルが医術の才能に秀でていると解った為、気紛れに医療忍術を教授し始めたのだ。
その内、何時の間にか師弟関係になっていたのは少々予想外だったが。



「私はね、あの子に感謝しているんだよ」
「ほぉ?」
御猪口の中を覗き込んで微笑む綱手に、自来也は目を瞬かせた。彼女の思い出話を肴に酒を口にする。綱手もまた一口酒を口に含むと、静かに目を閉ざした。
瞼に浮かぶ記憶は子豚を腕に抱える弟子の姿。


今やペットと化している子豚のトントンを連れて来たのは綱手でもシズネでもなく、アマルだった。
野犬にでも襲われたのか、血だらけの子豚を見つけてきた弟子は涙を浮かべながら綱手に縋った。
だが運の悪い事にシズネは外出しており、血液恐怖症である綱手は子豚に触れる事も出来なかった。その一方でアマルはまだ頼りない医療忍術を駆使して、子豚の怪我を治そうとした。

その際アマルが豚に掛けていた言葉が綱手の心を強く揺さぶったのである。
「大丈夫、大丈夫だ!此処には優秀なお医者様がいるから…っ!だから…頑張れ!!」

血が怖くて近づけもしない自分を優秀な医者だと告げたアマル。弟子の必死さに心動かされた綱手は、気がつけば息も絶え絶えの豚を治癒していた。怯えながらも滴る血を止める為に、医療忍術を施したのである。
その一件が契機だったのだろう。不甲斐無い自身に嫌気が差した綱手は、以降血液恐怖症を克服しようと努力し始めたのだ。



「動物だろうが人間だろうが関係ない。目の前の命を救うのが医者なんだと、弟子に気づかされるなんて情けない師匠だよ」
「…それじゃあ、もう血は怖くないのか?」
「まだ完全に治ったわけじゃないけどね。大分マシさ」
そうか、と感嘆の声を漏らした自来也が不意に訊ねる。
「それで?その弟子は何処に行ったんだ?」
「ああ。あんたの弟子の所へ遊びに行くって言ってたよ」
「…子どもってのはすぐ仲良くなれるからええのう」
微笑ましげに笑い合いつつ、酒とつまみに舌鼓を打つ。ふと今思い当ったように赤ら顔で綱手が問い掛けた。

「ところで、あんたの弟子ってのは誰だい?」

酔っ払って聊か火照った顔を机に伏せる事で冷ましていた自来也は、うつ伏せのまま呂律の回らぬ口調で答えた。
「四代目の子だ」
「どっちだい?」
綱手の突飛な問いに、自来也は突っ伏していた顔を上げた。意味が理解出来ず、怪訝な声音で「何言っとる」と逆に訊ねる。

「アイツの子は一人だろーが。波風ナル…九尾の人柱力だよ」
「え…」
自来也の返答に綱手は急に真顔になった。自分の記憶とは違う。

狐につままれたかのような表情を浮かべていた彼女は、自来也の怪訝な顔を眺めている内に、徐々に自身の記憶のほうが妙に思えてきた。「悪かったね、思い違いのようだ」と謝罪様に酒を煽る。


(酔いが回ったな…。四代目の子が双子だなんて…)
頭を振る。拍子に揺れた手許の酒が小さな波紋を描いていった。


(ありえない)





















こんこん、という音に波風ナルは目を覚ました。
「ん~…?こんな夜中に誰だってばよ…」

猫のおかげで第一段階の目処がついた為、ようやく眠りについていたナルは寝惚け眼を擦った。再び聞こえてきたノックに急かされ、扉を開ける。
「夜遅くにごめんな」
「アマル!どうしたんだってばよ?」

見知った顔に驚くと共に、喜んで部屋に迎え入れる。寝ていたところを起こされたので不機嫌だったナルの顔が瞬く間に笑顔となった。
「いや、先生がナルの師匠さんと飲みに行っちゃってさ…。それにナルともっと話したかったし」
気恥ずかしそうにしながら部屋へ入って来たアマルに、照れ臭そうに頭を掻いたナルは、彼女が大事そうに抱えている動物を見て目を瞬かせた。
「子豚だってばよ!」
「トントンっていうんだ」
暫しトントンを交えて仲良く雑談する。不意に窓傍へ視線を向けたアマルが不思議そうに首を傾げた。

「植木鉢?なんでこんな所に?」
「オレが持って来たんだってばよ!」
にししと笑ったナルが鉢を覗き込んだ。可愛らしい小さな黄色い花に思わず口許が緩む。


うずまきナルトが見舞いに持って来た花々。
種類ごとに植え替えた為、九つにまでなった鉢植え達は人捜しの旅に出掛ける際も持って行こうとしたほど、ナルにとって大切な物だ。如何せん自来也に止められたので、いのに面倒を見てくれるよう頼み込んだが。
だが特にお気に入りの鉢だけは一つ持って来ていたのだ。


