魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
Ep8プレシア・テスタロッサ~Mother~
†††Sideルシリオン†††
「結界王アリスの名に基づき具現せよ、一方通行の聖域!」
“ジュエルシード”を再度停止させるために使った最高位の結界術式、一方通行の聖域は、かつて人間だった頃の戦友、“アンスール”が1人である結界王アリスの固有魔術だ。“界律”によって使用制限を受けているのその術式を、俺はこの場を終息させるために自分の体を無視して使用した。
「づっ・・・! うぐっ・・・!」
この結界の効果は、結界内に閉じ込めた対象の魔力行使を全てキャンセルするというもの。結界内では一切の魔力・魔力を使う能力が使えなくなるため、閉じ込められたら最後、どうすることも出来ない。だが、結界外からは結界内に好きなだけ魔力干渉が行える。
それゆえに“一方通行”の聖域と呼ばれる。どれだけ強い魔術師でもこれに囚われたら、もう逃げることは出来ない。事実、俺もアリスが敵だった頃にこの結界を使われ殺されそうになった。
――界律の制限より逸脱した術式及び魔力が使用されています
第四の力、天秤の狭間で揺れし者・ルシリオンに警告
すぐさま使用している術式を停止せよ
停止せよ 停止せよ 停止せよ 停止せよ 停止せよ
さもなくば現時刻より60秒後 第四の力の全機能を
強制的に停止させます――
“界律”から警告が出される。だが言うことを聞いて止めるわけにはいかない。今はこちらの方が重要だ。それに放っておけば、この世界にも大きな悪影響が出るのは間違いない。“界律”、お前を守ってやろうとしているんだ。これくらいは見逃せというんだ。
「あと・・・少し・・・!」
桃色に輝く正八面体の結界に閉じ込められた“ジュエルシード”から徐々に光が失われていく。その一方、俺の方も体の至る所から血を流している。先ほどから激痛が体を襲っている。口、目、鼻と、頭部の穴という穴から出血中。これは少しまずいかもしれない。
「がはっ、くっ、フェイト! 今だっ!」
“ジュエルシード”が再び休眠状態に入ったことを確認し、魔力と術式を封印し直してからフェイトに呼びかける。あぁ、仮面や聖衣の中が出血ですごいことになっている。気持ち悪いことこの上ない。
「う、うん!」
フェイトは俺の使った術式に驚いていたがちゃんと立ち直り、“ジュエルシード”の封印を終えた。結果的に言えば俺たちの勝ちだった。俺は治癒魔術のラファエルを使いながら、フェイトとアルフの元へと向かった。
†††Sideルシリオン⇒シャルロッテ†††
ルシルが結界王アリスの術式を使った。ルシルの固有術式と並ぶほどの結界術式は、“界律”からの制限を受けているはず。それを無視しての発動なんて自殺行為もいいところよ。
(きっと何かしらのペナルティは受けたわよね、彼・・・)
それを証明するかのようにルシルは足元が覚束ず、フラフラな足取りでフェイト達の元へと歩み寄っていく。夜だからというのあるし、身に纏っている衣服が全部黒ということもあって、外から見る分では出血が目立たない。でもきっと中はひどい有様なはずだわ。
『こんな無茶をして、死ぬつもり!?』
私はリンクを通してルシルに呼び掛ける。一歩間違えば、ルシルは間違いなく消滅していた。
『・・・し・・・死ぬと・・・は・・はぁはぁ・・・思って・・・いない・・・』
念話にすらまともに答えられない。相当なダメージを受けてしまったみたいね。私は「・・・バカ」とルシルの背中に向けて悪態を吐く。フェイトの隣に立ったルシルが、彼女と何か話してから去っていった。もう見送るしかない。今回も負けてしまったわ。ルシル達の姿も完全に消えて、私もなのは達の元へと向かった。ぼうっとしていた2人に「・・・なのは、ユーノ」呼びかける。
「え? あ、うん。・・・あ、そうだ、シャルちゃん。私ね、フェイトちゃんと少しだけお話できたよ。ちゃんと名前も教えてあげれたし」
「・・・そう、か。うん、良かったわね、なのは」
嬉しそうに、でもどこか物悲しいような表情を浮かべたなのはがそう報告した。そうだわ。ルシルより今はなのは達のことを考えないと。今の敵はルシル。味方であり、私の友達のなのはのことを最優先。
