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デュエルペット☆ピース!

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デュエルペット☆ピース! 第1話「転校生ふたり」(前篇)

 
前書き
Pixivにも同じ名義、タイトルで連載しています。試験投稿中。 

 
 この世のものともつかぬ不可思議な光景が、今この瞬間、少女の目の前に広がっていた。

 その時点の彼女は、明日からの新しい高校生活への期待と不安とで、胸を躍らせている普通の少女に過ぎなかった。家庭の事情で突然始まってしまった一人暮らしと転校。暗く考えても仕方ない。新生活を、普通に楽しめばよい。そう決意を固めつつ、六畳一間のアパートの窓から、星空を見上げる。それは、自分自身の心を慰める行為であったが、夜空に流れる光の筋を見つけて、思わず哀しみも忘れ、窓を開けて身を乗り出した。
 流星。高校1年生の少女がこれを見れば、願いを捧げたくなるのも道理であろう。せめて、明日からの自分の生活が幸多いものとなるように。きらびやかな装飾の類や、素晴らしい恋人や、副次的な願いは多くあれど、まず第一に三度繰り返し願うべきは、ただ一つ。

「友達が、できますように」

 彼女がそう唱えた瞬間、閉じられたままのまぶたを光が貫通し、視界が真っ白になる。驚いて彼女が目を開くと、軌道を変え、彼女のもとへ一直線に突進してくる流星が、すでに彼女の目前に迫っていた。
 衝突の瞬間、彼女は白く光り輝く竜の姿を見た気がした。


                     *     *     *


―――じりぃぃぃぃんっ

 少女は、やかましく鳴り響く目覚まし時計に反応し、布団から這いずり出した。あくびを噛みながら、音源を少々乱暴に一打し、鐘を止める。普段は心行くまで寝続けるのが信条の彼女であるが、本日からはそうもいかなかった。なぜなら、今日をもって彼女は、新たに白鳩高校へ転入するからである。のんびりしたところのある彼女も、転校初日からの遅刻をよしとするほど、度外れてはいない。
 靄のかかった意識そのまま、四つん這いになって洗面所へ向かい顔を洗って、ようやく頭がはっきりしてくる。ついでに歯を磨いてしまい、朝食とどちらが先にすべきだったかと、少しの間思案して、無益だとその問いを却下する。
 台所へ向かい、彼女の膝程度の高さしかない小型の冷蔵庫を開けてみるが、朝食になりそうな食材がなかった。ここ数日の食生活に計画性が欠如していたことを、改めて後悔する。テーブルの上に転がっていた食パンに、生のままオレンジマーマレードを塗りたくり、朝食と称して胃袋に収めた。
 寝巻を脱ぎ、新しい制服に袖を通す。白いブラウス、紺のブレザー。胸元のリボンがアクセントになって小気味良い。スカートの丈も、以前の制服より少し短く、少々気恥ずかしい。なにしろ以前の制服が型通りのセーラーだっただけに、自分に洒落っ気が出たような気がしてむず痒い気分になる。
 通学用に買った手提げ鞄を持ち上げる。重量はほぼゼロであった。教科書の類は今日支給される手筈なので、手帳と筆記具しか入っていない。それが、新生活の開始を強調しているようで、思わず少女は笑顔になった。
 再び洗面台の前に立ち、肩にかかる艶めく黒髪に櫛を入れる。少々癖のある髪質故に、この作業を念入りにしておかないと、後々後悔する。普段からあまり飾り気のない彼女だが、きちんと解かされた髪を、お気に入りの赤いリボンで、後頭部の一点でまとめてポニーテールを作る朝のこの瞬間は、小さな達成感をくれるささやかな楽しみの一つである。
 そろそろ出立の時間である。彼女は、学習机の上に立てられた写真に写る両親の姿を見つめ、一礼したのち、弾けるような笑顔を浮かべて言った。

「では、行ってまいります」

 少女は、世界へ向けて駆けていく。


                     *     *     *


 今日から彼女が通う学校は、電車で3つほど先の白鳩市中央にある。通学の最初の行程として、まず駅を目指して歩く。目的地である白鳩市は、通称シティと呼ばれ、県内でも一二を争う繁華街だが、彼女が住まうことになった、白鳩の隣市にあるこの町は、住宅と賃貸物件の密集した衛星地帯、通称サテライトである。高度成長の折に決定したこの構図は、40年以上経過した今でも維持されているが、シティとサテライトの対比は、命名当時はさぞハイカラであったのだろう。
 少女は、住宅の中を縫うようにして敷かれた細い道を通り抜け、大通りへ出た。大通りと呼ばれてはいるが、白線によって仕切られた左右の歩道と二車線としかないその道は、普段から交通量が少ない。通勤・通学のこの時間ですら、一台の自動車もなかった。
 その時、車道のど真ん中に倒れているスーツ姿の男が少女の視界に入った。驚き、駆け寄って助け起こした瞬間、彼女はひきつった悲鳴を上げた。その男の顔面が、一見では人相がわからないほどに血塗れであったからである。反射的に、彼女は眼を閉じて顔をそむけたが、たとえ視界を瞼で遮断したところで、朝の澄んだ空気の中に漂う鉄錆の香りが、今の光景が現実であったことを再認識させる。
 恐怖に震える手で、彼女は意識のない男を元通り地面に寝かせると、周囲を見回し人を探す。明らかな異常事態である。物理的にも心理的にも、自分ひとりでは対処できないと直感し、助けを求めようとしたのだ。だが運悪く、通行人は見当たらない。
 それどころか、駅へ続く車道のさらに先に、学生服の少年が倒れている姿が目に入ってしまう。まさか、の三字が思考を駆け巡り、少年のもとへ駆け寄る。よく見れば、学生服はボロボロになっており、あちこちが破れているどころか、焦げた跡まであった。反射的に少年の顔を覗き込むと、顔の半分近くの皮膚が焼けただれた惨状が目に入る。
 その光景のあまりの衝撃に、彼女の腰が砕けた。その場で尻もちをついて、スカートがめくれ上がるのも気にせず、お尻を引きずって無理やり後ずさる。とんっ、と不意にお尻に当たる感触。彼女は一瞬の硬直の後、震えながら背後に目をやる。首元から下、エプロンを鮮血で濡らした中年女性の亡骸が、そこにあった。しかも、半開きになった生気のない瞳と彼女の眼が交差してしまい、とうとう彼女の恐怖が頂点に達した。

