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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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記憶の彼方


 装甲車二台が雪原を走る。
 今回は目的地が決まっているため、一日ほど休むことなく走り続けた。
 一台が先頭を走り、もう一台が後方を走る。

 交代で休みを取らせれば、アレスはモニターに映るデータを睨みつけている。
 敵基地に対して奇襲が開始されたと聞いたのは、昼ごろ。
 無線が途絶えた地点までは夕方ごろにはつくだろう。
「小隊長もお休みください。到着まではまだ時間があります、一眠りできますよ」

 狭い車内で体を入れ替えながら、バセットが顔を見せた。
 どこか気遣うような言葉だ。
 昨日の昼に出発してから、一度も仮眠をとっている事を知っているからだろう。
 その言葉にアレスがもう少しと答え、再びモニターに目を向けた。

 敵から攻撃を受けた地点は敵基地とのほぼ中間地点。
 敵が増援を呼んでいたとすれば、一個小隊に過ぎないこちらは大きな打撃を受ける。だが、増援を呼んだとしても、敵基地が攻撃されている現状であれば、すぐに引き返すだろう。
 大きな戦闘とはならないというのは、クライフ大佐とアレスの共通した意見だ。

 生存兵がいれば、回収し、状況を確認するだけの簡単なもの。
 だが、浮かぶ疑問がアレスに不安を与える。
 モニターを睨みながら、確認するようにアレスは口を開いた。

「バセット」
「何でしょう」
「一個分隊、三機の機動装甲車有する8名を相手にするにはどれくらいの兵が必要だ」
「そうですね、一個小隊、完全を期すなら二個小隊ほど必要になると思います」

「二個小隊の敵に囲まれたらどうする?」
「援軍を呼ぶか、すぐに逃げます。小隊長はどうされますか?」
「俺も同じだ」

 肩をすくめるバセットに、アレスは頷いた。
 敵と遭遇した無線を最後に、斥候の小隊は連絡を途絶えた。
 そう遭遇した無線を最後に。
 そこがアレスが気になるところだ。
 もし二個小隊の敵に囲まれたとすれば、遭遇したと報告するより援軍を呼ぶ。

 そうなると、少なくとも報告した時点では敵を把握していなかったのか。
 あるいは、把握していたが援軍を呼ばなくても戦えると思ったのか。
 敵は少数。
 だが、少数の兵がなぜ中間地点まで偵察に向かうのか。

 帝国にとって重要な施設がここにあるというのだろうか。
 そうなれば、楽観的に考えていれば、大きな損害を受ける事になるが。
 そう思いながらずっと地図を見ていたが、そこに重要性が発見できない。
 結局は行くしかないか。

「わからん」
「寝不足では満足に考えられませんよ。見張りは変わりますから、一休みしてください」
「ああ」
 頷けば狭い車内で、バセットと身体を入れ換える。
 後方まで這うように進めば、一席だけ開いているベンチに腰を下ろした。
 硬い壁面に身体を預ければ、静かにアレスは瞳を閉じた。

 アレスは原作を知っている。
 しかし、原作を全て理解しているわけではない。
 カプチェランカでの戦闘があったと記憶していても、どのような戦闘であったか、ましてや一戦闘など長い記憶で残ってはいない。
 ラインハルトとキルヒアイスが味方の罠にかかっているなど、予想する事さえできなかった。もし、アレスが原作を理解していたのであれば、全速力で進行し、ラインハルトの命を狙ったことであろう。

 それが間に合わなかったかもしれないが。
 幸か不幸か、そうはならなかった。

 + + +
 
「間もなくつきます」
 短い言葉に、アレスは瞳を開けた。
 思いの他熟睡していたことに、唇を拭った。
 幸いなことに涎は垂らしておらず、バセットが脇に控えている。

「もっと早く起こしてくれて構わなかったよ」
「気持ちよさそうだったので。敵の反応は一切ありません」
「味方は?」
「それも」
 静かに首を振る姿に、予想されていたことであったが、アレスは小さく息を吐いた。動けばバセットが脇に避けて、頭上の扉までの場所を開ける。

 一人が顔出して見張りをしている。
 モイラという名前だった。
 その隣から顔を出せば、温まっていた顔が一瞬に冷える。
 唇まで服の中に入れながら、少し変わるとモイラに伝えた。
「いえ。任務なので」

「ああ……じゃあ、頼んだ」
 生真面目なバセットの影響か、アレスのいる第二分隊は良いように影響されているようだ。これがカッセル率いる第一分隊であれば、嬉々として装甲車の中に入ったことだろう。
 まあ、あちらはあちらで馬鹿が多いから楽しい事は楽しいのだがな。

