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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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会戦の幕開け



「どうしたのですか?」
 穏やかな声をかけられて、ラインハルトは息を吐いた。
「ヘルダー大佐殿から命令を預かった」
 その言葉に、キルヒアイスは表情を変える。

 問う表情に、ラインハルトは自嘲気味に答えた。
「索敵だ。君と私の二人でな」
「二人で。何かの間違いでは?」
「俺が君に間違いを話した事があったか?」

「失礼しました」
 謝罪するキルヒアイスに、良いと首を振りながら苦笑した。
 通常であれば、少尉に任官した者が部下も連れずに策敵に出る事などあり得ない。
 それはラインハルトの直属の部下がいないこともあるのだろう。
 だが、キルヒアイスと一緒とは――厄介払いなのだろうと、ラインハルトは思う。

 元よりラインハルトが好かれているとは思っていない。
 多くが腫れものに触るようにラインハルトに対応し、その分の不平や不満がキルヒアイスに向かう。
 先日の事件など、その最たるものだ。

 キルヒアイスは襲われかけた女性を助けただけであるのに、なぜかキルヒアイスが悪いように伝わっている。それをラインハルトが押さえれば、結局行きつくのは寵妃の弟の我儘という評価だった。

 当の襲おうとした小隊が、罰則がわりの索敵任務で、反乱軍によって損害を受けたと聞いて、ラインハルトは思わず敵に花束を贈ろうとも思ったが。
「その代わりが、二人での策敵になったわけだが」

「代わりですか」
「ああ。先日、散歩すらも満足にこなせなかった小隊があっただろう」
 その言葉で、キルヒアイスは理解したようだった。
「敵が近づいてきているというわけなのですね」
「近づいてきているというよりも、既に知っている」

「知っている?」
「ああ。こちらに捕虜が出た以上は、この基地の事が敵に知られていると思っていても間違いではないし、おそらくは知っている。敵がこちら以上の無能でなければな」
「それは……大佐には」
「伝えたさ。余計な心配はするなと、ありがたいお言葉をもらった」

 不満げな口調に、キルヒアイスは小さく息を吐いた。
「ラインハルト様」
「わかっている。短慮は起こさないし、任務もこなして見せる。だが、次はゲルツのように呑気に散歩というわけにはいかないだろう」

「ええ。もし敵がこちらを知っているというのであれば、敵の哨戒部隊が接近していることになります」
「敵を先に発見すればいい。それだけの話だ」

 ラインハルトは小さく笑い、歩き続けた。

 + + +  

「納得いきません」
「何がだ、小隊長は立派に任務を果たしだろう」
「そこです」
 枯れ枝を組みあわせて、簡易の縄を作りながら、カッセルは苦笑する。

 同じようにバセットも唇をとがらせながら、縄を作っていた。
 最初こそは手際の悪かった技術も、今では話しながら作業をしている。
「今回、捕虜を手に入れたのも、そして敵の基地を発見したのも全ては我々の成果です」
「ああ。そうだろう、それはクラナフ大佐も認めているさ」

「では、なぜ我々が敵基地の攻撃を任されないのですか」
「マクワイルド少尉から説明は受けただろう。我々は基地の防衛が任務だと」
「敵の基地を攻撃中に? これ以上戦果をあげさせないようにしているとしか考えられませんよ」
「お前は本当に単純な男だなぁ」

 かかと笑いながら、カッセルは作り上げた縄を丁寧に編み込んでいく。
 確かにクラナフ大佐の行動は速かった。
 任務が終了し、敵の捕虜から基地の場所を聞けば、先行に哨戒部隊を繰り出し、続いて敵基地を三個中隊で奇襲する。

 攻略隊はメルトラン中佐が指揮を行い、アレス達特務小隊は留守役だった。
 それがバセットには不満であるようだ。
 口を尖らせる様子をなだめて、カッセルは籠を作り上げた。
「出来たぞ」

「ただの籠ですね」
「ああ。ただの籠さ、だがこいつも上手く使えば立派な武器になる」
「石でも入れるますか?」
「惜しいな。入れるのはプラズマ手榴弾さ。敵の通り道にこいつを吊るしておいて、敵が足もとのロープを切れば」

