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デュエルペット☆ピース!

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デュエルペット☆ピース! 第4話「SIN」(前編)

 
前書き
Pixivでも同じ名義・タイトルで連載しています。試験的に投稿します。 

 
「……おはよう、小鳥遊さん」

 校門のところで不意に背後から声をかけられて、アズは飛び上がりそうになる。声の主は男であったが、彼女に声をかけそうな異性など思い当らなかった。
 振り向くと、眼鏡の少年が無表情で立っている。先日、担任教師の変死について彼女を問いただした、ファースト・プラムの委員長であった。朝の挨拶を向けられたのだと気付いて、あわてて腰からがくりと頭を下げる。

「お、おはようございます、委員長さん」
「ああ……」

 委員長は短く返答し、表情を変えないまま校舎へ入っていく。その背中全体がクールな印象を与えてくる。見送るアズは、委員長の意図が読めずに目を丸くするしかなかった。

「なんだよアイツ……愛想ねぇなァ」

 アズの背後から、諸星ナナコがぬっと顔を出す。どうやらアズと委員長のやりとりを見ていたらしいが、彼女も少年の態度の裏側を図りかねるらしく、怪訝な顔をしていた。一方のアズは、ナナコの姿を認めると、花が咲いたように笑顔になった。

「おはよう、ナコちゃん」
「おはよ、アズ。てか……その「ナコ」っての、ホントに定着させんの? なんつーか、そういう略し方されたことないし、イヤにカワイイ系すぎて名と体が矛盾するってか……」
「……イヤですか?」

 上目遣いに表情を曇らせるアズ相手では、とても逆らえない。

「あ、いや……す、好きにすればいいって……」
「はいっ」

 上機嫌に昇降口へ向けて歩き出すアズ。ナコとしては、委員長以上にアズの器の大きさを測りかねているのであった。



                     *     *     *


 数日が経過しても、アズを危ぶんで近寄ってこようとしないファースト・プラムの空気は、やはり大きくは変化していなかった。だがその中にあって、アズとごく普通の友人同士として会話を交わし、屈託なく笑顔を振りまくナコの存在は大きい。次第に、アズたち二人の様子を窺うような視線が向けられることが多くなっていることに、当人たちは気づいていないのだが。
 しかし、そんな二人も、ただ一人、明確にアズを対象として観察する視線があることには気づいていた。委員長の視線である。もちろん常に見ているというものではないのだが、授業中や教室を出るときなど、アズがふと気づくと委員長の眼鏡のレンズがこちらへ向けられていることが多い。やはり、レンズの奥にある視線の意図までは読めないクールさを保ってはいたが、それでも、敵意とも厚意とも違う正体不明の感情が向けられていることに、自然とアズの注意も引き寄せられる。

「委員長のヤツ、結局何がしたいのかね」

 昼休み、購買部の菓子パンを二人でかじりながら、ナコがこぼす。

「この間は問い詰めるようなこと言っといて……でもあたしをフォローに行かせたしな……」
「そうですね……わたし、直接聞いてみようかな」
「え? 大丈夫かよ。またヘコまされるぞ」
「いえ、でも今朝は挨拶してくれたし……敵意とかはないと思うんですけど。とりあえず放課後にでも」
「じゃああたしが付いてって……ってワリ、今日バイトの日だわ、だったら明日にして―――」
「いえ、今日行きます。わたし、クラスの雰囲気もこのままじゃいけないと思うし、委員長さんと仲良くなれたら、雰囲気も変わりやすいだろうし……何より、ナコちゃんに勇気をたくさんもらったから、きっと大丈夫」

 自分の言葉をかみしめながら、アズは胸に手を置いた。

「そっか、それなら任せるわ。でも、ヒデぇこと言われたらすぐあたしに言えよ。あんなモヤシ、バッキリいってやるから」

(それはちょっと……他人事じゃないなぁ……)

 意気込むナコを、アズは苦笑いで見つめた。


                     *     *     *


 6限が体育だったため、更衣室からアズが戻ってきた頃には、既に教室に委員長の姿はなかった。もう帰宅してしまったのかと思ったが、彼の机にはカバンが置かれたままである。
 部活か、あるいは委員会活動の類か。その類の情報をナコから聞いておけばよかったと、アズは後悔する。仕方なく、誰もいなくなったファースト・プラムの教室で、彼女は少年の帰りを待つことにした。
 四十分ほど待ったころ、唐突に教室の扉が開かれて、うとうとしていたアズが意識を引きずり戻される。眼鏡の少年は山ほどの紙束を抱えた状態で、無理やり教室の引き戸を足でこじ開けたような有様だったところ、アズの姿を視認して驚き、つい、紙束を抑えた手を緩めてしまう。

「「あっ!」」

 二人の声が重なると同時に、教室の床一面に紙束が散らばり、白と茶色の無秩序な模様が出来上がるのだった。

「ご、ごめんなさい!」

 アズが駆け寄って、急いで紙を拾い上げようとする。だが紙上に印刷されている内容が様々に異なるうえ、下部に頁番号が振られているのに気づき、手を止めた。

「もしかしてこれ……順番が決まっていたんですか?」
「ああ。今度の林間学校のしおりだ。ただし……綴じる前の」

 あくまでクールに、しかし心なしか少しげんなりした様子で、委員長が答える。

「あぁ……わたしとんでもないことを……」
「別にいい。落としたのは俺だ。とりあえず順番はいいから、拾ってくれると助かる」
「わかりました!」

 アズがせわしなく手を動かし始める。眼鏡の少年は同じように紙束を手際よく拾い上げながら、やはりアズの様子を観察する視線を向けていた。


                     *     *     *


 全ての紙を拾い上げて机の上に山と積む。頁の順にきれいに揃えられていたしおりの稿は、無秩序で迷惑この上ない小山に成り下がっていた。

「よし……これで終わりか」
「あの、ホントにごめんなさい」
「別にいいというのに……それより、どうしてこんな時間まで残っていたんだ」
「その……委員長さんにちょっと」
「俺に?」

 アズは意を決し、目をつむって言い切ってしまうことにした。

「い、委員長さんは、わたしのこと、どう思っているのかと!」
「は……?」

 勢いにのせて口に出してから、自分の言葉の意味するところに気付いて、アズは赤面する。

「い、いえっ! 変な意味ではなくてですね、その、勘違いだったら失礼ですけど、今日、見られているような気がしたもので……」
「あ、ああ……」

 突然委員長の言葉の歯切れが悪くなり、眼をそむけ、頭をかく。こんな仕草をどこかで見た、と思うと同時に、それが誰の仕草であったかをも思い出す。

(照れてるときのナコちゃん……と同じ?)