「いやあぁ!」

 涙を浮かべながら、四つん這いになってなんとかその場を離れようとする。だが、道の先へ視線を向けた彼女の両眼に、転々と十数人もの人間の身体が無造作に転がっている衝撃的な光景が飛び込んできた。数人の身体には、この世のものとは思えないほど白く透き通った炎が絡み付いて燃焼しており、タンパク質と脂肪の焦げる嫌なにおいが彼女の鼻腔を突く。
 鮮血にまみれ、傷つき、人間ではなく物質に還元されて、炎に焼かれ横たわる人々。その光景は、世界大戦期の資料に残る、「空襲」を思い起こさせる。しかし、所詮知識の中の存在でしかなかった資料のそれと違い、少女の目の前の光景は、まぎれもない、生々しい現実の地獄絵図。

「っ……!」

 喉奥が痙攣し、悲鳴も出てこない。だが同時に、ここで悠長にへたり込んでいて良い場合ではないことを、彼女は認識していた。これほどの残虐な光景を作り出した原因、もはやそれは、人と呼べるものの所業ではないとすら思えるが、加害者がまだ近くにいるとすれば、今まさに、自分の身が危険に晒されていることになる。
 危機感が恐怖をなんとか中和したらしく、砕けた腰に無理やり力を入れ、立ち上がることができた。元来た道へ取って返し、最初に発見したスーツの男の横を駆け抜ける。ともかく自室に戻ってから、警察に通報するなりすれば、一市民としての役割は全うできるはずだと、自分に言い聞かせる。
 と、前方に、自分と同じ制服を着たショートボブカットの女学生の姿が見えた。こちらへとゆっくり歩いてくる。このままではこの女学生も、自分と同じ光景を目にしてしまう。それだけ考えて、あとはガムシャラに行動する。

「あちらへ行ってはいけません! わたしと一緒に!」

 そう叫び、すれ違いざま、彼女は女学生の手を引っ掴むと、無理やり引きずって走り出す。この行動を起こしたことで、一瞬前まで頭にあった自室へ戻るという目的がどこかへ行ってしまい、女学生を引っぱりながら、目的も定めず無我夢中に走る。

「ちょ、ちょっと! なにするの!」

 背後から、引きずられる女学生の抗議の声が響いたが、今の彼女に冷静に説明する余裕はない。答えを返さず自分を引きずり回す彼女に向けて、女学生は苛立った声をあげる。

「なんなのよ! このままじゃ転校初日から遅刻じゃない!」

 女学生のこの言葉が、彼女の耳に入らなかったのは、果たして幸だったか不幸だったか。その問いの答えはともかく、息を切らしてひた走る彼女の新生活が、凄惨な光景からの逃避によって始まってしまった事実は、不幸以外の何ものでもない。

「私は……学校行くのに……ジャマするなぁ!」

 そして、件の女学生のこの言葉が彼女の鼓膜を正確に射抜いた、その瞬間。彼女の背後、女学生を中心として、尋常ならざる衝撃が放たれた。背中からの衝撃が、女学生の腕から彼女の手を引きはがす。同時に、彼女は空中で180度回転しながら吹き飛ばされ、アスファルトの地面に背中を強打した。
 激痛に身をよじり、呼吸が詰まる。咳き込みながら、彼女は何とか起き上がり、何事かと女学生の方へ眼をやった。

 女学生の手に、禍々しい光を放つ、一枚のカードが握られていた。女学生を、いや、その手のカードを中心にして、急激に風の流れが集中し、激化して旋風となす。

「学校に行けないと……いか、ないとぉ……」

 憎々しげな響きを増す声に、彼女は思わず身震いする。彼女からは表情が伺い知れぬ首を垂れた姿勢で、女学生の全身が、吹き荒れる風に呼応するようにして痙攣し始めた。
 突然、女学生が発作を起こしたかのように天を見上げ、吠え猛った。

『学校行かなきゃ……友達ができない! 友達が……トモダ、チィィィ!』

 獣のように叫ぶ女学生の声は、まるで声帯に覆いをかけているかのごとく、くぐもった、恐ろしげなものに変化していた。続いて顔を下ろして正面へ向け、少女をにらみつける女学生。その瞳はもはやこの世のものではなく、血走って赤みを含んでいた。
 やおら、女学生はカードを握った右腕を天に掲げる。カードが太陽と見紛うほど発光し、その光に射られた彼女の視界が一瞬白に染まる。光が途切れるとともに、彼女の視界が色を取り戻す。だがそこには、荒唐無稽を絵に描いたがごとき光景が広がっていた。発光の前には、同じ制服に身を包む可憐な女学生2人しかいなかったその場所に、空を覆うほどの巨大な白き竜が、佇んでいたのである。

―――きゅぁおおぉぉ――ぉん―――

 絶句する少女を前にして、白き竜は、サテライト全体を揺るがすほどの甲高い雄叫びを轟かせた。


                     *     *     *


 白鳩市内を張っていた白獅子は、隣市から目的のカードの力を感じ取り、急いで現場に向けて空中を駆けていた。完全に虚を突かれた形であった。あのカードを放置しては、人間に犠牲が出かねない。その警戒心から、人間の多い市街を拠点としていたことが仇となったのだ。
 白獅子は、精神を集中して身体を流れる超常の力をさらに高め、飛行速度を上げる。純白のたてがみが風になびいて、雄々しさを強調する。遠くで、かすかに竜の鳴き声が響いたのを感じ取る。かのカードの力の波動が巻き起こした独特の空気の振動が、獅子の鬚を通じて彼に竜の出現を確信させる。
 急がなければ。一段と速度を増して駆ける獅子。この瞬間に危機に陥っている人間がいると、彼の本能が告げている。せめて最悪の結末だけは避けねばならない。彼の使命は、人間を幸福へ導くことなのだから。