「今日は・・・もう帰ろうか」
「うん!」
こうして私たちも家路についた。ユーノの強い視線をこの身に受けながら・・・。
†††Sideシャルロッテ⇒フェイト†††
さっきからルシルがフラフラしているから、途中からはアルフに頼んで運んでもらった。家に着いた途端、私の目の前でルシルが倒れた。一瞬なにが起きたか理解できなかった。
「「ルシル!?」」
私とアルフが突然の事態に驚いて、ルシルの名前を半ば叫ぶように呼んだ。苦しそうにしているルシルの顔を見るために仮面を外す。そして、「っ!?」私とアルフは息を呑んだ。仮面を外した瞬間、大量の血が溢れてきたから。いきなり目の前が真っ赤になって、アルフと2人して顔を青くして呆然としてしまった。頭の中が真っ白になる。けど、「ごほっ」ルシルが血を吐いたことでかえって冷静になれた。
「(しっかりして、フェイト・テスタロッサ!)アルフ! 治癒魔法を!」
「あ、ああ!」
2人して慣れない治癒魔法を発動。
(死なせない! 絶対に死なせない!)
ルシルが私たちに与えてくれた楽しい時間。いつも美味しいご飯を作ってくれて、いつもアルフと口喧嘩して、最終的にはアルフが先に手を出し、殴り合いの喧嘩になってルシルが負けて愚痴をこぼし、アルフもそれが楽しそうで、そんな2人を見る自分もすごく楽しかった。
「「ルシル!」」
時には軽く模擬戦をして、簡単に負けて、それが悔しくて何度もぶつかるけどそれでも勝てなくて、するとまたアルフが喧嘩腰になって・・・の繰り返し。たぶんルシルはこの“ジュエルシード”の一件が終わると去っていっちゃうんだと思う。
初めはそんなに気にはならなかった。けど私たちは、ううん、私はもうルシルがいないと・・・ダメなんだ。これからもずっと一緒にいたい、そう強く願う。だから、死なせない、これでお別れなんてさせない!!
†††Sideフェイト⇒ルシリオン†††
夢を見る。夢だとハッキリと判る。
(ここは・・・セインテストの居城グラズヘイムの庭先・・・?)
俺が立っているのは生前(正確には現在瀕死中で封印中)に住んでいた、グラズヘイム城の庭園だ。そして体は子供のものではなく、元の大人の姿だ。
「なんで今更こんな夢を・・・?」
夢なんて見るのはいつ以来だろうか? しかも“界律の守護神テスタメント”になる以前の夢なんて。そんなことを考えていると、「今のは・・・?」目の端で複数の影を捉える。確認するために少し歩く。辿り着いた庭園の真ん中の休憩スペースに居たのは、それは懐かしき家族であり戦友たちだった。
「・・・シエル、フノス、イヴ姐様」
実妹の、拳帝シエル・セインテスト・アースガルド。無属性重力系魔術のエキスパートで、肉弾戦最強の魔術師。
魔道王フノス・クルセイド・アースガルド。あらゆる魔術師の頂点に立つ、まさに魔道の王。
風迅王イヴィリシリア・レアーナ・アースガルド。イヴ姐様は、風嵐系においては最強の魔術師。
私の前に居るのはその3人だけじゃない。
「ジーク。カーネル。レン。ステア。セシリス・・・」
雷皇ジークヘルグ・フォスト・ニダヴェリール。雷撃系最強の、盲目の魔術師。
地帝カーネル・グラウンド・ニダヴェリール。土石系最強の魔術師。
冥祭司プレンセレリウス・エノール・スヴァルトアールヴヘイム。数少ない霊媒魔術師。
白焔の花嫁ステア・ヴィエルジェ・ムスペルヘイム。炎熱系最強の大魔術師。
炎帝セシリス・エリミング・ムスペルヘイム。ステアと同様に炎熱系最強と謳われる魔術師。
「カノン。フォルテ。アリス・・・」
殲滅姫カノン・ヴェルトール・アールヴヘイム。私と並ぶ最強の砲撃魔術師。
呪侵大使フォルテシア・アウリアス・スヴァルトアールヴヘイム。闇黒系最強の魔術師。
結界王アリス・ロードスター。結界術式においては正に王の二つ名通り、最高位の術者。
そして・・・
「シェフィ」
シェフィリスの愛称。蒼雪姫シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム。氷雪系最強の魔術師で、最愛の女性。そのシェフィが振り向く。
「っ!?」
(なんで、なんで泣いているんだシェフィ・・・? どうしてそんな瞳で俺を見てくるんだ?)
