魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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ティアナの想い・なのはの願い
†††Sideルシリオン†††
「――そうか、向こうでそんなことが・・・」
私に用意された個室で、任務地であるホテル・アグスタで起きた事のいくつかをシャルから聞いていた。まずはティアナのミスショット。彼女の訓練を見ていると、どうも焦りのようなものを感じていた。それが現場にまで出てしまったらしい。焦りからのミスへの憤りもあるが、まずはみんなが無事に帰って来た、というのが重要だ。
(ティアナの焦りについてだが、おそらく兄のティーダ一尉のことが関係しているんだろう・・・)
亡くなる以前はそれなりの階級と実力を有するエリートだったティーダ一尉。しかし、彼が亡くなった原因である事件の後、彼の上司がメディアに向かって言い放ったカスみたいなコメント。思い出しただけでも頭に来る。あのときは階級とか無視して殴り飛ばしに行こうかとも思ったものだ。
――犯人を追い詰めながらも取り逃がすとは、首都航空隊の魔導師としてあるまじき失態。たとえ死んでも取り押さえるべきだった――
これならまだ酷いと言えるだけのコメントだ。だが続けて言い放った、任務を失敗するような役立たずなら死んでいなくなっても構わん、・・・殺してやろうかと思った。ティアナの心情を思う。どれだけ考えても私はティアナ本人じゃないため、ただ思い考えるだけだが。
ティアナは当時、まだ幼い10歳だったはず。たった1人の家族を半ば殺されたと言っても過言じゃない形で亡くした。そのうえ大切な家族が死に物狂いで果たそうとした最後の仕事を、無意味で役に立たなかったと言われてしまった。
(かつて人の上に立っていた私だ。だからこそ言える。殉職した部下に対し、そのような事は絶対に言わない)
一体どれだけの傷を心に付けられたのだろうな。そして彼女は誓ってしまったんだろう。ティーダ一尉が遺した魔法は決して役に立たないものじゃない事を。ティアナは今も頑張って努力し、早く証明したいがために焦っている。おそらくこんなところだろうが、早めにティアナの焦りをどうにかしておかないとまずいな。
そして次に・・・
「――甘く見ていたとはいえ、今代の許されざる嫉妬――レヴィヤタンはかなりの機動力だった。閃駆や居合い、魔術で与えられたのは八撃、でもその全てが致命傷じゃない」
「馬鹿な。今の君の攻撃を回避するとは一体どれだけの速さを持っていると・・・?」
許されざる嫉妬レヴィヤタンとの戦闘について。話を聴く限りだと、明らかに異常としか思えない。いくらなんでもそれは信じられない。が、シャルがそう言うなら事実なんだろう。これは認識を根底から改めた方が良いのかもしれない。七大罪の中でもさらに弱いとされている嫉妬のレヴィヤタンが、“速さ”という一芸を以てシャルを苦戦させた。この事実は無視して良いようなものじゃないのは確かだ。
「しかも“心”が弱いから勝てないって言われる始末。でもそんなこと“心”を失い、壊れて、堕ちた連中なんかに言われたくない。確かに“心”が弱くなったのは自覚してるけど、それが直接の弱さなんて思わない」
「まぁそうだろうな」
本来なら、何も得ることも失うこともない守護神の“心”には弱さなんてものは存在し得ない。だが、今のシャルには得られるものがあり、そして心から守りたいものが出来た。それが連中からして見れば“弱さ”になるんだろうが、人間にとってはそれが“強さ”だ。
「だから今度遭ったら思い知らせてあげるつもり。今の私の本当の“強さ”を、ね。ということで、少し模擬戦に付き合って」
「いいだろう、その代わり手加減はしないぞ? それと私が勝ったら女装の刑は取り下げてもらおうか」
「いいよ、勝てたらね」
その自信、すぐにでもボッコボコにしてやるよ。手加減なんて望んでいないだろうからな。それからすぐに外へと出て、宿舎近くに在る林の中、その開けた空間のある場所を目指していると・・・
「あれ、ティアナ? 何してるの、今日は休めって言われてるのに・・・」
シャルが立ち止まってある一点を見つめた。そこに居たのは訓練服を着て、点滅する数ある練習用スフィアに銃口を向けるティアナだった。かなり自主練習に集中しているのか、私たちに見られているのに気づいていないようだ。これは邪魔は出来ないな。
「シャル、彼女の邪魔は出来ない。今日は止めておこう」
「え、あ、うん・・・。ティアナ・・・」
シャルは少しの間ティアナを見たあと、ようやくこの場を離れた。