                     *     *     *


 間違いなく、悪夢の類であった。
 肉食恐竜を思わせる凶悪な口と牙の並び、太い胴体、しかし恐竜のそれとは明らかに違う、発達した長い腕、その先端の四本に分かれた指と、研ぎ澄まされた刃物のごとき爪の怪しい動き。背中から伸びる尾は、竜の全長を倍にも引き伸ばしていた。そして竜の全身が、発光体と見紛うほど純度の高い白金の鱗に覆われ、目に痛いほど朝日を反射する。さらには、その竜の瞳。それは、透き通った白い球体である。体を覆う白の鱗よりはるかに高い透明度。その瞳から発せられた視線の圧力に、少女は射すくめられる。一瞬、少女は満月を連想した。
 白き竜の瞳の月光、すなわち眼光に貫かれた少女の身体は、本人の意思に反して指一本たりと動いてくれなかった。精神と肉体をつなぐネットワークが切断されたかのようである。先ほどの血なまぐさい凄惨な光景から一気にベクトルが変じたが、非現実的な光景であると同時に、生命の危機に少女を震え上がらせる点では、同じである。
 白き竜の口が大きく開かれ、虚空から光が生じ、口腔内に収束する。光のエネルギーは、真っ白い炎の形へと変化していく。白い炎。少女には見覚えがあった。先ほど見つけた幾体もの亡骸たちの中に、皮膚を焦がされた男子学生や、死してなお白の炎に身体を焼かれ続けている者たちがいたことを、鮮明に思い出す。
 あの凄絶な光景は、眼前の竜が作り出したものだったのだ。天空より飛来した白き竜が、自分同様、通勤や通学の途中であった人々を襲撃した。ある者は竜の牙と爪によって引き裂かれて血しぶき、またある者は、竜の吐き散らす白い炎に巻かれ、そして焼かれた。まさに、空襲。現代のこの町に、命の希望をつなぐ防空壕など存在していない。竜の視認は、直ちに死に繋がるのだ。そこに残ったのは、白き竜と、これを使役する狂った女学生のみ。
 そして、少女自身も同じ運命をたどる―――凍りついたように動けなくなった彼女は、心の奥で自身の運命を悟っていた。白き竜の口に収束された炎が、口腔からあふれんばかりに猛り狂い、まるで解放の時を待つ革命市民のごとくうねっているのが見える。もはや助からない。一瞬の後、放出された炎が白の濁流となって、彼女の身を余すところなく焼失させるだろう。どれだけの苦痛を伴うのかは想像がつかないが、終着点が生命の終わりであることは確実だった。
 死が迫る。いよいよ最後の瞬間には走馬灯の類が見えるというが、この時少女の脳裏に浮かんだのは、ただ、母の顔で―――

「おかあさん、たすけて――」

 あっけない、少女の最後の言葉と同時に、白の炎が枷を解かれ、押し寄せてくる。だが、それと同時に、彼女と炎の奔流の間に、白い小さな影が割り入った。
 その小さな影の正体を彼女が認識するより前に、影は、凛々しき青年の声で、確かにこう言った。

『あきらめるな! 君はまだ、生きるべきだ!』

 その言葉が、存在の消滅を悟って消えかけていた少女の生存本能に、再び火を灯す。その火は一瞬にして、少女の胸の奥で爆発を起こし、心臓が核融炉となって一気にエネルギーを全身に送り込む。

「わたしは、死にたくないっ!」

 この瞬間、母に助けを求めた少女の声は、最後の言葉ではなく、希望をつなぐ願いとして昇華され、そしてその願いが彼女自身の意思によって現実に変えられたのだった。

 少女、小鳥遊アズサと、影の正体、御影石の瞳を持つ小さき白獅子、グラナイト。これが両者の、後に思えば運命的な出会いであったのだ。

 白き炎の嵐が迫る終末の光景の中で、白獅子は彼女へ向けて手を伸ばし、少女もそれに応えて目一杯右腕を伸ばす。少女の手と、飛び込んできた手乗りサイズの白獅子の手とが、しっかりと触れ、結ばれ合う。その瞬間、少女の身体の奥底から、超常の力が稲妻となってほとばしり、彼女を中心に光の球を形成した。

『これは……驚いた……こんな形で見つかるなんて』
「どうなってるんですか!? なんか、体が熱いです……」
『おい君! 君の中にはあの竜を倒す力が眠っている』
「へ? あ、い、うおえ!? ライオンが! ライオンが小さいです! しかも喋った!」
『ええい、後にしなさい! でないとこのまま死ぬぞ!』
「っ……!」
『君は今、死にたくないと願ったな。だったら生存のために、文字通り死力を尽くせ! さあ! 復唱せよ!』

 手乗りサイズの白獅子が、可愛らしい姿に似つかわしくない凛々しい調子で、その言葉を伝える。獅子の姿が夢幻であろうとなかろうと、少女がなすべきことは決まっていた。たぎる生存本能が、少女を突き動かす。立ち上がり、体の底からその言葉を吐き出した。

「デュエルモード! セイバーフォーム!」

 その言葉と同時に、少女の身体を包む稲妻が更にその量を増す。光の中で、少女は確かに、自分の姿が、存在そのものを巻き込んで変わるのを感じる。

『燃えろ、燃えろ! 邪魔する奴はみーんな燃やして! 私は、学校に行くんだからぁ! 友達、トモダチを!』

 狂乱する女学生の叫びとともに、白き竜が放った炎が、少女と獅子を飲み込む。だが、突然風向きが正反対に変わったかのように、炎が逆方向にあおられ始める。女学生と白き竜が、予想した結果とは異なる様子に、怪訝な顔をする、その一瞬。

―――ぎゅぉぉっ!

