誰が為に球は飛ぶ
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焦がれる夏
弐拾捌 最弱世代
第二十八話
小学生時代のリトルリーグでも、中学時代のシニアリーグでも、全日本選抜に選ばれてきたんだ。
ポジションはずっと今と同じ1番ショート。
高校進学の時には、30校から推薦の話が来た。
その中で俺は、伝統も、近年の実績も申し分ない是礼の特待生枠を選んだ。
小学生の頃から全国大会に出てはいたけど、まだ頂点は獲った事が無かった。是礼に期待したのは、全国制覇できるチームであるという事。
とにかく、強いチームでやりたかった。
ほぼ用意されていたようなレギュラーに一年から座って、夏の甲子園にも9番サードでスタメンした。甲子園でヒットも打ったけど、結局ベスト8に終わり、来年の夏こそは絶対全国制覇だと、その思いを強くした。俺にとっては全国制覇のチャンスは2年の夏が最後だった。
なぜかというと、戦力の整った一つ上の先輩に比べ、俺の同級生の質は本当にお粗末なものだったからだ。バッピにすら使えないようなレベルの投手陣には大いに驚いた。他にも、体力は無いし、いちいちノロいし、してはいけないミスを平気でする。
色んなペナルティが課された。校内で先輩に気づかずスルーして罰走、外出時の門限を守らず罰走、監督の授業に平気で居眠りこいて先輩共々罰走になった時には、伝統のブチ殺しが発動した。毎日、何よりも同級生のつまらないミスが怖かった。こいつらは信用してはいけない、と思った。
自然と、先輩とだけ話すようになった。
信用できない無能な同級生とは疎遠になった。
それでも一向に構わなかった。
だが、2年になって、先輩と一緒に同級生を見下す俺、の構図が崩れ去った。
俺自身が、打てない、守れないの状態に陥った。1年秋に1番だった打順はどんどん下がり9番に逆戻り、ショートの守備でもミス連発。
先輩の視線が冷ややかになってくると、さらにドン底にまで落ちていった。周りに味方が居なくなった。
夏の県大会で1安打も打てず、さらにエラーを3つしたのがトドメになった。2度目の夏の甲子園では、レギュラー陥落どころか、ベンチからも外された。
応援席で過ごした2度目の夏の甲子園の後には、何にも無くなってしまった俺と、同じように殆ど何も無い同級生達が残った。
変わらなきゃいけなかった。
今年に入って、やっと、変われた。
自分の弱さを正面から見られるようになった。
それを教えてくれたのは、俺と同じように弱く、同じように無能な、同級生達だった。
ーーーーーーーーーーーー
一回の表は、結局剣崎の満塁ホームランによる4点に収まった。ホームランの後1人に四球は出すが、高雄の球がストライクゾーンにしっかり集まり始め、ネルフ学園の下位打線を抑えた。
「……」
長い守備を終えてベンチに帰ってきた選手を、仏頂面の冬月が出迎える。
冬月の前に円陣を作った選手は、その表情に恐縮し、緊張した。
「…真矢君、昨日までの我が校の平均得点は何点かね?」
「はい、6試合で9.67点です」
冬月のおもむろな問いに、スコアラーの真矢が即座に答えた。冬月はゆっくりと頷く。
「…ふむ、では、4点など大した事ないではないか。高雄、貴様何故そんな青い顔をしている?」
「申し訳ございませんでしたッ!」
高雄は深々と頭を下げて謝罪した。
冬月は「そんな言葉が欲しいのではない」とあしらう。
「失った点は帰ってこんのだ。今から我々が何をしようとも、だ。できるのは二つ。これからの守りで失点を抑える事と、こちらが点を取ること。それだけだ。」
「「ハイ!」」
「心配するな。貴様らなら4点はとれる。そういう練習をしてきた。冬場の連続ティーは例年の倍やった。点をとる作戦も立てた。恐れる事はない。行け。」
