乱世の確率事象改変
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小覇王と包囲網
俺たちの進軍は順調だった。
曹操軍からの支援は潤滑で、こちらの働きを何倍にも押し上げた。
両軍の軍師の出す策は黄巾の弱点を悉く突き、曹操軍の勇猛な兵士達に感化された義勇兵はいつも以上の士気と気迫を持って戦った。
曹操軍においては夏候惇、夏侯淵両将軍の指揮能力は絶大だった。屈強に訓練された兵士達をまるで手足のように扱い、怯え戸惑う黄巾の輩を破竹の勢いで崩していた。
だが俺達義勇軍の将もただ圧倒されるだけでなく、盗める技術は盗み、日々研鑽されていった。ことさら愛紗の伸びはもの凄く、従っている義勇兵も引っ張られるように強化されていった。
連戦連勝。
いつしか俺たち劉備義勇軍は不敗の義勇軍として名が売れ、各諸侯の注目の的となる。実際は曹操軍との協力による恩恵と、勝てる相手を選んでの勝利なのだが。
ただ不思議なことが起きた。俺たちの義勇軍は桃香の仁徳もあってか民に人気であり、それぞれの通り名が広がったのだ。
『軍神』関羽
『燕人』張飛
『伏竜』諸葛亮
『鳳雛』鳳統
『仁君』劉備
そして俺は『黒麒麟』徐晃
なんでも大きな黒馬に黒い服に黒い髪、一本の角のような白く長い剣が由来らしい。
自分に二つ名がつくなんてむずがゆいが、嬉しくもあった。
そんな中、官軍と奮い立った諸侯等の働きによって日々弱体化されていく黄巾賊は、大一番の勝負に出た。
大将軍何進の拠点への黄巾賊本隊による襲撃。もはや大きくなりすぎた黄巾賊本隊は、食糧の調達困難、進軍速度の低下などにより格好の的、そこで考えたのが大将軍の身柄確保による力の証明と交渉なのだろう。
裏で何か繋がりがあったのかもしれない。宦官連中と何進の確執は有名だ。それに対して何進率いる官軍と早くに駆け付けた諸侯達は最初は善戦していた。しかし各地区からその報を受け続々と集結し肥大する黄巾賊に逃げ場を失うこととなった。
俺達が着いた頃には、まだ持つが危うい状況だった。そうして集結した諸侯達と黄巾賊による一大決戦が幕を開けることとなる。
†
「ではこれより軍議を行う。」
曹操の言葉で皆の背筋が伸びる。共同で行う軍議はこれで最後になる。ぺこりと一礼してから荀彧が話はじめた。
「現在敵は何進大将軍の拠点に群がり全面を方位しております。各諸侯との連携はあまり期待できず、各々で撃破していくしかありません」
「何進大将軍との内応による挟撃は期待できますか?」
「難しいわ。びっしりと蟻のように張り付いた奴等のせいでどこもギリギリの兵力で守っているようだから」
「黄巾の補給路の封鎖は?」
「とっくに周りもやってるみたいね。でも集まってくる数が多いのと、負けてしまうバカ官軍のせいで最低限補給されてしまっている」
そこで荀彧が立ち上がる。
「内応もなく、相手は限りがあるとはいえ増え続ける、連携もばらばら、ならすることは一つ」
一旦言葉を切り、大きく深呼吸をしてから力強い瞳で俺達を見渡す。
「張角の早期撃破。頭を失った賊など霧散するのみ」
まさしくその通りだ。だが、
「でも何進さんを助けないと……」
そういうと思ったよ桃香。
曹操も答えが分かりきっていたのかふっと笑みを零して静かに桃香を見やった。
「ならばあなたたちの軍はそのために動きなさい、劉備。ここより私たちは別行動をとる」
「しかし張角の居場所はわかっているのですか?」
曹操の発言に愛紗が尋ねる。もっともだと思う。未だに敵の首魁の場所は割れていないのだから。
「すでに斥候からの情報で当たりがついているわ。ただ不確定なため他の諸侯に教えることはできない」
さらりと話す荀彧。情報収集能力はさすがと言うべきか。それに俺たちにも教えないのは手柄は渡さないと暗に伝えているのだろう。