 その一瞬にして、逆巻く白の炎が霧散し、消滅した。その中から、少女が姿を現す。否、それはもはや、先程までの少女とは決定的に違う存在だった。
 ツヤのある黒髪は明るい桜色に変わり、ポニーテールの根本、リボンを中核として全体にボリュームアップし、ポニーテールの先端が背中まで伸びている。クセのあった髪質がさらりとしたものへ変わって、ふわりと風に流れるような美麗なシルエットを描いた。
 少女の清潔な可愛らしさを引き立てていた制服は、神秘的な装いへと変化していた。学ぶ為にあえて個性を削ぎ落とされていたブレザーは消失し、ブラウスは白の中に朱が入り、裾にはレースの細工が施されて、少女の内に潜む力をひそやかに示すように、微妙に重力に逆らうように立ち上がり、スカートとの間にわずかに肌色が露出する。スカートは赤く縁取られ、そこから伸びる二脚は、先程までは存在していなかった白のオーバーニーソックスによって太腿まで覆われ、黒のブーツが足元を引き締めている。そして、朱のかかった白いマントが、少女の襟元から肩、背中と右半身を包み込んでいる様が特徴的だった。左肩には鎖骨を覆う位置でマントを固定する、輝く宝玉に何らかの紋章と思われる模様が彫り込まれたブローチが、朝日を照り返す。
 可憐さを残したまま神秘性を醸す衣の中で、同時にその衣がまぎれもなく戦うための聖衣であることを示す一点。マントによって覆われていない彼女の左腕に、楕円形のホルダーと縦長のプレートからなる、特異な器具が取りつけられている。腕から手甲までを保護するホルダーの中央には、水晶のように透き通った宝玉が埋め込まれ、その横にカードの束が設置されていた。
 ふわん―――と吹き抜けた風に、マントが緩やかにはためく。そこで、ようやく少女は自分に起きた変化を認識した。

「のわぁ! な、なんか色々変わってます!」
『これが君のデュエルフォームだ。 君は今、デュエリストとして闘う力を手に入れた。さあ、ぐずぐずしている暇はない。来るぞ!』
「へっ!?」

 自身の変化に噴出する困惑に対応する間もなく、手乗り白獅子に促されて眼前の状況を確認し、自分が白き竜の脅威にさらされている最中であることを思い出す。
 眼前の竜は、自分の攻撃が無力化されたことに怒り狂い、再び大口を開けて、空中から光を収束する。見る見るうちに、竜の口腔で白き炎が燃え猛る。

「あれって……また火が来ますよ! どうすれば!」
『慌てるな。さっきと同じようにすれば何も問題ない』
「さっきと?」
『私に倣え! そして集中するんだ!』

 白き竜から、再び炎の濁流が押し寄せる。白獅子グラナイトは炎の正面に立ち、右腕を炎に向けて伸ばす。抑え込む気なのだ、と少女は直感した。私に倣え、すなわち、少女にもそれができるのだと。少女は駆け、白獅子と並び立つ。この瞬間、一人と一頭は、戦友としての第一歩を踏み出したのである。
 少女が獅子に倣い、右腕を正面に突き出す。白き炎が霧散する像を脳に浮かべ、白獅子と視線を交わして合図とする。

「ホーリーライフバリア、発動!」

 発動宣言とともに、少女の周囲にたばしる稲妻が透明度を増し、彼女と白獅子を包み込む球体型の障壁として完成する。バリア展開から一瞬の後、白き炎が到達するが、障壁に阻まれてあっけなく偏向し、空気中で立ち消えた。竜の炎も、もはやそよ風と同じであった。白き竜が無力を悟り、たじろいだ。

「おお! やりました!」
『上出来だ。これで奴らも君のことを敵として認識するだろう』
「……え?」

 愛竜の攻撃が立て続けに二度、無効化される様を見ていた女学生が、怒りに体を震わせた。

『ぐぅぅ……どうしても、どう、シテモ! 私の邪魔をするのね! だったラぁ!』

 女学生の咆哮に反応し、左腕が発光する。光は次第に収束し、少女の左腕についているものとよく似た、黒いプレート状の器具へと変化を遂げる。

『デュエルでお前を倒してぇ! 私は学校へ行くのォ!』

 女学生の周囲に、灰色の霧のような障壁が展開された。

「あれって……私の左腕についているのと似てますよ?」
『あれが奴のデュエルディスクだ』
「デュエル……ディスク?」
『互いにデュエルディスクを装備して向かい合うのは、デュエル開始の合図。君も構えろ』
「ええ!? ななななにをしろと!」
『デュエル。すなわち定められたルールとデュエリストの潜在能力を示すカードによって規律された、ゲームの一種だ』
「ふぇ……ゲーム?」

 命の危機を感じていた先刻までの状況と、白獅子の口にしたその単語があまりに不釣り合いで、彼女は思わず拍子抜けしてしまう。

『モンスターカードの力を現実化させる程度のことは、デュエリストの力のほんの一部でしかない。それでもこの世界に害をなすことは簡単だが、相手もデュエリストとなれば話は違う。大抵は、君がやったようにホーリーライフバリアに阻まれて、相手に致命傷を与えることはできない』
「はぁ……」
『そこで、デュエリスト同士は、デュエルを行ってカードの力を最大限に発揮し、モンスターだけでなく、さまざまな種類のカードを駆使して相手のバリアを削りあう。そしてデュエルは、女神によって定められたカードの力の行使に付随するルールに規律される、神聖な行為だ。だからこれをゲームと呼ぶことができる』

 少女は今一つ飲み込めなかったが、それでも女学生がデュエル開始を待ってくれる雰囲気ではない。それを感じ取った白獅子は、すばやく何事か唱える。すると獅子の身体は空中に浮遊し、少女の肩の位置でとどまった。

「浮いた……獅子さんは一体何者なんですか?」
『それも後だ。今は早く君もデュエルディスクを起動させるんだ。分からないことは私がその都度説明する。つまるところ君の生存のためには、このデュエルに勝たなくてはならない』
「わ、わかりました。では……!」