「「ハイ!」」
冬月の言葉に、是礼ナインの表情が生き返る。
一回の裏の反撃が始まった。
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「いきなり厳しいなぁこれ」
「満塁ホームランとはなぁ」
是礼応援席ではユニフォームを着た控え部員、チアリーダー、選手の保護者、応援に駆けつけた生徒の他に、紺碧のポロシャツを着てハチマキを巻き、白の手袋をはめた集団が居た。
ベンチ外の野球部3年生によって組織される応援リーダーである。これも伝統で、かれこれ20年以上に渡ってベンチ外の3年生によって応援がリードされてきた。
「心配すんな、まだウチの打線なら何とかなる点差だって。」
今年のリーダー長を務めるのは、マネージャーの魚住洋二だ。春の大会まではスコアラーを務めていた。是礼学館のマネージャーは雑用係ではなく、アナリスト、学生コーチ、体調管理など監督のまさに右腕。そのマネージャーの代表がスコアラーとしてベンチ入りするのだが、3年生の魚住は大会一ヶ月前に真矢にスコアラーをとって代わられた。今は応援リーダーとして、声を枯らしている。データ分析に"補佐"として関わった魚住は、4点なら十分返せると見積もっていた。
「いっかーーい!"怪獣マーチ"!!」
魚住の声が応援席に響く。
是礼初回の攻撃伝統の「怪獣大戦争マーチ」が高らかに、勇ましく響き渡る。
「「(オーオーオーオー
オオオオオーオオ)
ぜいれい!かっとばせー
かっとばせー
かっとばせ!」」
チアガールが旗を振って躍動し、応援リーダーが空手の型のような動きを見せつける。
野球部員が口にメガホンを当て、揃った動きで身を反らしながら声を張り上げる。
甲子園でもお馴染みの応援が県営球場に響き渡った。
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<1番ショート伊吹君>
応援席のマーチに後押しされて、主将の琢磨が打席に入る。一塁到達4秒を切る俊足に、長打力も備わった巧打。絶好のトップバッターだ。
(碇の持ち玉はスライダー、緩いカーブにスプリッター、そして真っ直ぐが微妙にシュートしながら沈んでるんだったな)
一通りのデータは妹の真矢がチーフを務める分析班から教えられていた。準決勝までのビデオも見ている。が、実際に打席で見てみなければ分からない部分もある。
(まだ初回だ。4点ビハインドとはいえ、ガッツく必要はない。様子見だ。)
琢磨はボールを見ていく。
ネルフバッテリーはその雰囲気を察したのか、真っ直ぐ二球をアウトコースに続けて簡単に追い込んだ。
(だいたい130キロ前半だな。最速でも138だし、こいつ、速い訳じゃないな。癖球も、外の球じゃ気にならないくらいの変化しかしてない。)
三球目もアウトコースに真っ直ぐ。
同じ球を三球続けると思っていなかった琢磨は虚をつかれ、チョンとバットを出して三塁側へのファールで何とか逃げた。
(バットの先っぽに当たったな。これが所謂、微妙な変化って奴か)
屈伸し、素振りを一度した後琢磨は打席に戻る。
(それにしてもこいつ、俺たち是礼の打線に対してストライク投げる事をちっとも怖がってない。カマトトな顔して、可愛くない2年生だよ全く…)
決勝の雰囲気。
そして相手は強豪の誇る強力打線という先入観。ともすれば自滅してもおかしくない所、堂々と真司は投げ込んでいた。
(怖さを知らないなら、教育してやらないといけないよな!)
4球目、真司は外真っ直ぐから一転し、左打者の懐に食い込んでくるスライダーを投げ込んだ。
琢磨は体の反応に任せ、肘を畳んでインコースを捌ききった。
カーン!