 籠が傾いて、プラズマ手榴弾が落下する。手榴弾の安全栓は籠の隙間に固定しておけば、転がるのは起動したプラズマ手榴弾。
 ひゅっとカッセルが手を広げた。

「そりゃ便利でしょうが、この星でどうやって使うのです」
 例えば、密林などがあれば話は別だろう。
 だが、このカプチェランカの特徴は見渡す限りの平原だ。
ブリザードの吹き荒れる星では吊るす木もなければ、ロープを張る場所もない。

「お前は本当に単純な男だな」
「何度も単純といわないでください。馬鹿といわれている気がします」
「いいか。こんなところに上からの罠があるわけがない、そう思っているからこそ罠が成功するんだ。最初から頭上に注意なんて書いてくれている罠があるわけないだろう? いいか、使う時は、だ」

 そう言って、ゲリラ戦について説明しながら、カッセルは苦笑した。
 カッセルがバセットに陸上戦術を教えるようになって、一カ月が経った。
 単純な男ではあるが、飲み込みは早い。
 元々が真面目な性格であるし、手先も器用だ。

 覚えも決して悪いわけではない。
 これで馬鹿じゃなければなぁ。
 カッセルは小さく笑い、スキットルを取り出した。
 一口飲めばウイスキーの熱さが胃に染みわたる。

「て、何飲んでいるのですか」
「ウィスキーじゃよ。いつ死ぬか分らぬのなら、後悔はして死にたくはないだろう」
「居残り組が何をいってんですか。ほら、さっさと相手をひっかける罠の設置を教えてください」
「やる気になったのはいいが、何か私が損している気がするぞ」

「退役まで一年なんですからね。これからは夜まで教えてもらいますよ」
「夜は酒でも飲んで寝ていたいがね」
「酒なら今飲んでいるでしょう?」

「ああ、そうだな」
 苦くカッセルは笑い、籠を持ち上げた。

 + + + 

 相変わらず、狭い執務室だ。
 それでも個人にあてられた部屋と考えれば、十分だろう。
 響くブリザードの音と叩くキーボードの音を背景にして、アレスはキーボードを叩き続けた。

 返ってきて任務が終了する兵士とは違い、アレスにとっては帰ってきてからが仕事だ。戦闘報告書、結果報告、捕虜に対する事柄など数多くの報告が必要となり、それを作るのは他ならぬアレスの仕事である。
 前世の記憶と学生時代に手伝わされていた士官学校での経験がなければ、どうすればよいか迷ったことだろう。全てを真面目に打てば、おそらくは一週間あってもしあげる事はできない。

 全てに全力投球など、学生だけで十分。
 戦闘結果は即座に必要ではあるが、概要さえ分かればよい。逆に捕虜に対する報告は下手をすれば公開される必要があるため、時間をかけてでも一言一句を気にして書かなければならない。策敵の報告などは基地の司令官どまりの報告書のため、余った時間で適当に打てばいい。

 それら報告の必要性を分類わけをすれば、あとは打ち込むだけだ。
 キーボードを叩く音が室内に響く。

 と、扉の外に人の気配を感じて、アレスは指を止めた。
 今日は小隊の人間には、自主訓練を命じている。
 何か問題でも起きたのだろうか。
 顔をあげれば、ノックの音とともに返事を待たずに扉が開いた。

「クラナフ大佐?」
 驚きの声をあげたのは、アレスだった。
 扉から姿を見せたのは、基地司令官であるクラナフ大佐だ。
 立ち上がり礼をする様子に、クラナフは小さく手をあげて、止める。

「仕事の邪魔をしたかな」
「いえ。何か問題がありましたか」
 わざわざ司令官が小隊長の執務室に来るなど、それ以外は考えられない。

 案の定、クラナフは首を縦に振りながら入ってきた。
「先ほど提出した戦闘報告ですか?」
 言葉にクラナフは首を振った。
「いや。簡潔で客観的に分かりやすい。報告として良くできていると上も褒めていた」

 予想していたものと違い、アレスは怪訝な表情を見せた。
 アレスの方に問題があるとすれば、先日の索敵の結果でしか考えられない。
 だが、そんな小さな事にクラナフがわざわざここに来るだろうか。

 本来ならば、指揮官室で敵基地の攻撃について指揮を執る必要がある。
 そう考えて、アレスは眉をよせた。
「攻撃隊で何か問題が」

「正解だ、正確には斥候隊だがね」
 クラナフは苦い表情を見せると、懐から地図を取り出した。
 アレスが閉じたノートパソコンの上に、地図が広げられる。
 それはこの周辺の簡単な地図だ。