「その……謝ろうかと思って、機会を見ていたんだが……」

 ようやくアズは理解できた。この少年がクールなレンズの下から彼女に向けてきた、敵意でも厚意でもない感情の正体―――すなわち、「謝意」である。

「その、悪かった。俺のアレのおかげでクラスの雰囲気は決定的になった。「委員長として」なんて文句を使っておいて情けない……すまん」

 委員長が深く頭を下げる。誤られているアズの方があたふたと慌てる有様であった。

「あ、いや、そんな……とにかく頭を上げてください」
「いや……しかし、君みたいな子が血なまぐさい事件とかかわるなんてことは……少し考えれば想像がつきそうなものだというのに……」
「あ……」

 少年の謝意が少女の潔白を前提にしていることがわかって、アズは目を伏せてしまう。罪悪を告白する少年に対して、自分はその罪をクラスメートたちにひた隠しにしている。頭を下げられる資格がないことに思い当って、胸がずきりと痛む。これ以上謝罪を受け止め続けることは、アズにとっても凶器になるかも知れない―――そう直感して、利己心が働き、アズの口から罪の告白が飛び出してしまう。

「わたし、そんなのじゃありませんから!」

 思わず大声になってしまう。少年も驚いて顔を上げた。心の中でしまったと後悔するアズ。パートナーからデュエルワールドに関わることはみだりに口にしないよう、止められているのだ。眼前の少年に包み隠さず話してしまうことは、白獅子との契りに反することになる。

「あ、えっと……その……とにかく、もう気にしないでください」
「ああ……わかった。ありがとう」
「そ、それより、委員長さん、このしおりは明日皆さんで綴じたりするんですか?」
「いや、これから綴じるんだが」
「えっ……これから?」
「ああ」
「まさか……お一人で!?」
「ああ、そのつもりだ」

 委員長がホッチキスを指し示す。アズは改めてつみあがった紙束をもう一度確認する。どう見ても千枚近くはある。時刻は4時を回っており、下校時刻までにはとても終わりそうにない。
 時計を見るアズの意図に気付いて、委員長が先んじる。

「活動届けを出してあるから、9時までは作業できる。宿直の先生に掛け合えばそれ以降でも……うん。今日中に終わる。心配ないだろ」
「そういうことではなくて……だったら、わたしにも手伝わせてください!」
「お前が? しかしお前は委員長でもなんでもなく―――」
「でも、クラスメートですから! このまま委員長さん一人残して帰るなんて、それこそ気持ち悪いです!」
「わ、わかった。じゃあ……頼む」

 アズの剣幕に、少年は承諾するしかなかった。
                     *     *     *


 委員長に教えられたとおり、山と積まれた紙の中から頁を順に探し出し、重ね合わせて折り込み、最後に表紙を合わせてホッチキスで止める。経験のないアズが、紙の端のずれを直すのに悪戦苦闘して時間を浪費していくのを尻目に、委員長はてきぱきと手を動かし、紙束の山をみるみる冊子の山へ変えていく。流れるような動きに、思わずアズは手を止めて見入ってしまった。

「じょ、上手なんですね……」
「いつものことだから、慣れてるだけだ。それより、お前も手を動かせ」
「は、はい……すみません。それにしても、委員長ってこんなに大変なことをするものなんですか?」
「普通はどうだか知らないが……この学校は、構造上雑用が代表委員に全て回ってくる」
「構造……上ですか?」
「ああ。普通の学校でいうところの「生徒会」ってものがないからな。一応その代りが各クラスの委員長が集まる代表委員会ということになっている」
「生徒会がないんですか……それは珍しいですね。何か理由があるんですか?」
「学園紛争の時代にな。この学校の生徒会が中心になって、生徒が職員会議と対立して、衝突が起こったらしい。ピケ貼って校舎の一角を占拠して……少し昔の学園ドラマのようなことが現実に起こったという話だ」
「そんなことが……」
「事態が収拾した後、生徒の実力行使の指導的な立場にあった生徒会は、無期限解散。代わりに代表委員会の機能が増強されて、その体制が今に至るまで何十年と続いている」

 委員長は溜息をもらした。代表委員の沿革と実態には、彼なりに思うところがあるらしく、饒舌になっていた。

「発祥の過程を見ればわかるが、普通の生徒会に比べて代表委員会は学校側に対する権限が小さい。職員会議の上意下達機関みたいなもので、交渉力はほとんどないんだ。それどころか、生徒の自治の実体すらない。正直な話、学校としては異常だ。ま、先生がたはやり易かろうがな」

 委員長という肩書とクールな印象から、てっきり学校の規律の守護者のような人物像を想定していたアズは、いささか面喰っていた。なにしろ、学校の構造が教員側に有利だというのに憤っているのだ。むしろ、生徒側の利益を代表するという自己認識で動いているのかもしれない、というアズの考えは、しかし、さらに否定されることになる。

「まあ、でも本当に異常なのは、それに異常を感じないここの生徒かもしれないが」
「え?」
「……お前は編入試験、ずいぶんいい点数だったらしいな。職員室で小耳にはさんだが」
「あ、えっと……」

 言葉を濁したアズだったが、そのこと自体は自覚していた。編入試験の点数自体は知らされていなかったものの、受験時の感触から言って、悪くない点数だろうとは予想できていたのだ。その予想が当たっていた結果として、アズがここにいるわけであるが。

「この学校は、県立の中での学力のレベルはほぼ中位だ。取り立てて高くもなければ、低いという訳でもない……そうかといって、スポーツが強いわけでもない。「行事や部活が盛ん」だなんてのは、今時どこの高校でも謳い文句にしているクリシェだしな。どうにも中途半端なんだよ。小鳥遊さんはどうか知らないが……中途半端な学校に入ってくるのは、中途半端なやつらばかりだ。そういうやつらが学問にもスポーツにも没入できず、自治の実感も持てないここの環境で、さらに腐っていくってわけだ。俺も含めてな」
「委員長さん……」
「っと……ずいぶんぼやいたな。悪い、こんなつまらない話を長々と」
「いえ。でも、じゃあ委員長さんはどうして……委員長になったんですか?」

 少年は、一瞬考え、しかしすぐに自分の結論を出す。

「なにか……していたかったんだろうな。たとえ、しおり綴じの作業でも」

 ふっと、自嘲気味の笑みが浮かぶ。それが、アズが目にした彼の初めての笑顔だった。


                     *     *     *


 人数分の冊子が出来上がり、委員長がそれをまとめて教卓の上にどさりと置いた。

「……終了」
「やっと終わりましたね。お疲れ様です」
「こっちこそ。助かった。おかげで予定より早く終わった」

 という彼のセリフと裏腹に、とっくに日が落ち、窓の外は真っ暗だった。時刻は既に八時になろうかというところ。

「しかし……この時間だとあれだな。お前は電車通学だったな。帰りは送っていくから」
「へ? いえ、別に大丈夫ですよ。悪いし」
「いや、さすがにこの時間に一人で帰らせるってのは、逆に気持ちが悪いし……親御さん心配してるだろうし……」
「あ、それは大丈夫です。わたし一人暮らしなので」
「だったらなおさらだろ。なんなら、先日の件は、送らせてもらってチャラにするってのはどうだ」
「そ、そういうなら……お言葉に、甘えまして……」

 アズは恐縮してうつむきながら、少年の申し出を受け入れた。


                     *     *     *


 白鳩駅から電車で3駅。この悪夢のような思い出しかない道程も、少年とたわいもない会話を交わしながら進むと、あっという間であった。ほんの数日前に白竜の襲撃を受けた駅から自室までの道は、住宅地であることもあって夜は人通りが少ない。確かに、一人で歩く時と比べて、隣に級友がいることの安心感は大きかった。