 戦意を固めると、少女の左腕のデュエルディスクがうなり、埋め込まれた水晶が光を帯びる。向かい合う女学生の左腕の黒のディスクにおいても、同様の現象が起きていた。同時に、白き竜がカードの姿に戻り、女学生のディスクにセットされているカードの束、デッキの中に舞い戻る。
 両者が、左腕を胸の前で水平に構え、ディスクのプレート部分が前面にせり出す格好となる。これがデュエル、すなわち決闘の構え。デッキの上から5枚のカードが吐き出され、デュエリストの左手に収まる。
 カードが剣ならば、デュエルディスクは盾。右手のカードに矜持を、左手のディスクに精魂を込めて。一人は生存のために、一人は狂気のために。理由は違えど、ゲームに立ち向かう意思は共通し、だからこそ、開始宣言の声は、共鳴しあう。

                   『「デュエル!」』

 朝の町に同時に響き渡る2つの少女の声は、この物語の真の始まりを宣言するものでもあった。


              【決闘開始 小鳥遊アズサvs宇崎ツキノ】

<ターン1 アズサ>
アズ
「えっと……これで始まったんですか?」
ナイト
『ああ。私が手順を説明するから、言うとおりに進めるんだ』

 白獅子が少女に耳打ちする。

アズ
「わ、分かりました。では……わたしのターン!」

 宣言と同時に、デッキの一番上のカードを抜き取る。ディスクと手札の両者がデュエリストの左腕に収まっているのは、デュエルにおける最も神聖かつ劇的な行為、ドローのために利き腕を残す必要があるからであった。

ナイト
『ドローフェイズ終了。さらにスタンバイフェイズも両者動きなし。よって終了。これでメインフェイズに移行する』
アズ
「そ、そんなに細かく分かれるんですか……」
ナイト
『そうだ。ターンは様々なフェイズに区分され、それぞれのタイミングでできることが違う。ルールに違反してはカードの力を引き出せない以上、厳密に従う必要があるんだ。このメインフェイズでは、モンスターの召喚、カードの発動ができる』
アズ
「そ、そういわれても手札は6枚もあるんですが……何をすればいいのか……」
ナイト
『そうだな。なら基本を教えよう。手札のモンスターカードの中に、☆が4つ以下のモンスターはあるかい?』
アズ
「☆が……あ、4つのがありました」
ナイト
『☆の数はモンスターレベルを示している。レベル4以下のモンスターは下級モンスターと呼び、1ターンに1度だけ、攻撃か守備のどちらかの表示形式を選び、通常召喚によってフィールドに呼び出すことができる』
アズ
「で、では……《サンライト・ユニコーン》を攻撃表示で、しょ、召喚!」

 少女がカードをディスクに設置すると、カードが発光し、青のオーラをまとうユニコーンが、光の中から姿を現して、主を守るように立ち、嘶く。

《サンライト・ユニコーン》ATK:1800・☆4

アズ
「ほ、ホントに出た……」
ナイト
『ひとまず、これで君のターンを終了しよう』
アズ
「え? モンスターを呼んだのに何もしないんですか? 攻撃するとか」
ナイト
『先攻となったデュエリストは、1ターン目は攻撃できない。相手のフィールドががら空きの状況で攻撃するのは、先攻が有利になりすぎてフェアじゃないからね』
アズ
「フェアって……本当にゲームなんですね、これ」
ナイト
『もちろんだ。幸い、君の召喚したモンスターは攻撃力1800。下級モンスターとしては高めの数値だ。きっとそう簡単には倒されない。これで相手の出方をうかがおう。私達には情報が不足している。あの白の竜がデッキにいること以外、奴がどんな戦術を使ってくるか、全くわからないからね』
アズ
「慎重に行くんですね。わかりました。これでわたしのターンを終了します!」

・アズサ(手札5 LP:4000)
《サンライト・ユニコーン》ATK:1800・☆4
・ツキノ(手札5 LP:4000)


<ターン2 ツキノ>
ツキ
『やっと終わったのね……! 時間がないのに……私のターン!』

 女学生が猛烈な勢いでデッキからカードをドローする。1ターン前の少女とは対照的に、一切の迷いなく、流れるようにカードをディスク上に展開した。

ツキ
『私は! 手札より《バイス・ドラゴン》を特殊召喚!』

 大顔にさらに不釣り合いなほど大きな顎をした黒竜が、飛び跳ねるようにして女学生のフィールドに現れた。

ツキ
『このカードは相手フィールド上にのみモンスターが存在する場合、手札から特殊召喚できる! この効果で特殊召喚したバイス・ドラゴンの攻撃力と守備力は半分になる』

《バイス・ドラゴン》ATK:2000→1000・☆5

アズ
「攻撃力1000……これならわたしのユニコーンは倒されませんね!」
ナイト
『いや、バイス・ドラゴンをフィールドに呼んだのは、あのカード自身の効果による特殊召喚だ。奴はまだ、通常召喚によってモンスターをフィールドに出すことができる』
アズ
「え? じゃあもう1体出てくるんですか!?」
ナイト
『1体増えるだけならまだいいが……』

ツキ
『さらに私は! 《バイス・ドラゴン》をリリース!』

 女学生が新たに手札のカードを1枚、天に向けて掲げた。するとフィールド上の黒竜、バイス・ドラゴンの姿が消滅し、掲げたカードにその魂が取り込まれる。

ツキ
『レベル6モンスター、《ライトパルサー・ドラゴン》をアドバンス召喚!』

 黒竜の魂を吸い取ったそのカードを、女学生がディスクにセットする。フィールドに、銀の身体をしならせる竜が降り立った。体型は少女を追い詰めた白き竜と類似しているが、こちらはいささか小ぶりで細身であった。しかし、体のあちこちの盛り上がる筋肉が、凶暴さと力強さをにじませる。

《ライトパルサー・ドラゴン》ATK:2500・☆6

アズ
「2500って! い、いきなり強いのが出てきましたよ!?」
ナイト
『あれはアドバンス召喚……モンスターをリリース、つまり生贄として墓地に送ることで、手札のレベルの高いモンスターを召喚する通常召喚の一種……しかし特殊召喚を利用して1ターン目から上級モンスター召喚につなげるとは……このデッキの動き、核となっているのは【ドラゴニック・レギオン】か……?』
アズ
「あ、あの……ご分析中のところ悪いんですけど……何か対抗手段は」
ナイト
『む……残念だがここは攻撃を受けるしかない。吹き飛ばされないよう気を付けるんだ』
アズ
「えっ……えぇ! そんなぁ!?」