 同盟軍の基地と、捕虜から聞き取った帝国軍の基地。
 そこのちょうど中央――帝国軍基地に近い場所に赤い印が付けられている。
「知っていると思うが、斥候隊の任務は二つ。敵基地までの進路の安全確保と敵基地周辺の調査だ。そのうち敵基地周辺の調査を任務とする一隊が、ここで敵と遭遇したとの無線を最後に連絡が途絶えている」

「本隊は?」
「本隊はここだ。既に遭遇地点を超えて、敵基地を目指している」
 クラナフが指で示せば、既に敵基地に近い場所に本隊はいた。
 遭遇した斥候隊が単に本隊の誘導部隊ではなく、敵基地周辺の隠し基地や避難所を捜索する部隊であった事が運が悪かった。敵との遭遇について、本隊から援軍を送る事になれば、一度進軍を止める事になる。

 敵が準備を行う前に攻撃をするという当初の計画は大きく狂うだろう。
 本隊は回せない。
「他の斥候隊を回すことは?」
「どれも遠い。一番近いのは」

 そこで、アレスは理解した。
 その意味も。
 息を吐けば、答えを口にする。
「この基地から派遣する方が近いのですね」

「話が早くて助かる。すぐに出動できるか。相手の数はわからないし、戦闘が始まったことから間に合わない可能性の方が高い。だが、助けられるのならば少しでも助けたい」
 立ち上がったアレスは手を止めた。
 クラナフを見る。

 どこか非難めいた視線に対して、クラナフは言葉を口にしない。
 無理ならば他にするということも、悪いという謝罪の言葉もなく、ただただ向けられる視線は一言、行けとアレスに告げている。
 それを理解すれば、アレスも

「承りました」
 アレスは敬礼で答えた。

 + + +

 司令官室でヘルダーは、机上の写真を見ていた。
 コップにウィスキーを注ぎ、一人せわしなく指を机に叩きつける。
 上手く金髪の小僧を騙して装甲車索敵の任務を与える事ができた。
 もっとも索敵が成功するかなどどうでも良いことだ。いや、誰にも言う事はできないが、失敗することをヘルダーは望んでいる。そのためにフーゲンベルヒ大尉にも事情を説明して、出発した装甲車の水素電池に細工も行った。

 フーゲンベルヒ曰く、二日も持たずにエンジンは停止、。金髪の小僧も、それに続く赤毛の小僧も地図データも動かず、徒歩ともなれば帰ってくることは不可能だろう。
 白銀の大地に死体が二つ増えるだけだ。
 だが。

「遅い」
 死体の確認に向かわせたフーゲンベルヒがいまだに帰ってこない。
 ある程度の時間がかかることは理解していた。
 だが、早く結果が知りたい。

 苛立ったように机を指が叩き、ウィスキーを煽るが、満足に酔う事はできない。
 ウィスキーの苦みと酒の強さが、今では不快に感じる。
 さっさと上手い酒を飲みたいものだ。

 写真を裏返しにして、ヘルダーは大きく息を吐く。
 と、司令官室の扉が激しく叩かれた。
「なんだ」

 こちらの声と同時に、兵士の一人が姿を見せる。
 走ってきたのであろう、随分と息を切らせている。
 その焦った様子に、ヘルダーは浮かびかかった笑みを必死で消した。

「何があった?」
「は、それが」
「どうした、はっきりといえ」
 出来るだけ声を平たんにして、ヘルダーは答える。

 さっさと金髪の小僧が死んだと報告しろ。
 そう思いながら、睨みつけるように兵を見れば、兵士は息を整えた。
「はっ。敵の襲撃です!」
「な、何だと!」

 ヘルダーは眉をあげて、呆然と兵士の声に答えた。
「何と言った」
「は。反乱軍の兵士が、こちらに奇襲をかけてきました。現在迎撃部隊が対応中ですが、敵の数も多く……」
「ぬう。わかった、指揮を執る。すぐにマーテル中佐を呼べ」

「はっ!」
 兵士が再び走りだして、ヘルダーは苛立ったように机を叩いた。
 まったく反乱軍も邪魔をしてくれる。
 どうせならば金髪の小僧がいるタイミングで攻めてくれればいいものを。

 そうすれば流れ弾にあたったとして、上手く殺すこともできたのに。
 舌打ちを隠さず、ヘルダーは司令官室に備え付けられているモニターを付けた。

 そこには群がる反乱軍の装甲車両を必死で迎撃する帝国軍の姿があった。


 
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