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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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~出発~



「まったく、上は何を考えている。戦略研究課程を卒業した者を最前線に、しかも辺境の陸上勤務だと? そんな人事を考える奴も馬鹿なら、それを許可した人間も馬鹿だ。同盟は無能の集まりか?」
 狭い室内に響く野太い声とともに、テレビ電話ではワイドボーンが怒りの形相を浮かべたままに、愚痴をまくしたてている。

 士官学校卒業の立場から個室を与えてくれたのは、良かったのか悪かったのか。
 一緒にカプチェランカに向かう一般兵のように一部屋に押し込まれ窮屈な思いをする事はなかったが、一日中ワイドボーンの説教を聞くのは精神衛生上よろしくはない。
 二日目でアレスは自分の顔を録画して、それをテレビ電話に流すことにした。

 電話の向こうでは、録画されたアレスが神妙な顔でワイドボーンの説教を聞いていることだろう。
 アレスの人事から、部下の無能と上官の使えなさに愚痴が映ったところで、アレスはベッドの上に寝転びながら、本のページをめくった。

「まったく、上を見ても下を見ても無能ばかり。聞いているのか、マクワイルド?」
「ちゃんと聞いてますが。それは俺に怒っても仕方がないことでしょう」
「貴様も貴様だ!」
 どうやら藪蛇であったようだ。

 おさまっていた怒りがぶり返したように、ワイドボーンの声が大きくなった。
「主席でなかったとは言え、貴様の成績ならば、ある程度の希望は聞いてもらえたはずだ。それを配属先の希望なしでだすなど、聞いたこともない。だから、はめられるというのだ」
「そうはいいますが、それならどこなら良かったのです」
「貴様なら艦隊の作戦参謀の見習いや統合作戦本部の道もあったはずだ」

「結局、ワイドボーン先輩やヤン先輩の部下じゃないですか」
「贅沢を言っている場合かっ!」
 叫んだワイドボーンに、アレスは耳を押さえながら苦笑する。
「でも、カプチェランカは出来過ぎですけど、役職自体は悪いものですもないですよ。何せ見習いではないですからね」

「特務小隊で何を見習うつもりだ、馬鹿者」
 呆れた口調で、ワイドボーンは呟いた。
 特務とは名前こそ良いが、特別任務がなければ、何もやることがない。
 決まった仕事もなく、突然振り分けられる仕事は雑用であったり、厄介な任務であったりと様々だ。

 小隊の中に士官学校出の人間はいないし、さらに言えば他の小隊の小隊長も全員が兵卒あがりであった。カプチェランカのような辺境の最前線で、士官学校出の人間を探す方が難しいだろう。
 そんな場所で何を見習うというワイドボーンに、アレスは小さく笑った。
「そちらに行ったところで、最初はコピー取りに、定例の文書作成、あとは事務と雑用といったところでしょう?」
 それが無駄というわけではない。

 最初から誰もが仕事の進め方を知っているわけではない。
 慣れない場所で、コピーを取る事により先輩の仕事の内容を知る。
 定例的な文書を作成することによって、仕事の流れと文書の作成方法を学び、雑務や事務をする事により、人間関係を築く。
 そうして一年も経って中尉となれば、一人前として仕事ができるようになる。

 そんなシステムは、しかし、アレスにとっては無駄でしかない。
 基本的な仕事の進め方など前世で理解している。
 いま必要としているのはそんな基本的な事項ではなく、軍人という特殊な仕事の内容についてだった。それならばデスクで座って事務を進めるよりも、前線にいた方が遥かに学ぶことができる。

 残念なことに時間は有限であって、一年という期間はあまりにも貴重だ。
「なぜ見てきたようにいえる」
「間違えてはいないでしょう?」
「概ね正解だ。腹立たしい事にな」

 吐き捨てるようにワイドボーンは呟いた。
「ふん。まあ、いい。貴様に今更見習いが必要だとは思ってはいない。それよりもカプチェランカ基地の件だが、基地司令のクラナフ大佐はスレイヤー少将の部下だった方だ。公正ではあるが、少々士官学校出の人間には偏見を持っていると聞く」

