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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第41話 「変わりゆく人々」

 
前書き
最近急に寒くなりましたねー。
皆様、お風邪など引かれませんように、気をつけてください。 

 
 
 第41話 「人の形、心の形」

 フェザーンからオーディンに向かって、一人の女性が旅立った。
 僧頭の迫力のある豊麗な女性だ。
 一見すれば、美人と称されるだろうが、そう呼ぶには不釣合いな、全身から、他を圧するような雰囲気を漂わせている。
 一種の覇気すら感じさせる女性。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムか……。自らの手で、意志で、歴史を作り出す男。ようやく帝国に、瞠目すべき男が現れたらしい」

 薄っすらと笑みを浮かべ、女性は呟いた。
 女性の名は、アドリアナ・ルビンスカヤ。
 ルビンスキーに成り代わり、フェザーン自治領主の座を虎視眈々と狙っていた。が、後継者と見られていたルビンスキーは、自治領主にもなれず、鬱屈した日々を送っているのに対し、彼女は自ら動き出す。
 フェザーンという巣穴から黒狐ではなく、女狐が顔をだした。

 ■アレックス・キャゼルヌ■

 まったく、やりたいほうだいな皇太子のせいで、いまや同盟は、しっちゃかめっちゃかだ。
 捕虜交換の影響が出始めている。
 いまだハイネセンに到着していないというのに、だ。
 帝国に帰還した捕虜と、同盟に帰る兵士とでは、かなり温度差がある。
 兵士達の同盟に対する不信感は強い。
 誰がどうのという話ではなくて、帝国の兵士達と自分達の扱われ方の差に、不満が出ているのだ。
 皇太子は自国の捕虜を取り戻すべく、自ら動いた。
 翻って同盟はどうだった?
 動いていない。
 皇太子の誘いに乗っただけだ。

「やってくれるな、あの皇太子。サンフォード議長が、帰還兵の機嫌を取ろうとしているらしいが、うまくいっていないようだ」
「そりゃそうでしょう。皇太子は兵の機嫌をとろうとは、していませんからね。あくまでこれからの帝国は、こうなると示しているだけです」

 捕虜になっても胸を張れ。
 恐れるな。堂々としろ。
 帝国は諸君らを取り戻すべく、手を尽くす。か……。

「いぜん、親父が書いた文にこういうのがありました」
「うん?」
「例え同盟が辺境を、いかに破壊しようとも、帝国は辺境を見捨てぬ。この発言に皇太子の、統治者、改革者、そして君主としての姿勢が表れている」
「ああ、あったな。皇太子の発言か」
「怖い発言です。帝国同盟双方に対して、明確なメッセージを放ったようなものですから」

 同盟が辺境に手を出せば、解放軍としての建前を失い。帝国側は門閥貴族の横槍を防ぐ。
 最前線に近い辺境に、資本を投下するのは、誰もが及び腰になっていた。
 だが、この発言以降、資本の投下が増え、辺境の開発は進んでいる。いまや辺境は、改革の見本とでも言うべき位置にある。
 これでは、同盟も辺境を攻められん。平民階級を敵に回す事になる。
 改革を通じて辺境開発を行っている皇太子。その辺境を破壊しようとする同盟。民衆がどちらを支持するのか、これほど簡単な問いかけはないだろう。
 答えなどすぐに出る。
 頭の痛い話だ。

 ■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 ジークフリード・キルヒアイス■

 宰相閣下がいない間、私とラインハルト様は皇帝陛下に呼ばれた。
 場所は薔薇園だった。
 陛下の私的な空間。
 ここに呼ばれるなど、門閥貴族でもそうそうないらしい。
 女官に案内され、やって来たら、すでにフレーゲル男爵が席に座っていた。
 ラインハルト様と目があったフレーゲル男爵が視線を逸らす。まだ蟠りがあるらしい。そう簡単には割り切れないのだろう。難しい問題だと思う。

「まあそう固くなるでない」
「はっ」

 陛下がフレーゲル男爵に向かって、鷹揚に話しかけられた。
 こういうところは宰相閣下とよく似ておられる。
 さすが親子というところだろうか?

