ギザギザハートの子守唄
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第九章
第九章
「それであんたのこともわかってもらったから」
「許してもらったってことか」
「そうよ。その通りよ」
「そうだったのかよ」
「あんたが悪いわけじゃないって。わかってもらったから」
「別にそんなのいいけれどな」
俺は視線を外して答えた。本当にそんなことはどうでもよかった。けれどそれでも。誤解が解けたのはそれでも嬉しかった。これは本音だ。
「別にな」
「それで今日は」
「これか」
「そう、これ」
店の中を手で指し示して俺に述べてきた。
「こうしたの。どうかしら」
「卒業式に合わせてか」
「来てくれるかどうかわからなかったけれどそれでも」
「来るつもりはなかったさ」
俺は卒業おめでとうって言葉を見ながら答えた。本当にまさかここに来るなんて夢にも思っちゃいなかった。鬼熊に会うまでは。
「マジでな」
「そうだったの」
「俺が連れて来たんだよ」
鬼熊がここで笑って告げた。俺達じゃなくこいつに。
「この連中をな」
「そうだったんですか」
「そうさ。ちょっと苦労したがな」
「うふふ」
「うふふって笑うのかよ」
女そのものの笑い声を上げるのを見て俺は言った。
「何なんだよ、ったくよお」
「いいじゃない。それに」
「それに?」
ここで俺にまた言ってきた。
「何だ?今度は」
「その今度よ」
俺の言葉尻を捕まえる形になった。少し気分が悪くなったのは内緒だ。
「今度はね」
「今度・・・・・・何なんだよ」
「お父さんいいって言ってくれたから」
「あの親父さんがいい!?」
話が全く読めなかった。何が何なのか。
「何がなんだよ、一体」
「だから。駆け落ちしなくてもね」
「あんなのはもう二度と御免なんだが」
「だから。それをしなくてもいいのよ」
話が全く読めない。こいつは何が言いたいんだと心の奥底から思った。ひょっとして俺をからかってるんじゃないかとさえ思った。内緒で。
「もうね」
「もうって。本当にわかんねえんだけれどよ」
思わず尋ね返した。するとこいつは今度ははっきりと俺に対して言ってきた。
「結婚してもいいって」
「結婚!?」
その言葉を聞いて驚いたなんてものじゃなかった。今何て言ったのかマジでわからなかった。何かこんなのばかりだとも思ったが。
「誰と誰が結婚するんだ!?」
「あたしとあんたよ」
「俺と御前」
「お父さんはいいって言ったから」
「じゃああれか」
ここまで聞いてやっと頭がまともに動いてきた。酒のせいでかなり悪くなってる自覚はあったがそれでも全然動いちゃいなかった。今の今まで。
「俺と御前が結婚して」
「このお店に入るのよ」
「何だよ、それ」
思わず聞き返してしまった。
「無茶苦茶になってるじゃねえかよ、完全に」
「けれど悪い話じゃないでしょ」
「そういう問題じゃねえよ」
無性に腹が立って俺はまた言い返した。
「いきなりそんなこと言われてもよ、何言っていいのやら」
「けれど嫌じゃないんでしょ」
「人の話聞いてるか?」
「そっちこそ」
話が堂々巡りになってきていた。痴話喧嘩めいてもいた。
「聞いてるの?人の話」
「聞いてるさ。結婚しろってか」
「してもいいって言ったけれどそうよ」
言葉はそのまま出るとは限らない。裏がある場合もある。今回はまた随分と露骨にそれが出ていた。嫌になる位にまで出ていやがった。
「そういうことよ」
「じゃあ俺に選択肢ねえじゃねえかよ」
「こういう場合は男はそうね」
「男はかよ」
「全部女が決めるのよ」
親父さんは?って言いたかったがもうそれも無駄だった。思えばカルコークに来たのが運の尽きってやつか。とにかく完全にこいつのペースだった。
「わかったわね」
「わかったさ」
うんざりした顔で言ってやった。表情は俺のせめてもの意地ってやつだ。
「御前の言う通りしてやるよ」
「それでいいわ」
「ったくよお」
仲間達も鬼熊もまだいた。けれど仲間はただ見ているだけだった。鬼熊は俺達を見て笑ってる。嵌められたのが完全にわかる流れだった。
「何なんだ、ここまで」
「とんでもない話になってるんだけれどよ」
その仲間達がやっと口を開いてきた。戸惑いまくっているのがすぐにわかった。
「結婚って何か」
「狐に抓まれた感じだよな」
「いいじゃないか、壊れた愛ってやつが回復したんだぞ」
鬼熊は嬉しそうに俺達二人に対して言ってきた。
「それがいいことじゃなくて何なんだ?」
「さてな。何なんだろうな」
憮然として鬼熊に言い返してやった。
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