「そういえば、一人暮らしなんだってな。親御さんはどこに?」
「両親は、わたしが小さいころに亡くなって、今までは伯父さんの家にお世話になっていたんですけど、もう高校生だし、あんまり迷惑かけたくないなって思って……それで県の奨学金がとれたのでこっちに来たんです」
「うぉ……結構ハードな話だな……うかつだったか」
「気にしないでください。それに、一人も悪くないですよ?」

 少年に向けて笑顔を見せようとした瞬間、アズの肌の上を違和感が駆け抜ける。これまでの三度のデュエルで感じ取った、超常の力の波動、それらと極めて近い感覚。それも原因であろう超常の存在から、それほど離れていないことも感じ取れる。

「止まれ、小鳥遊さん」

 委員長がアズの前に手を出して前身を制する。アズが第六感で怪異の存在を感じ取っていたのと同時に、少年は視覚で同じものをとらえていた。細い道の先、街灯に照らされる一角に、ぼろぼろの格好に、長く伸びた髪が垂れ下がった、性別すら判然としない奇怪な存在が微動だにせず立っている。

(間違いない……あの人、デュエルピースに……)

 顔を伏せているうえ、長い髪に隠されて表情は見えない。しかし、身体は明らかにアズと委員長の方を向いていた。

「これは……どうも正気の沙汰じゃないな。とりあえず……後ずさろう」
「は、はい……」

 少年の提言は、アズにとっても理にかなっていた。ここでデュエルを始めてしまえば、委員長も巻き込むことになる。デュエルでの超常の力の余波に巻き込むだけでなく、超常の世界そのものに。

(仕方ないけど、一度巻いて、委員長さんと別れてから一対一の状況に持ち込もう)

 アズが思案した時、街灯の上から影が一つ、勢いよく落下してくる。まさか、とアズが思ったその瞬間に、彼女の足元にパートナーである白獅子が着地した。

『アズ! デュエルピースが現れたぞ!』

 路地全体に、白獅子の凛々しい声が響き渡る。少女の目論見を全て崩してしまったことなど気づきもせず、白獅子が一歩、正体不明の怪人物に対して歩を踏み出す。その姿を、委員長が目を丸くして見ていた。

「なんだ……? この似非ライオンは?」
『誰が似非ライオンだ! あれ、どうして一般人がここに?』
「あの……ナイト。デュエルワールドに関わる人は最小限にとどめるべき……じゃなかったんですか?」
『う……ん……』

 相変わらず勢いが先行して前のめり気味の白獅子に少々あきれながら、アズは決意を固めていた。くっ、と唇を引き締め、少女がデュエリストの顔に変わる。

「小鳥遊さん、こいつは……」
「委員長さん、後で、全てお話します。あの人を放っておくと、多分大変なことになるから……わたしが止めます。わたしにしかできないことだから!」

 少年がアズの言葉の意味を理解して静止するよりも早く、アズの闘志とナイトの力が結集して、アズを決闘の正装へと変化させる言葉へと、集約される。

『「デュエルモード・セイバーフォーム!」』

 光がアズを包み込み、装いを変化させていく。黒のブーツと白のオーバーニーソックスの対照が足元を固め、ブラウスにレースの縁取りが現れ、華麗さを増す。臍の付近のはだがわずかに露出し、それらを上からマントが覆った。ボリュームアップした髪が桃色に染まり、ふわりと夜風に流れたポニーテールの先端が少年の鼻をくすぐる。
 左腕には銀のデュエルディスク。同時にホーリーライフバリアが展開し、少女の周囲を聖光が包む。突然の超常の展開に反応できないでいる委員長に、「ここにいて」とだけ言い残し、怪人物に向き直る。

――――ア、ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ

 アズが戦闘態勢に入ったのを感じ取って、怪人物は獣のような意味をなさない叫びを上げた。怪人物の左腕にも黒いディスクが形成され、長い髪を振り乱し、前髪の隙間から顔があらわになる。ぼろぼろの衣服に、外気に侵食された皮膚。ホームレス風の初老の男であった。
 男の瞳は、不気味に緑の光を放ち、夜の闇の中に怪しく浮かび上がる光源となる。明らかに正気ではなく、デュエルピースによる強度の憑依を受けている。

「ナイト、あのデュエルピースがどんなものか、わかりますか?」
『いや、そこまでは感じ取れない。だが……すでに宿主の精神は侵食され尽くしているようだ。デュエルに勝っても……助けることは難しいだろう』

 アズは、その言葉に嘘がないことを確信している。パートナーとなったことによって、二人は互いの感情をある程度直感的に感じ取れるようになっていた。少女に苦しい戦いを強いることに対して白獅子が感じる罪悪感は、アズにも伝わっているのだ。アズがぎゅっと手を握りしめる。文字通り、相手を消し去る覚悟が必要な戦いであった。

「でも、委員長さんがいる……。守らなきゃいけない人が目に見える限りは……きっと戦えます」
『その意気だ。命を奪う痛みも、私がともに背負う……!』
「はい!」

 少女と浮浪者の戦意が、視線とともに交錯する。理性を失い、なおも吠えたくる浮浪者に対して、アズだけが厳粛に宣言した。

――――ア゛ア゛ア゛ア゛ァ……

「デュエル!」

                  【決闘開始 冴木トシオvs小鳥遊アズサ】

<ターン1 冴木>
冴木
『ア゛ァ……センコウ……』

DRAW!
・冴木 手札:5→6

 しゃがれた老人のような不気味な声で、浮浪者がドローし、自ターンを宣言する。

冴木
『マホウ、ハツドウ……』

 生気の感じられぬ動きで、緑枠のカードを一枚、ディスクにセットする浮浪者。

ACTIVATE!
通常魔法《おろかな埋葬》:墓地落とし

 魔力に反応し、浮浪者のデッキの中からカードが一枚墓地に吸い込まれる。

冴木
『デッキカラ、モンスターヲ、オトス』
アズ
「狙ったモンスターを墓地へ送るカード……墓地肥やしですね」
ナイト
『その通りだ。墓地に送ったカードを利用してくるはず。墓地に気を配ろう』
冴木
『カード、フセ、ターンエンド……』

SET!
 伏せカード×1

・冴木 (手札4 LP:4000)
 伏せカード×1
・アズサ(手札5 LP:4000)

委員長
「これは……ゲーム……なのか……?」


<ターン2 アズサ>
アズ
(モンスターを墓地に送っただけで、召喚せずにターンエンドということは、このターン、わたしのダイレクトアタックを受けても防御する手があるということ……?)

アズ
「わたしのターン!」

DRAW!
・アズ 手札:5→6

 カードを引き抜く少女の姿は、どこまでも対戦相手とは対照的な、生命感あふれる光景である。

アズ
(ならばあの伏せカードは攻撃反応型か……あるいは……蘇生!)