「ラインハルトとジークフリードも座るとよいぞ」
「はっ」
「はい」

 私達も席を勧められて、腰掛ける。
 なんといおうか居心地が悪い。宰相府とは大違いだ。
 あそこでは誰が椅子に座っていても、気にはしないし、不思議でもない雰囲気が漂っている。

「そなたらを呼んだのは、他でもない。これからの帝国についてじゃ」

 陛下がおもむろに、頷きつつ話し出した。
 それにしても、これからの帝国についてとは……。いったいどういう事だろうか?
 私達は権力者でもないどころか、まだこどもと呼ばれる年だ。

「不思議に思うやもしれぬが、大事な事じゃ」
「と、仰いますと?」

 フレーゲル男爵が一度、私とラインハルト様に目をやってから、陛下に向かって問い返した。

「うむ。いまルードヴィヒが帝国改革をしておるが、ルードヴィヒの代だけで改革が終わるほど、簡単な事ではあるまい。二代、三代と続けていかねばならぬ」
「なるほど、仰るとおりです」

 ラインハルト様と私は、顔を見合わせてしまいましたが、フレーゲル男爵が深く頷きます。

「そして卿らは、新しいこれからの帝国にふさわしい貴族とならねばならぬのだ。それが如何なるものなのか、予にもはっきりと見えておらぬ。じゃが、貴族も変わらねばならぬのは確かじゃ」
「新しい帝国にふさわしい貴族……」

 フレーゲル男爵の声が震えています。
 何を思っているのか?
 しかし平民が変わっていくように、貴族もまた変わらなければならない。
 平民に権利を与えるというのは、そういう事なのだと、陛下が仰っています。
 口には出してはいませんが、宰相閣下もそれを解っておいでなのでしょう。
 それが解らぬほど、愚かな人だとは思いません。

「これからは貴族である事を鼻に掛け、平民を見下す事は許されぬ。そうじゃ、ルードヴィヒだけでなく、帝国そのものが許さぬ」
「では、我らはどのようになるべきなのでしょうかっ!!」
「分からぬ。予には分からぬのだ」

 フレーゲル男爵が、叫びにも似た口調で陛下に迫りました。
 普通なら不敬と取られるだろう態度ですが、その必死な面持ちであるために、私もラインハルト様も何もいえませんでした。

「ただ……克己心が試されるであろう。そして自己を律する事が重要になる。我が侭放題ではいかぬじゃろうな」
「自律、自主、自立か」
「ラインハルト様?」

 ラインハルト様が呟きました。
 それは同盟のアーレ・ハイネセンが説いたという、同盟の精神では?

「ラインハルトの言う通りかも知れぬ」

 陛下が深く頷きます。
 ですが、言うは易く。行なうは難しです。

「そうかもしれない。だけど、見本はある」
「誰だ?」

 陛下がラインハルト様に問いかけました。

「ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム」
「ルードヴィヒか!」
「皇太子殿下!」

 陛下と男爵が異口同音に口にしました。
 驚愕に彩られた声です。ですが、ラインハルト様は、どこか誇らしげな声でした。
 そうです。ラインハルト様にとって皇太子殿下は、兄のようなもの。普段はあれやこれやと反発しても、仲の良い、好きな兄なのです。

「口調を改めさえすれば、確かに見本となる。口調さえ改めれば!」

 ラインハルト様が口を尖らせて言いました。
 素直に認めるのが悔しいのでしょうか? 素直じゃありませんね。
 だけど、皇太子殿下は冷静で、我慢強く、先に先にと考えています。公務は厳格でありながら、私生活は寛容。そして鷹揚でもあります。
 一言で言えば、強い人です。
 精神的にも肉体的にも。その在り様が強さを感じさせる。
 確かに新しい帝国に、ふさわしい貴族像と言えそうでありますね。