「そ、それでは私たちの軍は袁術さんの客将である孫策さんの軍と共闘することを勧めます」
「私もその案を推します。戦場で即席の連携をするには少数同士のほうがいいので。それにあの軍は精鋭揃いと聞いています」
雛里と朱里が提案する。確かにほかの諸侯は数ばかりで合わせにくい。これが俺達にとっては最善の選択だろうな。
「わかった。……曹操さん、私たちはその方向でいってみます」
桃香が返事をすると曹操は立ち上った。
「決まったようね。これで後は各軍の問題。お互い成功させましょう、劉備」
「はい! これまでありがとうございました曹操さん」
「では、また会いましょう。後の事は戦後に」
そうして共同軍議は呆気なく終わった。曹操はここを野営地とし、張角の撃破に向かうようだ。俺たちは義勇軍を引き連れて孫策軍の野営地の近くに陣を組んだ。
†
ほかの軍と策を話し合っている暇はもうない。意見が分かれることもあるのだから。
曹操さんと行ったのはこれまで共に戦ってきたからだ。別行動になるだろう事はわかっていた。優秀さを信じていたから。
これからは私達が各軍の状況を見て判断するしかない。
ここは手柄を奪い合う獣が集まっただけ。なら桃香様のために、出来る限り最大の功をこの軍に。
「義勇軍全軍、整列いたしました!」
愛紗の報告で賊のいる方角を見ていた桃香が振り返る。
「了解だよ。義勇軍の皆! この戦には黄巾のほとんどが集まってる! 窮地にいる大将軍を助けて、黄巾をやっつけちゃおう!」
湧きあがる声、士気は上々といったところか。
「行くぞ! 敵は組織力も曖昧な愚鈍な兵のみ! 私達義勇軍の力を見せつけよ! 全軍進撃!」
進む、進む。黄巾は我らに気付く。
大量の賊がこちらに向かう。
策は……随時指示がとぶだろう。
今はこの戦端を。
漆黒の馬が駆け抜ける。軍神と燕人も馬で駆ける。
三人はそれぞれの部隊を後ろに三方向へ単騎駆けを行う。
兵は声を上げる。それぞれの将の二つ名を上げ、駆ける。
後押しされた三つの影は力強く、動揺する敵に……激突した。
千切れ飛ぶ肉、首、吹き出る鮮血。雑兵の如き兵は近づくこともできない。その噂は耳に入っているのだから。
曰く、軍神の舞は首を対価に見よ
曰く、燕人の跳躍に逃げ道は非ず
曰く、黒麒麟の剣閃にて紅華を咲かせ
幾多の仲間を屠って来たそれが自分に向けられ、賊達は恐慌状態に陥った。
遅れて各部隊が突撃をかける。動揺し、驚愕し、恐怖に震える賊は三つ首の軍に平らげられていく。
敵の戦列を馬の脚を止めずに蹂躙する三つの影は、いくつの命を喰らい続けるのか。
敵の誤算は先陣と後陣の隙間を作ってしまったこと。先陣を抜けた彼らは、踵を返し、互いに交差するようにまた先陣を斬り開く。
騎兵の敵を狙うのは簡単なことではない。戦場で、しかも前から兵が押し迫っている状況で、高速で突撃してくる馬への心理的恐怖から逃れることなどできはしないのだから。
訓練の受けていない賊などは、恐怖で竦み、縛り付けられ、なすすべもなく蹂躙されるしかない。
二つ名の利用は絶大だった。兵の士気があがり、敵に怯えを植え付け、同時に彼らの戦闘を大幅に助ける。
もはや目の前の賊は烏合の衆。逃げる賊が足を引っ張り、互いの動きにまで影響が出る。
「魚麟陣形、敵中央に突貫、押し広げてください!」
とりあえずは成功。しばらくは兵で対処できる。あの三人が戻ってきたら次の行動を。
息を弾ませ中軍に戻ってきた三人は馬から降りる。
「お疲れ様でした」
「ああ、雛里。よくできた策だった」
そう言って褒められる。秋斗さんの姿を見て心から何故か安堵の気持ちが湧いてきた。
「ああも見事に敵兵が崩れるとは」
「やっぱり雛里はすごいのだなー」
しかしあんな凄い三人に褒められると照れる。