アズ
「《召喚僧 サモンプリースト》を召喚し、効果で守備表示へ!」

NORMAL SUMMON!
《召喚僧 サモンプリースト》DEF:1600・☆4

アズ
「さらに手札より魔法カードを1枚捨てて、サモンプリーストの効果を発動します! デッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する! 《アステル・ドローン》を召喚!」

 召喚僧が地上にえがいた魔法陣から、ベレー帽をかぶり、可愛らしい筆を持ったアーティスト魔法使いが姿を現した。

ACTIVATE!
起動《召喚僧サモンプリースト》:レベル4特殊召喚
SPECIAL SUMMON!
《アステル・ドローン》ATK:1600・☆4

アズ
「さらに、サモンプリーストとアステル・ドローンでオーバーレイ!」

 僧とアーティストが輪郭を失い、黒と灰色、一対の球となって、アズの両手に収まる。

アズ
「2体のレベル4モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚! おいでなさい、わたしの剣たる少女よ! 《デュエルナイト・セイバー》!」

 アズが光球を掴む両手を重ね合わせ、それを中心に光の渦が発生する。アズが光の渦ごと空中に投げ上げると同時に、渦の中心が形をなし、光の球をまとわす大剣へと姿を変える。
 空中で完成した大剣を、空中で受け取り、着地する魔剣士が一人。鎖帷子の上から、主と似た洋装をまとい、マフラーで口元を隠した、苛烈な剣士が立っている。主としもべの目線が交わり、戦意を確認すると同時に、互いを想う心の内がはっきりと認識できた。

XYZ SUMMON!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2

アズ
「ORUとなったアステル・ドローンの効果! エクシーズ召喚成功時、カードを1枚ドローする効果をモンスター・エクシーズに与えます!」

ACTIVATE!
誘発《デュエルナイト・セイバー》:1ドロー

 ドローカードを確認する。場の状況から見て、もっとも欲しい種類のカードが舞い込んだ。アズは先の展開を読み、優位を確信する。

アズ
「ではバトルフェイズへ! 《デュエルナイト・セイバー》でダイレクトアタックです!」

 魔剣士が大剣を手に大地を蹴り、浮浪者へ向けて一直線に駆ける。

冴木
『トラップ、ハツ、ドウ』

ACTIVATE!
永続罠《リビングデッドの呼び声》

 展開した罠カードは、墓地にモンスターを死霊として呼び戻す邪悪な札。浮浪者の足元に魔法陣が描かれ、その中央から、バスケットボール大の黒い球体が浮上した。

冴木
『デュエル……ピース』

SUPECIAL SUMMON!
《DP. 05 ???》ATK:3000・☆10

アズ
「やはり蘇生……けど、あの黒いボールみたいなのがデュエルピース……なんですか?」
ナイト
『そのはずだ。だがこれはチャンスかもしれないぞ。墓地から蘇生したデュエルピースはORUを持っていない。本来の力は発揮できないはずだ。今のうちに叩こう!』
アズ
「はい! デュエルピースを対象に、攻撃続行! ダメージステップに移行! この瞬間速攻魔法《突進》を発動!」

ACTIVATE!
速攻魔法《突進》:ATK700アップ!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500→3200

ナイト
『いいぞ! 速攻魔法は自分のターンは手札からも発動できる! 奇襲にはもってこいだ!』
アズ
「ありがとう。これで攻撃力はデュエルナイト・セイバーが上です!」

 突撃をかける魔剣士が、主の魔力を吸収して更にスピードを上げる!

ATTACK!
《デュエルナイト・セイバー》ATK:3200 ⇒ 《DP. 05 ???》ATK:3000

アズ
『斬り捨てよ! セイバー・フラッシュ!』

 勢いそのまま、魔剣士が漆黒の球体を一刀両断する。二つに分かれた半球がそれぞれに爆発し、破片が浮浪者を襲う。

・冴木 LP:4000→3800(-200)

――――ア゛ア゛ア゛ア゛ァ……ァ

 黒の破片をまともに受けて、頭を抱えて苦しむ浮浪者。

アズ
(ライフバリアを使っていない……? どうして?)

ナイト
『アズ、デュエルナイト・セイバーの効果を!』
アズ
「は、はい! 破壊したデュエルピースをORUにして吸収!」

 浮浪者のディスクからカードが吐き出され、アズの手に収まる。その瞬間――――

――――ミツケタ

アズ
「え?」
ナイト
『どうした、アズ?』
アズ
「あ、今、声が聞こえたような……」
ナイト
『声? 誰のだい?』
アズ
「えっと……」

 もう一度耳を澄ますが、特に何も聞こえてはこない。周囲を見回すと、こちらを見つめる委員長と視線が合った。

アズ
(そうだ……委員長さんを守らなきゃ……しっかりしないと!)

 アズは手にしたカードをディスクのデュエルピースの下に重ねた。同時にフィールド上の魔剣士の大剣に、さらに黒の光球が一つ増える。

ACTIVATE!
誘発《デュエルナイト・セイバー》:ORU吸収
《デェルナイト・セイバー》ORU×2→3

アズ
「メインフェイズ2へ! わたしは《決闘夜の終曲》を発動! ORUになったデュエルピースを取り除いて、デュエルナイト・セイバーの攻撃力分のダメージを与えます!」

ACTIVATE!
通常魔法《決闘夜の終曲》:3200ダメージ
《デュエルナイト・セイバー》ORU×3→2

 魔剣士の大剣の先に、魔力が集中して稲妻の球を作り出す。大剣を垂直に構え、切っ先が浮浪者に突き付けられる。

アズ
「撃て! デュエルナイト・フィナーレ!」

 雷球が発射され、大地を削りながら浮浪者に迫る。だが、男は、ライフバリアを張るそぶりを見せず、意味をなさない呻きを吐き出すのみである。雷球が直撃し、男の身体が数メートルも後方へ吹き飛ばされ、アスファルトの上に叩きつけられた。

・冴木 LP:3800→600(-3200)

アズ
「また……! どうしてライフバリアを使わないんでしょうか……200ダメージだったさっきはともかく、今のは3200……ライフの8割ですよ?」
ナイト
『おそらく、もう正気ではないんだろう。しかし、これで君の圧倒的優位だ』
アズ
「え、ええ……カードを1枚伏せてターンを……終了」

SET!
 伏せカード×1

・冴木 (手札4 LP:600)
・アズサ(手札2 LP:4000)
《デュエルナイト・セイバー》ATK:2500・★4・ORU×2
 伏せカード×1


<ターン3 冴木>

 浮浪者が立ち上がる。雷撃を受けて間もない男の身体は未だあちこち痙攣し、煙が上がっている。そんな状態ですら機械的な動きで立ち上がる男は、もはや生物ですらなかった。
 不可解―――その一語に尽きる。バリアを使わず、発話もままならず、そして意思の所在もはっきりしない。浮浪者自身の意思は、とても保たれているようには見えないが、さりとて、この前のガーネアイズのように、デュエルピースが自我を持って身体を乗っ取っている様子もない。
だが、次に男がとった行動は、それ以上に不可解なものだった。

冴木
『サ、レンダァ……』
アズ
「え……!?」
ナイト
『バカな……!』

・冴木 LP:600→0(-600)

【決闘終了 勝者:小鳥遊アズサ(サレンダー)】


 ライフが尽きるとともに、男の身体が発火する。ただの炎ではない、緑の魔力を含む炎。地の底から震えるような断末魔とともに、欠片一つ残さず燃焼し、一瞬の後に男は消滅した。炎が天に昇るように消えた後には、デュエルピースが残されている。白獅子が駆け寄ってカードを拾い上げ、光の粒子に変えて、黒の瞳の中に吸収した。

