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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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涙 ~Lacrimae~

†††Sideルシリオン†††

『ごめんね、ルシル』

シャルが静かに目を伏せながら謝ってきた。しかしその前に、謝罪する姿勢ではないような気がするんだが・・・まぁいいか。

『謝られる理由が判らないんだが。何に対しての謝罪なんだ?』

ロッキングチェアに座りながら本を読むシャルに訊き返す。

『色々と迷惑を掛けているから、かな・・・』

『・・・気にするな』

エメラルドの円卓を挟んで座るシャルにそう答えた。シャルは顔を少し上げて、しかし私に視線を向けることなく微笑をつくり、そしてまた手にしている本へと再び視線を落とした。

現在、私とシャルの“意識体(せいしん)”が居るのは創世結界・“英知の書庫アルヴィト”の一画だ。今は瀕死のシャルの“意識体”だけを、ここ“アルヴィト”に移している状態だ。契約メンタルリンクによって、私とシャルとの間に契約証(ライン)が繋がっているからこそ可能なこと。そのおかげで、こうして精神世界である創世結界内でシャルと話すことが出来るというわけだ。

『さて、こうして話も出来るのだし、現状についておさらいといこうか』

『気になることが1つあるの。私を貫いた剣。あれはルシファーの剣で間違いなかった。でも、私に奇襲を仕掛けてきたのはルシファーじゃなくて、女だった。ベルゼブブかベルフェゴールのどちらかなのは間違いないはずなんだけど。でも何でこの女がルシファーの剣を持っているのかが解らない』

シャルの“意識体”から記憶を抽出して、円卓の上に画像として浮かび上がらせる。浮かび上がったのは白髪の女。私も見たことがないな。シャルの視覚を覆うのは、何かの文字が書かれた紙のような。そう、本のページのような。それを圧倒的物量でシャルを押し流し、視覚阻害中に例の剣を投擲、撃破というわけか。

『今回はどいつもこいつも知らない顔ばかりだ。どれだけ代替わりしたんだろうな・・・? それはともかく。この剣、かなり強力な神秘で創造されている代物だった。作成者はナンバーⅩ断罪ダムナティオ。武装名はルートゥスだそうだ』

ルシファーの剣――ルートゥス(悪ふざけという意味だ)の画像も一緒に映し出す。剣に関しては、複製能力を利用して解析した結果、判明したことだ。“悪ふざけ”。随分と馬鹿にしたネーミングだ。ふざけやがって。

『この女がルシファーの剣を持ち現れ、昨夜、持ち主であるルシファーは姿を見せなかった』
  
昨夜姿を見せたのはアスモデウス、レヴィヤタン、サタン、そして白髪の女。白髪の女に続いて、私は円卓上に確認されているヤツらの画像が浮かび上がらせる。

『このうち、斃したのはマモンとサタンの2体だよね?』

『そうだ。マモンは英雄の居館(ヴァルハラ)に取り込み、サタンは複製真技で消した』

6体の画像の中から、マモンとサタンの画像だけを消す。

『あのさ、ルシル。私、意識が落ちる前に見えたんだ。この女に重なるようにして嫌な笑みを浮かべたルシファーを・・・。この女がルシファーの剣を持つ理由・・・。もしかしたらなんだけど、ルシファーがこの女に取り込まれたんじゃないかな?』
 
『取り込まれた? どういう意味だ』

『ルシルって、ペッカートゥムの分裂体と戦った経験少ないでしょ? だから知らないと思うんだけど、ヤツら、斃れたペッカートゥムを吸収して強くなる、なんてことがあるんだ。たぶん今回もその可能性がある・・・と、思う・・・』

確かに分裂体との戦闘回数は、他の守護神に比べて圧倒的に少ないのは事実だ。私の契約は何でもありだからな。界律に呼ばれ、人間に呼ばれ・・・。その分、下位の“絶対殲滅対象アポリュオン”との戦闘がどうしても少なくなってしまう。