†††Sideルシリオン⇒シャルロッテ†††
私はあれから時間を置いて、何度かティアナの様子を見に行っていた。でもどの時間に行ってもティアナは同じことを繰り返していた。辺りが暗くなり始めて、もう4時間くらいになる頃かな。ルシルと再度様子を見に行くと、離れたところでティアナを見守るようにヴァイスが佇んでたのに気付いた。
「ルシル、シャルさん・・・」
私たちの足音に気づき、振り向いたヴァイス。
「こんばんは、ヴァイス」
「こんばんはっす、シャルさん。ついでにルシル」
ヴァイスと軽く挨拶を交わす。それにしてもヴァイスのルシルに対するこの態度は本当に相変わらずだ。昔、ルシルを女の子と勘違いして声を掛けてしまったことを、今でも根に持っているのかな? でもあれには本当に驚いた、というより可笑しすぎて、ずっと笑いっぱなしだったな私。
「ああ・・・。なぁヴァイス、さすがにティアナに手を出すのはまずいと思うぞ」
「違ぇよアホ。つか解ってて言ってんだろそれ? そうじゃなくてアイツ、かれこれ4時間くらいああやってんだよ。ヘリの整備中にスコープで時間を置いて見てたんだが、全然休んじゃいねぇんだよ」
「やっぱり・・・あの子、こんな無茶して」
休憩を挟むならそんなに文句はないけど、さすがにこれ以上、ぶっ通しでやらせるわけにはいかない。このままじゃあの子の体が壊れちゃう。
「私、少し話してみる」
「お願いするっす、シャルさん」
ティアナの元へと歩き出す。こんなに近付いているのに全く気付いている様子はない。
「ティアナ」
「っ! し、シャルさん? それに、ヴァイス陸曹とルシルさんまで・・・?」
私に呼ばれて、ティアナは少し驚いた様子を見せた。
「ティアナ、もう4時間は続けているでしょ。これ以上続けるのを見過ごすことは出来ないよ」
「・・・いえ、あたしはまだやります。まだたったの4時間しかしていないので」
「なぁおい、ティアナ。それ以上はお前の体が壊れんぞ? ここは大人しくシャルさんの言うとおりに休め」
どうやら言うことを聞かないつもりみたい。今日のミスショットが本当に悔しかったのは判る。何せ私も生前では同じような経験があるから。だから今のティアナの思いがよく解るんだ。でもだからと言って、ここまでの無茶をするようじゃ全然ダメだ。
「あたしは大丈夫ですから心配いりません。これくらいはやらないとダメなんです」
「解かんないかねぇ。精密射撃っつうのはそう簡単に上手くなるもんじゃねぇんだよ。無理な詰め込みをしちまって、変なクセをつけちまうと苦労すんぞ、今後な」
ティアナはヴァイスの言葉を黙って聞いていたけど、やっぱり練習を止める様子はない。どうしたものかなぁ、いっそ力ずくで止めてみようか? そう考えたところで、ルシルがティアナの右手首を掴んで、強制的に止めさせた。
「ティアナ、今日はもう止めておくんだ。無茶をしたところで得られるものなんてない。それにいつ招集が掛かるかも判らないんだ。もしこの瞬間にかけられたらどうする? 新人の指揮を任されている君が、そんな状態で乗り切れるとでも思っているのか? 今度はスバルだけじゃなくて、エリオやキャロまで危険な目に遭わせるかもしれないぞ?」
ルシルの言っていることは正しいけど、もう少し優しく言ってくれないかなぁ。ヴァイスだって、そこまで言うか?みたいな顔してるし。
「っ・・・判りました。今日はこれで失礼させてもらいます」
そう言ってティアナは少しフラつきながら隊舎に戻っていった。
「なぁ、あそこまでキツイこと言わなくてもよかったんじゃねぇか? アイツに嫌われるかもしんねぇぞルシル」
「なら黙って続けさせれば良かったのか? それが違うことは判るだろ。4時間も休まずに続けていればもう限界なはずだ。ならあれくらい言って止めさせた方がいい。それに、私は嫌われるのも憎まれるのも恨まれるのも慣れている。だから問題はない」
「あ、おい!」
ルシルもそう言って自室へと戻っていった。残された私とヴァイスはボケッと佇んでお互いを見た。
「え~と、そんじゃ俺も戻りますんでお休みっす」
「あ、うん、お休み」
ヴァイスもそう言って戻っていったから、私も自室に戻ることにした。私はこれでティアナの無茶な自主練も少しは緩和されると思ってた。で、翌日からティアナはスバルと一緒に早朝、夕方の訓練後も2人で自主練をするようになった。それもまぁ無茶だけど、でもあの夜のような行き過ぎた無茶じゃなかったから止めなかった。それに、2人の訓練における前向きな姿勢に、みんなが感化されていい感じになっていたから。
