《SWORD ART ONLINE》ファントムバレット〜《殺し屋ピエロ》
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邂逅
前書き
※注意 原作を読んだことがある人向けに書いています。
〈1〉
荒廃した大地のそこここに突き刺さる巨大な影は、廃墟と化した高層建築物だ。
憂鬱な黄昏の光を背に受け、黙々とその間を歩む俺たちは、上空から見下ろせば砂場を横断するアリのように見えるに違いない。容赦ない自然の猛威の前では、人間など如何に無力なことか。
旧文明が核戦争で滅んでじきに100年がたつ。僅かに生き残った人類は、黙示録の世界を漂流しなければならなくなったーー
というゲームの設定を、今ほど恨めしく思ったことはなかった。おかげで瞬間移動等の便利アイテムが《ガンゲイル・オンライン》には存在しないのだ。すでに歩き疲れた俺は、前を行く武装集団の最後尾で嘆息した。
帰り道が長い、長すぎる。それに1回も引き金を引けないなんて話が違うではないか。
風に靡く迷彩マントを押さえつけ、苛立ちを隠しながら先頭のリーダーを睨みつける。
「.....しっかし、今日はmobの湧きが異常によかったな。前回の糞ったれスコードロンのせいで被った赤字もなんとかチャラにできそうだぜ」
リーダは気がつく様子もない。前衛のメンバーに話かける様子を見て、いっそコイツを撃ってやるか? と本気で思案するが、ここまで来て報酬をもらえないのは面白くない。
ようは黙って歩くしかないのだ。
そう結論がつくと俺はふっと興味を失った。ぼんやりと歩きながらメンバーの相槌を聞く。
「そうっすね、ギリギリまで粘ったかいがあったっす。 資金もだいぶ溜まってきたし、そろそろ僕は武器新調してみようと思ってるっす」
「おほっ、いいねぇ。キールの火力が高くなれば 俺らもずっと楽になる。で、どんな光線銃にするんだ?」
「いや、実弾も揃えておいた方がいいかもしれませんよ。光線だけだと、この間みたいにPK特化のスコードロンにカモにされますからね」
「それはロメオが《ミニミ》を買ったからいいだろ。目玉飛び出るぐらい高いんだぜあれ。.....それに、ちゃんと保険も払ってるじゃねーか」
ふと視線が俺に集中したのを感じた。普段ならジョークの一つでも飛ばしてやるとこだが、今日は機嫌が悪い。否定も肯定もしてやるつもりはなく、俺はただじっとメンバーの顔を見つめ返してやった。
リーダを始めとする前衛は薄気味悪そうに視線をそらす。だが、その中で1人だけ、ロメオと呼ばれた軽機関銃《ミニミ》持ちのプレイヤーが小声で話しかけてきた。案外、ごつい見た目の割に気が回るのかもしれない。
「その......今更ですけど、依頼を受けてくれてありがとうございました。まさか受けてくれるとは思ってなかったんで」
パーティーの護衛。3万クレジットの美味しい仕事(だと思ってた)が俺のところにやってきたのは6日前のことだ。ハイレベルのスコードロンに繰り返し襲撃されていたらしい。
金も貰えるし、高確率で戦闘もあり得る。ともあれば、俺が断る理由などどこにもない。が、いざ受けてみればこれはどうだ? まだ一回も会敵してない上にずっと荒野を歩きっぱなしだ。
いい加減うんざりもしてこよう。
という気持ちを隠しもせず、俺は腐った顔で返事をした。
「報酬が良かったから、単純にそれだけさぁ。今は退屈で死にそうだよ。弾丸でも飛んでくれば盛り上がりそうーー」
不吉な文句を言おうとしたその瞬間、鮮烈な殺気が緩んだ空気を切り裂く。同時に視界の端でチカッと閃光が閃いたのを俺は見た。
マズルフラッシュ。
その思考が言語化される直前、目の前にあったロメオの顔面が吹き飛んだ。いや、消滅したと言っていい。普通の銃でこうはならない。大口径の"スナイパーライフル"による狙撃ーー
やっと敵のお出ましか。
「けどスナイパーかよ。.....腰抜けがコソコソと」
忌々しい。とばかりに吐き捨てた。だが、正確にロメオの頭を狙ってきたその腕は尋常ではない。おまけにこの殺気。遠く数キロ先から放たれる気迫が、俺の全身を泡立たせ恐怖させる。
ーー次は、あなたよ。
聞こえるはずのない声と一緒に、《着弾予測戦》が眉間をなぞった。崩れ落ち、ポリゴンとなって消滅したロメオの末路さえ目に入らず、俺は彼方の狙撃手と目を合わせる。
お互いの力量を確かめ合うことコンマ数秒、再びマズルフラッシュが網膜を刺激した。
迷いない射撃。冷徹な意思。ーー強いな。
音速を超えた弾丸を《着弾予測線》に従ってよけた俺は、不意に笑い出したいような衝動に駆られた。上等じゃないか。腕が立つなら大歓迎だ。
その思いは現実の哄笑となって腹の底から吹き出す。
ロメオの喪失に呆然としていたメンバーが正気に戻ったのは丁度その時だった。対人戦闘は不慣れながらも、素早い動きで岩場や廃墟に飛び込んで、迎撃の体制を整える。
「おい! 笑ってないでお前も早くこっちへ! すぐに敵の前衛が突っ込んでくるぞ!」
「やだね。隠れて撃つなんてごめんだ。舞台に誰もいなくなったら困るだろ?」
「なにをーー」
「約束は守るさ。あんたらは無事に帰してやる。充分に盛り上がった後でな」
俺はそう言って、邪魔なマントを一気に脱ぎ捨てた。
血の色の"赤"。
見るからに動きやすそうな軽量の装備は、胸部の防弾プレートとアクセントを除き、血を塗りたくったような赤に染まっていた。
異常。仮にも戦場でそのような格好をする異常の塊。さらにそれは、顔全体を覆う金属質の仮面に凝縮されている。表面に描かれた、真っ白い肌、笑うピンク色の唇、赤い鼻に歪んだ目、傷跡、それはまさしくーー
「さぁ、遊んでもらうか。《ピエロ》が笑い疲れるまでな」
道化師の仮面の下で、得体の知れぬプレイヤーは唇を歪めた。
後書き
ベヒモスさんはお亡くなりになられました。
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