『それが本当だとすれば、ルシファーがどうして白髪の女に吸収されたか、だ。マモンやサタンのように私たちに斃された訳でもないのに・・・』

『・・・ルシファーと白髪の女の間に何かあった、ということ・・・だよね? 私の推測が当たっていれば、だけど』

判らないな。しかし放って置いていいようなものでもない。その辺りは慎重に構えておく必要があるな。色々と思考を巡らせている中、シャルにずっと見られていることに気付く。何か言いたそうな表情だ。

『・・・話変わるけど。私のダメージって・・・結構重い・・・のかな?』

視線を合わして数秒、囁くような小声がシャルの口から漏れた。私は腰掛けるロッキングチェアを揺らし、少し間を置いてから告げる。

『・・・君の容態は・・・・まぁ、悪い。あの剣には治癒阻害と魔力精製阻害などという阻害系の高位の概念が掛けられている。剣を君から抜いた今も、その概念に苦労しながら治療しているよ』

『そっ・・・か。いっそのこと一度死んで、再召喚された方が早いのかな・・・?』

『馬鹿か? そんなことをせずともちゃんと治してやるから安心しろ。それにすぐに再召喚が行われるとは限らない上、召喚時の姿もどうなるかも判らない。9歳になるかもしれないし、君の本来の体型として召喚されてしまう可能性もある』

『うっ・・・それは・・・おわぁ!』

背を大きく反らして背もたれに強くぶつかった所為で、シャルの座っているロッキングチェアが激しく揺れた。床に足を着くことで揺れを止めたシャルは、今度は軽く揺れるように優しく背もたれた。

『また9歳になったらどうする? 小っちゃくなっちゃったって言ってみるか?』

『う~ん・・・』

どこぞのマジシャン風にそう言ってみた。シャルは真剣に考えているようだが、そうならないために治すと言っているんだよ、シャル。

『そして本来の体型で召喚された時、だ。今の君の身長は確か160だったな。で、君の本来の身長は・・・』

『165cmだけど・・・。あー、5cmも差がある』

『そう。もし短時間で召喚された場合、その5cmは結構大きい。どう言い訳していいか全く検討がつかない。っと、君のスリーサイズは?』

『えっと、上から8ろ・・・って、何を言わせるかっ、コラァーーーーッ!!』

場を和ませる冗談のつもりだったんだが。シャルは円卓に置かれていた本を手に取って、その本をオーバースローで投げてきた。咄嗟に首を反らして回避した。だが1投目に隠れた2投目が存在していた。梳きを生じぬ2段構えだ。

『ぐはっ・・・。くっ、痛いじゃないか、シャル・・・』

眉間にヒット。刺さるんじゃないかってくらいの威力だった。本が眉間に刺さり死亡。いくら書物が好きな私でもそんな死因だけは遠慮しておきたい。“意識体”であるため、死ぬなんて事はないがな。