「そうか……ルードヴィヒか……」

 陛下の口調もどこか誇らしげです。
 ご自分の息子が見本となりえるのは、嬉しいのでしょう。

 陛下との謁見が終わり、私達は薔薇園から立ち去ります。
 ノイエ・サンスーシの廊下を並んで歩いていると、不意にフレーゲル男爵が、口を開きました。

「私は新しい帝国にふさわしい貴族になるぞ」

 ラインハルト様に向かって話しかけたようにも、自分自身に言い聞かせているようにも見える。

「簡単ではなかろうが、生涯を賭けて成し遂げてみせる」

 フレーゲル男爵が持つ、強烈な貴族としての自負心が、向かうべき方向を見定めたようです。

「ぜひ、そうなって欲しい」
「無論だ」

 ラインハルト様の言葉に男爵が深く頷きました。
 新しい帝国にふさわしい貴族。
 本当にそうなったとき、男爵は誰もが認める帝国貴族と呼ばれる事でしょう。

 ■総旗艦ヴィルヘルミナ リッテンハイム候爵■

「Komm,susser Tod」

 宰相閣下が書類を見ながら、なにやら呟かれている。
 それとも歌っておられるのか?
 それにしても、甘き死よ、来たれとは、ずいぶんやさぐれておられるようだ。

「ちょーむかつくーって感じー」

 遠路遥々イゼルローンまで来たというのに、書類からは逃げられぬ定め。
 やさぐれてしまうのも分からなくもない。
 しかし宰相閣下というよりも、皇太子殿下は不思議なお方だ。
 高貴さと同時に野趣を持っておられる。
 本質的には自堕落な生活を好む。
 成りたいが、成ってはいけない男の見本というべきだな。
 もし真似るとしたら、嵐に立ち向かう強さ。一歩、前に踏み込む力。それだろう。
 それがこのお方を形成する核だ。
 何もせずに皮肉げに笑う男ではない。
 倒れるときは前のめりに倒れる。不様だろうが、情けなかろうが、前に進むお方だ。
 私に息子がいれば、やはりこのお方のようになって欲しいと思う。
 そうならば安心して、リッテンハイム侯爵家を任せられる。ブラウンシュヴァイク公爵も同じだろう。どこかにこのような男がいないものか?
 いればザビーネの夫として、喜んで迎えるのだがな。

 ■宰相府 ジークフリード・キルヒアイス■

「へいっ!」

 宰相府に戻っていた私達を、アンネローゼ様の陽気な声が出迎えた。
 その途端、床にへたりこんでしまうラインハルト様。
 私も足が崩れ落ちてしまいそうだ。
 この頃、アンネローゼ様のはっちゃけぶりが、さらに増してきたような気がする。
 それにしても真っ赤なドレスを纏い、カスタネットを叩く姿にあごが外れそうになった。
 やはりあれか、カルメンを見た影響かっ?

「先ほどまでの爽やかな気持ちが、一気に汚濁に塗れてしまった気分だ」
「ええ、解ります」

 私も同じ気持ちですよ、ラインハルト様。
 自ら、新しい帝国にふさわしい貴族になろうと、決意された人物がいる。
 はっきりとした形もわからず、それでもなお、手探りで、あるべき姿を探し、前に進もうとする高潔な意志。
 その清冽な意志に触れ、すがすがしい気持ちで帰ってきたというのに……。
 台無しです。
 なんてこったい。

「何をへたり込んでいるのですか、ラインハルト?」
「腐った貴腐人なんか、きらいだー」
「腐ったとは失礼な。男の娘のくせに」
「誰のせいですかっ!!」

 アンネローゼ様とラインハルト様がにらみ合っている。

「本当の自分を曝け出しただけでしょう?」
「それこそ失礼な物言いです!」
「自分を偽らなくてもいいのですよ」
「偽っていません!! 姉上こそ、まともに戻ってください。このままでは新しい帝国に、ふさわしい女性になれませんよ」
「何を仰るうさぎさん。これからは女性も自由に生きてよいのです」

 かんらかんらと笑うアンネローゼ様。
 自由の意味が違うと、ラインハルト様が呟かれます。
 そうでしょうね、自由と無秩序は違うでしょう。無軌道無分別な女性では、いけないような気がしますし……。
 部屋の隅でマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様が、怯えた目で、アンネローゼ様を見ています。

「ジークぅ~」
「マルガレータ様。大丈夫ですか?」

 思わず駆け寄ってしまいました。

「アンネローゼが怖いの……」
「大丈夫ですよ、ジークがついていますから」
「うん」

 こくこく頷く、マルガレータ様。
 ああ、この腐った宰相府の中にあって、このお方だけでも守って差し上げなくてはっ!!

「ジークは幼女趣味?」
「失礼な事を言わないで下さい!!」

 ひしと、しがみついてくるマルガレータ・フォン・ヘルクスハイマー様を、背中に庇いつつ、アンネローゼ様に言い返します。
 ああ、なぜ、この様なお方になってしまったのでしょうか?
 前はこんな方ではなかった。
 人は変わる。帝国も平民も貴族も変わっていく。
 だけど必ずしも、良い方向に変わる人ばかりではないのかもしれない。
 その事を今、痛切に感じていました。
 
 

 
後書き
連休中にもう一話ぐらい更新したいなー。
クリスマスの予定は、鍋ぐらいだし!!
やる事ないし。
さみしくなんかない!!
彼氏の愚痴なんか、聞きたくないわー。
けっ!!
気分はクリスマスを通り越して、おせち料理の心配をしてるのさー。 
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