快音が響き、打球は一、二塁間を切り裂いていった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「真っ直ぐは打って分かるくらいの変化。スライダーはキレそこそこだけど全然ついていける曲がり。」
ライト前ヒットで出塁した琢磨は一塁ランナーコーチに真司の情報をささやく。
ランナーコーチは琢磨のエルボーガードフットガードを回収に来た控えにその情報を伝えた。
(もう少し球種引き出したかったけど、今のはファウルにしようなんて色気出してられなかったな。厳しい所へビシビシくる。)
琢磨は一塁ベース上から真司に目をやり、フッと笑った。
(でもヒットはヒット。俺の勝ちだ。)
明らかな手応えを残した第一打席だった。
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<2番レフト浦風君>
打席には2番の2年生・浦風。
身長180cm体重76キロの、まるでクリーンアップのような体格をしている。
今大会ホームランも放っている、強打の2番打者である。
(今日の指示は、右打者はベース近くに立って踏み込み、スライダーを逆方向に狙い打ち…)
浦風は試合前に冬月から示された作戦を思い起こしながら、バントの構えを見せる。
そして真司が牽制を挟んだ後の初球。
ザッ
「走った!」
琢磨がサッと2塁目がけてスタートを切った。
力の抜けた大きなストライドがいつの間にか加速する。
浦風がバントの構えからバットを引き、捕手の薫が二塁に送る。薫の肩は弱くはないが、際立って強くもない。琢磨は悠々セーフになる。
(速いなぁ…体は大きいのに何か軽い。まるで忍者みたいな走りだよ)
ベースカバーに入ったもののタッチさえできなかった健介が琢磨の走りに目を丸くする。
バントするまでもなく、ランナーが二塁に進む。
(さすが伊吹さん。おかげでバントしなくて済みます。)
無死二塁となり、打席の浦風は堂々とヒッティングの構え。
(春まで5番の俺をわざわざ2番に置いたんだ。小技を期待してる訳じゃねえ。)
懐の大きな構えから、足を少し上げて回しこむ堂々たる打撃フォーム。1-2から、狙い通りにやってきたスライダーを手元まで引き込んでライトに叩いた。
カーーン!
快音が響き、ライトへライナーが飛ぶ。
良い当たりだったが、今回は守備の正面をついてしまった。ライトの藤次が下がりながら打球を掴む。すかさず琢磨がタッチアップ。
ランナーを送った形になり、一死三塁となる。
(かぁ〜〜ちょっと詰まったかも。ゆったりとした投げ方から急に腕をピュッと振ってくるからなぁ)
顔をしかめながら浦風はベンチへと戻った。
<3番センター東雲君>
続いて打席に入るのは3番の東雲。
昨年夏の甲子園で9番センターでスタメンした、唯一の旧チームからのレギュラーだ。2番の浦風とは対照に小柄だが、しぶとい打撃と堅守を誇る、是礼の副将だ。
(点取られた後に取り返すのは鉄則じゃけぇの。よう上手い事チャンスメークしたもんじゃ)
東雲は冬月のサインを見た後、三塁ランナーの琢磨に目をやる。
ふと、現チーム結成時の事が思い出された。
ーーーーーーーーーーーーーー
前評判は高かったものの、富山の代表校に甲子園の3回戦で不覚をとった昨年の夏。
先輩達が引退し、自分達の代がやってきた。
最初にする事は、主将、副将、寮長、チーフマネージャーなどの人事を決める事だった。
寮の食堂に、同級生28人が集合し、話し合った。
「まずは、主将を決めたいと思う。推薦したい奴は居るか?」
場の司会を受け持っていたのは、チーフマネージャーの魚住。マネージャー間の話し合いで、夏が終わる前から既にチーフになる事が決まっていた。主将も普通はそうなのだが、この学年に限って中途半端な候補しか居なかったため、このようの話し合いの場が持たれたのだった。
「東雲だろ」
「普通に考えて、一番実績あるしな」
真っ先に名前が上がったのは東雲。
広島の無名シニアから一般入試で入ってきたが、この夏の大会を通じてレギュラーを奪うなど、明らかに上り調子である。
少し好き嫌いの分かれる人格だが、最初に名前が挙がるのはある意味当然だった。
「いや、ワシはキャプテン向いてないけぇ。すぐ喧嘩するしのう、もっとアクが弱い奴がするんがええよ」
「じゃ、東雲。お前以外に候補は居るか?」
主将就任を避けた東雲に魚住が訊いた。
「ワシは伊吹がエエと思う。どうじゃ、アクがないじゃろ?実力もあるしのう。」
「………」
同級生の視線が琢磨に向いた。
同級生でありながら、疎遠な奴。春以降は精彩を明らかに欠いているが、一年からレギュラーの実力もある。
推薦する理由も無ければ、ダメを出す理由も見つからなかった。
「東雲」