『まったくもう、全然関係ないでしょうが。あとさっきの数字は忘れなさい、オーケー?』

『イエス、マム』

額に青筋を浮かべて半目で睨んでくるシャル。両手を挙げの降参ポーズで素直に頷く。

『そういうわけだ。現状での再召喚は結構なリスクを負うことになる。もし165cmになったら、ミョルニルで叩いて身長を無理矢理縮小しないといけないしな』

『いやーーーー! そんなことされたら頭蓋骨が粉砕骨折するよっ!?』
 
両手で頭頂部分を押さえてイヤイヤって首を横に振っている。あ、なんか可愛いな、それ。

『その前に雷撃で黒コゲ・・・のさらに前に吹っ飛ぶな。主に上半身が・・・』

“天槌ミョルニル”で軽くでも叩かれたら死ぬのは必至だからな。当然これも単なる冗談だが。つまらなかったか? あぁ、そうか・・・。

『ねぇ? さっきからルシル、私をからかってばかりなんだけど・・・?』

『落ち込んでいる君を心配してのことだ。素直に受け取っておいて損はない、と思う』

シャルは『うへぇ』って呻きながら円卓に突っ伏した。

『スモールな親切、ビッグなお世話だよ』

ルー○柴?とはツッコまない。ツッコミは私ではなく、はやての領分だからな。

『それに、だ。君は今の体で生きていたいだろ? なのは達と一緒に育ったあの体で、本契約が訪れて、そして終わるその時まで・・・』

『・・・そう・・・だね。うん、そうだ』

伏せていた体を起こして、本当に綺麗な笑顔を見せたシャル。あぁ、だからこそ必ず助けよう。

『だから安心して待っていろ。必ず治して起こしてやる』

『ありがとう、ルシル。あ、でも無理はしないこと。ルシルまで倒れたら、みんなをヤツらから守れなくなるから』

『ああ・・・』

シャルの気遣いを、受け半分流し半分の割合で頭に入れる。こういう時にこそ無理をしなければ救えるものも救えないからだ。

『・・・それはそうとさっきから何を読んでいるんだ?』

さっきから気になっていたシャルが読んでいた本について、私に投げられて今は床に落ちている本を拾いながら訊いてみた。

『ん~、ちょっとね・・・』

“アルヴィト”に収められているのは、複製された術や能力、技、知識などが詳細に記された書物ばかりだ。だからシャルが何を読んで、その知識に取り込もうとしているのか興味があった。

『これは・・・・結界術式の・・・?』

拾った本に記されているのは、私たちの魔術における結界術式に関すること。なんだが、シャルが結界とはこれいかに。攻性特化の騎士であったシャルと結界がどうしても結びつかない。

『創世結界、憧れだったんだよね。自分だけの唯1つの世界。その世界の王になれるっていうのが』

つまりは、シャルは創世結界の術式を組もうとしていたわけか・・・。

『いやいやいや、創世結界ってそう簡単に発現できるものじゃないぞ? 世界に干渉する術式だからな。イメージをそのまま術式として組まないといけないし、世界からの修正に関しての術式も組む必要があるし・・・正直面倒くさいんだよ』
 
“聖天の極壁ヒミンビョルグ”を形にするのに3年。それに与える効果の術式があまりにも複雑だったために途中挫折して、今でも未完成のままだ。その“ヒミンビョルグ”に設けようとしていた効果の術式を2つに分けることで完成したのが、“神々の宝庫ブレイザブリク”と“英知の書庫アルヴィト”だ。“ブレイザブリク”は原型モデルがあったおかげで1年、“アルヴィト”は1年半、“ヴァルハラ”は5年かかった。複製の能力があったからこそのそんな短期間で完成できたものだ。

『それくらい解かってるって。単なる暇つぶしだから』

片手を軽く振りながら、それでも別の結界関連の本を読み出すシャル。暇つぶしで創世結界って・・・。当時、創世結界を目指していた連中が聞いたら卒倒するぞ。

『それとお願いがあるの。スバルに“ギンガを守れなくてゴメン”って・・・』

『・・・シャル、それは――」

『ごめん。やっぱいい』

「・・・そうだな』

私の言葉に被せるようにして、シャルがそう告げた。

『こればっかりは自分で言わないとダメだよね。だからさっきの忘れて。私が治って起きたら、ちゃんと私の口から言うから』

『了解した。それじゃあ、しばらくここで休んでいろ』

『休むも何も、体が意識体(こんなん)じゃあまり意味ないけどね~』

『ふふ、違いない』
 
目の前に霞がかかり、“アルヴィト”が消えていく。意識が現実へと戻っていくためだ。

『ありがとう』

最後の最後でシャルから感謝の言葉。その表情は泣き笑い。私は両目に浮かぶ涙をハッキリと見た。随分とシャルは涙脆くなったものだと思う。それは良いことだとも思う。というか、そういうのは治療が終わってから言ってもらいたいものだな。

「・・・待っていろ、シャル」

目を開けるとそこはすでに現実で、私の前にはベッドに寝かされたシャルの体。ベッドを中心にアースガルド魔法陣が展開、そしてルーンの円環がベッドを幾重にも覆っている。個室であるこのシャルの病室に、簡単な儀式の祭壇を作り出している状態だ。

「・・・まったく、死に掛けている人間の顔じゃないよな」

シャルの寝顔は安らかなものだが、容態はかなり重い。剣に貫かれ、孔の開いている腹部を浄化作用のある“ウルザブルン”の泉水で覆い、阻害概念を無理やり浄化、その上で最高位の治癒術式コード・エイルを掛ける。これを4時間前からやり続けている。正直ここまでの長丁場の治療行為は初めてだ。

