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ガチョウの物語

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第二章


第二章

「おいおい」
「今度はあれかよ」
 何と大きなガチョウはそのままお池に沈んでいってしまいました。皆もうそれを見て呆然です。しかもお池の底を歩いてちゃんと一家の後ろについていきます。これもまた皆見たことも聞いたこともない光景でした。
「何なんだ、あいつ」
「ガチョウじゃねえよな」
「泳げないからな」
 それを理由としてガチョウじゃないんじゃないかと言い合います。猪も鹿も入っています。
「じゃあ何かな」
「牛か?」
 こう言う動物も出て来ました。
「いや、象だろ」
「とにかくガチョウじゃないよな」
「違うでごわすよ」
 けれど当の大きなガチョウ自身はあくまで主張するのでした。
「おいどんは」
「おいどんは?」
「喋り方までおかしいな」
「こう見えても」
 突っ込みなんか一切気にせず主張します。
「ガチョウですたい!」
「・・・・・・だそうだ」
「そうらしいな」
「まあいいんじゃないか?」 
 熊が笑って言いました。
「それならそれで」
「いいのかよ」
「あいつ自身が言うんならな。それに」
「それに?」
「あいつ見てるだけで笑えるよ」
 早速腹を抱えて笑いだしました。
「あの歩く姿に大きさ。何なんだよ」
「ああ、そりゃ確かに」
「ないよ、あれって」
 森の皆も熊に続いて笑いだしました。
「あんなガチョウっていうか生き物見たことない」
「有り得ないって」
 大きなガチョウは皆の笑いものになってしまいました。森を歩くと誰もが振り返り指差して囃し立てます。けれどガチョウはそんなこと全く気にしてはいませんでした。
「なあ兄弟」
「御前さあ、また」
「光栄でごわす」
 兄弟達にこのことを言われてもやっぱり平気なのでした。それどころかこんなことまで言う始末です。全然気にしていないどころかです。
「光栄って?」
「おいどんを見てくれているでごわす、皆が」
「そう思うの?御前」
「本気?」
「おいどんは嘘が嫌いでごわす」
 いぶかしむ顔の兄弟達にはっきりと答えます。
「それにでごわす」
「それに?」
「何なんだよ」
「森の皆の注目を受けているということ。気持ちいいとは思わんでごわすか?」
「そうか?」
 けれど兄弟達はその言葉には首を傾げるばかりでした。
「そうは思わないよなあ」
「なあ」
「おいどんは思っているでごわす」
 けれどそのごわす言葉と一緒に出る言葉はこれです。
「いいことでごわす」
「まあ御前がそう思うんならさ」
「俺達はいいけれど」
 兄弟達は彼がそれで納得しているのならいいと。放任というか呆れているというか距離を置いているというか。そんな態度です。
「まあさ。一応生きていってるんだし」
「泳げないけれどね」
「泳げなくとも平気でごわす」
 ガチョウとは思えない言葉でした。
「おいどんは川やお池の底を歩けるから同じですたい」
「よく息が続くよな」
「それもわからないよ」
「そうそう」
 何匹もいる兄弟達ですが皆このガチョウよりはずっと小さいです。それにちゃんと泳げますし川やお池の底を歩いたりはしません。あくまでこのガチョウだけです。
「まあさ。それでもやっていけてるんだから」
「俺達は別にいいけれどね」
「兄弟達の言葉が何よりも有り難いでごわすな」
「まあ兄弟だからね」
 だから彼等とお父さんお母さんだけはこのガチョウを馬鹿にしたり笑いものにしたりしないのでした。けれどそれでも。やっぱりおかしいことこの上ないこの大きなガチョウでした。
 
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