そんなことが数日続いたある日、いつもどおりの模擬戦。今朝から胸のざわつきが止まらなかったから、ルシルと一緒に直に見学させてもらっていた。まぁルシルは私のような見学オンリーと違って、ライトニングのエリオを鍛えていたけどね。
「――午前中のまとめ、2on1で模擬戦をやるから・・・よし、スターズからやろうか。スバル、ティアナ。バリアジャケットを準備」
「「はい!」」
呼ばれたスバルとティアナは強く応えて、すぐに模擬戦の準備を終える。で、私とルシルとヴィータ、ライトニングのエリオとキャロの5人はビルの屋上へと場所を移して、スターズの模擬戦を見学することになった。
そして模擬戦が始まって少し経った頃、背後の扉が勢いよく開けられる音が。扉から出てきたのは訓練服姿のフェイト。かなり急いで来たみたいで、少し息を切らしてる。
「あ、もうスバルとティアナの模擬戦って始まっちゃってるんだ・・・。本当はスターズの模擬戦も私が引き受けようと思ったんだけど・・・」
だからそんなに急いでたんだ。フェイトだって捜査とかで大変なのに・・・。ていうか私が一番仕事してない・・・かも。まずい、ちょっと気を直さないと。
「ああ、なのはの組んでる最近の訓練メニューの密度も濃くなってんからなぁ。少し休ませねぇといけなねぇんだけど・・・聞かねぇんだよなぁアイツ」
ヴィータの言うとおり、なのはは最近結構ハードなスケジュールを組んでるんだよね。なのはもなのはで結構無茶をするものだ。また倒れたりなんかしたら許さないんだから。
「う~ん、そうなんだよね。なのは、部屋に戻ってからもずっとモニターに向かいっぱなしだし。訓練メニュー作ったり、ビデオでみんなの陣形をチェックしたり。頑張るのは良いんだけど、やり過ぎる感がちょっとしてきたかも」
「そう、なんですか・・・。なのはさん、僕たちの為にそこまでしてくださっているんですね。だったら僕たちは、なのはさんの期待と頑張りに応えないと。ね、キャロ」
「うんっ。エリオ君、模擬戦、頑張ろうねっ」
昔はよく無茶をする突進少女だったのに、今は誰からも尊敬される先生、か。変われば変わるものだよ本当に。そんななのはに感化されたエリオ、キャロも頑張れ。2人を見守ってると、ヴィータの「お、クロスシフトだな」って言葉で、みんなの意識が模擬戦へと戻る。お願いだから下手な無茶無理無謀はしないでよ、ティアナ、スバル。
「クロスファイア・・・シューット!!」
なのはに向けて放たれた誘導弾なんだけど、どういうわけかヘロヘロだ。昔の私が苦労していた魔法ロイヒテン・プファイルの軌道のようだ。ヴィータやフェイトも、キレが悪い、だとか言っている。
「いや、それにしたって・・・見るに堪えねぇ酷さだな。なんかの作戦か?」
ヴィータ達の声を聞きながら、ティアナ達の模擬戦に集中する。放たれたティアナの誘導弾はそれでもなのはの飛行の軌道を制限している。そんな中で、ウイングロード上のスバルが真正面からなのはへと疾走していく。
――ディバインシューター――
それを捉えたなのはの周囲にいくつもスフィアが展開されて、スバルを迎撃するために放たれた。でもスバルは回避じゃなくて防御を選択して、そのままなのはへと突撃した。何だろう、ここにきて一気に不安になった。スバルの拳をラウンドシールドで防ぎ、そしてスバルを弾き飛ばしたなのはを見ながらそんなことを考える。
「こらっ、スバル! ダメだよ、そんな危ない機動!」
弾き飛ばされている最中のスバルへ、なのはからのありがたいお叱りの言葉が飛ぶ。その間もティアナの誘導弾を難なく回避するのはさすがだ。なのはのお叱りに謝りながら何とかウイングロード上に着地できたスバル。全く危ないことをするものだから落ち着いて見ていられない。
「あれ、ティアナはどこ?」
そこで私はティアナの姿がないことに気づく。辺りを見渡していると、「あそこだよ、シャル」ってルシルが視線を向けた場所にティアナは居た。ティアナは“クロスミラージュ”を構え、砲撃魔法の体勢に入っていた。「砲撃っ?」ってフェイトが驚きの声を上げた。私は構わずスバルの行動に何かを感じ取って、スバルへと視線を向けた。
――ナックルダスター――
スバルはウイングロードを疾走し、再度なのはへと唸りを上げる“リボルバーナックル”の一撃を与えようと突撃した。もちろんなのはが黙って見ている訳もなく、低威力のディバインシューターをいくつかスバルに放つ。スバルはそれを全弾紙一重で躱して、“リボルバーナックル”で殴りつける。
――ラウンドシールド――
(けどその一撃もなのはのシールドで防がれるんだけど・・・これが狙い? スバルがなのはの足止めに徹して、そしてティアナの砲撃でなのはを撃墜・・・?)