「はぁはぁはぁ・・・。まずい、目眩が・・・・」

本来なら上級魔術であるコード・エイルは使用できず、“ウルザブルン”の泉水もそう易々と使っていいものじゃない。それを無理して使っているために魔力も限界に近い。昨夜、怒りに任せて使用した第二級権限の無許可解凍、そして制限されている上級術式の1つであるコード・リンの発動、及び高位複製術式の使用のペナルティの所為もある。それにしてもいい加減に上級術式の使用を完全に認めてもらいたいものだ。そうすればこんな苦労なんてせずに済むというのに・・・。

「あぁ、くそ。一度休みを入れないと本当に倒れかねないな」

ベッド付近に置いてある椅子に腰掛ける。4時間続けても孔が塞がらない。その概念の強さはまるで“呪神剣ユルソーン”並だ。私の肉体に孔を開け、不死と不治の呪いをかけた魔造兵装第二位の魔剣。その所為で私は“テスタメント”とならざるをえなくなり、今もこうして戦い続けている。全ては呪いを解き、人間に戻るために、だ。まぁ、それがいつになるか判らないが。

「・・・すぐに戻る。少し待っていてくれ、シャル」

ふらつく足に活を入れ、何か口に入れておくために病室の扉に向かう。少し離れていても泉水とコード・エイルは途切れない。だからと言ってそう長く離れるようなことはしないつもりだ。

「あぁ、ザフィーラやヴァイス達も重体だったな。急いでシャルを治して、そっちの方の治療にも参加しないと・・・おっと」

「キャ!?」

「ん?」

扉が開くと同時に蹴躓いて、扉の向こうに居た人にもたれかかってしまった。短い叫び声は女性のもの。悪気はなかったとはいえ悪いことをしてしまった。

「ルシル!? 大丈夫、ルシル!?」

「あぁ、フェイトか。ごめん、すぐに退く」

私を受け止めていたのはフェイトだった。おそらくロングアーチスタッフの見舞いに来たんだろう。

「待って! 顔色が悪いよルシル! もしかしてあれから休んでいないの!?」

フェイトが私を心配するが、その前にフェイト、ここがどこだか判らないわけじゃないよな。

「フェイト。心配してくれるのはありがたいが、少し声のボリュームを下げような。この区画一帯は重体患者のいる病室が集中している」

「あ、ごめんなさい」

しょんぼり肩を落としたフェイト。いや、そこまで沈まなくてもいいと思う。そう考えながら廊下に設けられているベンチに座る。思っていた以上に足に力が入らないし、いつまでもフェイトに支えられているのも、男としてヘコむからだ。

「フェイトはロングアーチスタッフの見舞いか?」

「うん・・・」

力のない返答。やはりフェイトも相当疲労が溜まっているようだ。無理もない。昨夜はいろいろな事が一度に起こりすぎた。

「・・・しばらくシャルの治療に集中するから、六課の仕事は手伝えない。すまない。だからそのことをはやてとなのはに伝えておいてくれ」

そう言って立ち上がる。が、それも一瞬のこと。すぐにふらついて倒れそうになる。

「あ、ほら! ルシルだってちゃんと休まないとダメだよ!?」

再度フェイトに支えられた。

「休んでいる暇はない。シャルの治療が終われば、ヴァイスとザフィーラの治療もしないといけない」

「っ!」

「なにを・・・!?」

フェイトの肩を掴んで離れようとしたら、フェイトが私を無理矢理ベンチに座らせた。こうも簡単に力負けするとは・・・ここまで弱っているのか、今の私の体は・・・。

「・・・こんなラフラで何が出来るのルシル? こんな無理してルシルまで倒れたら・・・私は・・・私たちは・・・・!」

紡がれていくフェイトの言葉に、気付かない程度の嗚咽が紛れ込んだ。私は久しぶりに見た。フェイトの涙を。私の横に座るフェイトが、私から視線を逸らして俯いた。

「・・・すまな――ぁ痛ぁっ!?」

おもいっきり頭を叩かれたと思ったら視界が反転して・・・膝枕されていた。フェイトの動きが全然見えなかったのも疲れの所為なのか・・・? 私はそこまで弱っている・・・?