「んー?何じゃ?」
人事が決まってからの寮部屋の引っ越しで、琢磨が東雲に話しかけた。主将と副将は相部屋で過ごす事になるのが決まりだった。
「何で俺を主将にしたんだ?」
「は?そらもう、言うた通りの理由よ」
東雲は琢磨の方を見ようともせずに、荷物の整理に明け暮れていた。
「何でだよ…お前がやるべきだろ…俺は自分のプレーで手一杯なのに…」
琢磨はストレスで頬がこけた顔を歪め、ベッドに腰掛けて頭を抱えた。
「ふざけんなよ…自分は責任から逃げやがって…」
「ほうじゃの、逃げじゃの、逃げ逃げ」
東雲は手を止めて、琢磨の方を振り返った。
「ワシは別にお前が向いとるとか1ミリたりとも思うとらんわ。でもお前は放っておきゃ、どーせ1年時から今までみたいに、俺はお前らとは違うんじゃってな態度で居るんじゃろうが。それが厄介じゃけ、お前にキャプテンやらすんじゃ。お前に引っ張って欲しいんじゃないわい、足を引っ張られとうないだけじゃ。これで分かったかバカタレが」
「……」
琢磨は言葉も出なかった。
同級生が自分をどう思ってるか、だいたい察しはついていたが、こうして面と向かって言われたのは初めてだった。
「あー、言いたい事言うてスカッとしたわ。わしゃ寝るけぇの!お前も早く荷物片しときんちゃい!」
東雲はベッドに飛び込んで寝息を立て始める。
琢磨は奥歯を噛み締め、拳を強く握りしめていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
(あん時から考えると、伊吹は実に主将らしくなったもんじゃのう。プレーで引っ張れるようになったけぇな)
小柄ながらドシッと腰が据わった構えで、東雲はマウンド上の真司を睨んだ。
(ワシらも奴についてかにゃいけんじゃろ!)
真司の投球に東雲はしぶとく食らいついた。
グリップを指一本分余し、パンチショットのようなコンパクトなスイングでスライダーを打ち抜く。
カーン!
鋭いライナーがセンター前に弾み、三塁ランナーの琢磨は悠々とホームへ帰ってくる。
「よっしゃ!」
東雲は一塁ベース上で、小さくガッツポーズして笑顔を見せる。
「「「緑溢れるあずま野に
建てし我らが学び舎よ
鍛えの青春 希望に燃えて
礼の人たる誇りに生きん
ああ 是礼 是礼
我らが母校 是礼学館」」」
是礼応援席には校歌が流れ、応援団一同肩を組んで大声で歌う。
先制は許したが、是礼も負けてはいない。
4点を失った後の攻撃ですかさず、今大会目を見張る好投を続けてきた真司からいとも簡単に一点を奪いとって見せた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「スライダーを狙われてるね。」
「うん。」
一点を失ってすぐ、マウンド上の真司に薫が駆け寄る。真司の投球を初回から、ここまで捉える打線は今までの相手にはない。打ったのは全てスライダーで、浦風と東雲はまるでお手本のようなスイングで打ち返した。
「スライダーは見せ球にしよう。踏み込んできてるから、インコースも増やそうか。」
「仰せの通りに。」
真司の提案に頷いて、薫は捕手のポジションに戻る。真司はロジンバッグを握りながら、是礼ベンチに目をやった。
(狙いを徹底してくる辺りは、昨日の武蔵野に似てる。でも、今日はホームランを打てる力のあるバッターがそれをやってるんだ。個々の能力のあるバッターが、なおかつ作戦通りにしっかり動いて低い打球を打ってきてるんだ。怖さが全然違うよ。)
真司はロジンを置き、ユニフォームの裾で顔を流れる汗を拭った。
(さすが名門。強い。)
<4番ファースト分田(ぶんだ)君>
182cm93kg。少し太ましい分田がのっし、のっしと打席に入る。観客席からは歓声が上がる。昨日の準決勝は2本塁打、大会6試合で4本塁打の強打者の登場である。
「「「はるかー群馬のー田舎ーから来たー
異国ーの戦士ー ぶーんーだー」」」
応援席も分田の打席を迎え、「怪獣大戦争マーチ」を中断して分田の個人曲である「宇宙戦艦ヤマト」に切り替える。
「「「いっぱつ打つぞー 分田大輔ー
場外越えてー今ー飛びー立ーつー
かならーず 今日はー勝ってー見せるとー
手を振るー人ーにー笑顔ーでこーたーえー」」」
是礼の他の打者と同じようにドシッと腰を据え、バットを掲げた構えはまるで山のよう。
その威圧感に、ネルフの外野がフェンスギリギリの所まで下がる。
(いきなりこの人に真っ直ぐでストライク取りにいくのは怖いな。スライダー狙いなら、ここでストライクが稼げるかも。)
真司は初球、外低めのボールゾーンにスライダーを投げた。狙われているのを承知で、ボール球で釣りにかかったのだ。
分田はゆったりと足を引き上げて球を手元まで呼び込み、スライダーに"釣られた"。
カァーーン!