でもその考えは違っていた。離れたビルの屋上で“クロスミラージュ”を構えていたティアナが消失した。その瞬間、ルシルの雰囲気が一気に変わった。みんなは気付いていないみたいだけど・・・これは・・・落胆?
「本物のティアさんは!?」
エリオの疑問よりルシルの視線の先が気になった私は、ルシルの見ている同じ方角を見た。そこには、ウイングロード上を駆けるティアナの姿。
「まさか・・・あの子たちがやろうとしていることって・・・・」
ティアナはウイングロードを駆け上がりながらカートリッジを2発ロードし、“クロスミラージュ”の銃口部分から魔力刃を生み出した。なのはの真上まで駆けて行くということは、上空からの勢いでなのはの障壁を斬り裂く、ということを狙っているんだろうけど・・・。
「・・・ダメ、それはダメだよ、ティアナ・・・!」
やっぱり止めておけばよかった。あの2人は確実になのはの教導から外れた行動を取ろうとしている。センターガード――つまりは中衛であるティアナが、フロントアタッカーのスバルを囮にして、自らも近接攻撃へと移る戦法。あれはハイリスクすぎるし、自分たちの長所を確実に潰してしまう悪手だ。
「・・・レイジングハート、モード・リリース」
ささやき程度の小ささだっていうのに、なのはの声が私たちのところまで届いた。その声に含まれているのはルシルと同じような落胆、それに悲しみや・・・怒り。上空から仕掛けてきたティアナを見もせずに“レイジングハート”を解除した。その次の瞬間、なのは達の居るところで大きな爆発が起こり、白煙を上げた。そして未だ煙が晴れきっていない中・・・
「おかしいなぁ、2人ともどうしちゃったのかな・・・?」
なのはの声が聞こえてきた。煙が晴れたことで現状を視界に収めることが出来た。ウイングロード上に居たのは、スバルの拳を左手で受け止め、“クロスミラージュ”の魔力刃を素手で受け止め、ティアナごとフローターを掛けて支えているなのはの姿。
「2人が頑張ってるのは判るよ。でもね、何か勘違いしているみたいだけど、模擬戦はケンカじゃないんだよ?」
静かに紡がれていくなのはの言葉。怒りと悲しみに満ちていて、私の胸がキュッと苦しくなる。なのはは続ける。教導を聞いているフリの練習、だから本番で無茶をすること、全部に意味がないって。ティアナとスバルはもう、どうして良いのか判らないんだと思う。完全に今のなのはの雰囲気に呑まれてしまっていて、顔を青褪めさせていた。
「ねぇ、ティアナ、スバル。私がみんなに言ってることも、私がみんなにさせている訓練も、そんなに間違ってるのかぁ・・・?」
その言葉を聞いたティアナは魔力刃を消して後方のウイングロードまで大きく飛んだ。そしてなのはに“クロスミラージュ”の銃口を向けるという行動を取った。ティアナは、誰にも傷ついてほしくなくて、失くしたくもないから、強くなりたいんだ、って泣き叫ぶ。それを聞いたなのははティアナへと指先を向けて、足元に魔法陣を浮かび上がらせた。
「待って、ちょっと待ってよ、なのは・・・一体何をするつもりっ?」
「ちょっと頭を冷やそうか・・・ティアナ。クロスファイア――」
「ファントムブレイ――」
「シュート」
ティアナの砲撃より先になのはの魔法が放たれる。しかもそれは、今は亡き兄ティーダ一尉が遺した、ティアナにとって何よりも大切な魔法・・・。なのはの一撃を受けたティアナを見てスバルが駆け寄ろうとするけど、それより先になのはが「よく見てなさい」ってスバルへ冷たく言い放って、バインドを掛けた。なのはを止めようとスバルが叫ぶけど、再度なのははクロスファイアを――しかも砲撃のように集めて放とうとしている。
「ティアナっ! 待って、なの――ルシル!?」
私もなのはを止めようとしたところで、ルシルに右手を掴まれて身動きが取れなくなった。そして、容赦なくティアナへとなのはの砲撃が放たれた。
「なんで・・・なんで止めたの・・・ルシルっ!」
ルシルの手を振りほどいて、怒りをぶつける。
「ちょっと待て、フライハイト。ティアナは無茶をし過ぎたんだ。一度自分たちがどれだけ危険なことをしたかを思い知らなくちゃいけねぇ」