他のみんなもそうだ。何故さっきまで笑顔だったのに、何故か今は泣いている。
「どうして!? 何故泣くんだ!?」
そう叫んでしまう。シェフィ、君の泣き顔なんて見たくはない。するとみんなが俺の周りに集まりだす。みんなの表情はやはり悲しそうなもので。
「泣いてるのはあなたなんですよ。気付かないのですか? ルシル」
フノスがそう告げてくる。俺が・・・泣いている?
「ルシル様はここで何をしているのですか?」
横からはカノンが俺を見上げて聞いてくる。
「兄様はまだここに来ちゃダメ。だからもう帰らないといけないの」
妹のシエルが涙を流しながら微笑んでいる。
「界律の守護神としてではなく、ルシルとしてあの子の側にいてあげろよな」
幼馴染で大親友で共に腕を磨いた、プレンセレリウス――レンが肩を組んできた。それは無理な話だよ、いつか俺は役目を終えて、あの子の前から・・・この世界から消える。
「確かに。えっと、フェイトだっけ? あの子は将来美人になるでしょうね。だからといって、今手を出さないようにねルシル。戦友の中から性的犯罪者なんて出るなんて許さないから」
お前はいつまで経っても俺をからかうんだな、ステア。
「ねぇ、ルシル。いつまでも私たちの復讐なんて考えないで。私たちはルシルの幸せをいつでも、いつまでも願っているんだから」
もう涙を流していないシェフィが綺麗な微笑みで俺を見る。これは夢なんだぞ、ルシリオン。おそらく自分の都合の良い夢。そう言い聞かせる。でもまた、みんなに逢うことが出来た、だからすごく幸せな夢だ。
「さぁ、行っておいでルシル。別れのその一瞬まであの子の味方でいてあげて」
ああ、判ったよ、イヴ姐様。目の前が白色に染まる。消えていく、みんなが消えていく。でも俺は振り返らない。あの世界で役目を終えるその一瞬まで、フェイトとアルフの側で俺は戦い抜く。
†††Sideルシリオン⇒フェイト†††
「ルシル!? あたしが判るかい!? フェイト! ルシルが目を覚ましたよ!」
ルシルが起きたって、アルフが大声を出して私を呼んだ。私はお風呂でルシルの血に濡れたタオルを洗っていて、「ルシル! 大丈夫!?」急いでルシルの元へ戻る。ルシルが目を覚ました安心からか、私の目から涙がポロポロと零れ落ちた。もう目覚めないかと不安だった。よかった、本当によかったよ・・・。
「・・・フェイト、アルフ?・・・あぁ、すまない。なぜか判らないけど、泣かすようなことしてしまったようだ、ごめんな」
(え? もしかして覚えていないの?)
