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セファーラジエル―機巧少女は傷つかない

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『"Cannibal Candy"』
  #2

 《ヴァルプルギス王立機巧学院》の門は、非常に巨大だ。右を見ても、左を見ても、先が見えない。恐ろしい広さだ。校内には男女それぞれ三つずつの階級別の寮が設けられ、全寮制のこの学院では、生徒はここで毎日就寝する。

 中央にはロンドンの物に勝るとも劣らない時計塔と、巨大な学院本棟。多数の超一流の魔術師・機巧魔術師を教師として招いており、その実力は英国最高の名を堂々と知らしめている。

「それじゃ、俺はここからは別ルートだから。筆記試験がんばれよ、ライシン」
「おう。クロスも、迷うなよ」
「迷わないよ。お前と違ってな」

 ライシンは筆記試験会場へと向かっていく。編入の際に学年何位なのかを決定する試験があるのだ。これで100位以内に入れなければ、今年度の《夜会》には出席できない。

 だが、クロスは違う。

 クロスは《特待生》。筆記試験無しで、問答無用で百位以内と同格に扱われる、毎年一人だけしかとられない貴重な枠だ。今年度は、そこにクロスが収まることになった。そして《特待生》には、首位(トップ)にしか与えられない専用の工房と同じものが与えられる。それほどまでの階級に納まるためには、様々な資格や実力、そして高名な魔術師や人形師の推薦が必要だ。

 クロスを推薦した人物の名前は花柳斎(かりゅうさい)硝子(しょうこ)。世界に名をとどろかせる超高性能自動人形(オートマトン)、《花柳斎ブランド》の製作者だ。とある事情で、十年ほど前からクロスを、三年前からライシンを引きとって、育てていてくれた母親代わりの女性だ。

 クロスは彼女の元に引き取られてから、あの《天使》についてひたすら調べつづけた。海外の書物を調べるにあたって、どうしても現地の言葉を覚える必要があった。それによって鍛え上げられた学力、《天使》から与えられた《能力》によって、クロスは無名・独学の機巧魔術師としては破格の実力を誇る。

 もっとも、《夜会》参加資格である《ガントレット》入手のためには、何らかの功績――――そう、たとえば百位以内の《ガントレット持ち》を倒す、などしなければならない部分では、筆記試験できっちり百位以内に入った生徒より劣るのかもしれないが。

 また、特待生は《夜会》もしくは私闘で、一度でも『敗北』した場合、即座に退学となる。

 それらの注意事項そのほかもろもろを担当教師に教えられたクロスは、専用の工房の場所を記した地図をもらい、職員室を出た。

 巨大な時計塔を見ると、時刻は午後四時三十分。あと三十分ばかりでライシンの筆記試験も終わる。

「あいつが筆記で上位100位以内に入るとは思えないがな……」

 苦笑しながら、広大な学院の敷地内を歩く。

 そして十分後――――自らの考えが甘かったことに気付かされた。

「……分からん」

 完全に迷った。学院の敷地は、クロスが予想した物よりもはるかに広大だった。行けども行けども、問題の工房が見えてこない。

「くそっ……一度でも行けば……探知の術でたどり着けるんだが……」

 地図をにらむが、工房の所在地である場所がどこなのか、さっぱり理解ができない。そう、クロスは、地理音痴である。秀才・天才である彼の、数少ない弱点といえた。ライシンには否定したものの、実は先ほど教員室に行くのも大分手間取ったのだ。

 《彼》の《(セファー)》の中には、地理探知をする術があったはずなのだが、対象に含めることができるのは『一度訪れた場所』だけである。クロスはまだ一度も自らの工房に赴いていない。探知することは不可能だ。