無言のルシルに代わってヴィータがそう答えた。判ってるよ、判ってるけど・・・だからって撃墜なんてしなくてもいいじゃない。しかもお兄さんの魔法で。
「ティアナはこのままだとかつてのなのはや私のようになってしまう。無茶をして撃墜されて・・・そしてみんなに多大な迷惑をかける・・・」
ルシルは8年前のあの日のことを言っているのだとすぐに判った。でも事情が判らないエリオとキャロはオロオロしながら黙って私たちを見ている。私が黙ったことでルシルは「・・・ティアナを医務室に運んでくる。私も一応医療班だしな」そう言って、ティアナの元へと向かった。
†††Sideシャルロッテ⇒ルシリオン†††
「なのは」
スバルに睨まれ続けているなのはの元へと降り立った。なのははスバルからの睨みと、気を失ってぐったりしているティアナから一切視線を逸らさずに居た。
「私がティアナを医務室へと運ぼう」
「・・・ルシル君。うん、お願い」
なのはの許可も貰ったことで倒れ付しているティアナと、側に居るスバルの元へとゆっくりと歩く。
「スバル、君も一緒に医務室へ来るんだ」
「・・・はい」
ティアナを横にして抱えながらスバルにもついて来るように言う。スバルは涙を袖で拭って大人しくついて来てくれた。と、その前に。ここを去る前に言っておきたいことがあったから、『なのは』念話でなのはの名を呼ぶ。
『っ・・・何かなルシル君?』
『一度フォワード達と話し合うことを提案する。君の考え、教導の意味、それらを一度真正面から話し合った方が良いかもしれない。この子たちを、かつての私となのはのようにさせないためにも、な』
このまま放っておいたら、ティアナはまた無茶をするだろう。そんな事を続けてしまうようなことになったら、いつか本当に実戦で撃墜されてしまうことになりそうだ。
『そう・・・だね。うん、そうする。ごめんね、ありがとう』
そうして隊舎へと戻った私たちはシャマルの居る医務室へと向かっていた。というか視線が痛い。女性隊員からは妙な視線、男性隊員からは僅かな負の視線が。それらを無視して医務室へと急ぐ。
「あの・・・ルシルさん、ちょっと・・・訊いてもいいですか?」
「私に答えられることなら」
「あたし達は・・・間違っていたんですか? 確かにあたしとティアは危ない事をしたと思います。でも、自分なりに強くなろうとか・・・どんな状況でも何とかしようって。そのための努力をしようとすることは、ダメなことなんでしょうか?」
スバル達からしてみれば、その努力をなのはに否定されたと思っているのだろう。だが、違う。なのはだってそれを認めてくれるはずだ。
「その思いは確かに間違ってはいない。間違ってはいないけど、でも・・・いや、そこはなのはに語ってもらおう」
これはなのはの問題でもあるから、私が解決させてはいけない。私が途中で言葉を切ってしまったためにスバルが若干沈む。そこからは互いに無言のまま。ようやく医務室へと着き、俺はティアナとスバルをシャマルに預けて医務室をあとにした。
そして時間は夜。なのはに呼ばれたフォワードや私たちはロビーへと集められた。私がなのはに提案した話し合いをするためだろう。
「まずは、夜遅くに集まってもらったことに謝るよ。ごめんね。でもね、今日中にみんなにどうしても話しておきたいことがあって、こうして集まってもらったの」
なのはは一度フォワード、特にティアナとスバルを見て、まずは夜更けに集まってもらったことへの謝罪と、集まってもらった目的を告げた。そしてなのはの隣に座るシャーリーがキーボードを叩くのをやめ、なのはに視線で合図した。なのはもそれに視線で応え、シャーリーが再度キーボードを叩き、私たちの前にモニターを出した。語り部はシャーリーが担当するようだ。
「昔ね、1人の女の子がいたの。その子は本当に普通の女の子だった。魔法なんて存在しない世界で、当然魔法も知りもしなかったし、戦うことなんてしない、優しい女の子」