アルフと顔を見合わせてみる。けど、それは当然かもしれない。あんなにいっぱい血が出ていたんだ。記憶に障害が出ちゃうくらいのダメージがあってもおかしくない。
「本当だよ! あたし達が必死で治癒魔法を使ったから、あんた、今こうして生きてんだよ!」
アルフが襟首を掴んでルシルを揺さぶる。
「ア、アルフ!? それはまだダメだよ!」
つい、まだ、とか言っちゃった。今でも後でもあんまりやってほしくないのに。何はともあれルシルは目覚めた。ようやく緊張が解けて気が抜けた私は床に倒れこんで、そのまま眠ってしまった。
†††Sideフェイト⇒シャルロッテ†††
「レイジングハートの方はどうなってるの? ユーノ」
今、私はなのはの部屋に来ている。フェイトのデバイスとの衝突。それに暴走した“ジュエルシード”の魔力の衝撃波によって大ダメージを受けた、“レイジングハート”が気になったからだ。
「ん? うん、かなり破損が大きいけど、きっと大丈夫。今は自動修復機能をフル稼動させているから、明日には回復すると思う。だから、なのはもそんな顔しないで。絶対大丈夫だから」
「うん、ごめんねレイジングハート。守ってくれて、本当にありがとう」
どうやら“レイジングハート”は大丈夫のようね。これで一安心だわ。なのはは自分を守ってくれたことに最大の感謝を言って、明日に備えて寝ようとした。だったら私もそろそろ休もうと思って自分の部屋に戻ろうとしたそのとき、「シャル、ちょっといいかな」とユーノが私を呼び止めてきた。
「何、ユーノ?」
「魔術師って何なんだ? あんなデタラメな力を見せられたら気になるじゃないか?」
ユーノの声色に含まれているのは、以前まであった好奇心ではなく、これは魔術師への・・・恐れ。ユーノの真剣な、そして畏怖の見え隠れする瞳を覗き込む。私に向けて恐れを見せている瞳。少しばかりショックだった。そういう目で見られるのは慣れているのに、友達と言うだけで心が痛む。
「以前話した通り、よ。あなた達と同じように魔力を使って術を発現させる。それ以下でもそれ以上でもない」
「・・・本当に?」
「ええ」
ユーノから疑惑の視線が消えた・・・というよりは弱まった、かしら。悪いけど、事細かな説明は苦手だし、教える必要もない。知ったとしても万人が扱えるような代物じゃないから。それに、現状ですべてを説明したところで結局は無駄になるわ。だから今は真実を口にせず嘘を吐くしかない。
「明日も学校だからゆっくり休むようにね、なのは」
「あ、うん。おやすみシャルちゃん」
「おやすみ、なのは。ユーノ」
そうして私は自室へと戻った。嘘を吐き続ける罪科に唇を噛みしめながら。
†††Sideシャルロッテ⇒ルシリオン†††
翌朝、フェイトが母親の居るところへ報告をしに行くと言ってきた。フェイトの母親。きっと良い人なんだろう。素直で母親思いのフェイトを見ていれば判る。今から彼女の母親に会うのが楽しみだ。俺の母親、だけでなく父親も、俺にとっては両親とは思えない他人のような存在だったからな。
「楽しみだな、フェイトの母親か。良い人なんだろう? アルフ」
「良い母親? アイツはそんなんじゃないよ! アイツは・・・!」
フェイトがその場に居なかったから、知っているであろうアルフにそう聞いてみた。するとアルフは突然激昂。まさか、そんな牙を剥いて怒鳴ってくるとは思わなかったから戸惑った。今の言葉の真意を知るため、「なぁ、アルフ・・・」からフェイトの母親の話を最後まで聞いてみようとしたところで・・・
「アルフ? どうしたの。大きな声が外まで聞こえていたよ?」