「少し・・・少しだけでいいから休んで、ルシル。そしたら私も安心するから・・・お願い」

横になったら一気に眠気が襲ってきた。あぁ、シャルにはすまないが少しだけ、ほんの少しの間だけ休ませてもらおう。それにしても膝枕なんて実に懐かしい。思い出すのは幼少時に何度かゼフィ姉様にしてもらって・・・そして・・・。

「・・・シェフィ・・・」

彼女にも何度かしてもらったっけ・・・。あのとき言い出したのはシェフィなのに照れて可愛かったなぁ、本当に。記憶と現実が混ざる中、私はすぐに眠りに落ちてしまった。

†††Sideルシリオン⇒フェイト†††

シャーリー達みんなのお見舞いを終えてシャルの病室へと向かった。シャルの受けた怪我は魔法が効かないことが判って、すぐにルシルが呼ばれた。ルシルだって決して軽い怪我じゃないのに、それでもシャルの治療を始めた。

――私は大丈夫だ。みんなに比べたら軽傷だよ――

そんなことを言うけど、ルシルはたぶん、ううん、絶対無理してるに決まってる。ルシルは昔からそうだから。そこだけはなのはに似て困る。

(少しは心配する方の身にもなってほしいかも)

この聖王医療院の奥、重体患者の病室が集中する区画のさらに奥に来た。そこにあるシャルの病室の扉には面会謝絶と書かれた札が掛けられている。そして中から微かに魔力が漏れてきている。この感じは間違いなくルシルの魔力だ。何故かそれだけは判ってしまう。けどそれが何か嬉しい。
病室の前に立った時、扉の向こうからルシルが抱きついてきた(違います)というハプニングがあったりして、今は私の膝枕でぐっすりと眠っている。ほとんど力ずくでの膝枕だったけど、それでもルシルは大人しく眠ってくれた。でも、ルシルが眠りにつく直前に一言呟くようにして“シェフィ”って漏らしたのはちょっと気になる。

「シェフィ・・・。初めて私と出会った時も私を見てそう言って驚いてたよね・・・? ねぇ、ルシル。シェフィって誰? ルシルの心を占めている人って・・・どんな人・・・?」

ここまで疲れ果てていて眠りにつく直前ということはほとんど無意識に近いものだと思う。

(それほどまでに大切な人の名前なのかな・・・?)

聞きたいようで聞きたくない。知りたいようで知りたくない。聞いたら、知ってしまったら、何かが壊れてしまうような気がするから。

「フェイトさん・・・。あ、ルシルさん・・・眠って・・・いるんですか・・・?」

エリオとキャロが廊下の陰から歩いてきた。

「うん。海上での戦いから、たった今まで寝ずにずっとシャルの治療をしてたから。疲れの所為もあって横になるとすぐに眠っちゃった」

私は腿の上にあるルシルの髪を撫でる。昔はルシルがよくこうしてくれたけど、私がルシルにするのは今日が初めてだ。

「ルシルさん。・・・シャルさん、大丈夫ですよね? きっと目を覚まして、また笑ってくれますよね?」

キャロが涙声で聞いてきた。エリオはそっとキャロの手を取って「大丈夫」って慰めてる。

「エリオの言うとおりだよ、キャロ。シャルは絶対に大丈夫。だって私やなのは、はやての親友だよ? すぐに元気になってくれる」

「・・・はい」

それからルシルが起きるまでの間、私たち4人はベンチに寄り添うようにして座って時間を過ごした。それはまるで家族のようで、いつか私が手にしたい未来の姿だった。

・―・―・―・―・

「寂しくなってしまったものだな、お前たちも」

スカリエッティのアジトの通路を歩くトーレがそう口にする。

「そうね。残りは私を含めた3体だけ。正直ここまで損害を被るなんて思ってもいなかったわ。許されざる暴食(ベルゼブブ)が居ればもう少しはまともに殺り合えるものだけど」

トーレに答えるのは許されざる色欲たるアスモデウスだ。“大罪ペッカートゥム”の中でも彼女が一際ナンバーズとの関わりが深い。そのためにルーテシアやゼストのような丁寧な扱いはアスモデウスにはない。