思い切り踏み込んでバットを伸ばし、孤の大きなスイングで振り抜いた打球は大きな音を立てて飛んでいく。
真司はギョッとして打球の行方を見た。
打球はライト線の少し外側に落ち、ショートバウンドでフェンスに当たった。
ファウル。大きなファウルである。
(外低めの球をライトポール付近まで飛ばすなんて、何てパワーなんだ)
少しヒヤリとした真司は替えのボールを受け取りながら、大きく息をつく。
そこから二球、真司の投球はボールが続いた。
自分の球威では、分田のパワーの前に安易にストライクを投げる事はできない。その思いが指先を縛る。普段殆ど薫のミットが動く事はない真司の制球力が、この時ばかりは少し乱れる。
(ベースに近く立って踏み込んできてる。だから、外でストライクを取りにいくと、それが絶好球になる。討ち取るには、インコースで体を起こすしかない…)
真司は、自分の制球の乱れが自分のメンタルに起因している事が分かっていた。打者を怖いとは、八潮第一相手の初戦では思わなかった。今、追われる立場になって、初めて恐れを抱いていた。
そして、歩かせてもどんどん自分が苦しくなるだけだという事も分かっていた。外へ外への逃げの姿勢は、自分の首を絞めてしまう。是礼の思うツボだ。
腹を決め、覚悟を決める。
(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ…)
インコースに構えた薫のミットへ、自分に言い聞かせながら腕を振る。
山のように聳える分田の懐。バットを掲げた構えの空いた脇を、真っ直ぐで抉りこんだ。
(インコース!)
分田は咄嗟にヒジを畳んで対応した。しかし、ベース近くに立ち、アウトコースを狙って踏み込んでいるとなると、真司の130キロ前半の真っ直ぐも綺麗に捌ききるのは難しい。
さらにボールはスッと内側に食い込んでくる。
分田は苦しいスイングながら、強引にバットを振り切った。
ガン!
バットの根っこに当たった打球は、それでも三塁線を鋭いゴロになって襲う。
(止める!)
サードの敬太がまるで捕手のショートバウンド捕球のように正面に回り込み、片ヒザをついてゴロに立ち塞がった。ボールは敬太の胸板に当たり、目の前に落ちる。
「セカンド!」
すぐさま目の前のボールを拾い、二塁ベース上の健介に送球。一塁ランナーの東雲が滑り込むが、それより早く健介が敬太の送球を掴む。
「アウト!」
二塁塁審の手が上がると同時に、健介は一塁へと踏ん張って送球した。
打者走者の分田は、足は遅い。
余裕を持ってファーストの多摩へと送球が到達し、5-4-3の併殺が完成する。
「よしっ!」
「ナイストップッスよ浅利先輩!」
敬太とショートの青葉がグラブタッチを交わし、喜び合いながらベンチへと帰る。
分田を討ち取った真司は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
(大丈夫だ…僕の球が全く通用しない訳じゃない。よしんば良い当たりをされても…守備のみんながアウトにしてくれれば、僕らの勝ちなんだ)
4点を貰って、少し固くなった初回の守りが終わった。一点は返されたが、しかし最小失点で何とか切り抜けた。真司に、少しだけ自信が戻った。
ーーーーーーーーーーーーーー
「もう少し、攻めておきたかったですね」
是礼ベンチでは、真矢が一点に終わった初回の攻撃を残念がっていた。
「いや、十分だ。初回から順調だよ。」
真矢とは対照に、冬月は不敵な笑みを浮かべている。老将の目が爛々と光っていた。
一回の攻防を終えて、4-1、ネルフ学園のリード。
後書き
高校時代に対戦経験のある投手がプロ入りしました。
何故かB戦に投げてきて、Aメンに入るのに必死な僕らは
その投球に圧倒的絶望感を覚えたものでした。
真司の投球のモデルは唐川投手。右投手で、端正なフォームから、
速くない真っ直ぐで打ち取ります。
剣崎の打撃は、長谷川外野手のフォームをイメージしてます。
あまりちゃんと表現しきれてないのが残念です。
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