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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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アレスの卒業



『続いて、在校生送辞。在校生代表、リシャール・テイスティア候補生』
「はっ」
 言葉とともに立ち上がり、堂々とした様子でテイスティアが壇上へと歩く。

 士官学校卒業生、そして在校生や教官といった数千もの視線にあてられても、怯む様子もなく、テイスティアは前向いて歩いた。
 壇上に一礼、そして、卒業するアレスらを前にして、一礼。
 手にした紙がゆっくりと広げられて、テイスティアは言葉にする。

「厳しい寒さが過ぎゆき、穏やかとなる季節で卒業生の皆様方が晴れて、全過程を終了し、この士官学校を卒業することを、在校生一同心よりお祝い申し上げます」
 呟いて、テイスティアはゆっくりと周囲を見渡した。
「我がことながら、入校当初の私は幼く、弱い、一人の人間でした。私の同学年の人がいれば、そうだろうと頷くでしょう。しかし、先輩方はこんな私に多くのことを教えてくれ、多くのことを……問いかけてくれました」

 テイスティアは静かに言葉をおいた。
「先輩――私達はそれに答える事ができましたか」
 尋ねた問いに、誰もが小さく微笑する。
 そんな様子にテイスティアはゆっくりと首を振った。
「卒業生の先輩方からすれば、我々はいまだ幼く、弱い、存在かもしれません。不安を感じられておられる方もおられる事でしょう。しかし」

 強く呟いた言葉。
「我々はこれからも成長していきたいと思います。皆様の配属先で、卒業した私達を見て、任せて良かったといっていただけるように。再び皆様に会える日まで、我々は努力していきたいと、ここに誓います」
 そして、深く頭を下げる。

「――在校生代表、リシャール・テイスティア」
 叫ぶように呟かれた言葉。
 それに対して、一拍置いて拍手が始まった。

 小さな拍手は、やがて、会場中に広がって、テイスティアの嗚咽をかき消した。

 + + +

「良い式だったね」
 スーンが外に出れば、眩しい日差しに目を細めた。
 笑いかけるように背後の二人を見れば、同じように目を細めている二人がいる。
「感動した?」
「そうだな、テイスティアが卒業するのが楽しみだ」

「またいじめるんだから。たまには褒めてあげなよ?」
「たまにはな」
 小さく笑ったアレスに、スーンが肩をすくめた。
「で。アレスはどこに配属になったのさ?」
 尋ねたのは配属先だ。

 スーンは後方勤務基地での配属が、フェーガンは七十二陸戦連隊への配属が決まっている。このまま一年ほどは実務を学び、中尉への任官とともに、それぞれ戦場へと向かう事になる。すでに決まっていたことであったが、アレスはいまだに二人に配属先を明かしていなかった。
「カプチェランカ基地だそうだ」
「……え」

 言葉にスーンとフェーガンが顔を見合わせた。
 その言葉の意味を正しく理解して、スーンが目を開いた。
「カプチェランカって――それ、最前線じゃないか!」
 言葉に、アレスは苦笑する。
 通常、新規に配属される者は見習いとして先輩について仕事を学ぶ。

 そこでようやく一人前といわれるようになるのだ。
 前線ともなれば、仕事を学ぶことなどできない。
 そんなところに、普通は新兵を配属などさせない。
 ましてや、戦略研究科を卒業したエリートを送る事などない。
「なんで」

「嫌がらせの上手い人間がいるらしくてね」
「嫌がらせとか、そういうレベルじゃないでしょ!」
 我がことのように怒りだすスーンに、アレスは肩をすくめた。
「いずれは行かなければいけない場所だ。早めでも問題はない」

「死にたいの、アレス?」
「死にたいわけじゃないよ。でも、結局のところどこでも同じだろう?」
 苦笑したアレスに、諦めたようにスーンが息を吐いた。
「死ぬ可能性があるってこと理解している?」

「ああ。だが、それは誰だって同じことだろう。それとも死ぬのが嫌だからといって、別の人間にカプチェランカ行きを任せるか?」
「俺なら問題ない」
「――お前なら一人で相手の基地を全滅させそうだな」
「む。任せろ」

「本当に任せたくなるな。ま、でもいい経験と思うさ」
 赴任が決まった本人にそこまで言われれば、スーンも返す言葉がない。
「わかったけど。でも、生きて帰ってきてよね」
「ああ。約束するよ」

 頷いた言葉に微笑んで、ふとスーンが顔をあげた。
 まだ言いたげであったフェーガンの脇を突いて、にっと笑う。
「さて。僕はこの後挨拶したい教官がいるから、フェーガンもくるでしょ?」
「ん、俺はこの後は特によて……」

「いいから!」
 腕を引っ張れば、フェーガンは不本意そうにそれに突き従った。
「じゃ、元気でね。アレス」
 しばらくの別れにしては実にあっさりとした様子に、アレスは苦笑する。