「サレンダーなんて……どうして……」

 デュエルフォームを解除しながら、アズが首をひねる。

『窮地に追い込まれて、観念した……としか考えられないな』
「でも、ライフは不利でも手札はまだ4枚あったし……それこそ、わたし今まで、ライフギリギリの状態から巻き返す展開ばかりだったから……なんというか、違和感が」
『まあ、君ほど諦めの悪いヤツではなかったということだろう』
「む、なんか引っかかる言い方ですね……」
『いや、もちろん褒めているのさ』

 頬をふくらますアズに、白獅子はすまし顔で返した。

「……小鳥遊さん」
「はいっ!?」

 一息ついているところに、委員長に急に声をかけられて、アズは飛び上がる。

「あ、委員長さん。お怪我ありませんか?」
「大丈夫だ、が……その、今のは、説明頼んでいい……ものか?」
「あっと……いいですよね? ナイト」
『いいもなにも、ここまで見られてしまったからには仕方ない。今回は不可抗力だ。ナナコ同様、特例ということにしよう』

 こともなげに言うナイトに、この調子でどんどん「特例」が増えていきはしないかと、アズの方が心配するありさまだった。


                     *     *     *


「デュエルペットに、デュエルピース、か。にわかには信じがたい話だが……手乗りライオンに変身まで見せられると、信じるしかないな」

 人目を逃れるためにアズの部屋まで引きあげた後、一通りの説明を聴いて、委員長が嘆息する。

「俺の他に知っているヤツはいるのか?」
「他には、ナコちゃんだけです」
「ナコ……ああ、諸星か。それで急に仲良く……」
「ナコちゃんのときは……すごく危険な目にあわせてしまったから、委員長さんが無事で何よりです」
「まあ、こっちは何もしなかったから、それはいいんだが……お前は大丈夫なのか?」
「え、わたしって……」
「だから、その……デュエルを続けていて、身体に変調をきたすとか、そういう弊害はないのか?」
『その点は大丈夫だ。アズの健康に異常がでなないよう管理するのも、パートナーである私の義務だからな。万一変調があったときは、私がデュエルをさせない』

 ナイトが胸を張って答えた。だが、委員長はそれでも腑に落ちないようで―――

「……正直な話、その似非ライオン、信用できるのか?」
『な、なにっ!?』
「デュエルワールドに関する一連の情報、全てこのライオンからの伝聞だろ。お前自身はデュエルワールドに行ったことはないみたいだし」
「それは……そうですが」
『バカな! 私は偽りなど言ってない!』
「そ、そうですよ! わたしも、ナイトが嘘を言っているとは思えないから、パートナーになったんであって……」
「それにしても、伝聞だけで、下手をすると命を落とすかもしれない話に首を突っ込むのは危険すぎる。言葉は悪くなるが……自分をないがしろにし過ぎじゃないのか?」
「そ、それは……」

 言葉が出てこなかった。委員長の言葉も、それはそれでもっともである。単純にナイトを手伝いたいという気持ちと、目の前にいるナコや委員長を助けたいという気持ちだけで戦ってきたアズにとっては、確かに「大義を背負うだけの理由がない」という指摘には反論の余地がなかった。

「っと……悪い。お前を困らせたくてこんな話をしてるんじゃない。そういう考え方もありうるってだけで……実際、お前のおかげでさっきは助かったわけだし……そう、だな……じゃあ、これから困ったことがあったら、何でも言ってくれ。できる限り協力するから」
「は、はい……ありがとう」

 アズが頭を下げる。だがアズの頭の上に乗っている白獅子は、対照的に委員長に対して牙をむいて威嚇していた。どうやら委員長に疑われたことで、決定的にヘソを曲げてしまったらしい。
 アズが顔を上げると同時に、委員長の携帯電話が震えた。

「あ、来たみたいだな」
「え?」
「さっきメールで迎えを呼んでおいたんだ。説明もしてもらったし、そろそろ、俺は帰るよ」


                     *     *     *


 貧相なアパートの前に停められた黒塗の外国産車を前に、あんぐりと間抜けに口を開けたままになるアズ。運転席から、黒の礼服に身を包んだ初老の男が降り、アズの姿を認めると一礼する。自分に向けられたものだと認識して、アズも慌てて頭を下げた。
 委員長は、気安く右手をふらふらと礼服の男に振って見せた。

「サカキ、悪いな。こんな時間に」
「若こそ、お楽しみのところ、邪魔してよかったのですか」
「バカ言うな。彼女は単なるクラスメートで……小鳥遊さん?」

 自失しているアズを、委員長が現実に引き戻す。

「えっと……委員長さんは、もしかして……おぼっちゃま……なので?」
「なんだよそれ。別に俺は俺、俺とお前は普通にクラスメート。そうだろ?」
「あ……そうです、よね」
「そうそう。じゃあな。今日は、ありがとう。助かった。似非ライオンにもよろしくな」

 そう言って、車に乗る直前、委員長が柔らかい笑みをアズの方へ向けた。さっきの教室で見たような自嘲を含むものではなく、初めて見る、ほんものの少年の笑顔は、普段のクールな印象からはかなり離れた、安心感を与えるもの。別れの挨拶を返すのも忘れて、つい一瞬見せられてしまうアズ。その間に車は走りだし、あっという間に角を曲がって見えなくなってしまう。

―――ありがとう、助かった。

 少年の言葉が頭の中で反響し、かすかに顔が火照るのを感じる。初めて、つつがなく誰かを守り通すことができたその日、デュエル中に感じたいくつもの違和を、アズは忘れてしまっていた。


                     *     *     *


「若、先ほどの方ですが、ただのクラスメートと言っておられましたが……」
「だから、ただのクラスメートだ。それ以外になにがある」

 車内で執事の男がおもむろに口を開く。後部座席の委員長は、口元にかすかに笑顔をたたえ、窓の外を見つめたまま、答えた。
 そして―――付け加える。

「今のところは、な」

                     *     *     *


 失敗してしまった。一緒に遊んでいた友達は、全員母親が迎えに来て帰宅してしまった。それを見て、少女も早く自分の母の顔が見たくなり、つい、母に言われた時刻よりも早く帰ってきてしまった。
 アパートの一室。部屋の中には、酒瓶にうずもれた父だけで、母はまだ仕事から帰ってきていない。母がいない今、父の対象は、少女一人。きついアルコールの嫌なにおいが、部屋の中に充満していた。
 父の手が伸びてきて、両脚は金縛りのように動かなくなる。手は―――まだ動く。思わず父の手を両手で払いのけ、それが逆鱗に触れた。

―――なんだぁ! 父親に向かってその態度は!
「っ……! やめて……いや!」
―――言葉づかいがなってないと、教えたろうがぁ!

 握られた拳が頬を襲い、脳が揺れる。拳打の衝撃に小さな身体ごと吹き飛び、傷だらけの柱に背中を打ち付けた。ぐらぐらする頭のまま、それでも暴虐を逃れるため、謝罪の言葉を吐き出さなければならない。

「ご、ごめん……なさ……ぃ」
―――声が小さい!