フェイトが例の包みを持って帰ってきた。母親へのお土産だ。フェイトは母親へのお土産を買って来ると言ったから俺も一緒に行こうとしたら、バインドを使ってまで俺をソファに強制的に寝かせた。“界律”からのペナルティダメージはもう治っているんだが、フェイトは決して俺を出掛けさせようとしなかった。バインドで俺を拘束したあの時のフェイトは・・・鬼だった。
「お土産も買ったし・・・行こうか、アルフ、ルシル」
「・・・うん」
「ああ」
マンションの屋上へ移動し、フェイトが転移するための準備に入った。そして転移魔法の詠唱を終えると、俺たちはこの世界から消えた。そして辿りついたのは、妙な空間に浮かぶ巨大な島のような場所だった。まず真っ先に思ったのは、何だここは?と、気持ち悪い!の2つだった。後者の原因はすぐに判明する。それは、契約中の世界から勝手に出て来てしまったため。
――第四の力、天秤の狭間で揺れし者・ルシリオンに警告。
現在、契約を行っている世界・“地球”より許可なく離脱中。
至急、帰還せよ。帰還せよ。帰還せよ。帰還せよ。
帰還せぬ場合、この場での使用可能能力を1%まで制限する――
“界律”からそのような警告が出されるが無視だ、無視。そもそも戦闘になるわけがないだろう。ただフェイトの母親に会いに来ただけなのだから。だがやはり「気持ち悪い・・・。フェイト、アルフ、先に行っていてくれないか?」軽い眩暈を起こしながら2人に言う。
「え、大丈夫なのルシル? もしかして昨日の怪我が・・・」
「そうなのかい!? だったらついて来なくても・・・いや、それはダメか・・・」
「治まるまで待っていようか・・・?」
「その方が良いと思うよ!」
2人が心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。俺の勝手でフェイトの母親を待たせるわけにもいかない。だから「俺は大丈夫。少し休めば、すぐに追いつく」と告げる。
「追いつくって・・・ルシル、場所知らないでしょ?」
「あ」
そうだった。こんな広いところで1人になって迷子なんて、あまりにも恥ずかしすぎる。フェイトやアルフの魔力を探査して辿れば簡単なんだが、能力を1%まで制限されてしまっている所為で、今の俺は大して役にも立たない魔術師見習いレベル・・・というより一般人だ。
(このままフェイト達が報告を終えるのを待つという選択肢もあるんだが・・・)
いや、フェイトに世話になっている身として、母親に挨拶をしなければ失礼か。むぅ、報告を遅らせるか、挨拶もせずに帰るか。どちらも失礼に値するじゃないか。さぁどうしようかと本気で頭を悩ませていると、フェイトが「うん」と頷いて俺とアルフを交互に見た。
「アルフ。ルシルに付いててあげて」
「え・・・!? フェ、フェイト!? そんなんじゃフェイトが1人で・・・」
(何だ? アルフの様子がおかしい。フェイトを1人にしたからといってどうなるんだ・・・?)
「私は大丈夫だから。ルシル、ゆっくりで良いからね。あとで私の部屋へ案内するから」
「フェイト! 待ちな!」
アルフが最後までフェイトを引き止めようとしていた。何をそこまで焦っているんだ君は。フェイトは微笑みながら俺とアルフに手を振って、“ジュエルシード”の獲得数について報告するために母親が居るであろうところへと歩いて行った。それを見送り、俺はその場に胡坐をかいて座り込んだ。この気持ち悪さは、地球に帰るまで治まらないだろうな。
「ああ、行っちまったよ! どうしよう! フェイトが1人であのババアに会いに行っちまったよ!」
(先ほどから一体何を・・・。というか、ババアって、フェイトの母親のことを言っているのか・・・?)