 雪だるまになった男や常にチョコレートバーを手にしている男など、話題性には事欠かない。不真面目なカッセルと生真面目なバセットの両輪が、上手くかみ合ってきたと思う。まだ訓練も不十分だが、今後時間がたてば他の小隊にも負けないと思う。そう思った事に、五月に赴任してから二カ月余りで自分の隊に愛着を持った事に、アレスは唇をあげた。
 小隊長というのも悪くはない。

「ま、そう思う事までがカッセルの爺さんの罠の可能性もあるが」
「第一分隊長がどうかされましたか?」
「いや。こちらのことだ」
 呟いて、アレスは外に目を走らせた。
 白銀の平原は過ぎて、ごつごつとした岩が多くなってきている。
 装甲車に入力されていたデータがなければ、ここまで早く走ることはできないだろう。装甲車はほぼ自動で操縦され、細かい操作を運転手が担当している。

 切り裂くような風に、アレスは周囲を見渡す。
 盲点が多い。それは奇襲を受けやすい光景だ。
 バセットは敵の反応がないから起こさなかったと伝えた。
 だが、装甲車ではなく人間であれば反応はない。

 こんな外を呑気に歩く人間などいない。
 じっとしていれば、それこそ一時間も経てば指の感覚もなくなる。
 それを理解しているからこそ、反応がなければ敵がいないと思いこんでいる。
 それがカプチェランカの常識。

 だが、まだ二カ月のアレスはそれになじめないでいる。
 むしろ、そう考えるのであれば積極的に前線基地を作り、一時間ほどでも徒歩の部隊で敵を待ち受ける対応を取った方がいいのではないか。ここの基地司令官はともかくとして、同盟軍の本部でそれを理解できる人間は多くいるはず。
「たかが辺境にそこまで意識を持たないか」

 そうであれば何のために彼らは戦っていると言うのか。
 長く続いた戦いが、問題が起きなければそのままにしておくと言う異常な状態を常態化させているようにアレスは感じた。
「小隊長。前方に何か存在します!」

 驚いたような声でモイラが伝えた。
 障害物があれば、基本的には運転手の隣でモニターに目を走らせていた監視手が発見を知らせる。その声がなかった事に驚いている。
 驚くほどの事ではないと思いながら、アレスは車内に顔を突っ込んだ。

「前方に人影を発見。砲手は狙いを二時の方向にして、速度を落としてくれ」

 + + +

 ほぼ七割を雪に埋もれた、それは死体であった。
 アレスが隊員二人を伴って身に行けば、基地で見た顔の男だ。
 怪我を負いながら歩いてきて、ここで力尽きた。
 その表情は苦悶に満ちて、とても幸せな最後であったと言えなかっただろう。

 すでに歩いてきた道は白銀の雪で覆われている。
 それでも倒れている方向と、微かに凍った血の氷から場所はわかる。
「バセット、装甲車を先頭にして他の歩兵は装甲車を盾に進軍しろ。敵はいないかもしれないが、伏兵がいるかもしれない。敵からの攻撃があれば、すぐに散開して敵をその場にとどめるように、深追いはするな。とどめは第一分隊が行え」

「はっ」
 短い言葉とともにバセットが隊員を引き連れて、遅々として進軍を開始した。
 その間にアレスは兵士の様子を観察する。
 認識票を見れば、斥候隊の所属する第三小隊の若い男だった。
 階級章は一等兵。まだ配属して間もなく、カプチェランカに来る時に一緒の船に乗った記憶がある。初めての戦場で緊張して、ベテランの人間にからかわれていた。

 裏返せば、腹部に貫通痕。
 レーザー銃による傷跡であり、これが唯一の傷だ。
 それ以外に傷はなく、傷自体も凍りついていて綺麗なものだった。
 死因は凍死かもしれない。
 アレスは静かに手を合わせれば、後方から遅れてきた第一分隊に死体袋を用意するように伝えた。狭い車内に入るわけはなく、まだしばらく装甲車の外部に括りつけられて寒い思いをする事になるだろうが。

 岩肌に囲まれた場所に、敵の姿は見えなく、前進した第二分隊に対しても攻撃はないようだ。そこでしばらく待ってから、アレスは第一分隊の装甲車とともに歩き始めた。
「小隊長。バセットが斥候隊を発見したそうです」
「敵の姿は?」
「現在、周辺を策敵中ですが発見はせず、生存者もいません」

