皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第40話 「番外編 ちょっとだけ前の事」
前書き
今回は番外編です。
ハニハニってなんでしょうね?
第40話番外編 「たまらないぜハニハニ」
「ルードヴィヒ」って知ってるかい?
昔、銀河系でイキに暴れまわってたって言うぜ。
長い戦争で、世の中荒れ放題。
油断していると背中から、ばっさりだ。
「だれが何て言ったって、すべてうまくゆくさ」
広大なノイエ・サンスーシの一角。
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは、ソファーに寝そべっていた。
昨夜の酒が残っている。
頭が痛い。
二日酔いだった。
中途半端に悩み、どうしようかと決められずにいる。
本音を言えば、銀河帝国なんぞ、どうなろうと知ったこっちゃない。
智に働けば、角が立つ。
情に棹さば、流される。
意地を通せば、窮屈だ。
とかくこの世は住みにくい。
昔……生まれ変わる前、つるんでいた奴が、言っていた言葉を思い出す。
死ぬっていうのは、好きな人にも、会いたい人にも会えなくなるって事だ。
だから死ぬのは怖くない。そういう風に生きてきた。
それはルードヴィヒも同じだ。
「あいつらも俺と同じように、どっかで生まれ変わっているのかね」
口元に笑みが浮かぶ。
俺もあいつらも、性根の腐ったろくでなしだったからなー。
どこに生まれ変わっても、性根は変わっていない。どいつこいつも纏めて、死んだからな。向こうの世界じゃ、清々したと思われているだろう。
どうしたもんかね~。
コトッと足音がかすかに聞こえた。
扉越しにも感じる殺気。
肌を突き刺す冷たい気配に、ルードヴィヒが反応する。
考えるより早く、体が動いた。
素早くクローゼットの中に身を隠す。
息を殺し、気配を探る。
男か女か?
どこにでも皇太子を殺したいと思う奴はいる。
男も女もそうだ。
魑魅魍魎の跋扈する宮廷育ち。
それを心地好いと感じる自分は、やっぱりあいつらと同様の“ろくでなし”なのだろう。
来たのは女のようだ。
そうだろうな、宮廷には女の方が入り込みやすい。
たかが皇太子を暗殺するために、入り込むとはご苦労な事で。
部屋に入ってきた女が、部屋の様子を探っている。
ルードヴィヒの姿が見えない事に、眉を顰めているようだ。
チッと舌打ちをして、部屋から出て行った。
クローゼットからルードヴィヒが出て行こうとした瞬間、足元から一発の弾丸が転がり落ちた。
古い火薬式の弾丸だった。
妙にゆっくりと落下していく。
なんでこんなもんがと、思いながら動きをみつめる。
静かな部屋の中、落ちて床と当たり、転がる。
その音がやけに響いた。
やばい。
部屋の外の足音が止まる。
女も気づいたようだ。
ルードヴィヒはとっさに、壁に設置された脱出口に目をやる。
扉がゆっくりと開かれていく。
振り返ると女官姿の女と目が合う。
黒い髪。鋭い眼光。引き攣ったような口元。暗殺のために訓練された者特有の、荒んだ気配。
ルードヴィヒの口元に笑みが浮かぶ。
楽しげな笑みを見た女の動きが、一瞬戸惑ったように止まった。
その隙を逃さず、ルードヴィヒは脱出口に飛び込む。
狭い空間の中を、ガラガラと音を立てて落ちていく。
頭上をブラスターの火線が通り過ぎていった。
女も飛び込んでいたようだ。狭い空間を二人が落ちていった。
一足先に、底に到着したルードヴィヒがそばにあった銃を手に取る。昔使っていた火薬式とは違うが、グリップはスッと手に馴染んだ。
「舐めんなっ!!」
脱出口に向かって引き金を引く。
幾重にも重なり、貫く光。
この程度で死ぬとは思っていない。
ただ黙って殺されるような甘ちゃんと、思ってもらっては、困る。
そして再び、ルードヴィヒは姿を隠した。
■ ■
女が底に到着した。
暗い部屋の中にルードヴィヒの姿はない。
見えなかった。
舌打ちをした。
「こそこそと逃げ回るとは、それでも銀河帝国皇太子かっ!!」
女があざけるような声を上げる。
馬鹿にした声だ。
だが部屋の中からは、物音一つしない。
うまく気配を消している。
バカにされて、それですぐに頭に血が上って、飛び出してくるような門閥貴族のバカ息子と、皇太子は違うようだ。
それどころか場慣れている。
女の顔に、初めて緊張が浮かび、首筋に汗が流れ出す。
一歩、足を踏み出した。
足のつま先に、鋭い痛みが走った。
目を向けると、そこには鋲が撒かれている。尖った先を上に向けられて撒かれている。
殺意。
女は皇太子が、自分を殺そうとしている事を感じた。
抵抗しているのではなく。殺し合いをする気なのだ。
自分が狩る側ではなくて、狩られる側になった事を初めて知った。
女の顔に怯えが走る。