「相手は一体何者だ? お前たちのような存在と戦えるとは・・・?」

「護ると銘を打っておきながら害するという二律背反の矛盾存在。そう理解しておきながら、気付かないフリをしている愚かで哀しいお人形たち。霊長の審判者(わたしたち)絶対殲滅対象(アポリュオン)と呼ぶ、名ばかりの神さま」

アスモデウスの返答に眉を顰めるトーレ。

「どちらにしても終わりは近い。それまでは生き残らないとね・・・」

そう言ってトーレの前からアスモデウスの姿が消えた。1人そこに残されたトーレは呟く。

「終わりは近い・・・か」

・―・―・―・―・

アジトの別区画に、ルーテシアと許されざる嫉妬たるレヴィヤタンが居た。

「・・・ルーテシア・・・」

ルーテシアの見つめる視線の先には、ⅩⅠとある生体ポッドの中に浮く1人の女性の姿。それを先程から見続けるルーテシアに、レヴィヤタンは彼女の名前を呼ぶ。

「あー、ルーお嬢様、レヴィお嬢様。どもっ、11番のウェンディっス!」

その2人に近づいて声を掛けてきたのはウェンディ。ルーテシアとレヴィヤタンは、元気いっぱいなウェンディの方へと振り向く。

「そんで、この男の子っぽいのが8番オットーで、ムスっとしてるのが12番ディード」

ウェンディに紹介されたのは、エリオとザフィーラを撃墜したディード。キャロとフリードリヒにバインドを仕掛け、六課を半壊させたオットーの2人だ。ルーテシアは「うん」とだけ応え、レヴィヤタンは「よろしく」と応えた。オットーとディードも「よろしくお願いします」と2人に頭を下げた。

「このポットの人、ルーお嬢様のお母さんなんでしたっけ?」

「らしいよ・・・」

ウェンディが、ルーテシアの見ていた女性を指してそう言うが、ルーテシアの返答は曖昧なものだった。それを不思議に思ったディードが「らしい?」と訊き返した。

「この人のこと、覚えてないから」

ルーテシアの返答を聞いたウェンディは、やっちゃったみたいな顔をして、オットーとディードに振り向くが、その2人は顔を逸らしてウェンディを見捨てた。そしてウェンディに向けられたレヴィヤタンの視線も何気に冷たい。

「あ、いやぁ、まぁ、こちらのお母さんに合うレリックが見つかれば、ちゃんとお目覚めになるんスよね?」

「ドクターからはそう聞いてる。11番のレリックを見つけることが出来れば、この人はわたしのお母さんになって、そうしたらわたしに心が宿るんだって」

ルーテシアの言葉が途切れると同時に、レヴィヤタンは空いている左手でルーテシアの右手を握った。

「ルーテシア・・・大丈夫。・・・わたしも手伝うから・・・。だから・・・がんばろう・・・」

「ありがとう、レヴィ・・・」

ルーテシアはしっかりと手を握り返す。その2人を見ていたウェンディもその気になりだした。

「そうっスね! あたし達も今回のことが終わったら、お2人のために粉骨砕身でレリック探しを頑張るっスよ!」

・―・―・―・―・

通路を歩くのはスカリエッティ、ナンバーⅠウーノ、そして許されざる怠惰たるベルフェゴールの3人。スカリエッティは先程から笑みを浮かべ、それに続くウーノは“レリック”のケースを持ち、ベルフェゴールはその2人の後をついて少し離れて歩く。
そのためスカリエッティとウーノは気付かない。ベルフェゴールの視線がケースに向けられていて、その顔に浮かべられているのが何かを企む微笑であることに。そして3人が辿り着いたのは小部屋。室内に居たのは診察台のようなところに繋がれて泣き叫ぶヴィヴィオ、そしてナンバーズのⅣクアットロとⅩディエチだった。

「どうだい、いけるかい?」

「はい。バイタルは良好、魔力安定も良いです。移植の準備は終わりました」

ドクターに何も問題ない事を告げるディエチ。ヴィヴィオはスカリエッティの登場でさらに泣き叫ぶ。

「スカリエッティ。この子、あなたの顔が怖いから怯えている。少しの間だけでも笑っていた方がいいのかもね」

「ひどいな、ベルフェゴール」

ベルフェゴールの言葉にスカリエッティは冗談ぽくショックを受ける。実際にはなんとも思ってはいないのがこの男だ。クアットロの強烈な敵意の視線を無視しながらベルフェゴールはヴィヴィオへと近付く。