ツキ
『ライトパルサー・ドラゴンでサンライト・ユニコーン攻撃ぃ!』

 攻撃宣言とともに、女学生が人差し指を嘶くユニコーンに突き付ける。ライトパルサー・ドラゴンが主の命に従い、力強い翼の躍動とともに飛翔を開始した。

ツキ
『ドラゴニック・パルサー!』

《ライトパルサー・ドラゴン》ATK:2500 → 《サンライト・ユニコーン》ATK:1800

 上空から狙いを定め、竜の口から虹色に輝く光線が発射された。白き竜の吐く炎とは違って荒々しさはないが、その分研ぎ澄まされたメスのごとき鋭さを感じさせるレーザー攻撃。光線は一瞬にしてユニコーンを貫き、聖獣の命たる角までも焼き切った。断末魔の嘶きを残して、ユニコーンが爆発四散する。

アズ
「あ……わたしのユニコーンが!」
ツキ
『攻撃表示モンスター同士のバトルでは、攻撃力の低い方が破壊されて墓地へ送られ、攻撃力の差の数値だけ相手にダメージを与える! さあ! そのままライフを削り取っちゃえ!』

 続けざまに、銀の竜が急下降する。自軍のモンスターが敗北したことに気を取られていた少女の目前に、竜が垂直に着地した。驚きで少女の身体が硬直したのとは対照的に、竜は機敏に巨体を捻って旋回し、その長い尾を、遠心力を込めて少女へ叩きつける!

アズ
「ひっ……!」
ナイト
『防御態勢をとれ! ホーリーライフバリアを張るんだ!』

 少女が急いで精神を集中させる。ライトパルサー・ドラゴンの尾が、少女に触れる寸前で光の障壁に弾き返された。

・アズサ LP:4000→3300(-700)

アズ
「あううっ!」

 途端に、少女を衝撃と、それに続く激痛が襲った。思わず膝が折れ、空いている右腕を地に着けてなんとか体を支える。

ナイト
『大丈夫か!』
アズ
「あぅ……ぃったぁ……これは……?」
ナイト
『デュエルでは受けたダメージの数値に応じてホーリーライフバリが削られ、止めきれなかったダメージはデュエリストが受けることになる』
アズ
「じゃあ……まさかライフが0になったら……」
ナイト
『今以上のダメージを受けることになる。だから……このデュエルには君の生存がかかっているんだ』
アズ
「そんなぁ……」

 少女の眼に涙が浮かんだ。獅子が闖入する直前、白き竜を目の前にした時の、瞬間的な死の直感とは別の、数値という明確な指標によって示される、あからさまな生命の危機に、少女の心が折れかける。

ナイト
『しっかりするんだ! 君が助かるにはこのデュエルに勝つしかない。生身であの竜を相手にするより、勝利する可能性は何倍も高いんだ! 勇気を出せ!』

 手乗りの獅子が彼女の戦意の火を絶やすまいと鼓舞する。少女は消えかけた生存本能に鞭打ち、膝に力を入れてなんとか立ち上がった。
 銀の竜、ライトパルサー・ドラゴンは、敵にダメージを与えたことを確認すると、足の筋肉を伸縮させて後方へ跳ね、主たる女学生の真横に位置取り、天へ向かって吠えた。女学生は、しもべが敵を弱らせたことへの満足感に酔いしれている。

ツキ
『ふふふ……どぉ? いたかった? でもあと3300もあるのか……面倒くさァイ……! でもすぐに終わらせてアゲル……そしたら学校へ……くひひひ、これでターンエンドよ』

・アズサ(手札5 LP:3300)
・ツキノ(手札4 LP:4000)
《ライトパルサー・ドラゴン》ATK:2500・☆6


<ターン3 アズサ>
アズ
「わ、わたしの……ターン」

 デッキのカードをドローするも、受けたダメージの余波で、少女の右腕には明らかに力がなく、小刻みに震えている。

ナイト
『気をしっかり持つんだ! 勝利は、諦めないデュエリストにしか訪れない!』
アズ
「は、はいっ」

 気を引き締め直し、少女は引いたばかりのモンスターカードのテキストを確認する。

アズ
(あ、このカードなら……!)

アズ
「獅子さん、モンスターの召喚は、攻撃表示と守備表示が選べるんでしたよね」
ナイト
『そうだ。正確には、表側攻撃表示の「召喚」と、裏側守備表示の「セット」の2つの方法から選んで通常召喚することができる……だが、何か作戦があるのかい?』
アズ
「このカードを守備表示で出すのはどうでしょう」
ナイト
『悪くはない……これなら相手が連続攻撃を仕掛けてきてもダメージを受けず防ぎきることができる。だが、これだけでは奴のモンスターを倒せないぞ』
アズ
「それは……そうですが」
ナイト
『まあ、守りを固めて次のドローにかけるのも戦術の一つだ。それにこのデッキはあくまで君の潜在能力を具現化したもの。君が決めなければカードの力を引き出すことはできない。ともかくやってみよう!』
アズ
「はい……! わたしはモンスターを裏守備表示でセットします!」

 少女がカードをディスクに横向きで伏せる。少女の前方の地面に光がさし、その部分に実際に巨大なカードが現れ、使い手を守るバリケードのように配置された。

ナイト
『裏守備表示のモンスターは、攻撃されるか、次のターン以降に反転召喚するまで、相手にはその正体がわからない。これは守りの手であると同時に牽制にもなる』
アズ
「これで、ターン終了です!」