どうもアルフの様子がおかしい。マンションの時からフェイトの母親に対して嫌悪感を、いやもっと深い・・・そう、憎悪を抱いている。俺は「もう大丈夫だ。アルフ、行こう」と言って、立ち上った。正直な話、歩くだけでもかなり辛いが、胸騒ぎがし始めたから気にしていられない。
「おっそい! 急ぐよ、ルシル!」
「あ、おい! アルフ!? 何をそんなに急ぐんだ・・・!?」
アルフが急に走り出したから、「どうしたんだ! アルフ」鈍い体を押して俺も走り出す。どれくらい走っただろうか。辿り着いたのは長い廊下、先には大きな扉。そしてその中から聞こえてくるのが・・・
「何だ? 何なんだ? どういうことだ!? アルフ!」
聞こえてくるのは悲鳴。それもフェイトの悲鳴だ。フェイトの悲鳴の他に聞こえてくるのは、鞭のようなしなる物で何かを叩く音。決まっている、フェイトを叩いているのだ。では誰がそんなことを。この“時の庭園”とやらに居るのは、俺とフェイトとアルフ。そして・・・フェイトの母親だけ。
「だから・・・あたしは、フェイトを1人で行かせたくなかったんだよぉ。フェイトの母親、プレシアは何か気に入らないことがあると、八つ当たりするみたいにフェイトを傷つけるんだよっ。でも今回はいつも以上に酷い! 一体何なんだよ!? なぁ、ルシル! ジュエルシードって、一体なんだって言うんだよっ!」
アルフが俺の両肩を掴んで揺らし、「どうして!?」泣きながらそう怒鳴ってくる。そうだよな、悔しいよな、辛いよな、何も出来ない自分が許せないよな。だったら、「アルフ、フェイトを助けるぞ」と扉を見据える。
「ちょっ!? ルシル、正気かい・・・!?」
アルフが戸惑いを見せるが、そんな暇があるとは思うなよ、アルフ。俺は今すぐにでも乗り込むぞ。
「俺がフェイトを解放したら、アルフはフェイトを連れて部屋を出てくれ」
「・・・あんたは?」
「そのプレシアって女に用がある」
なおも続くフェイトの悲鳴と鞭の音。もうダメだ、これ以上フェイトの悲鳴を聞いていると・・・
(プレシアとかいう女の全てを殺したくなる)
俺の放つ殺気でアルフが少し怯えているようだが、今は抑えられない。
「いくぞ」
俺は今扱える魔力を片足に集束させ、扉を全力で蹴り飛ばす。ノックなどの挨拶などもう無用。今考えるべきことはフェイトの救出一点のみ。
†††Sideルシリオン⇒フェイト†††
母さんをがっかりさせちゃったから、私はお仕置きされているんだ。すごく痛いけど、私がダメな子だから仕方がないんだ。
「あなたはどこまで母さんを失望させる気!?」
母さんの振るう鞭の痛みに耐えていると、ドォーンっていう大きな音が聞こえて、それと一緒に埃がブワッと部屋の中に入り込んできた。何事かと思って顔を上げると、母さんは気付いていないのか、母さんの背後に立ち、すごく大きい真っ黒な大鎌を振り下ろそうとしているルシルが居た。
「・・・っ!? ダメ! ルシル!」
それはダメ。あんなので斬られたら母さんが死んじゃう。大好きな母さんが、大切なルシルによって殺される。私はそれが嫌で、必死に声をあげてルシルを止めた。
「っ!? 何なのあなたは!?」
母さんはようやく自分を斬ろうとしていたルシルに気付いた。母さんに当たるまであとちょっとのところでピタッと大鎌を止めたルシルが「アルフ!」を呼んだ。するとアルフが「フェイト!」私の名前を呼んで、一直線に私のところにまで走って来た。そしてルシルは手に持つ大鎌で私を縛っている魔力のロープを断ち切って、私をアルフに抱かせた。
「どうし・・て、ア・・ルフ、ルシル・・?」
「フェイトを守ると誓ったからな」
「遅れてごめんよ、フェイト。もう大丈夫だから」
アルフが謝る。そしてルシルが私を守るって、そう言ってくれた。嬉しい、すごく嬉しいと思った。私は今、きっと顔が赤くなっているかもしれない。心臓の鼓動がすごく大きな音に聞こえる。
「アルフ。フェイトは任せた」
「・・・ああ、ここは頼んだよルシル」
「ま、待って・・アルフ・・・! ルシル・・・!?」
アルフは私の声を無視して、すごい速さでこの部屋を後にした。ルシル。お願いだから、母さんは傷つけないで。そう伝えることも出来ずに私はそのまま気を失ってしまった。
†††Sideフェイト⇒ルシリオン†††