モニターに映し出されたのは10年前のなのは。そして日常の、何てことはない風景だった。それを黙って見ている一同だが、なのはだけは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「仲の良い友達と一緒に学校へ行って、優しい家族と幸せに暮らす。そういう平和で穏やかな一生を送るはずだった。でも、そんな女の子にある事件が起きてしまったの」
日常から非日常の始まりを告げる出会い。ユーノと“レイジングハート”、そして魔法と出会ったシーンが映し出された。私とシャルは話には聞いていたが実際に見るのは初めて・・・というか、いつ撮ったんだこれ。
それはともかく、シャーリーの語りを聴きながら、私も今までのことを振り返る。なのはは、魔法の無い世界・地球生まれであるため、当然魔法学校にも行ってはいないし、特殊スキルなんてものも持っていない。それは奇跡とも言える確率の偶然。ユーノと魔法との出会い。魔力が大きいだけの幼い少女・なのは。
(本当にただそれだけだ。だと言うのに、ほんの数ヵ月でフェイトや、ジュエルシードの影響で生まれた怪物らと命がけの実戦を繰り返した)
“ジュエルシード”探索での出来事が映し出されていく。そこにはシャルとなのはの出逢い。そしてなのはとシャル、フェイトと私との戦いも含まれていた。
「え? あれ? この金髪の女の子と銀髪の男の子って、フェイトさんとルシルさん・・・ですよね?」
「そんな・・・どうしてなのはさんやフェイトさん達が戦っているんですか・・・?」
キャロとエリオの疑問も当然といえば当然、か。今の関係を見れば信じられないようなことをしているな確かに。スバルとティアナも同じ思いなのか口を開けて驚いている。
「うん、この頃のフェイトちゃんの家庭環境って結構複雑だったんだ。私とシャルちゃん、そしてフェイトちゃんとルシル君は、敵同士になっちゃった原因のロストロギアを巡って戦うことになったの」
エリオとキャロは名前の挙がった私たちを不安そうな目で見回した。それには苦笑して応えることしか出来なかった。でも今は、知っての通りみんな仲が良いぞ。思い返せば、全てはあの時から始まったんだな。“プレシア・テスタロッサ事件”、もしくは“ジュエルシード”事件と呼ばれている、あの一件が。
次々とモニターに映る映像が変わっていく。なのはとフェイトの戦い、私とシャルの戦い・・・そして中でもフォワードの子たちを驚愕させたのは、なのはの最大砲撃スターライト・ブレイカーの一撃だった。三者三様の驚きを見せるスバルとエリオとキャロ。唯一ティアナは無言だったが、思っていることは同じだろう。
「そうして私とフェイトちゃん、シャルちゃんとルシル君の戦いは無事・・・て言うのもちょっとおかしいけど終わって、こうしてみんなと友達になれた」
なのはが少し照れながら私たちを順繰りに見た。映し出されたのは別れの日の・・・なのはとフェイト。私とシャルは映っては居ないがちゃんといるんだぞ? 次は、はやてとシグナムたち守護騎士との出会いの切っ掛けである“闇の書”事件。別れの感動シーンから一転、ヴィータのなのは襲撃シーンとザフィーラのシャル襲撃シーンへと変わった。
「あたしらが深く関わった闇の書事件だな。あたしらはある目的でなのはやフライハイトを襲撃したんだ。映像を見りゃ判るだろうが、あたしはなのはを撃墜一歩手前まで追いつめちまった」
「当時の高町隊長とテスタロッサ隊長が我らに勝つために選んだ手段。それは、現在では安全性を確立されているが、当時ではまだ危うかったカートリッジシステムをデバイスに組み込むことだった」
今度は“闇の書”との戦闘が映し出される。シャルとの連携で食らいついているが、それでも足りないために負担がハンパじゃないエクセリオンモードを起動させるなのはの姿。肉体へのダメージを度外視して、限界値を超える出力を無理矢理引き出すフルドライブ。
私もあの場に居れば、なのはにだけ負担を掛けさずに済んだものを。今となっては悔やんでも覆すことの出来ない過去の話。そんなとんでもない無茶を貫いてでも闘いに臨むなのはの姿に、フォワードの子たちは顔を青褪めさせる。あまりのなのはの無茶ぶりに思考が追いついて行っていないようだ。