・アズサ(手札5 LP:3300)
 裏守備モンスター×1
・ツキノ(手札4 LP:4000)
《ライトパルサー・ドラゴン》ATK:2500・☆6

<ターン4 ツキノ>
ツキ
『裏守備ィ……? そんな見え見えの時間稼ぎを……!』

 だぁん、だぁん! 女学生が地団駄を踏み、いら立ちを露わにする。

ツキ
『私は登校しなきゃならないって言ってるでしょぉ! それなのに……! あくまで私のジャマをする気なのね! わかった! もうわかったァ! だったらこっちも本気よ! ドロー!』

 女学生の猛烈な勢いのドローと同時に、引いたカードが白の炎をまとい、燃え盛る。少女の手先を中心に熱風が渦巻き始める。今までのカードとは明らかに様子が違う。その正体に、少女も獅子も同時に思い当った。

ツキ
『来たァ! 行くわよ! 私は《アックス・ドラゴニュート》を召喚!』

 斧を掲げる人間大の竜戦士が、銀の竜の横に着地した。

《アックス・ドラゴニュート》ATK:2000・☆4

ツキ
『そして! 自分フィールド上の表側表示モンスター2体をORU(オーバーレイ・ユニット)として下に重ね、手札からコイツを特殊召喚できる!』

 女学生の手札の1枚、白き炎をまとうそのカードが上空へ向けて飛び出した。射出と同時に、フィールドの銀竜と竜戦士が、その輪郭を失って白と黒の光の球へと姿を変え、渦を巻く。

ツキ
『《アックス・ドラゴニュート》と《ライトパルサー・ドラゴン》でオーバーレイ! 2体の表側表示モンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築! 姿を現せ! 私のデュエルピース!』

 もとはモンスターであった2つの光球が、地表に光の渦を描きだし、上空へ射出されたカードが、光の渦の中央へと垂直に落下する。着地の瞬間、周囲が膨大な光に包まれ、少女と獅子は思わず目を閉じる。一方の女学生は、その光を正面から両の瞳に浴びながら、狂気に満ちた笑顔を崩さない。

ツキ
『登校には公共交通機関より! 竜に限るわ! 現れよ! 《DP.06 満月瞳の白竜》(デュエルピース・シックス フルムーンアイズ・ホワイト・ドラゴン)!!』

 光の中から、再び件の白き竜が姿を現す。通行人たちや少女を襲った時のままではない。竜の周囲には、2体のモンスターの魂を材料とした光球が浮遊・旋回しており、それが白の竜に更なる力を与えている。デュエルの最中、切り札としてフィールドに現れた事実に、翼を目一杯広げ、歓喜の咆哮を轟かす。

《DP.06 満月瞳の白竜》ATK:2500・☆10・ORU×2

ツキ
『あはははははァ! 力が……みなぎる! これならこれなら! 友達みーんな! ミナゴロシできるぅ! ひははははぁ!』

 白竜の再登場とともに、女学生の瞳が、竜のそれと同じ乳白色へ変わっていく。まるで、白目をむいたかのような異形。顔からも生気が失われ、高笑いに大きく開いた口からは舌が突き出る。正気を失っているのは明白であった。その変化に、少女は思わず息をのむ。

アズ
「あの竜は……一体なんなんですか!? 普通のモンスターじゃない……明らかにおかしいです!」
ナイト
『あのカードは……デュエルピースだ』
アズ
「デュエル……ピース?」

 そのカードの名を口にした途端、獅子の表情が険しくなる。

ナイト
『デュエルピースは私の世界……デュエルワールドに伝わる伝説のカード。正当な使用者の手元にあれば大きな力を発揮するが……今は所有者のコントロールを離れてしまっている。暴走状態のデュエルピースは人間に憑依し、本来は君のように素養のある人間しか使えないはずのデュエルの力を憑依された者に与える……だがその代わり、憑かれた者は精神を破壊され、心の奥底に秘めていた欲望……心の闇を増幅されてしまうんだ。いまの奴のように』
アズ
「じゃあ、あの人はあのカードに乗っ取られたせいであんな状態に?」
ナイト
『ああ。このデュエルに勝たなければあのデュエルピースは暴走を止めず、君のように襲われる人間がこの先も増えていくことになる。いや、あの竜ほどの力だ。下手をすれば、この町一つ消し去りかねないぞ……!』
アズ
「そんな……このゲームにそんな意味が……」

ツキ
『きひゃひゃぁ! お喋りはそこまでよぉ! フルムーンアイズの効果! このコがORUを持っている時、攻撃力は500ポイントアップとぅる! よって攻撃力3000!』

《DP.06 満月瞳の白竜》ATK:2500→3000・☆10・ORU×2

アズ
「攻撃力3000って……」
ナイト
『大丈夫だ! 君のモンスターは守備表示。守備表示モンスターは攻撃され破壊されてもデュエリスト自身がダメージを受けることはない。いくら攻撃力が高かろうと、次のドローにつなげれば、逆転の手は残されている!』
アズ
「は、はいっ!」
ツキ
『それはどうかにゃぁ!? 私はフルムーンアイズの更なる効果発動!』

 白竜が、周囲を旋回する光球の一つに食らいつき、嚥下する。その途端に、力を増した竜を中心に旋風が巻き起こる!

アズ
「こ、これは!?」
ツキ
『1ターンに1度、ORUを1つ使うことで、フルムーンアイズはフィールドのモンスター1体を、表側攻撃表示に変えることができる!』
アズ
「そんなっ、強制的に攻撃表示にされる!?」

 少女の前にバリケードとして立てられていた裏向きのカードが旋風によって煽られ、その正体が判明する。ぼろぼろの衣服に身を包んだ、幸薄げな少女が姿を現した。

《DP.06 満月瞳の白竜》ATK:3000・☆10・ORU×2→1
裏守備モンスター→《薄幸の美少女》ATK:0・☆1

ナイト
『まずい!』
ツキ
『あはッ! そのカードは《薄幸の美少女》ね? そのカードがバトルで破壊されるとバトルフェイズを強制終了させる……私が複数のモンスターで攻撃を仕掛けるって読んで、防御の手を用意してたのねぇ……け・ど! そんな姑息な手はデュエルピースの前には、全ッ然通用しなぁぁぁいッ!』