「わかった。索敵終了後に合流しよう」
「了解」
 短いカッセルの言葉に、理解していたとしてもアレスは首を振った。
 厳寒の大地では、わずか数十分でも体力を奪われる。
 準備もなく一昼夜も過ごせるわけがない。

 理解していたとしても、生存者なしの報告にはため息を吐いてしまう。
 容赦なく雪は叩きつけて、降り積もる。
 吐いた息から漏れる水蒸気で、アレスの服の襟が凍り始めていた。

 + + + 

 最初の連絡から数分で、斥候を務めた第三小隊第二分隊の面々は発見した。
 生存者はない。
 それはわかっていた事であったが、現場を見ればなおさら理解が出来る。
「一台はナパームで完全に蒸し焼きに、残りは……」

 バセットは小さく首を振った。
 死体はそこらに散らばっており、一台が奇襲によって破壊され、散開した事を窺わせていた。主な死因は頭部をレーザーで貫通されたものだ。
 おそらくは痛いと思う暇もなかっただろう。
 ほぼ即死であったことが、まだ救いだろうとカッセルが苦々しげに呟いた。

「運がなかったの。敵の待ち伏せにあって――二個小隊といったところか」
 カッセルの言葉に答えず、アレスは周囲を見渡した。
 ある者は岩場から、ある者は雪原から、またある者は装甲車の影から。
 転々と散らばる死体を集める部下の姿に、アレスはゆっくりと首を振った。

「いや。少数だ。囲まれたのならばここまで死体は散らばっていないはず。それに、全員がほとんどが頭を一撃で狙撃されている。そんな優秀な人間が複数も同じ隊にはいないだろう」
「まさか。そんなことが出来るのは、うちじゃローゼンリッターくらいでしょう?」
 そんな精鋭がこんな場所にいるわけがないと続きかけたカッセルの言葉を、アレスが奪った。
「いたのだろう。まさに軍曹のいう運がなかったことにね」

 倒れる死体を確認しながら、アレスは息を吐いた。
 忘れていたと後悔は少し。おそらくこの場には、ラインハルトとキルヒアイスが二人でいた。
アレスもラインハルトとキルヒアイスの初陣がカプチェランカであるという事は知っていた。そこで、罠にかけられたということも知っている。

 だが、アレスは原作は知っていても、原作を持っているわけではない。
 事細かに覚えているわけでもなく、大きな事件を理解できているだけで、その外周となる部分までは完全には把握していない。
 ましてや、その通りになるという百パーセントの保証があるわけもなく、概略的な部分を除いては深くは考えてこなかった。
 今回はそれが仇となったのか。

 もっともそれを知っていたとしても、ラインハルトがここで立ち往生するとまでは書いていないのだから、想像していたとしても意味がなかったかもしれないが。
「小隊長!」
 息を吐いたアレスを、残っていた装甲車を調べていた兵士が呼んだ。
 カッセルと顔を見合わせて、一緒に向かう。

 近づけば装甲車の後部をライトで照らして、促した。
 そこには空となった燃料電池を入れるボックスがある。
 その現状に男が戸惑ったような声で、事実を述べた。
「一台は水素電池が奪われてます」
「水素電池だと。何でそんなものを帝国が奪う?」
「ガス欠が起きたのだろう、途中でね」

「それは、随分と抜けていますね。こんな場所で立ち往生をすればどうなるかはわかるでしょうに」
「ああ。死んで欲しかったのだろう」
「死んで欲しかった?」
「小隊長」

 言葉を遮るように、再び声があがった。
 会話を止められて、珍しく不快気にカッセルが声の方を睨む。
「何だ?」
「その――帝国兵です。帝国軍の士官の死体があります」
 戸惑った言葉に、カッセルとアレスが顔を見合わせた。
 そして表情に疑問を浮かべて、カッセルが声を出す。

「なんだそれは。奴らは味方の死体を回収しなかったのか」
「ええ。そのようで――」
「あえてしなかったのだろう」
「わざとですか?」

「ああ、仲間割れと考えれば、水素電池がなくなったことも説明がつく」
「何とまあ、しかし、それは随分と」
「話が飛躍しすぎか。ま、そうだろうな」
 邪魔となったラインハルトを殺すために、水素電池に細工をする。

 さらに念入りに死体を確認するために兵士を送り込むなど、アレスも知っていなければ考えもしなかっただろう。
 もっとも今はその予想が正しいことなど、どうでもいいこと。
 今はやるべき事がある。

「軍曹。すぐにクラフト大佐に連絡を。生存者はなし。敵は水素電池の他、装甲車のデータを奪取した可能性が高い。すぐに敵基地への攻撃を停止し、撤退するように伝えてくれ」

 
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