 大きな手が少女の頭を掴み、床に押し付ける。顔面を強打し、口の中が切れて血の味が広がった。

―――謝る時は、頭を下げろぉ!
「ぁ……! ごめ……な……さ」

 ああ―――夢なら、早く、醒めて―――

『アズ! アズ! 起きろ!』


                     *     *     *


 ナイトに揺り起こされても、しばらくアズの呼吸は乱れたまま、ぜぇぜぇと荒い呼吸音が気管支から漏れ出し、肩を上下させていた。

「ナイト……ありがとう……起こしてくれて……」
『ひどいうなされ方だった。悪い夢でも見たのか?』
「はい……ちょっと……」

 時刻は午前2時を回ったころ。夜明けまではまだ時間がある。アズはナイトを胸の中に抱き寄せ、荒い鼓動を押し付けるように、布団の中で丸まった。

「ナイト……しばらく、そばにいてください。一人じゃ眠れそうに、ないから」
『……わかった。なに、悪い夢を見たら、また私が起こしてあげるよ』
「ありがとう……」

 すぐそばに獅子の息遣いを感じながら、少しずつ意識が落ちていく。いい夢が見られるように、ナコと委員長、そして彼らに支えられたこれからの学校生活に思いをはせながら、少女は眠りについた。


                     *     *     *


 翌朝、駅からの道でナコと会い、歩きながらかいつまんで昨日の出来事を話す。

「マジ? じゃあ委員長は協力してくれるっての?」
「そう言ってくれました。やっぱり、いい人みたいです」
「そっかー、ま、アズに助けられたんだから、そのくらいトーゼンだよな。ちゃんと飼いならせよ、アズ!」
「飼いならすって……ガーネットみたいなことを……そういえば、ガーネットはまだナコちゃんのところに?」
「ああ。朝ふらっと出てって、夕めし時になるとまたふらっと帰ってくるんだ。ま、オヤジが気に入って毎晩エサやってるから、楽なんだろうし。居つくつもりなんじゃねぇ? お高くとまったヤツだけど、ああ見えてキャットフード好きみたいだぜ」
「あはは……完全に飼いネコ扱いですけど……」
「だよなー。オトコ飼いならすとか言っといて、オヤジに飼われてりゃ世話ねえっつーの!」
「朝からやかましいぞ、諸星」

 大笑いするナコの背後から、クールな声が投げかけられる。
 肩に鞄を担いだ委員長が、同時に二人を追い抜いた。

「委員長……!」
「大口開けて笑ってると、ウチの学校の品位に関わるだろ」
「んだとォ!」
「ちょっとナコちゃん! 委員長さんも、ケンカしないでください!」
「「……はい」」

 一瞬で収められて、ナコと委員長が物言わぬ視殺戦に切り替える。「手懐けられやがって」と、視線の中に敵意を込めていたが、それはお互い様であった。

「それより、小鳥遊さん、身体に異常はないか?」
「え? あ、それなら―――」

 その瞬間、昨夜の夢の光景がフラッシュバックし、アズは身震いした。

「小鳥遊さん?」
「―――あ、いえ、大丈夫ですよ! ちょっと、夢見が悪かったくらいで、なんともないです!」
「そうか、それならいいんだが……」
「なんだよ、委員長、アズのことずいぶん気に掛けるんだなぁオイ?」

 ナコが悪い笑みを浮かべて委員長を肘で突く。

「なっ……俺はただ」
「わッかるぜぇ? デュエルフォーム見てコロッと落とされちまったんだろ? あれキレイだもんなぁ?」
「も、もぅ、ナコちゃん……」
「このっ……! 諸星! お前の課題提出はもう待たんぞ!」
「のぁっ! なんだよ! それとこれとは関係ないだろぉ! 男らしくねぇぞ!」
「やかましい! 毎度毎度先生と交渉するこっちの身にもなれ!」

 ぎゃあぎゃあとわめき合う二人に挟まれ、なんとかなだめようとするアズ。三人の姿は何処にでもいる、ごく普通のクラスメートの関係に相違なかった。それを実感して、アズは無性に嬉しくなる。

―――ミツケタ

「え?」

 不意に、友人二人とは違う声が聞こえたような気がして、後ろを振り向くと―――誰もいない。しかし、これと同じ声をどこかで聞いたような―――既聴感にとらわれ、聴覚に意識を集中した瞬間、視覚がおろそかになって、視界がぐらりと揺らぐ。

「あ……れ……」

 歪んだ視界が一気に回転し、空を映して、最後に闇が訪れ、閉じた。
 糸の切れた人形のように、ぱたん、と軽い音とともにアズが地面に倒れた。

「アズ!?」
「小鳥遊さん!」

 ナコが揺り動かすが、全く反応しない。

「どうなってんだ! 今の今まで元気だったのに!」
「とにかく保健室だ! どけ!」

 委員長がアズを抱え上げ、走り出す。ナコもそれを追い、校舎の中へ駆けて行った。


                     *     *     *


―――やめて! アズには手を出さないって言ったでしょう!
―――うるさい! どいつもこいつも俺をばかにしやがって!
―――あっ!

 怒号と拳が飛び交い、母が殴りつけられる音が響き渡る。幼い少女には、部屋の隅で震えることしかできず、それでも、恐怖に硬直してしまった少女の身体は、その光景から目を離すこともできない。

―――何見てやがる!

 拳が少女めがけて、振り下ろされる。ぶたれる―――と少女が直感するその瞬間、母が娘を抱きかかえ、拳を背中に受けて庇った。ごりぃっ、と、背中に拳骨がめり込む嫌な音が、母の身体を突き抜けて少女の鼓膜に届く。
 殴打はなおも続いた。少女は母の胸の中で、ただ、母の肉が歪み、骨がきしむ音を聞き続けるしかない。

「ごめんなさい……ゆるして、ください」

 祈りにもならない。うわごとのように、母の谷間に弱々しく反響する少女の声。それは、殴打の衝撃による振動で、たやすくかき消されてしまった。


                     *     *     *


「あ……」

 白が視界一面に広がる。どこかの部屋の天井。自分がベッドの上に寝かされているのだということは、背中の感触で分かった。
 起き上がる、と途端に、強烈な頭痛が刺し、頭を押さえる。アズの口から思わず呻きが漏れた。手が触れた額は汗でびっしょりと濡れ、全身がじっとりと湿っていることに気付く。

「あれ……どうして……」
「気が付いた?」

 ベッド横のカーテンを開けて、白衣に身を包んだ養護教員が顔を出した。

「あの……わたし、どうして保健室に?」
「朝、校門のところで急に倒れたのよ。覚えてないの?」
「倒れた……?」

 喧嘩するナコと委員長の間に入ってなだめていた、までは記憶があったが、その後はどうもはっきりしない。ただ、目覚める直前まで見ていた夢の方は、鮮明に覚えている。ちょうど、昨晩見た悪夢の続き。ナイトを抱きしめて、恐怖を追い払うことができたと思って安心していたのに、不意打ちのように悪夢が襲ってきたのだ。