「だめだ。全く分からん」

 いつの間にか、よくわからない森の奥にやってきてしまっていた。太陽は沈み始め、空もオレンジ色に染まっている。

「はぁ……今はどのあたりなんだ……?」

 いくらクロスが方向音痴でも、今どこにいるのかくらいは確認することができる。あたりを見回すと、白い建造物が一つ目についた。たぶん研究室か何かだろう。となると……

「今はこのあたりか」

 地図上の位置を確認する。

「ちょうどいい。詳しい場所を教えてもらうとするか……」

 白亜の建造物に向かって歩いていく。色付硝子(ステンドグラス)の装飾が施されたドアの、金色の取っ手に手をかけ、引こうとした瞬間――――

 建造物の内部からドアが勢いよく開かれ、クロスは後ろに大きく弾き飛ばされた。

「ちょっと、邪魔よ!」
「す、すまない……」

 苛立ちを隠せない声がふってくる。

 壁に打ち付けた背中をさすり、反射的に謝りながらドアの方に向き直ると、そこには不機嫌そうな顔で、金髪の少女が一人、立っていた。

 美しい少女だった。年のころはクロスと同じくらい、つまり17か18だろう。恐らく二回生。女子生徒用の制服を身にまとっている。両手には黒い長手袋(ガントレット)……つまり、称号持ち。《夜会》参加資格を持つ、上位百名の一人という事だ。

 そして何より、クロスの眼を引いたのは、少女の肩に泊る、銀色の子龍だった。自動人形(オートマトン)……そして、クロスはその自動人形と同型の人形を知っていた。無意識のうちに呟く。

「《魔剣(オリジナル・グラム)》……」
「……っ!」

 少女が息をのむ。どうやら《魔剣(グラム)》の魔術回路名をクロスが知っていたことに驚いたようだ。

「私のことを知っているのか」
 
 子龍が喋る。喋る自動人形は珍しくはない。クロスは正直に答える。

「ああ。正確には、亜種を知っていると言った方がいいのだろうが……っと」
 
 クロスは姿勢を正すと、少女にぺこりと会釈をした。

「先ほどは失礼した。俺は鈴ヶ森(すずがもり)玄守(クロス)。今日、日本から二回生として転入した」

 クロスが自己紹介をすると、少女はいぶかしげな顔をした。

「クロス……?それにその髪、混血児(ハーフ)なの?」
「ああ……」

 どうやら、クロスの名前と髪の毛の色を不思議がったらしい。確かに『クロス』という名前も、白銀の髪の毛も、日本にはほとんどない気がする。

「いや。日本人だ。親父が白い髪を珍しがって、外人みたいな名前を付けたんだそうだ」
「へぇ……」

 素直に納得する少女。最初の印象ではとっつきにくい性格をしているのではないかと思ったが、意外と素直なところもあるようだ。
 
「《魔剣》の自動人形(オートマトン)を連れているところを見ると、貴女はフランスのブリュー家の令嬢とお見受けするが……?」
「驚いた。ブリュー家の事まで知ってるだなんて……そうよ。私はシャルロット・ブリュー。二回生で、順位は六位」
「ほう」

 今度はクロスが驚く番だった。学院内順位第六位。それはつまり、《夜会》のトップランカーである《ラウンズ》の一員であることを示す。二回生でその順位は賞賛すべきものだ。

「それはすごいな」
「そう?……私が順位まで言ったんだから、あなたも言いなさいよ」
「失礼した。……今の所順位はない。特待生だ」

 その瞬間。シャルロットの顔に、本物の驚愕が走った。

「特待生!?確か、高名な魔術師か人形師の推薦と、それにふさわしい実力がなければなれないっていう……この学院で見たのは初めてね」
「そうなのか?」
「ええ。噂では学院創設時に一人だけいたのを除けば、今日の今日まで一人も取られてないとか……」

 そうなのか、と内心で呟く。確かにそんなに多いものではないだろうと思っていたが、まさか自分がたったの二人目だったとは。

「まぁ、《夜会》参加資格を手に入れるには何かの功績をたてなくてはいけないらしいがな……そのうち、あんたの参加資格を奪いに行くかもしれないぞ」
「ふんっ、望むところよ。返り討ちにしてあげるわ」

 クロスはシャルロットに向かって手を振ると、白亜の建物を後にした。

「……工房の場所聞くの忘れた」

 本来の目的を果たすことを忘れていたのに気が付いたのは、それから五分ほど後のこと。

 結局、工房を見つけた時には時刻は午後五時を回っていた。
 

  ***


「……全1236人中1235位……」
「ほう、下から二番目(セカンドラスト)か。結構なことだ」
「何でだ!!」
「当たり前だ!!」

 ごすっ!