「・・・なのはの今も変わらない思いであり願い――誰かを救うため、自身の意志を貫くために、この子は無茶をし続けたんだ」
黙っていたシャルが参加したため、全員の視線がシャルに集まる。シャルはなのはの頬をむにっと摘み、「いひゃいよ、シャリュひゃん」と涙目になって言うなのはに苦笑を向け・・・
「でもやっぱりそんなバカみたいな無茶を繰り返すんだから、当然体に負担が生じることになった」
そう悲しげに目を伏せて、なのはの頬から手を離して今度は頭を撫でた。
「頬を捻られたうえにバカ呼ばわり・・・。あ、コホン。あれは私が入局して2年目の冬」
シャルに頭を撫でられ嬉しそうな表情を浮かべていたなのはだったが、みんなの視線に気づいて咳払い、話を続ける。映し出されたのは、今でもハッキリと覚えている私となのはの撃墜の現場。私の魔術の1つである知らしめよ、汝の忠誠コード・アブディエルによってバラバラに破壊し尽くされた未確認体の残骸(今はガジェットという名だ)が転がる、白い雪と黒い煙の世界。さすがに血まみれのボロボロになっている私となのはの姿は映し出されなかった。
「ヴィータちゃんやルシル君たちとの異世界での捜査任務。その帰りに私は・・・体を酷使し続けたその無茶の代償として、襲撃してきた未確認体によって撃墜された・・・そして、その結果がこれ・・・」
次に映し出されたのは、包帯が所々に巻かれ、酸素マスクを付けられたなのはだ。フォワードの子たちは息を呑み、言葉を失った。
「私1人だけならまだ良かった。自己責任で済むから。でも私のその無茶の所為で、ルシル君にも迷惑を掛けてしまったんだ・・・」
なのはとシャーリーが私をチラっと見たので、それに応えるように頷いた。なのはの映像から私の映像へと切り替わる。なのは以上の包帯を巻かれ、様々なチューブを体のあらゆる所に付けられた私の姿。何人もの医者がベッドを囲んで治療を必死に施している。
「まぁ私は自分の持つ治癒魔法を使い、2週間で完治させたから大して問題じゃない。問題があったのはなのはの方だった。私と2人っきりで会えばいつも謝りたおして、シャル達の前では“迷惑をかけて、無茶をしてごめんなさい”っていつも無理して笑っていた」
なのはの容態は私の治癒魔法で十分治せるレベルだったから、治すか?と訊いてみたが、なのはは自分の過ちの証だからと言って聞かず、自力でここまで立ち直った。私の話も終わったことで、なのはへと視線を移す。みんなもそれにつられて一斉になのはへと視線を向ける。
「命を懸けて戦わないといけない時、無茶をしないといけない時は確かにあるよ。でもねティアナ。今更こんなことを言うのもなんだけど、あの時は自分の命やみんなの安全、その全て懸けてでも無茶をしない時じゃなかったと思うんだ」
「っ・・・!」
なのはの言葉を受けてティアナが震える。思い出しているのだろう、自分がミスショットを撃った場面を。
「ティアナ。君の訓練中に見せたあの技は一体誰のため、何のための技だったんだ?」
私の問いに、ティアナは俯いて答えを口にはしなかった。まぁすぐにでも答えが出るわけでもないし口にするものでもないな。今はゆっくりと考えるといい。君ならすぐにでも、もしかしたらもう答えに辿りつけているんじゃないか。
「私は・・・・みんなに無茶をしてほしくない。私みたいになってほしくないんだ」
「なのははね、あなた達が無茶をする事のないように、どんな現場からでも無事で、元気で帰って来れるように、本当の意味で強くなれるように考えて、あなた達と向き合って教えているの。だからお願い。忘れないで。なのはの教導は、全部があなた達のこれからの為にあるってことを」
シャルが最後にそう締めくくり、この場は解散となった。
†††Sideルシリオン⇒シャルロッテ†††
話も終わってみんなが解散していく中、ティアナはひとり残ってなのはの元へと歩み寄って行く。なのはもティアナへと歩み寄って、もう一度ソファに座り直して、ティアナも座るように自分の隣をポンポン叩く。
ティアナは無言のまま座った。気になったから残ろうかなって思ったけど、「あとはなのはの役目だ。寮へ帰るぞ」ってルシルに肩を掴まれた。だから仕方なくなのは達に手を振りながらエントランスへ向かう。隊舎から寮へと続く道すがら、フォワードの子たちについて話をすることに。
