魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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第3話 「新たな魔導師」
翌日、高町は何事もなかったように学校で授業を受けていた。
魔法との出会い、初めての戦闘とこれまでの生活とは別世界のことを経験したはずなのに、何事もなかったように生活できるとは強心臓の持ち主だと言えるだろう。
時々制服の中を覗き込んでいたことから、デバイスを身に着けていると思われる。少年の協力者になったということだろう。自分の意思なのか、デバイスにマスターと認められて少年が使用不可になったのかは定かではないが……おそらく高町の意思だろう。
高町を時折観察しているうちに、あっさりと放課後を迎えた。学校にいる間に何か起きたら……と不安だったのだが一安心だ。
「じゃああたしとすずかは今日お稽古の日だから」
「行ってきます」
「うん、お稽古頑張って」
バニングスと月村は高町に見送られ、車で去って行った。それを笑顔で見送った高町は、足早に帰宅し始める。
「……俺もさっさと帰るか」
身の安全と高町が封印に失敗する可能性を考慮してファラと一緒に行動しているが、彼女にはかばんの奥に潜んでもらっている状態だ。窮屈な思いを1日させていたため、さっさと解放してやりたい。
「あっ、夜月くん。また明日」
俺に気づいた高町は笑顔で言ってきた。なぜこのタイミングで俺の存在に気づいて話しかけてくるのだろうと疑問が湧くが、訪ねたところで「うーん……偶々気づいたから」のような返事しか返ってこないだろう。
「ああ、また明日」
歩きながら返事を返して、会話を最低限に済ませる。高町も帰宅を始めたようで、俺の少し後を歩いているようだ。
「……!」
歩き始めてすぐ、何かが発動した気配を感じた。高町が相手をしたロストロギアから感じられら気配に酷似している。
「ぁ……!」
高町も感じたようで、立ち止まって振り返ったようだ。
ここで俺も振り返ると、高町に怪しまれる……彼女の性格だと、俺が何をしているんだ? と思い、自分の行動に意味はないといった言葉を発する可能性のほうが高い気がする。だが怪しまれる可能性もある以上、高町と距離が開けるまではこのまま歩き続けた方がいいだろう。
数分ほど歩き続けたとき、ファラから知りたくなかった情報が耳に入った。
〔……マスター、なのはって子とは別の魔力反応〕
この言葉が意味するのは、状況から考えて高町に敵対する勢力の可能性が高い。
俺は昨夜帰宅すると、ロストロギアの存在を叔母に教えるべく連絡をしたが、仕事が立て込んでいて出る暇がなかったのか、叔母は電話に出なかった。家に電話を忘れたまま仕事場で寝泊りしているのか、今日も折り返しの連絡はない。
つまり、新たに現れた魔導師が管理局である可能性はないに等しい。そもそも管理局に情報が入ったとしても、この世界はあちらからすれば管理外と名のついた世界だ。すぐに管理局が到着するはずもない。
〔高町は……って聞くまでもなく向かってるはずか。高町に協力を依頼した奴は?〕
〔向かってるみたいだけど、なのはって子が先行してるみたい〕
正義感の塊としか言いようがない行動だ。
高町の潜在的な能力は認めるが……おそらく新たなに現れた魔導師は単独でロストロギアを集めようとしていることからそれなりの腕がある。魔導師になったばかりの高町が戦闘をしても勝つ可能性は極めて低い。
叔母の立場を考えるとロストロギアが第3者の手に渡るのは良くないだろうが、首を突っ込むなとも忠告されている。傍観していただけだとしても、これといって文句は言われないはずだ。
それに俺の第一の目的は街に被害を出さないことだ。高町が負傷しようとも、それは関わると決めた彼女の自己責任。だが……心配なことがある。
魔法は基本的に非殺傷設定で使われるものだが、新たに現れた魔導師が犯罪者だとすれば殺傷設定で使用してもおかしくない。もしも殺傷設定で戦闘された場合、高町は下手をすると死んでしまう。もしそうなれば、多くの人間が悲しむことになる。
高町の家族には良くしてもらってきた。俺は、あの人達の悲しむ顔は見たくない。