「ひっ・・・ママぁぁ!・・・パパぁぁ!・・・マ――」

ベルフェゴールの手がヴィヴィオの額に置かれ、その銀の双眸に魅入られたヴィヴィオは急激に大人しくなり、深い眠りについた。

「これで少しは静かになった。やるなら今の内にしておきなさい」

「ふむ。別に構わなかったのだが、まぁ、煩すぎるよりかはマシか」

ウーノの持っていたケースが開封され、その姿を現した“レリック”。

「さぁいよいよだ。聖王の器に、王の印を譲り渡す」

スカリエッティの両手の間で赤く輝く“レリック”。そしてそれを見つめるのはベルフェゴール。その口は何らかの言葉を紡いでいる。しかし、この場にいる他の4人には聞こえてはなく、気付いてもいない。今この場でベルフェゴールを模した許されざる傲慢たるルシファーの計画が着々と進んでいるということに。
さらに輝きを増していく“レリック”。そしてベルフェゴールの口は閉じられていた。彼女が紡いでいた言葉、それは・・・

――Dum fata sinunt vivite laeti/運命が許す間、喜々として生きよ――

・―・―・―・―・

襲撃を受け、機能していない隊舎と隊員寮の代わりとして用意された宿舎。その宿舎の外の一画、そこになのははひとり立っていた。その姿に気付いたフェイトは、「なのは」と声をかけ近付いていく。なのはは振り返って「フェイトちゃん」と呼び返す。

「こんなところで何を――って、やっぱりヴィヴィオのこと、考えてたんだよね・・・?」

「・・・うん。約束、破っちゃったなって・・・」

なのはが思い出すのは、地上本部警備の任に就くその夜、ヴィヴィオと指切りをしたこと。

「ママの代わりだよって、守っていくよって約束したのにっ・・・、私はヴィヴィオの側に居てあげられなかった。守ってあげることが出来なかった・・・!」

なのはの目から次第に涙が溢れ始め、頬を伝っていく。黙ってなのはの言葉を聞いていたフェイトは、なのはへと駆け寄って抱き締める。彼女の目にもまた涙が浮かんでいた。

「ヴィヴィオが1人で泣いてるって、悲しい思いとか、痛い思いしてるとかって思うと、それが怖くてどうにかなりそうなの! 今すぐ助けに行きたい! もう泣かなくても大丈夫だよって、迎えに来たよって、安心させてあげたいっ! それなのに・・・私は・・・!」

「なのはっ。ヴィヴィオはきっと大丈夫だから。だからみんなで、ヴィヴィオを迎えに行こう!」
  
†††Sideはやて†††

ロッサとの待ち合わせしてる場所へと急ぐ。目的地は本局の艦船ドックなんやけど、約束の時間に完全に遅れてる。足早に廊下を進んでる中、「はやてっ」って私を呼ぶ声。待ち合わせてたロッサのものや。

「ごめんな、ロッサ。かなり遅刻してもうた」

「大丈夫だよ、このくらい。それよりはやての方がキツそうだよ」

「え? う~ん、そうやね。ギンガとヴィヴィオも攫われたんがかなり痛いわ。部隊員の多くにも怪我人を出させてしもたし、協力者のシャルちゃんにも・・・悪いことした・・・」

ギンガとヴィヴィオの拉致。大切な仲間たちも大怪我を負って、親友のシャルちゃんは今も死の淵を彷徨っとるってシグナムから報告をもらった。部隊長としてこんなん許されることやない。完全な失態や。

「そやけどな。取られたものは絶対に取り返す。そして今度こそは守りきる」

だからと言って挫けてたらみんなに合わせる顔がない。そやから私は折れへん。ロッサは「そうか。落ち込んではいても、やる気は満ち足りている。立派だよ、はやて」そう言うて私の頭を撫でる。私は「六課の部隊長を務める者として当然や!」と精いっぱいの笑顔を向ける。