 隣で絶叫するライシンをひっぱたく。いやむしろぶん殴る。ライシンは痛そうな顔でクロスに殴り返してくるが、クロスはひらりとそれを回避してしまう。

「くそっ!何でお前だけ特待生なんだ!」
「成績がいいからだろ!」
「何でお前はそんなに成績がいいんだ!!」
「当たり前だ!お前はちゃんと硝子さんの話を聞いてたのか!?そもそも英語勉強したのかお前は!」
「会話できる程度にしかしてねぇよ!!」
「じゃぁこんな結果になるのなんて当然だろうが!!」

 ぎゃーぎゃーと子どものようなやりとりと続ける二人に、夜々が

「夜々は知っています!雷真が血反吐を吐くような修行をして、誰よりも頑張ってきたこと!!」

 と、声を掛ける。それを聞いたライシンは動きを止め、がっくりとうなだれる。

「だけどさ……夜々、お前は花柳斎ブランドが誇る『最高傑作』、《雪月花》の一体……そんな自動人形(オートマトン)の相棒の俺が、こんなんじゃ……情けなくて……」
「雷真……夜々は、雷真のおそばにいられるだけで……」

 はたから見れば、力及ばないことを悔しがる青年と、彼を慰める恋人のような構図に見えるだろう。だが、長くはなくとも、決して短くない時間を彼らと共に過ごしたクロスには、この後、何が起こるのかが目に見えている。

「……硝子(しょうこ)さんに、会わせる顔がねぇ!」

 ぴしっ!

 空気が凍り付いた。

「硝子……硝子……硝子って!いっつも硝子のことばっかりぃいい!!」

 夜々という者がありながらぁ~!!と夜々がライシンの首をつかんでがくがく揺さぶる。

 硝子はクロスとライシンの命の恩人だ。十年近い時を共に過ごしたクロスにとっては母親のような存在だが、ライシンは淡い恋慕の感情を抱いたりしている。夜々はそう言ったことにひどく敏感なため、ライシンが硝子のことを口にするといつもこうだ。

「……ずいぶんマシになったよな、夜々も」

 クロスは、ライシンが硝子のもとに来たばかりのことを思い出す。あの頃、夜々はライシンに敵意をむき出しにしていた。一度は殺しかけたこともあったほどだ。

 ……夜々は、クロスにとっては妹のような存在だ。今でも、ライシンに多少なりとも命の危険があることに変わりはないが、それでも二人の関係が『敵対』では無くなったのはいいことだと思う。

「……それじゃぁ、俺は工房に戻ってるから」
「お、おう……うぐ!やめろ夜々!!息が、息が詰まる!!」

 クロスはじゃれ合う二人に苦笑しながら、その場を離れた。

 クロスの眼が虹色に輝く。《彼》の《(セファー)》に記録された『地理探知』の魔術回路が起動し、工房の場所を示してくれる。

「これが一度も言ったことの無い場所も探知できるなら一層いいんだけどなぁ……」

 愚痴るクロス。

 明日から、学院生としての生活が、本格的に始まる。

「《夜会》参加資格は……どうするかね」

 それは、明日考えることにしよう。

 そう呟いて、クロスは今度はあっさりとたどり着いた、工房のドアを開いた。 
 

 
後書き
 シャルにはライシンより先にクロスに出会ってもらいました。運命の邂逅(笑)

 クロスがシグムントのことを「オリジナル」と言ったのにはちゃんと理由があります。ネタバラしはもっと後ですがね。 
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