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Missアニーの証言

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第五章


第五章

「そっちはよ」
「まあそう言わずにな」
「ぐっとやれ、ぐってな」
「わかったさ。じゃあまあな」
 今はこの連中の言葉に従った。それで本当にぐってやってやった。それからもまた飲んでとりあえずは忘れた。そうして気付いたらその一ヵ月後だった。病院に呼ばれた俺が言われた言葉は。
「御前だってよ」
「おい、マジかよ」
 一緒に来ていた奴等が先にアニーの部屋に言って聞いてきた言葉だ。俺が今一番聞きたくない言葉だった。
「俺なのかよ」
「顔同じだからよ」
「俺達でもわかったぜ」
「顔が同じだったら俺なのかよ」
 ちなみに俺は親父似だ。というよりはそのままの顔をしていると言ってもいい。本当に親父のコピーみたいな顔をしている。ちなみに俺の下は妹ばかりごろごろと四人もいやがる。家の中が五月蝿いことこのうえない。
「それだけでよ」
「いや、本当に御前そっくりだからな」
「本当に見てみろって」
「嘘だったら承知しねえからな」
 内心嘘であってくれと願いながらの言葉だった。本当にアニーのベビーの父親が俺だったらと思うと暗澹たる気持ちになる。とにかく神様に祈りながらアニーの部屋に行くと。俺がいた。
「マジかよ」
「これでわかったわよね」
 もう一人の俺が寝ているその横で寝ているアニーが言ってきた。もうあの風船みたいな腹は完全に消えて元の通りだ。魔法が解けたみたいに元に戻っていやがった。
「あたしの言ったことが本当だって」
「で、こいつの血液型はO型かよ」
「そうよ」
「アールエイチマイナスじゃなくてか」
 少し意地悪をしてこう尋ねてやった。
「プラスのO型かよ」
「そうだけれど」
「間違いないか」
 ここでやっと観念した。白い部屋の扉のところで息を大きく吐き出す。言うまでもなく溜息だ。
「俺のガキか」
「男の子よ」
「わかってるさ」
 見ただけでわかった。こいつは絶対男だって。あれがついてるかどうか調べるまでもなかった。兄弟で親父に似ているのは俺だけで妹達は全員お袋そっくりだ。何でも男は母親に似るっていう遺伝があるらしいがうちの家じゃそれは見事なまでになかった。だからわかった。
「顔見ればな」
「それじゃあさ」
 アニーは俺との話を一通り終えてからまた俺に言ってきた。楽しそうに笑いながら。
「約束だけれど」
「ああ、あれな」
 何が言いたいのかも聞くまでもなかった。
「教会だよな」
「それと赤ちゃんも」
「わかってるさ。明日牧師さん呼んで来るな」
「式は」
「それはちょっと後だ」
 気持ちを落ち着かせる為に煙草が欲しかった。だが病室で吸うわけにもいかなかった。そんなことをすれば早速どやされる。それに仮にも俺のガキに生まれてすぐに煙草の味を教えたくはなかった。だから今は吸わなかった。吸いたいのを我慢しながらアニーと話をした。
「御前が退院してからな」
「わかったわ。それじゃあ」
「けれどな。カレッジは卒業させてくれよ」
 このことだけは言っておいた。
「これでも苦労して入って今も続けてるんだからな」
「それで卒業したらあれだよね」
「ああ、トラックだ」
 それしか考えちゃいなかった。リーゼントとトラック、これは俺のポリシーだ。それでアメリカ中を駆け巡ってやりたかった。だからそれしかなかった。
「それやるからよ」
「わかったわ。それじゃあね」
「また来るぜ」
 こう言ってとりあえずアニーに背を向けた。
「またな」
「また来てくれるの」
「明日だ」
 その日も言ってやった。
「俺のガキを見に来てやるさ」
「楽しみに待ってるよ」
 部屋を出る俺にアニーの楽しそうな声が届いた。これが二十年前で女房との馴れ初めだ。何が何だかわからないままできた一番上のガキは物好きなことに日本の大学に行きやがった。下のガキはハンバーガーショップに通いながらハイスクールの生活を満喫している。それで俺は念願のトラック野郎になって今も楽しくやっている。家に帰ればアニーがいつもいる。何だかんだで幸せになれた俺の女房との馴れ初め、今思うとこれもこれで楽しい思い出だ。その時はそれこそ顎も腰も外れそうになっちまったが。


Missアニーの証言   完


                 2008・11・20
 
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