「あわわ、あ、ありがとうございましゅ」
やはり恥ずかしくて、照れくさくて噛んでしまった。
私は頭を使う事しかできないから、朱里ちゃんと一緒に策を出す。でも今回採用されたのは私の策。
「で、ここから我ら三人はどうすればいい?」
「前線にて敵先陣左翼を殲滅、です」
「わかりやすいのだー」
「烏合の衆と化した賊に細やかな策は必要ありません。先ほどの突撃から敵は三人に恐怖を抱いたので、もう一度姿を現せるだけでこちらからの攻撃は容易になる思います」
「逃げる賊は朱里と桃香様の部隊に任せればいいのか」
「はい。後方にも他の諸侯さんの部隊がありますのでそちらに流すようにしてもらっています。それと中央の孫策軍の方々も合わせるように先陣の殲滅に入ってくれているので終わり次第共に後陣を叩きます」
「了解した。では行こうか鈴々、秋斗殿」
愛紗さんの言葉にコクリと頷き後に続く二人。なんて頼もしいんだろうこの三人は。
将として本当に大きくなった。曹操さんとの共闘のおかげだろう。
朱里ちゃん、私たちは軍師として成長できてるのかなぁ。
†
おもしろい事をする。
たった三つの騎馬が戦場を駆ける。その後、敵左翼は総崩れになった。
兵達が叫んでいた。あれが噂の――
「見事な、そして効果的な策だな」
確かにその通り。でも策もそうだけどそれを遂行しきるあの三人も相当だ。ドクンと鼓動が跳ねて体温が高騰し、戦人の血が湧きたってきた。
だめだ、抑えないと……気持ちを誤魔化すために隣で戦場を見つめている黒髪の美女にもう一つのしたい事を伝える。
「ねぇ、冥琳――」
「だめだ、雪蓮」
言う前から止められては交渉も何もあったモノではない。
口を尖らせて不満を露わにして、
「……まだ何も言ってないんだけど」
「どうせまたくだらない事を考えたんだろう? なら却下だ」
言ってみても軽く流されて取り合ってはくれなかった。
「けちー」
「はぁ、わざわざこちらからちょっかいをかけなくとも、この戦の最中にあれらの力はいくらでも見られるだろう」
その言葉にはっとした。こちらの考えていた事をいとも簡単に読み取ったから。さすがは冥琳。
「確かにそうね。んー、貸しを作る機会でもあればいいけど」
「なら祭殿に頼んでみたらどうだ?」
「これくらいの賊なら大したことないし……。まあいいわ。やめとく」
そこまでする気がなくなった。多分このままでも大丈夫。
「どうして――それはあれか?」
「そ……勘よ。じゃあもうちょっと戦場で働いてくるわ」
「気を付けてな。大丈夫だと思うが」
滾る血を抑えるために、愛するあなたのために。そして我らが悲願の一歩のために、ね。
†
前方の敵後陣からはまばらに賊がやってくる。やはり門を開きたいのかいまいちこちらに対処しきれていない。
この西側を狙ったのは正解だった。敵先陣は薄く、統率も今までに比べて粗雑。後は俺達がいち早く敵を殲滅し、孫策軍と並んで門をあけるだけ。
突撃力のある鈴々を先端に、俺と愛紗は左右を。気付けばいつの間にか陣は簡易鋒矢陣に変わっている。雛里と朱里の指示か、さすがだ。
もうすぐ抜ける、と思ったその時、敵後陣が突如討伐軍側に向かい突撃してきた。
「急にみんなこっちに! 落ち着いて迎撃するのだ!」
「鈴々、秋斗殿。なにか変だ」
相手の士気が上昇している。明らかにおかしい。
「伝令! 後方諸侯軍、黄巾賊本隊と思われる部隊と交戦開始! 敵将、張角を名乗っています!」
「なんだと!?」
「曹操殿はどうした!?」
どういうことだ、これは。
「それが……他の所でも張角を自称するものが現れていまして、曹操軍は未だに他の張角と戦闘しているようです」
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