どちらが封印しようとも構わないが、高町が危ないようなら介入する。
そのように決めた俺は、ロストロギアの反応がするほうに向かって走る。
〔ちょっマスター、あんまり揺らさないで! 教科書とかに潰される!〕
と走り始めてすぐにファラから抗議が入ったため、一旦立ち止まって彼女をかばんから出してポケットに入れる。人目のない場所まで到着するとセットアップし、空中へと上がった。
「……あれは?」
夕焼けに染まった空を黒い虎のような生物が飛んでいた。
どういうロストロギアかは不明だが、原生生物を取り込んで活動しているのだろう。虎がこのような場所にいるはずがないため、おそらく猫あたりを取り込んだと思われる。
「グワァッ!」
翼を生やした黒虎は、咆哮を上げながらある場所に突撃していく。
ここに来るまでに黄色い閃光を何度か確認している。魔力は人によって色が異なるため、高町のものではないと判断できる。つまり、向かった先は謎の魔導師のところだろう。
「でぇぇぇぇいッ!」
気合の声と共に桃色の光が同じ場所へと向かって行った。声と魔力色から判断して高町だろう。
「あのバカ……!」
魔導師が近くにいるというのに、迂闊に突っ込む奴があるか。そんな風に思った俺は、思わず動こうとしてしまう。
だがすぐに、できる限り首を突っ込まないと決めたことを思い出して我に返る。それとほぼ同時に、黒虎が空へと舞い上がってきた。高町の一撃で下半身にダメージを負ったようで、骨のようなものがむき出しになっている。
「逃げる気か……」
場所を移そうとした瞬間、黒い影が虎の背後に現れた。手に持たれているデバイスが姿を変え、黄金の刃の鎌と化した。
「ジュエルシード……封印!」
次の瞬間には、謎の魔導師が黒虎を一刀両断した後だった。雷を彷彿させるような凄まじいスピードだ。
無事にロストロギアは封印されたようで、謎の魔導師の背後に浮遊している。
「……はっ」
謎の魔導師は首だけ動かした。見下ろしているようなので、俺ではなく高町の存在に意識を向けたようだ。ほんの数秒動きを止めた魔導師だったが、振り返ってロストロギアに近づく。
「ぁ……あの、待って!」
高町が声をかけたのか、魔導師は動きを止めた。高町の話を聞くつもりなのかと思ったが、デバイスの矛先を下方向に向けた。魔導師の周りに電気を帯びた魔力弾が生成されているあたり、高町に攻撃しようとしているのだろう。
ここからどう展開する……と頭を回転させたが、現実に起こったことは俺の予想外のことだった。高町が自分から魔導師に近づいていったのだ。
「あ、あの……あなたもそれ、ジュエルシードを探しているの?」
「それ以上近づかないで」
「いやあの……お話したいだけなの。あなたも魔法使いなの? とか。何でジュエルシードを? とか」
「…………!」
さらに近づいた高町に魔導師は容赦なく魔力弾を発射した。高町はそれを避けることには成功したが、すでに魔導師は次の行動に移っている。
「ふ……!」
高町の背後に回った魔導師は、再びデバイスを鎌状に変えて斬りかかった。高町は急上昇することでギリギリのタイミングだったが回避に成功した。
魔導師は上を見上げ、高速で接近していく。高町は避けるつもりはなかったようで、ふたりのデバイスが激しく衝突した。
「待って! ……私、戦うつもりなんてない!」
「だったら……私とジュエルシードに関わらないで」
「――ッ、そのジュエルシードはユーノくんが……!」
「っ……!」
魔導師は半ば強引に高町を吹き飛ばし、彼女が体勢を立て直している間に刃状の魔力を回転させて放った。
「く……」
高町は防御魔法を発動させた。
魔力弾と防御魔法が衝突し周囲に轟音を響かせた次の瞬間、魔力弾が爆ぜてさらなる轟音を響かせる。対防御魔法の魔法と言えそうな魔法だ。ダメージを負った高町は悲鳴を上げて落下していく。
「……ごめんね」
俺の勘違いがかもしれないが、落ちていく高町に魔導師が謝っているように見えた。魔導師は落下していく高町に魔力弾の追撃を放つ。
高町は行動不能に陥ったのか、空中に戻ってくる様子はない。魔導師の魔法は防御魔法を貫通していたようだが、高町にはバリアジャケットが損傷していたくらいで傷はないに等しかった。そのため殺傷設定で攻撃されてはいないはずだ。俺が介入するほどの怪我はしていないだろう。
