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愛と哀しみのラストショー

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第三章


第三章

 それから俺達は毎日みたいに会うようになった。俺の店に来ることもあれば教えてもらった彼女の白い別荘まで。そこは本当に俺なんかとは住んでいる世界が違う大きな別荘だった。こうした別荘も昔から見ているがそれでも驚いた。まさかこんな別荘を持っている女の子と付き合うなんて夢にも思わなかったからだ。
「いらっしゃい」
 彼女は俺を別荘の中に案内するとあの白い服で出迎えてくれた。笑顔も白くて夏の日差しよりも明るかった。
「あ、ああ」
 俺はその別荘に来て凄く戸惑っていた。
「何か。凄い別荘だね」
 辺りをキョロキョロと見回しながら言う。
「驚いた?」
「まあな」
 俺は素直に答えた。
「こんな凄い別荘にいるとは正直思ってなかったから」
「言ったのに」
「けれどさ」
 それでも驚くものは驚くものだ。
「実際に見てみるとよ」
「驚くことないのに」
 彼女は優しく微笑んでこう言った。
「今は私の家なんだから」
「君の?」
「ええ、この夏だけはね」
 彼女は言った。
「私の家なの」
「そうなんだ」
「そして私の家であるのはこの夏だけなの」
「どうしてなんだい?」
「うん、ちょっとね」
 ここで彼女は何かを言おうとした。けれどそれを止めてしまった。
「いえ、何でもないわ」
「何だよ、つれないな」
「御免なさい。それよりあがる?」
「よかったら」
「それじゃあばあやにお茶を入れてもらうから。リビングに行きましょう」
 ばあやときたものだ。どうやら本当にお嬢様らしい。少なくとも俺なんかとじゃ住んでいる世界が全然違う。そうした人は一杯見てきたがこうして付き合うのは本当にはじめてだった。だから余計に戸惑った。
 リビングに案内してもらうとここもまた白くて綺麗な部屋だった。外も白くて綺麗だったけれどここもそれは同じだった。何か本当に別世界にいるようだった。
 俺は何か居心地が悪くなってきた。俺みたいなのがいる世界じゃないと思ったからだ。けれど彼女はそんな俺ににこりと笑って言ってくれた。
「お菓子も出すわね」
「あ、ああ」
 出て来たのはケーキだった。生クリームに苺やオレンジを飾ったまた女の子らしいケーキだった。ケーキが出て来たところでそのばあやさんがお茶を持って来てくれた。
「どうぞ」
 出されたのは紅茶だった。そして同時に熱いミルクもあった。
「ロイヤルミルクティーだね」
「ええ」
 これはわかった。俺の家は喫茶店だ。だからこのロイヤルミルクティーも知っていた。何から何まで白かった。夏の暑い日差しも空気も涼しく感じられる程だった。
 飲んでみた。俺の店で出すのよりもずっと美味かった。ケーキもだ。素材がいいだけじゃない。作り方も煎れ方もそいじょそこいらのなんて比べ物にならない程だった。
「どうかしら」
「いや、これは」
 正直喫茶店の人間としちゃ複雑な気持ちだった。
「美味しいよ」
 けれど素直にこう答えた。ここまでいいケーキや紅茶なんてそうはないからだ。悔しいがそれは認めるしかなかった。
「とても」
「そう、よかったわ」
 彼女はそれを聞いて顔をほころばせた。
「喫茶店の人だから。何て言われるかわからなかったのよ」
「うちの店のより美味しいよ」
 俺は言った。
「こんな紅茶もケーキもそうそうないから」
「そうかしら」
「そうだよ」
 俺はまた言った。
「ここまで美味しいのは。そうはないよ」
「ふうん」
 だが彼女はそれがよくわかっていないようだった。
「そうかしら」
「舌が慣れてるのかな」
 俺はそう思った。
「だから。案外わからないのかも」
「私はそうは思わないけれど」
 けれど人間なんてのは自分のことは案外わからないものだ。彼女もそうかも知れない。
「けれど嬉しいわ。うちのお茶やケーキが美味しいって言ってくれて」
「それはどうも」
「飲んで。まだあるから」
「うん」
 俺達はお茶とケーキ、そしておしゃべりを楽しんだ。本当に何か違和感があったけれどそれも次第になくなってきた。そういうことが何回かこの別荘でも俺の店でもあった。俺達はどんどん親密になっていた。
「なあ」
 俺は浜辺で遊んでいた時に彼女に言った。
「来年もここに来るかな」
「それは」
 彼女はそれを言われると一瞬戸惑った顔を見せた。
「どうかな。何なら俺の方からそっちに行くけれど」
 俺はさらに言葉を続けた。
「またさ。一緒にいようよ」
「この夏だけじゃなくて?」
「そうさ」
 俺は答えた。
「また来てくれよ。それかずっとここに」
「ええ」
 けれどそれに答える彼女の顔は何処か寂しげだった。

 
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