「ティアナってさ、凡人だとか自称してるけど、実際かなりすごい子だよね」
「ああ。ティアナは少々勘違いしているようだが、フォワードはまだまだひよっ子――原石だ。だから、これからなんだよ。原石を研磨することで、価値ある宝石へと生まれ変わる。現状は、なのは達の教導という研磨工程だ。エリオはスピード、キャロは支援魔法。スバルは近接スキルの爆発力。そしてティアナは、使用者の少ない幻術、加えて射撃スキル、指揮官としての能力・・・」
なのはの思い描くその先を、ルシルも見ているんだ。ルシルは「さすがだよ、なのはは。君の補助としてフェイトと戦っていた頃とは比べられないな」って笑う。そりゃそうだよ。あれから何年経ってると思ってんの。なのははもう立派な魔導師なんだから。
「なのはの構築している教導って結構地味に進んでいるからな。時間があれば良いんだが、生憎と今はいつ出撃が掛かるか判らない。だからなのはは、今フォワードの持っている武器を確実なものへと昇華させるためのプログラムを組んだ。しかし地味ゆえに成果が出ていないと錯覚してしまった。それが、ティアナを苦しめてしまったんだろうな。そこに兄ティーダ一尉の射撃魔法の証明をしたい、ということからの焦りも加わって。それゆえの暴走だった」
「う~ん、つまりなのはって、あの子たちが持ってる魅力を自ら潰して、慌てて別の力を手に入れようとすると危なっかしいんだぞ、ってことを教えたいんだよね・・・?」
「まぁ大体そんな所じゃないか?」
ルシルはそう言って隊舎に振り向いた。私も倣って、みんなの居場所を見る。うん、楽しみだね、ルシル。あの子たちのこれからが、本当に楽しみだ。
†††Sideシャルロッテ⇒なのは†††
朝日が眩しい中、私は今日の訓練メニューを組み立てている。側には訓練服に身を包んでいるヴィータちゃんとルシル君、そして制服姿のシグナムさんの3人。作業しながら聞かされたヴィータちゃんの、教導官って因果な役職なんとかって不平には苦笑が出る。大変な時期に手塩を掛けて育てても、教導期間が終わったら、あとはそれぞれ自由な道を行く教え子たち。私は一度キーボードを叩く指を止めて、ヴィータちゃんへと振り向く。
「ヴィータちゃん、それは贅沢な不満だね」
一緒に居られる時間があんまり長くないことにはちょっと不平があるし、寂しくもあるかな。だからこそ短い期間、私に教えられることは全部教えておきたい。そう。何があっても、誰が来ても、教え子たちを絶対に墜とさせないために。私の目が届く間はもちろん、いつか1人でそれぞれの空を飛ぶようになってからも・・・ね。
「あ、そうだ。ルシル君、ありがとね。ルシル君のおかげで、ティアナ達とようやく本当の意味で始められそうだよ」
「・・・ん? ああ。それにしても、シャルも言っていたことだが、あの子たちの将来が本当に楽しみで仕方がない。いつか君やみんなが育てたあの子たちと思いっきり戦ってみたいな」
ルシル君が自分から戦ってみたいなんて珍しいこともあるな~。
「ルシル君って思いっきり反則だから・・・さすがにキツいよ」
「なら君たちも混ざれば、いい戦いになるんじゃないか?」
「む、それは甘く見られてるね。いいよ、いつかきっとルシル君だって倒してあげるんだから♪」
「いい機会だ。その時は私も参加させてもらおう」
「はは、その時は私の本気を見せてあげよう、シグナム」
「んだよ、セインテストまでバトルマニア病発症かよ」
そんなやり取りがすごく面白くてつい笑ってしまう。
でも、そんな笑い話はそう遠くない未来で現実となってしまう。それも最悪の形として。この時は私もみんなも・・・きっとルシル君ですら知る由もなかっただろう。
「「「「おはようございまーすっ!」」」」
みんなが元気よく挨拶しながら駆けてくる。
「おはよう、みんな!」
さぁ今日も一日頑張りますかっ!
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