「偏見ですか」
「現場第一主義というらしい」
「考え方自体は間違えてはいませんよ」
「無尽蔵に金が湧いてくるのならばな。現場は自分の命を考えればいいが、こちらはその費用対効果まで考えなければならないわけだ」

「費用対効果でいうならば、戦争などしなければいいのでしょう」
「それをいうな。話が終わってしまう」
 アレスの言葉に、ワイドボーンが苦笑する。
「ま、あちらの考えがどうあれど士官学校出の若造が好かれることはない。安心しろ――ところで、一つ聞きたいが」

「何です?」
「全く意味のないところで、その通りですというのは何とかならんのか。貴様が変わらぬ毒舌を言った後で、真顔でその通りですと言われれば、何か気持ち悪いものがある」
「そりゃ、録画ですから。相手の反応に応じてパターンを変化できるわけがないでしょう?」

「ああ。それはそうだな。納得したところで、もう一つ質問を良いか?」
「ええ」
 そう言いながら、アレスはそっと両耳に指を入れた。

「お前は人を馬鹿にしているだろう?」

 + + +

 ワイドボーンの説教が終わって、息を吐けば、アレスは手にしていた本に目を落とした。
 惑星カプチェランカ。
 イゼルローン回廊付近に存在する惑星であり、公転周期が六百六十八日。
 そのうち六百日以上に渡ってブリザードが吹き荒れる極寒の大地。

 そのため航空機からの陸上支援はほぼ不可能であり、陸上戦闘がメインとなる。
 こんな最低な環境に自由惑星同盟軍と帝国軍が双方集まって、戦闘を繰り広げているのは、良質な鉱物資源が存在するためだ。
 互いが互いに鉱物プラントの周囲に基地を置き、資源の採集と相手のプラントの破壊を続けている。

「まったく無駄な基地だ」
 と、アレスは呟く。
 資源問題は過去から続いているとはいえ、今更一惑星程度の鉱物が必要なわけでもない。
 ここでしか取れない鉱物資源が存在するわけでもない。
 先のワイドボーンの言葉でいう費用対効果ということを考えれば、一つの惑星に固執して犠牲を払うのであれば、早々に撤退して別の惑星の開発にその金を使った方が遥かに利益は大きい。

 しかし、撤退案がでないのは同盟の国内問題によるところだろう。
 イゼンローン回廊とフェザーン回廊を国境と考えれば、惑星カプチェランカは同盟側の領地であり、自領に存在する資源地であるという思いがある。そこを帝国に奪われたと聞けば、単純に腹立たしくも思うであろうし、次は別の領土を帝国に奪われるのではないかという危機感を感じてしまうのだろう。

 かといって、艦隊を繰り出してしまえば、大規模な大戦を誘発することになり、それは同盟も帝国も望んではない。一惑星の奪取だけを考えるならば、艦隊戦はあまりにも費用がかかり過ぎる。こうして、政治家の議題にカプチェランカ撤退案がのぼることもなく、ただただ小規模な陸上戦を続けることになる。

 現場とすれば無駄な戦いを強いられているようなものだ。ワイドボーンは偏見と言ったが、現場サイドとしては愚痴りたくなる気持ちもわかる。
もっとも、それが向けられるのは今回はアレスということになるのだが。

『まもなく惑星カプチェランカ外周部に到着します。総員はシャトルに向かい、離艦の準備を整えてください』
 機械的な音声が鳴り響き、到着を知らせる合図となる。
 惑星カプチェランカ基地に宇宙港などという有用な施設は存在していない。
 そんなものを出せば、基地の場所が一目瞭然であるし、何より外部からの攻撃によりすぐに破壊されてしまうだろう。カプチェランカ周辺に付けば、そこから小型のシャトルに分乗して、基地へと向かうことになる。

 荷物といっても、旅行鞄で二つほどを手にすれば、アレスは窓から外を眺めた。
 遥かかなたで小さく光る青い惑星がある。
 前世では宇宙旅行など夢物語であり、それこそ物語の中の世界でしか、見る事ができなかった。
 それが現実となって、存在している。