「何だ、あいつらは」
 と、呟いた背後に、気配がした。
 振り返る。

 そこには無表情に、アレスを見ている少女がいた。

 + + +

「ご卒業おめでとうございます、アレス先輩」
「ああ。ありがとう、ライナ」
 唐突の言葉に対して、礼をいうアレスに、ライナは頭を下げた。
 銀色の髪がゆっくりと揺れて、戻る。

 気を利かせてくれた先輩方に感謝の視線を送れば、遠くでこちらを見ているのがわかった。まるで動物園の猿のようとライナは思ったが、誰かに遠くで見られるよりも、アレスに正面から見られる方が緊張する。
 らしくないですね。
 アレスに視線を合わせながら、ライナは小さく息を吸った。

「後ろで伺いました。カプチェランカに行かれるそうですね」
「ああ。ま、生きて帰ってくるさ」
「当然のことです」
 ライナの眉が不愉快そうにひそめられる。
 普段表情を顔に出さないライナが、珍しく表情を変える。

 ただし、怒ることもなく、まるで拗ねた子供のようだった。
「何か、すまない」
「先輩が謝る事ではありません」
 唇を尖らせる表情に、アレスは困ったように頭をかいた。
 小さく笑えば、ますますライナの機嫌は悪くなる。

 ごめんとアレスが小さく謝ると、仕方がないとばかりにライナは息を吐いた。
 表情を緩める。
「カプチェランカの地は冷えると聞きます。お身体にはお気を付けください」
「ありがとう。そちらもな」
「学校生活で気をつけることもないと思慮いたしますが」

 言いきってから少し考えて、ライナは唇をあげた。
 悪戯気な笑みだ。
「これからは一人で無理だと思ったのならば、少しは助けてもらおうと思います」
「それでいい」
 アレスの手がライナの頭に伸びた。

 唐突に感じた暖かい手に、ライナは小さく目を細める。
「子供ではありません」
 再び口を尖らせれば、ますます子供のようだとアレスは思った。
 それを口にすれば、おそらくは本当に怒りそうだったのでやめておく。
 細く甘い匂いのする髪の感触を感じながら、二度ほど撫でれば、手を止めた。
 名残惜しげに髪を整える。

 そして、ライナは表情をそのままにしてアレスの顔を覗きこんだ。
「先輩は……?」
「ん」
「先輩はどのような副官が理想だと考えられますか」
 一瞬の迷い。しかし、その後に続く言葉はしっかりとした質問だ。
 真剣な表情で問われる問いに、アレスが目を開く。

「いきなりだな。今から副官について考えても仕方がないだろう?」
「端的に、私が学生の間でお聞きするのは今しかないかと思慮いたします」
 まあ、そうだがとアレスは苦笑した。
 おそらくは卒業前に話す事はこれが最後だろう。
 カプチェランカにいけば容易にハイネセンと連絡も出来ない。

 そう思えば、彼女の真剣な問いにアレスは考えた。
 もっとも理想的な副官は、理想的な指揮官と同様に曖昧な答えしかないのだが。
「指揮官のタイプによって、理想とするところは違うと思う。リン・パオ提督に、ぼやきのユースフがついていたようにな。もし、あそこにアッシュビー提督がいたとしても、上手くはいかなかっただろうね」
 同じようにヤン提督にフレデリカ・グリーンヒルがついた原作のように。

 彼女が副官として優秀であったのは、決して参謀としての実力があったわけではない。単純にヤンの生活を含めた壮絶な事務能力の欠如を補った形だ。
 これがライナであれば、難しいかもしれない。
 事務の遂行能力自体は負ける事はないが、フレデリカのように他者への配慮という、対人関係においてヤンの持ち合わせていない面を全て補えはしないだろう。

 だから。
「指揮官を見るのではなく、指揮官の見つめる先を見ると良い」
「見つめる先ですか」
「その指揮官が何を思っているのか、何を成したがっているのか。それを理解することができれば、その指揮官に必要とされる能力も理解できると思う」
「何を成したがっているか、ですか。それは難しい事ですね、自分の能力では解決できないかもしれません」

「必要があると思うのならば、頑張ればいい。それでも無理だと思うのならば、諦めて別の指揮官に仕えればいい。ま、副官なんて所詮は自分が指揮官になった時にどうするか勉強する通過点でもあるし、堅苦しくなく考えなくてもいい。ライナ候補生なら誰でも副官になってもらいたいと思うさ」

「では、アレス――先輩はっ」
「え?」
「アレス先輩はどう思いますか。私はっ!」

「卒業日和だな、アレス・マクワイルド!」

 + + +

 ライナの呟きかけた言葉を奪ったのは、アンドリュー・フォークの笑いだった。
 遠くからアレスを見つければ、上機嫌な様子で声をかけた。
 そんな声にライナの目が、フォークを向いた。
 一緒の取り巻きが思わず歩みを止めるほどの強い視線。
 人でも殺せそうな視線だった。