「長いこと目が覚めなかったから心配したけど、ま、顔色は悪くないみたいだし、今日は帰っていいわよ」
「え? でも授業が」
「何言ってるの、そんなもの、とっくに終わったわよ。外を見なさい」

 窓の外を見ると、すでにあたりは夕闇に包まれている。自分が丸一日眠っていたのだと言うことに気づいて、絶句する。

「それに、友達も迎えに来てくれたみたいだし」

 養護教諭が窓とは逆方向を指さす。そこに、開いたままの扉の前に立つ、ナコと委員長の姿があった。ナコは安堵から瞳を潤ませ、委員長もほっと胸をなでおろしている。

「アズぅ! 大丈夫かよ! このぉ!」

 ナコが感極まってベットのアズに飛びつき、頭を胸の中に抱いて髪をわしゃわしゃとかき回した。


                     *     *     *


「む……じゃああたしはコレで帰るけど……おい委員長! 暗いからってアズを襲ったら殺すからな!」
「言われなくてもそんなコトしないっての。お前じゃあるまいし」

 隣市の自宅からのバイク通学だったのが仇になり、アズを家まで送っていく役割を委員長に奪取された恨みをこめて、ナコは中指を立て、眼鏡の少年を威嚇した。

「そんじゃな! 具合悪くなったら電話しろよ! 119番してやるから!」
「は、はぁ……」
「その余裕があったら直接119番するだろうが」
「うるせー! メガネ野郎は黙っとけぇ!」

 捨て台詞を残し、バイクで走り去るナコを、苦笑いで見送るアズと委員長。

「嵐が去ったな……それより、歩けそうか? なんならおぶってもいいが。軽かったし」
「だ、大丈夫ですよ」

 申し出を制し、アズは先導して駅への道を歩きはじめる。

「しかし……諸星のヤツも大概だな。朝は俺をからかっておいて、お前が倒れた時はとんでもなく取り乱してたぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。今日一日、そわそわして全く落ち着きがなかった。一限終わるごとに保健室に様子見に行ってたし。あれは、相当お前のことが好きなんだろうな。あいつのあんな様子は、今まで見たことがなかった」
「あはは……でも、うれしいことです。ナコちゃんみたいないい友達ができて。委員長さんとも、友達になれて」

 アズに見上げられて、たまらず委員長は眼をそらす。暗がりとはいえ、紅潮した顔がばれないかと、少年の頭にそんな心配まで浮かんだ。ともかく、話題を転換してごまかすことにする。

「しかし、やっぱり疲れてたんじゃないのか? 急に倒れるなんて」
「えっと……疲れてるような自覚は全然なかったんですけど……今までも、デュエルでダメージを受けることはあったけど、デュエルの後にガタがくるようなことはなかったし」
「それでも蓄積していたものがあったんじゃないのか?」
「そうかも……知れないけど……」

 そこで、ふと立て続けに見てしまった悪夢のことが記憶に上る。ただの夢、関係があるはずはないのだが―――今、目の前の少年に話すことで、少しは気持ちが軽くなるのではないかという期待が、少女の胸に生まれる。あまり人に話すことではないと思いながらも、痛みと秘密を共有したナコどうよう、この少年とも共有できるものがあれば、より、親密に―――ナコという成功例が、アズを少し大胆にしていた。

「実は、昨日の夜と、今日眠っている間、夢を見たんです」
「夢? よくない夢か」
「はい。わたしの……小さいころの夢」

 アズは視線を夜空へ向けた。

「小さいころ……まだ、お父さんもお母さんも生きていたころ……わたしとお母さんは……お父さんに暴力を受けてました」
「それは……!」
「虐待……あと、ドメスティック・バイオレンス、でしょうか。そういうものだったんだと思います。そのころの夢を、昨日と今日、二回続けて見て……正直、今日眠るのが、ちょっと怖いです」
「小鳥遊さん……」
「ご、ごめんなさい、こんな話、返し辛いですよね」
「いや、そんなことは……でも心配だな。あの似非ライオンは、夜一緒にいるのか?」
「はい。昼間はデュエルピースを探しに出てますけど、夜は帰ってきてくれます。だから、やっぱり大丈夫です!」

 自分自身を元気づけるように、夜空へ向けて言い放つアズ。その背中を、少年が無言で見つめる。見つめることしか、できない。
 沈黙――――を、ぶち破るのは二人のどちらでもなく、闖入した猪突猛進獅子である。

『心配するな少年! アズの眠りは私がきっちり守ってやる!』

 雄叫びとともに、電柱の上から、すちゃり、と手乗りサイズの獅子が二人の足元に着地する。

『アズ、遅いから迎えに来たよ。こんな時間までどうしたんだい?』
「あはっ、ナイト、ありがとうっ!」

 アズが笑顔を浮かべ、獅子を抱え上げる。その後ろで、どうにもお株を奪われてしまった格好の委員長が、少しばかり苦い表情で佇んでいた。
 と、その瞬間だった。強烈な光がアズの胸元、抱えたグラナイトの瞳から発せられる。

『ぐあっ! なんだこれは……!』
「ナイト!? どうしたの!?」
『これはまさか……デュエルピース……?』

―――ばりいぃぃん!

 宝石の瞳の表層を守る硬質の角膜が音を立てて砕け散り、ナイトの瞳から光の粒子が放出される。アズの目前で、粒子が集まり、一枚のカードを形成した。
 実体の形成が終了するとともに、衝撃が放たれ、白獅子を弾き飛ばす。

『ぐぅっ!』
「ナイト!」

 空中の白獅子を、委員長がキャッチする。

『くっ……気をつけろアズ! そいつは昨日のデュエルピースだ!』

 まだ視力が回復しないうちから、白獅子はパートナーを案じて声を張り上げる。だが、遅かった。アズがナイトの声に反応するより早く、光輝くカードから粒子が放出され、腕の形を成してアズの胸に突き刺さる。

「あ゛ぅっ!」

 異物感と激痛に、アズが倒れ込み、心臓の中心から無理やり吸い上げられるような感覚に襲われて、悶絶する。光の粒子が、腕の突き刺さったアズの胸の中央から急激に漏れ出し、カードに吸収されていく。

―――ずぼぉっ!

 気色の悪い音を立てて、目的のものを吸い切った光の腕が、アズの胸から引き抜かれる。再び襲った激痛に、アズは胸を押さえたまま、激しく咳き込んだ。

「小鳥遊さん!」
『少年……頼む! 私をアズのところまで!』
「わかった!」

 白獅子を抱えた委員長がアズのもとに駆け寄り、獅子を下ろす。

『アズ! しっかりしろ!』
「だい……じょうぶ……」

 痛む気管を叱咤して無理やり呼吸を整え、アズが起き上がる。ナイトも急ごしらえの角膜を再構成して、不完全ながら視力を取り戻していた。

「それより、あれは……ホントに昨日の……?」
『ああ。昨日のサレンダーは意図的に行ったもの………おそらく、我々に一度封印されることが真の目的だったんだ! どうやってかは知らないが、奴はあえて力を残したまま封印にかかり、時が来たと見計らって封印を自力で破り出た……私の失態だ!』
「でも、一度封印されるなんて、どうして?」
『そこまでは……わからないが……』

―――だったら、わたしが教えてあげましょうか?