「・・・はやて。君とクロノ君たってのお願いだったから、一応許可は貰っておいたよ。でも本気かい?」

これが本題や。私とクロノ君がロッサに頼んだこと。廊下の窓から見えるのは、次元航行船L級艦船・第八番艦アースラ。私らがずっと昔からお世話になっていた思い出深い艦。
六課の隊員たちの生活空間も含めて、本部は必要不可欠や。それに、今後の事を考えていけば、きっと移動できる本部のほうが都合がええしな。そのためのアースラ。廃艦工程直前のところを、ロッサに頼んで六課に回してもらった。

「ごめんなアースラ。お休み前にもうちょっとだけ、私らともう一度おなじ空を飛んでな」


・―・―・シャルシル先生の魔法術講座・―・―・


シャル
「今回も始まりましたシャルシル先生の魔法術講座。
えー今回は出張版ということで、ルシルの創世結界・英知の書庫アルヴィトよりお送りしてます」

ルシル
「何も君まで出なくても良いだろうに」

シャル
「ダーメ。前回はルシルだけでやってくれたんでしょ。私が始めたコーナーなのに。今回も私がお休みなんてして、ルシルが1人でやるってことになったら迷惑だって思って」

ルシル
「馬鹿を言うな。誰が迷惑だと思うものか。今の君は、誰を頼ったって良いんだ」

シャル
「ルシル・・・、うん、ありがと。でも私のコーナーだから出ないとねっ❤」

ルシル
「もう好きにしろ」

シャル
「好きにするもんっ。というわけで早速ゴー♪

――女神の祝福(コード・エイル)――

――創世結界――

今回はこの2つと言ったところかな」

ルシル
「了解だ。では、女神の祝福コード・エイルからだな。私の有する治癒術式の中で最高のものだ。故に上級術式の1つに数えられる。
これは対象が死んでいなければ、どんな怪我や病気を治すことが出来るというもの。なんだが、自分に術を掛けることは出来ないという欠陥術式でもある。しかしこの術式以上の神秘を備えたダメージには多大な魔力を消費して、術者に長時間の眠りを与えるという副作用が出てしまう場合もある」

シャル
「この術式のおかげで大戦時はホント苦労したよ。数十分前に瀕死に追い込んだ敵がケロッとしてまた私の前に現れたんだから。一瞬、幽霊かと思って引いたわぁ。それが本人だったと判って、どれだけ腕の良い治癒術者が居るのかと思ったらルシルだったし。オールラウンダーもここまで行くと逆に扱いづらくない?」

ルシル
「誰に対して扱いづらくない?って聞いているのか解らないが。膨大な魔力を余らせて無駄にするわけにもいかなかったからな。だから覚えられる、創造できる術式にはすべて手を出した」

シャル
「あーだから今から紹介する最高位結界術式・創世結界なんてものをいくつも創りだしたわけね」

ルシル
「そういうことだ。創世結界とは、大戦当時はもちろん大戦が始まる前からの魔術師たちが目指していた目標の1つだ。イメージした世界をそのまま現実世界に展開する結界術式で、創造・発動できた者は例外なく大魔術師と謳われる」

シャル
「ルシルはそんな創世結界を4つも持ってるわけ。どんだけ欲張りかっつうの」

ルシル
「元は1つだったんだ。だがその1つに効果が収まりきらなかったことで、仕方なしに3つに分けた」

シャル
「それが、複製した武装やら道具らを貯蔵する“神々の宝庫ブレイザブリク”。
複製した術式や能力、知識や技術などを書籍化して貯蔵している“英知の書庫アルヴィト”。
複製した際の持ち主を、複製したモノから読み取って具現化させて使い魔・異界英雄エインヘリヤルにする“英雄の居館ヴァルハラ”。
上の3つを1つにしようとしていて、結局は断念した結果、未完成のまま放置されている“聖天の極壁ヒミンビョルグ”。というわけね」

ルシル
「そういうわけだ。ヒミンビョルグに詰め込む事が出来ずに生まれたブレイザブリクとアルヴィトとヴァルハラ。どれも強力だぞ。神と真っ向からぶつかっても問題ないくらいにな」

シャル
「まったく。ルシルの反則さには本っっっ当に呆れるよ」
 
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