 白き竜の口腔に、白炎が収束される。

アズ
「これって……まさか……」
ツキ
『薄幸の美少女ちゃんの攻撃力はゼッロォ! フルムーンとの攻撃力の差は3000! 役立たずの美少女をぶち抜いてェ! 3000の攻撃力をまともに受けてェ!』
アズ
「い、いやぁっ!」
ツキ
『死ねよ、バーカ』

《DP.06 満月瞳の白竜》ATK:3000 → 《薄幸の美少女》ATK:0

 白竜の口から、白の炎が発射される。押し寄せる炎が薄幸の少女を消し炭に変え、勢いそのまま恐怖に震える少女へと押し寄せた。生命を具現化した障壁が、炎をせき止めんと少女を包むが、以前防いだ時とは炎の質が違った。障壁が一瞬で白熱し、溶解する。防波堤を失った火炎の濁流が、少女を包み込む。
 少女を取り巻いた炎が、まるで意思を持つかのように少女の身体に絡み付き、隅々まで焼き、蹂躙し尽くす!

アズ
「うぁぁぁぁ――――っ! あっああぁぁぁぁ―――!!」

 少女の絶叫が響き渡る。
 ボリュームを増した桜色の髪、左半身を覆うマント、ブラウスに包まれる豊かな胸のふくらみ、ドローを紡ぐ長くしなやかな右腕の五指、服の端からこぼれる臍まわりの肌、スカートとニーソックスの間にわずかに露出する太腿、ブーツとソックスの堺にあたる膝小僧、それらすべて。可憐な少女の全身くまなく白の炎に包まれ、嬲り焼かれていく。もはや自分が感じているのが熱なのか、それとも痛みなのか、それすら判然としなくなり、ただ劫火に搾りとられるように悲鳴を上げ続けるしかなかった。

アズ
「んああぁ―――っ! ぎぁっ―――ヤぁっ! もうヤだあぁぁぁぁぁ―――っ! ゆるひっ―――ゆるしてぇぇぇ―――っ!!」

 許しを請う悲痛な叫びも、この煉獄が厳重なルールによって縛られたゲームの一環である以上、何の意味もなさなかった。ましてや、正気を失った女学生に、慈悲の心などあるはずもない。白竜は少女に二度攻撃を止められた屈辱を憤怒の炎に変え、少女に浴びせ続ける。
 苦痛に表情が大きく歪み、限界まで見開かれた両の眼に、死の恐怖と痛みと熱から涙が浮かび、その涙すら白炎の熱で一瞬にして蒸発する。地獄―――空襲を連想した、遺体の転がる凄惨な光景も、竜を目前にした時の恐怖も、今この瞬間彼女自身を襲っている苦痛と比べれば、生易しいものでしかなかった。自分を焼き尽くさんと荒れ狂うこの炎こそ、彼女にとって何よりもリアルな地獄に他ならない。

アズ
「あぎゅぁっ―――へぅっ―――もぉっ―――もぉ……殺してぇ……!」

 劫火の中で急速に力を失い、痙攣する少女の身体。その口から、生存を放棄する決定的な一言がこぼれ出てしまった。デュエリストとして覚醒し、超常の力で身体が強化されたとはいえ、心は普通の少女に過ぎないのだ。また強化されたはずの身体にも限界が近づいていることが、ライフポイントの急速な減少によって示されている。数値は冷酷だった。

ツキ
『あーっハハハハァ! キレイ……キレイに燃えるぅ……! こぉんなキレイな花火、見たことないわァ! ジャマ者も脂の質だけは良かったみたいねぇ!』
ナイト
『くっ……私の失策だ……! デュエルピースを使ってくることは分かっていたのに……もっと警戒させるべきだった……!』

 狂喜と、後悔。対照的な一人と一頭の姿は、もう少女の瞳には映っていなかった。ようやく白竜が収束したエネルギーを使い切り、炎が途切れる。永遠に続くかと思われた地獄から、少女はようやく解放された。

アズ
「ぇぁ……ぁんっ……」

 酷い有様であった。身体のあちこちが焼け焦げ、煙を上げている。特に、炎を正面から受け、マントに包まれていなかった部分のデュエルフォームは、大きく損傷していた。臍回りのブラウスが焼失し、腹部はおろか下乳まで垣間見えてしまっている。かろうじて立ってはいるが、ニーソックスがほとんどすべて焼け落ち、露わになった太腿が小刻みに震え、腰から折れてしまいそうである。カードを繰るための両腕はだらりと下がり、残った手札を持つ左手も、細かく痙攣して今にも取り落としそうな状態であった。惨状のなか焦げ目一つないデュエルディスクは、生命感のないまま、強度を誇るかのごとく不気味に陽光を反射し、輝く。
 少女の意識は混濁しており、目の焦点の合わぬまま視線が虚空を泳ぐ。口の端からつ、と涎が垂れ落ちた。限界―――微小にでもライフポイントが残っていれば、数値上・ルール上は戦闘可能であるが、そんな無慈悲な指標とは何ら関係なく、彼女の身体が限界を超えてしまったのは明白だった。

ツキ
『上手に焼けましたぁ♡ さ、フルムーンアイズ、し・あ・げ!』

―――きゅぉぉん!

 白き竜が主の命に応え、咆哮とともに身体を捻り、長い尾で焼け焦げた少女を掬い上げるように殴りつける。

アズ
「きゃふぁっ……!」

 内臓を抉るような痛打がむき出しの臍肉に入り、弱々しい悲鳴と対照的に、血塊がごぼりと音を立てて少女の口から盛大に吐き出され、紅のしぶきが空を彩った。障壁を失った今、竜と少女の質量の差は歴然である。少女の身体はゆうに5メートル近く吹き飛ばされ、アスファルトに背中から落下し、そして―――ぴくりとも動かなくなった。

・アズサ LP:3300→300(-3000)

                         <後編へ続く> 
 

 
後書き
 Pixivで連載していますが、最近このサイトの存在を知ったので、試験的に投稿します。とりあえず、個人的に気に入っている4話までを試験投稿。もし感想等下さる方がいたら、こちらでも続けようかな・・・と思います。
 
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