対峙するのはフェイトの母親、プレシア・テスタロッサ。フェイトからは優しい母親と聞いていたからこそ期待していた。だが実際はどうだ。実の娘にあんな酷い仕打ちをするような人間だとは。今ならアルフがあのマンションで言いかけた言葉の続きをハッキリと理解できる。
――良い母親? アイツはそんなんじゃないよ!! アイツは・・・!――
確かにそうだった。この女は最悪だ。
「もう一度聞くわ、あなた何者? 私に気付かせずに背後をとるなんて・・・只者じゃないわね」
「俺は、フェイトとアルフの槍、盾、そして翼。名はルシリオン。ジュエルシードの探索に協力している」
「そう、あの子はあなたのような協力者を得ていたのね。それだというのに、集めたのがたった4つなんて、ダメな子ね」
“ジュエルシード”を探すのだけでも大変だ。それだというのに、だと? この女は本気で言っているのだろうか、言っているんだろうな。だったら、文句があるなら自分でやってみるといい。
「フェイトとアルフはよくやっている。あの幼さでは十分すぎるほどだよ。俺が手伝っているとはいえ、あの2人はちゃんと自分で考え行動している。だからこそ、そんな頑張っている2人を侮辱することは絶対に許さない」
すでに怒りゲージはMAXを振り切り、粉々になっている。とっくに爆発してもおかしくないが、今はなんとか耐えろ俺。
「結果がついてこないと意味がないわ。だから、あなたも力を貸してちょうだい」
「協力は続ける。あの子たちのためにな。しかしお前のためと思うとやる気が一気に失せる」
「それでも別に構わないわ、ジュエルシードが手に入るならね」
今すぐこの場から去って、フェイトとアルフの顔を見て癒されたい。だが最後に言っておかねばならないことがある。
「ジュエルシードは本当にすごい代物だ。あれを複数同時に発動すれば、ある程度のことは出来るだろう。お前が何を企んでいるかは知らないが、あまり派手なことはしないようにしてくれ。さもなければ、世界はお前を敵と判断し、力技を以って潰しにかかってくるぞ」
「その心配はないわ。世界が何かをしてくるなんてことは有り得ない」
俺はその言葉を聞き、この部屋を後にする。有り得ない、か。ならば何故俺たち“テスタメント”が呼ばれたのだろうな。もう話をするのも億劫になってきたため部屋を後にしようとしたが、「おっと1つ言い忘れていた」その前に言っておかないといけないことがあった。
「ソレ、フェイトのお土産だ、ちゃんと食べろよ」
今度こそ、この部屋を後にした。よかった、感情に任せて殺すようなことがなくて、な。
†††Sideルシリオン⇒フェイト†††
体がすごく温かい。何かに抱かれているような、そんな温かみだ。それがすごく心地よくて、今にでもまた眠りについてしまいそう。けど、それに逆らって私は目を開ける。
「・・・ここは・・・?」
そこは見知っている天井。そう、ここはいつものマンションの一室で、私が使っている部屋だ。
「いつ帰ってきたんだろう? それにこれって・・・?」
私はベッドの上に寝かされていた。そして綺麗な蒼色の光がベッドを包むように、半球状に展開されていた。この光が、私が感じた温かみの理由みたい。見ていると安心できて、すぐ眠りそうになる。
「フェイト!?」
私が起きていることに気付いたようで、アルフが私に駆け寄ってきた。
「アルフ、私・・・どうして・・・?」
「ルシルがあの後、フェイトに治癒魔術を使ってね。って、すごいんだよルシルの奴。一瞬でフェイトの傷を治したからね。そんで、そのままこっちに帰ってきたんだ」
「それじゃあ、この蒼い光もルシルの魔術?」
「そうだよ。フェイトが良く眠れるようにってさ」
ルシルって何でも出来るんだね。そんなルシルにお礼を言おうとして気付く。ルシルの姿がない。もしかして私の部屋だからって遠慮しているのかな?
「ねえ、アルフ。ルシルは?」
「・・・ルシルは、ジュエルシードの魔力を感じたからって、1人でその場所に向かったんだ」
「・・・え?」
アルフが言ったことがすぐに理解できなかった。ルシルがたった1人で“ジュエルシード”の封印に向かった? アルフはそう言ったの? だってルシルに封印の術はないはずだよ?
それに、もしかしたらあの白い子たちが来るかもしれない。ルシルは確かに強い。でも、あの水色の髪の女の子と戦って、さらに白い子とも同時に戦うとなると・・・。とても嫌な予感。信じてはいるけど、でも心配でならない私は・・・。
ページ上へ戻る