 突然、光り輝くカードの中心から、声が響いた。その声。その場にいる全員に、聞き覚えがあった。乾いた夜の空気の中に通る、透き通った声。少し高めの、控えめで可憐、それでいて、芯のある、意志を感じさせる声。
 カードが次第に自らの光の粒子を内側に吸収し、闇色へと染まっていく。同時に輪郭があやふやになり始め、カードがどんどんその面積を肥大化し、厚みを持って膨れ上がる。とうとう、カードは一個の人間の姿に変わってしまった。それこそが声の主。
 胸元のリボンがアクセントのブレザー姿。手提げ鞄。スカートに白のハイソックス、革靴が足回りを固める。少しくせのある黒髪が、ポニーテールにまとめられ、後頭部で風に揺れた。

『バカな……!』
「どういう……ことだ……」
「まさか……わたし?」

 光を吸い込む漆黒のカードが変貌した、黒のオーラをまとうその姿は、制服姿の小鳥遊アズサそのものであった。

『さぁ、ゲームを始めましょう?』

 本物のアズと寸分たがわぬ柔らかな微笑みをたたえて、闇のアズサが宣言した。


                     *     *     *


 バイクで自宅にたどり着いたナコが玄関の戸を開けようとしたところ、頭の上に、ぴこり、とペルシャが着地した。

「ガーネット……着地地点はもっと選べよ」
『選んだわよ。人間の頭の上って、引っ掛かりがいいし結構いいとこなのよ?』
「猫基準はやめろ。髪の毛引っ張られて、結構いてェんだよ、こっちは」
『しょうがないわねぇ』

 頭の上を飛び下り、玄関の前に着地するガーネット。

『それにしても今日はずいぶん遅いじゃないの。お父さんも帰ってこないし、もうお腹ペコペコよ』
「結局メシの心配かよ。こっちはそれどころじゃなかったんだよ。アズが倒れちまって」
『あらま、どうしたの?』
「それがよくわかんねぇんだよ。朝倒れて、今日一日起きなかったんだから、結構大事だろ? けどアズは原因に心当たりないっていうし」

 それを聞いて、ガーネットの頭にある予感が生まれた。できることなら外れてほしい種類の予感だったが、その先を確かめずにはいられない。

『……ねぇ、もしかして、アズちゃん、最近またデュエルピース倒したりした?』
「ん? ああ、たしか昨日学校帰りに倒したって言ってたぜ。やけに根性なしのヤツで、最後サレンダーされて拍子抜けしたって……」
『ナンバーは!?』
「ど、どうしたよ、大声出して」
『いいから答えて! いくつよ!?』
「たしか、名前はわからなかったけど、ナンバーは5だったって……」
『デュエルピース・ファイブ……最悪の事態じゃない!』
「ほぇ? なんだって?」
『あんた、ワタシをアズちゃんのところへ連れてって! このままじゃ、アズちゃんが危ないわ!』

 ガーネットは一足飛びで、バイクの荷台に飛び乗った。


                     *     *     *


 本物のアズと、闇のオーラをまとうアズが対峙する。闇のアズは白獅子を連れていないが、それ以外の部分では本物とまるで見分けがつかないほどだった。

『デュエルモード……セイバーフォーム……』

 闇アズサが単独でその合言葉を唱え、闇の波動をまき散らしながら、見る見るうちに姿を変えていく。変化が終わると、桃色と朱に彩られている部分が紫色に染まっている一点を除いて、本物のアズと寸分たがわぬデュエルフォームをまとった闇アズサが降り立った。
 紫のマント、紫の髪。瞳とデュエルディスクの宝珠だけが、不気味なほど深い緑色。それだけが通常のアズとは全く異なる強烈な違和感を与えてくる。

『やはり、アズじゃない……お前は誰だ!』

 ぼやけた視界のまま、それでもパートナーとの違いを嗅ぎ取り、白獅子が吼えたてる。

『わたしは、小鳥遊アズサ。親しい方は、アズ、と呼びますから、あなたもそのように。ね? ナイト?』
『ふざけるな! アズを騙るなどっ……!』
「落ち着け、似非ライオン」

 委員長が猛る獅子を諌め、立ち上がろうとするアズに手を貸しながら、闇アズサをクールな視線で射る。

「お前が昨日のデュエルピースとやらだとすれば……わざと降伏した真の狙いは小鳥遊さん自身か」
『委員長さん、鋭いんですね。その通りです』
「わたしが狙いって……?」
「おそらくこいつは、昨日わざと負けることで、お前と似非ライオンの懐に入ったんだ。今日一日、小鳥遊さんを観察して、コピーすることが目的……だったんだろう」
『そう……おかげで、見てください。どこから見ても、アズでしょう?』

 闇アズサは、その場でくるりと回って見せた。マントとスカートがわずかに盛り上がり、ふわりと優しげな風を巻き起こす。

「あいにくだが、本物はもっと美人だな」
『うふふ……そんな真面目な顔して、ユーモアもわかるんですね。素敵です』
「偽物に言われても嬉しくもなんともない。それより、念願のコピーに成功して、お前はこの後どうするつもりなんだ」
『それはもちろん。デュエルピースを回収するんですよ。もう一人のわたしを倒して。そうすれば、「アズ」はわたしだけ……』
「ずいぶん小鳥遊さんにこだわるな。なぜそれほど「アズ」に執着するんだ」

―――だって、「アズ」は愛されたくて……愛されているから。数は少なくても、深く、深く、深い愛。それが……ほしい。

 闇アズサの声が揺らぎ、一瞬目を伏せ、すぐに顔を上げて柔和な微笑みを引き戻す。

『だから、もう一人のわたし。デュエルを……あなたのデュエルピースを全部もらいます』
「言われるまでも……ありません。ナイト、大丈夫ですか?」
『ああ。視力もだいぶ戻った。支障はない! 行くぞ!』
『「デュエルモード・セイバーフォーム!!」』

 本物のアズには、常に傍らに獅子がいて、声を合わせてくれる。アズの身体が光に包まれ、髪の毛は桃色に染まり、白と朱の装いが現れる。マントが身体全体をふわりと包み込み、左腕には銀のディスクが顕現する。

「そう簡単に、アズサの名前を差し上げることはできません!」
『そうだ! 私のパートナーはこの子だけ! お前など願い下げだ!』
『心配要りません。もうすぐ、「アズ」はわたし一人になりますから』
「委員長さん、下がってください!」
「……わかった。負けるなよ……!」

 委員長が背後に回ったのを確認し、闇アズサと向かい合う。自分の存在を揺るがし、取って代わろうとする相手に、ありったけの闘争心をむき出しにして対抗する。普段の彼女らしからぬ戦い方かもしれないが、なりふり構っていられない、言い知れぬ緊迫感がアズをとらえて離さない。
 対面する闇アズサは、どこまでも「アズ」らしく、優しげな表情を崩さなかった。

『「デュエル!!」』

 戦いの開始を告げる宣言は、全く同じ声であるがゆえに、重なり合っていながら、独唱のようにも聞こえた。


                  【決闘開始 小鳥遊アズサvs闇アズサ】


                        <中編へ続く>  
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