 考えていたような感動がないことが不思議であった。
 アレスにとっては宇宙旅行というものは初めてであるはずなのに、それが当然という思いがあるのは、テレビで宇宙の様子を当たり前に映す現実のためか。
 あるいは物見遊山ではなく、戦場に向かうのだと言う意識のためか。
 どちらにしても、遥か外に映る惑星は儚く、そして小さい。
 一瞥して視線を変えれば、アレスは扉に手をかけた。

「おっと、忘れるところだった」
 壁にのフックに吊るしていたベレー帽。
 自由惑星同盟軍の制帽であるそれを慣れないように頭にのせる。
 前世のイメージからかベレー帽にはいまだに慣れる事はない。
 そもそも帽子をかぶると言う習慣がないのだ。
 制服ばかりは帝国の方がいい。

 そう苦笑して、アレスは頭にのせたベレー帽を深くかぶりなおした。

 + + +

「長い上に遠いな。俺の第一歩がこんなところとは、ついていない」
「冷えますからどうぞコートを羽織ってください、ラインハルト様」
「これくらいどうってことはない。身体よりも心の問題だ、キルヒアイス」

 艦上から外に出て、硬質な音を床に響かせて歩く影があった。
 金髪と赤髪――まだ幼年学校を卒業したばかりの十五歳の若者だ。
 絹のような細い金色の髪と彫像のように整った顔立ち。
 顔立ちが若いために一見すれば女性とも見間違えそうな金髪の若者――ラインハルト・フォン・ミューゼルと同じく幼いながらも優しげな顔立ちをした少年、ジークフリート・キルヒアイスの二人だ。

 苦々しげな表情を隠さないラインハルトに対して、キルヒアイスは彼を落ち着かせようと言葉をかける。そんな姿が母親に心配される子供に思い、ラインハルトは一度は断ったコートを受け取って、身体に羽織った。

「先ほども申しましたが、単に悪いというだけの話ではないでしょう」
「君の悪いことに良いところを見つけるのは美点だと思うが、そこに良いところを探している時点で、それが悪いことであるというのはかえようがない事実だぞ」
「それはそうですけれど」

「まあ、愚痴が過ぎた、許せ。しかし……」
 時折現れる窓から、外を吹き荒れるブリザードの嵐に、ラインハルトは眉をひそめた。
 先ほどから轟々と鳴り響く風の音は、強化金属で囲われた基地施設ですらも吹き飛ばされそうな錯覚に陥る。空調が入っているはずの施設内ですらコートが必要となれば、外はどれほどの気温になるのか。

 我慢できないわけではないが、進んで我慢したくなるほどの性癖はラインハルトにはなかった。ましてや任地が、戦略的に無駄であると思っているラインハルトにとっては、なおさらだ。
「敵地にまで進出して資源採集をやらねばならないほどに、帝国の財政は逼迫してるのか」
「ラインハルト様。お声が大きいです」
「心配するな、キルヒアイス。誰も聞いてはいない。他のものは俺達をおいて、さっさと出ていったじゃないか」

 周囲の関わりたくないという態度は、あからさまなものであった。
 皇帝の寵妃の弟という立場を実感すれば、ますます苦いものがある。
 誰が進んでそんな立場になりたいと思うのか。

「では、ラインハルト様であればどうなさるのですか?」
「俺か。そうだな」
 一瞬不快気に眉をひそめたラインハルトは、キルヒアイスの言葉に少し考えた。
 そして、悪戯をするような子供の表情で、キルヒアイスを見上げた。
「惑星ごと吹き飛ばしてしまうのはどうだ。それならば勝った負けたと無駄な論争を繰り広げる必要もなければ、余計な出費をすることもあるまい。むしろ同盟の有人惑星と資源地を一つ失わせることにもなる」

「なかなかに独創的な案でございますが、それを行うには相当の地位が必要でしょう」
「わかっている。だからこうして、文句も言わずに辺境の惑星に来ている」
「その一歩となると思えば、苦労もむくわれるのではないかと」
「本当に優しいな、キルヒアイスは」

 なだめる言葉に、そこでようやくラインハルトは小さく笑みを浮かべた。

 
 

 
後書き
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