「見舞いに来てくれた人がくれたんだってば」
先ほど水をやったばかりの花を愛おしそうに眺める。花弁に溜まる露の玉をそっと指の腹で拭い取るナルの横顔をアマルは羨ましそうに見つめた。
「いいなぁ、ナルには見舞いに来てくれる人がいて……――オレもさ、原因不明の病に掛かった事があるんだ」

胸の辺りをぎゅっと掻き抱くようにして、アマルは窓枠に腰掛けた。窓を開けると涼やかな虫の音が室内に流れ込んでくる。
虫の演奏会に耳を澄ませていたアマルは、天高くある月を仰いで寂しげに微笑んだ。

「オレ、捨て子なんだ。近くの村で育てられたけど、病に掛かった途端、村人はオレを隔離した。看病してくれる人なんて誰もいなかった」
「…………」
「なのにあの人は…病がうつる事も怖れず、オレを治療してくれた…オレの、命を――――救ってくれたんだ」

そこでアマルは、傍らで心配そうに自身を見上げるトントンの背を撫でた。
「コイツも死にそうな大怪我した事があってさ。だからあの人がオレに言ってくれた…「頑張れ」という励ましの言葉を掛けたんだ」
心底嬉しそうに撫でながら「そしたら、こいつも助かった」とアマルは微笑んだ。彼女の身の上話を、寸前とは打って変わった真剣な顔で聞いていたナルがおずおずと口を開く。

「その人が…アマルが捜してる恩人…なんだってば?」
「うん…命の恩人で、オレにとっての『神サマ』なんだ」

そこで口を噤んだアマルはそっと月を見上げた。アマルに倣ってナルも夜空を仰ぐ。
雲間から射し込む月光が室内に溢れ、濡れそぼった花をより一層華やかに彩らせた。



この時、ナルが見舞い人の名を挙げれば、違った結末を迎えられたのかもしれない。
この時、アマルが『神サマ』の名を告げれば、未来は変わっていたのかもしれない。
だが彼女達は、うずまきナルトの名前を言わなかった。

この些細な差異がどのような結末に結びつくのかも、どんな結果が起こりうるのかも、そしてこれから先の行く末に何が待ち受けているのかも…―――今の二人には知る由が無かった。



なんだかしんみりとした空気を払拭するように、ナルがわざと明るい声を上げる。
「オレ、最初はアマルの事、男だと思ってたってば。女の子だと知って驚いたってばよ!」
「ひっどいなぁ~。そんなにオレって男っぽいか?」
ナルと調子を合わせ、アマルは唇を尖らせた。次いで「ナルだって自分の事オレって言ってる癖に…許さんぞぉ~」とふざけてナルの身体をくすぐる。
突然のくすぐり攻撃を受け、ナルは目尻に涙を湛えて「ごめんってばよぉ」と笑った。じゃれ合う少女達の笑い声と笑顔が部屋いっぱいに溢れ出す。

「ごめんって!今修行してる新術…完成したら、アマルに一番に見せてやるからぁ!」
「言ったな!約束だぞ!!」
「まっすぐ自分の言葉は曲げねぇ…それがオレの忍道だ!!」

かっこいい台詞だが、傍目はただの子どものじゃれ合いだ。先ほどとは一転して和やかな雰囲気が漂う部屋。
笑い過ぎて腹を抱える二人の耳に、突如鋭い声が飛び込んできた。

〈おい、ナル!!〉
「え…?な、なんでこんな所に…!?」


いきなり少女達の談笑に割り込んで来たのは、ナルの担当上忍――畑カカシの忍犬『パックン』だった。


息を切らしながら宿の屋根上に佇むパックン。急いで窓から身を乗り出したナルに、パックンは再び大声を上げた。
〈自来也は!?自来也はおるか!?〉
「え、エロ仙人なら、たぶん居酒屋に…」
何時になく切羽詰まった様子のパックンに戸惑い、しどろもどろに答える。ナルの返事を聞くや否や、パックンは屋根板を蹴って駆け出した。
要領を得ない会話に焦ったナルが慌ててその背中に声を張り上げる。

「どうしたんだってばよぉ!?」
〈ヤバい事になっとるんだ!!〉
「何が!?」
振り向き様にパックンが答える。その返答に屋根の陰に潜んでいた者がピクリと反応した。




〈木ノ葉の五代目火影が…志村ダンゾウに決まった〉

 
 

 
後書き
今回、以前頂いたご感想を参考に致しました。ありがとうございます!! 
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