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セファーラジエル―機巧少女は傷つかない

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『"Cannibal Candy"』
  #1

 ごとごとと音を立てて、汽車は走る。車窓から見える外の景色は、移り変わりが早く、五秒として同じ姿を保っていない。汽車の車窓から、その景色を眺める青年が一人。整った東洋人の顔立ち。目の色は焦げ茶色。白とも銀ともつかない、東洋人には珍しい色の髪を持った青年だ。年のころは16~18歳ほどだろうか。

 頬杖を尽きながら眺めていた外の景色に飽き、青年――――鈴ヶ森(すずがもり)玄守(クロス)はガラス窓から視線を外した。代わりに、相席に座る一組の男女を見る。

 二人とも、クロスと同じ日本人だ。片方は16~18ほどの青年。美青年とは言い難いが、それなりに整った顔立ちに、茶色いとがった髪型。着慣れない洋風の作業着のような服に身を包んでいる。目を閉じ、先ほどのクロスの様に頬杖をついて、車窓にもたれかかっている。

 もう片方はやはり16ほどの少女。こちらは目を見張るような美少女だ。黒い和服に身を包んで、肩や首筋、足などの肌を惜しげもなくさらしている。その肌の色は、まるで人形のように白い……いや、事実そうなのだ。

 青年の名は赤羽(あかばね)雷真(ライシン)。ここ大英王国(イギリス)の国よりはるか極東の島国、日本から、クロスと共にやってきた《機巧魔術師》。少女の方はその相棒である自動人形(オートマトン)夜々(やや)。世界に名をとどろかす《花柳斎》ブランドが誇る『最高傑作』、《雪月花》の三部作が次女。

 耳元でささやく夜々をうるさがったか、ライシンが起きだす。

「……起きていたのですか、雷真」
「……人の耳元で何をやっているんだお前は」
「雷真が夜々のことを好きになってくれるようにおまじないをしていました」
「おまじないってレベルじゃなかったよな?精神を汚染しようとしてたよな?」

 いつものやりとりに、クロスは微笑を浮かべる。

 今向かっているのは、大英王国(イギリス)最大級の都市、《機巧都市》だ。住民のほぼすべてが機巧魔術に明るい、まさに機巧魔術のためだけの街。

 クロス達はその《機巧都市》に建てられた、《ヴァルプルギス王立機巧学院》に入学するために、遠路はるばるやってきた。彼らの目的は、学院で定期的に行われるという《夜会》への出席。もっとも、《夜会》といってもそのままの意味ではない。裏の……もしくは『真実の』意味合いとしての《夜会》だ。

 《夜会》とは「魔女の邂逅」を表す隠語だ。「ヴァルプルギス」という名前も魔女にかかわりの深い名前だったはずである。王立学院で行われる《夜会》とは、《機巧魔術師》達によって行われる、《バトルロワイヤル》なのだ。

 何のための?それはもちろん――――

「……《魔王(ワイズマン)》になるため、か……」

 《魔王(ワイズマン)》。それは、世界最高峰の魔術師を表す言葉。《夜会》の勝利者を始めとする、英国王から特別な権利を与えられた彼らは、ありとあらゆる禁忌の適用外となる。有機生命体を素材とする《禁忌人形(バンドール)》の製作許可。使用禁止の《禁書》の閲覧許可。本来ならば許されない国王への優先謁見。超高階級貴族としての爵位。ありとあらゆる魔術階級制限の免除――――《魔王(ワイズマン)》の称号は、手に入れればそれこそイギリスの中では「何でもあり」になることができるものである。

 当然、学院を目指すのだからクロスの目的も《魔王(ワイズマン)》になることである。だが、彼の場合、それはライシンや、歴代の《魔王(ワイズマン)》、そしてこれから戦うことになるであろう他の《夜会》参加者らとは、多少異なっていた。
 
「……」

 目を閉じる。すると、今でも鮮やかに残る「あの日」の記憶が、脳裏に再生される。

 純白の礼拝堂。虹色の光。かがやくような翼をもった、真っ白い天使。微笑んだ《天使》が手を振るうと、一筋の光がクロスの目の前に舞い降り――――ほんの一瞬の、断片的な記憶ではある。だが、クロスは片時もこの記憶を忘れたことはない。その名を知りたくて、日本だけでなく、世界中の文献を捜し歩いたが、ついぞその名を知ることはできなかった。

 あの日であった《天使》の謎を解き明かす。そしてそのために、《天使》から与えられた、たった一つの宿命を達成しなければならない。

 それこそが――――

「……っ!」

 その瞬間。電車の車体が大きく揺れて、クロスの思考を現実世界へと引き戻した。目の前では、ライシンが相席の乗客をかばって、壁に激突していた。

「雷真!」
「……何をやっているんだお前は」
「そう言うくらいなら助けてくれよ……」

 痛そうに顔をしかめたライシンは、助けた少女に「大丈夫か」、と聞く。八歳にも満たないであろうその少女は、「うん!」と笑顔で返す。そしてその時、再び車体が大きく揺れた。