「…………」
魔導師はロストロギアに近づき、デバイスの中に収納した。すぐに立ち去るかと思ったが、視線を高町の方へと戻した。
「今度は手加減できないかもしれない……ジュエルシードは諦めて」
何を言っているのかは分からないが……状況から推測するに関わるなとでも言っているのかもしれない。
〔……ファラ、あいつは?〕
〔あの子のところに到着したみたいだよ〕
〔そうか……なら俺が手を貸す必要はないな〕
今は動物の姿をしているが、あの夢では少年の姿をしていた。体力や魔力も多少なりとも戻っているはずだから、高町が動けなかったとしても連れて帰るだろう。
「……あなたは何者ですか?」
「まずは自分から言うのがマナーだと思うが?」
ふざけるのはやめろと言わんばかりに漆黒のデバイスの矛先をこちらに向けられた。
先ほどまでは遠目でよく分からなかったが、魔導師は金髪をツインテールにまとめた少女だった。大人びた容姿をしているが、同年代か少し上といったところだろう。
「……単なる傍観者だよ」
「……ふざけないでください」
ふざけたつもりは全くないのだが……彼女からすればふざけているように見えてもおかしくないか。
「あなたはさっきの子の協力者ですか?」
「協力者なら助けに入ってると思うが?」
「……そうですね。では質問を変えます。あなたもジュエルシードを集めているのですか?」
集めているのであれば奪うといった意味を感じられる質問だな。集めていないといったところで、襲われる可能性は高いとは思うが、高町を全力で排除しようとしなかった彼女の性格に賭けてみるか。
「集めてはいない」
「なら、あなたの目的は何ですか?」
「ロストロギア……確かジュエルシードだったか。それを封印することだ」
「――っ」
少女はデバイスを変形させて鎌状にし構えた。それを見た瞬間にこちらも剣を構える。
先ほどまでよりも遥かに緊張感が高まっている。どうにか冷静さを保っているものの、実戦に対する恐怖を胸の奥のほうに感じる。
「それはジュエルシードを集めることと同義ではないのですか?」
「違うな。俺は街に被害を出したくないだけだ」
「……封印することが目的であって、ジュエルシードはどうでもいいと?」
「ああ。君とさっき戦った子が封印に失敗したときのために、俺はここにいただけだ。君だろうと、君と戦った子だろうと、封印してくれるのならば介入するつもりはない。もしも俺が先に見つけて封印した場合、君がほしいと言うのなら渡す」
しばらくの沈黙の後、少女はデバイスの形状を通常型に戻した。
少女は構えを解いたが、フェイントかもしれない。だが……彼女の瞳に敵意は感じない。このまま剣を構えていると敵意を増させるかもしないと思った俺は、後退しながら剣を下ろした。
「……今はあなたの言葉を信じます。ですが、嘘だった場合は容赦なくあなたを襲います」
少女はそう言い残すと、高速で去って行った。安堵を覚える一方で、緊張が切れたせいか身体中から力が抜けていく。
〔マスター、あんなこと言っちゃってよかったの?〕
〔言うだけなら問題ないだろ。それに、あのふたりが入る以上は俺が介入することはないだろう〕
あのふたりの間で衝突はあるかもしれないが、どちらにせよ封印はされるだろう。
「……それにしても」
間近で見た少女の瞳は、とても寂しさに満ちているように見えた。高町が会話を試みたのは、おそらくそれが理由かもしれない。彼女は正義感や優しさの塊のようなものだ。あの少女を放っておくことはできないだろうから。
「…………」
〔……マスター、さっきの子のこと考えてる?〕
「別に……というか、何で急に不機嫌になるんだ?」
〔別に……〕
「別にって……とりあえず帰るか」
後書き
寂しさを瞳に宿した少女は、なぜジュエルシードを集めるのか。
少女に敗れたなのはだったが、それが気になって仕方がなかった。なのはが疑問の答えを聞くために、少女とぶつかってでも対話する道を選択する。
これがショウの傍観者としての道に影響を与えることは、このときはまだ誰も知らなかった。
次回 第4話「ぶつかり合う白と黒」
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