足が竦んだ。
それでも引き金を引く。
皇太子の姿は見えない。
だが反射音で居場所が分かった。
「そこかぁ!!」
女が吠えた。
痛みを堪え、憎しみに彩られながら、女は走る。
薬を使っているのか、調度品を素手で、破壊しながら皇太子に向かい走る。
鏡を打ち壊す。
銀面が砕け散った。
女の目に飛び込んできたのは、拳だった。
みちっと嫌な音が聞こえる。
骨を砕く音ではない。肉を打つ音だ。
鼻が潰された。
呼吸が苦しい。
「がぁっ!!」
女の足が跳ね上がった。頭上から襲い掛かる。
皇太子が左腕一本で、女の足を受け止めた。笑みが浮かんでいる。
「ぼけっ」
軸足を狩られる。
転がり逃げる女を追いかけ、皇太子の足が蹴りを放つ。
ぞくりと産毛が逆立った。
戦慄にも似た気配が背筋を駆け抜ける。
女は受け止められないと、とっさに判断し、自ら倒れこんだ。
空を蹴る足が通り過ぎた。
皇太子の体勢が崩れる。
軸足を絡めとろうとしたとき、皇太子が飛んだ。
女の思惑に気づき、逃げたのだ。
それでも隙ができた。その隙に女は立ち上がる。
転がる皇太子に向かい、今度は女が蹴りを放つ。
かわされた。
同じように倒れこんだのだ。
だが違うのは、下から蹴りを放ってきた事だ。
しかし、かわせる。
女は首を振ってかわす。
かわされた筈の足が、女の首を引っ掛けるようにして、横転する。
皇太子が自ら転がった。
その動きに巻き込まれ、女の体も動く。
グキッと首の骨が軋む。
二人して倒れこんだ。
こんな部屋の中でなければ、抱き合っていちゃついているようにも、見えただろう。
ただやろうとしていることは、殺し合いである。
皇太子の肘が女の胸部を打つ。
ギシッと骨の砕ける音が聞こえた。
折れた骨が肺に突き刺さり、女は血を吐いた。
同時に足が跳ね上がる。
狙いは金的だった。
「ぐぅっ」
皇太子の口から初めて、悲鳴にも似た声が漏れる。
拳で足を迎え撃つ。
指が折れた。女の足の指も折れた。
勢いを失った足を掴み、捻る。
靭帯が音を立てて、引きちぎられる。
女の体が引き攣ったように痙攣していた。
皇太子が跳ね飛ばされる。
「殺す殺す殺す殺す」
うわ言のように女が呟いていた。
口からは血と涎が混じったものが、滴り落ちる。
奇声を上げる。
足は奇妙な形に、捩れている。
とても走れまいと思われるのに、走っていた。
女をかわした皇太子が背中を叩く。
倒れ転がった女の手元に、指にブラスターが触れた。
笑みが浮かぶ。
蹲った女は、素早くブラスターを抱え込む。
皇太子は動かずに、その場で立っている。
「けっけっけっけっけっけ」
奇声とともに振り向いた女の手には、ブラスターが握られ、いきなり引き金を引いた。
光が皇太子の腹を貫く。
「あ、がぁ……てめえ……やりやがったな。良い度胸だ」
倒れこんだ皇太子が転がりながらも、ブラスターの火線から逃れようとする。
それを追いかける火線。
逃げ回っていた皇太子の手にも、ブラスターが当たった。
仰向けになった皇太子の手に、ブラスターが握られ引き金を引かれた。
ブラスターの火線が女の体を貫く。
「……あ、がぁ……」
火元に向かい、引き金を引いたが、そこにはすでに皇太子の姿はない。
再び光が女を貫いた。
「知ってたか? 皇帝っていうのはな。古来一番強かったろくでなしの、成れの果てだ」
皇太子の声が聞こえる。
皇太子が何かを言っている。
女に向けられたものではないらしい。
人一人殺しながら、この場にいない誰かに向かって話している。
「結局、俺もあいつらも性根の腐ったろくでなしだ。なら、ろくでなしはろくでなしらしく。好き勝手にやらせてもらうぜ」
女が事切れる寸前、そんな言葉を耳にした。
■ ■
ルードヴィヒが血を滴らせながら、地上に戻ったとき、ノイエ・サンスーシはいつも通りだった。
何も変わっていない。
貴族は笑いさざめき、いつも通りの魑魅魍魎の跋扈する宮廷でしかなかった。
皇太子が死のうが生きようが、何も変わらないのだろう。
いや、皇太子が死んだとき、きっと原作の銀河英雄伝説が始まる。
ラインハルトやヤン・ウェンリーの活躍する物語。
ルードヴィヒは壁にもたれながら、そんな事を考えていた。
「悪いが、お前らの出番はなさそうだ。そう簡単に死んでやるものかよ。好き勝手させてもらうぜ」
そう呟くと、ルードヴィヒは歩き出した。
広大で壮麗なノイエ・サンスーシの廊下に、血を滴らせながら……。
自らの足跡を刻むように歩く。
その後には流れ落ちる血が点々と続いていた。
後書き
今週は誰にも取られてないぞー。
といっても、当たり前の事ですか?
性根の腐ったろくでなしさんは、
わたしが某理想郷で書いていた主役の男の子です。
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