「な、何だ!?」
「何が起こってるんだ?」
「止まらない!列車が止まらないぞ!!」

 クロス達の席は運転席にほど近い位置にある。そのため、操縦士たちの焦りの声が聞こえる。

「夜々」
「はいっ!」

 ライシンが鋭く言うと、夜々もそれに応じる。窓を開けると、ひらり、と車体上に乗り上がる。

「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。必ず止める」

 ライシンは不安そうな顔をする少女にもう一度笑いかけると、車体上に乗り上がった。

「俺も行くぞ」
「頼むっ」

 クロスも続く。

 列車の屋根の上から見たロンドンの街は、どんどん速度を上げて近づいていた。列車は本来ならば減速すべきカーブでスピードを落とさずに、危ういバランスで曲がる。

「夜々、ブレーキだ!」
「はいっ!」

 ライシンと夜々の応答。二人はブレーキがあると思しき後方の車両連結部に向かって走り出す。クロスもそれに続く。黒いレバーを夜々が押し倒すが、しかし列車は止まらない。

「止まらない……」
「ブレーキ部部に故障があるのか……道理でとまらないわけだ」
「どうする、クロス」
「……止めるんだろう?」
「もちろん。あきらめるな、行くぞ、夜々!」
「はい、雷真!」

 ライシンと夜々は素晴らしいフォームとスピードで、来た道を戻り始める。ロンドンの街はますます近くなる。リヴァプール駅はすでに目の前だが、列車はいまだにその速度を落とそうとしない。

「夜々っ!」
「はいっ!」

 ライシンと夜々の、何度目かの短い応答。長い時を共に過ごした二人に、多くの言葉はいらない。

「雷真、上ですっ!」

 ライシンと夜々が、駅の屋根を飛び越える。

「さすがの身体力だな」

 クロスはライシンと夜々を見上げ、呟いた。
 
 機巧魔術の利点の一つに、『《自動人形(オートマトン)》と魔力をつりあわせることで、身体能力を高める』という物がある。これは、元来魔術最大の弱点であった「術者が無防備である」という、最大の問題を比較的解決できるものである。

「さて、俺も続くとするか。――――《(セファー)》」

 クロスは、屋根が迫るその瞬間に、《彼》の魔術回路を起動させる。

「『第二十七頁(Twenty-seventh page)』、開放」

 その声に呼応するかのように――――クロスの両目が、虹色に輝く。同時に、クロスの背中に、天使のような翼が生える。そのまま屋根を飛び越え、汽車の第一車両に降り立つ。

 リヴァプール駅を突っ切り、列車はさらに加速を始めようとする。だが、その瞬間、列車の前に夜々が躍り出る。

「ふん~~~~っ」

 夜々が両手両足を踏ん張って、列車に強制的にブレーキを掛けさせようと試みる。しかし、列車は止まらない。その時、ライシンが右手をかざして、魔力の波動を放つ。

「夜々、森閑四十八衝!」
「んん~~~~~っ!」

 迸った魔力の奔流が、夜々にさらなる力を与える。ボゴッ!!という激しい陥没音と共に、列車の最先端が陥没する。と同時に、暴走汽車は後方を大きく脱線させ、そのスピードを弱め、停止した。

「ふぅ……」

 安どのため息をつく夜々に、ライシンが近づき、笑顔で言う。

「えらいぞ、夜々。()()()()()()な」

 夜々の頭をなでるライシン。うれしそうにじゃれる夜々。

 いつの間にか集まってきた野次馬たちが、ライシンと夜々の活躍に、歓声を上げた。

 はるか遠く、日の本の国よりやってきた《機巧魔術師》達の、最初の事件だった。



 ――――それを見るクロスの両目が、虹色に輝いていた。

「――――魔術回路、《金剛力》、か」

 クロスが見ていたのは、夜々の行使した魔術回路の情報だ。様々な魔術回路の情報が、《彼》の《(セファー)》に記録されていく。

 《金剛力》。《雪月花》が一体、《月》の夜々に積まれた魔術回路。『金剛』の名が示す通り、ダイヤモンドのごとき強度によって、鬼神のような戦闘力を発揮する、最強クラスの魔術回路だ。
 
「東洋の機巧技師が作りし最高傑作、か。これからどのように成長していくのか……《見させて》もらおうか」

 くっ、と笑う《彼》の両目が、次第に色を薄れさせ、東洋人特有のこげ茶色の瞳へと変わっていった。 
 

 
後書き
 オリ主のオートマトンやその能力はカニバルキャンディ編の終わりごろに出てくると思います。もっと早くなる可能性もありますが。 
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