 しかし当のフォークは気付いた様子もなく、笑顔のままで二人に近づいた。
「優秀なものは羨ましいな。士官学校からいきなり前線とは十年ぶりのことだそうだ」
「随分とお詳しい。説得のためにわざわざ前例を探すのは大変だったろう?」
「なに。そんな大した労力ではない。資料を見るのは得意だからね。ん、なんだ、フェアラート候補生。いたのか?」

「端的に、検査の必要があると存じます。頭の」
「相変わらずだな」
 ライナの視線にようやく気付いて、フォークは頬を歪めた。
 しかし、それだけですんだのは本人が上機嫌だから、であろう。
「ま、今日はめでたい卒業式だ――多少のことは大目に見てやろう」

 呟いて、フォークは唇をゆっくりとあげた。
 アレスを舐めるように、顔をあげて見下すように見る。
 ゆっくりと手を広げれば、言葉を出す。
 確実に伝わるように、ゆっくりと、正確に。

「私は統合作戦本部の人事課に配属されることになった。裏方の仕事で残念だが、いたしかたないことだ」
「なるほど」
 全て納得したようなアレスの言葉に、フォークが笑みを広げた。
 フォークは単に士官学校だけに手を広げていたわけではない。フォークからすれば、学校だからと何もしていない人間の方が愚かに違いがない。

 そこまでは想像すらしていなかったが。
 呆れと共に吐きだしたアレスのため息に、フォークは笑みを止めた。
 代わりに真っ直ぐに向いた視線が、アレスを見る。
 真剣な目だった。

「これが貴様と私の差だ、アレス・マクワイルド。そして、これからも」
 はっきりとした断言とともに、アレスに指を突きつけた。
 それは見下すような言葉。
 ライナも、スーン達も、誰もが聞けば不愉快に感じたであろう言葉。

 しかし、アレスだけにはそうは聞こえなかった。
 子供のような、必死の叫び。
 痩せ我慢をして、他ならぬ自分に言い聞かせている。
 原作で子供のようだと評された彼を思い出せば、決して笑うことも怒ることもできない。彼の真剣な言葉に、対してアレスは笑いを消して、向きあった。

 彼の真剣な言葉に対して。
「ああ。そうだな、次は負けない」
「皮肉だな、アレス・マクワイルド。だが、聞いておこう――君に勝ち目はないだろうが」
 アレスとフォークの視線の交わりは一瞬。

 すぐにフォークが踵を返せば、歩みを始める。
 歩きだす背をみれば、やがてライナが口を開いた。
「端的に申し上げます。私はあの方は好きません」
「俺も好きではないな」

 正直なライナの言葉に、アレスは微笑で答えた。

 + + +

 結局、答えは聞けなかった。
 チャンスを逃せば、もう一度話しを振ることも出来ずに、しばらく世間話をして、ライナはアレスと別れる事になった。

 残念だと、小さく息を吐けば静かに振り返る。
 そこに見つけたクラスメイトの姿に、ライナは眉をひそめる。
「なぜ楽しそうなのです、グリーンヒル候補生?」
「ふふ。フェアラートさんの珍しいところをみれたなって」
「それはよう御座いました」
 歩くライナを追いかけるように、フレデリカは隣に並んで歩く。

「いい式だったね。私も頑張らなくちゃ。フェアラートさんに負けないくらい」
「それは無理でしょう」
「どうして?」
「今まで私は頑張ると言う必要を感じませんでした」

 ライナは呟いて、隣に立つフレデリカを見下ろした。
 冷たい視線が、追いかけるようにいなくなった場所へと向かう。
「しかし、私は隣に立って恥じないように、頑張りたいと、そう思っています」
「それは、私も同じだよ」
 ゆっくりと首を振りながら、フレデリカも視線を遠くへと向ける。

 エルファシルの英雄といわれ、いまだに戦場に立つ人を思い。
「今回の――戦術シミュレート大会で私は自分の実力に気づかされた。だから、頑張りたいとそう思えたから。負けないわ」
「お互いに道は険しそうですね」

「ええ。でも、だからこそやり甲斐があると思うの」
「前向きですね。ですが……嫌いではありません。グリーンヒル候補生。私の事は、これからライナと呼んでください」
 そんな言葉に、フレデリカは目を丸くした。

 そしてゆっくりと微笑む。

「ええ。私のこともフレデリカと呼んでくれると嬉しいな」

 
 

 
後書き
お待たせしました。
エピローグについては書き直しをしたため、一日ほど遅くなってとなります。
第二章の終了となります。

引き続き第三章となりますが、
ストックをためる関係で、再び1~2週間ほどお待たせすることになるかと思います。
ご迷惑をおかけしますが、これからもよろしくお願いいたします。
 
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