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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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後輩、散る者



私こと、日朔真綾が先輩―――霧嗣先輩と出会ったのは、中学生の時であった。

中学に入学してから直ぐの頃の話だ。
私はその頃から既に、物事に対して歳の割りに達観していた。
自身の周りで起こる事柄に無頓着であり、全ての事象が灰色に見えていた。

人を寄せ付けない氷の様な冷たい雰囲気を放ち、周囲の人間に対して、私は極度に距離を取っていた。

何を話しかけても対応はするが、冷たい機械の様に対応する。
何時しか、私はそんな対応をしていた為か“ロボットガール”と呼ばれ、蔑まされていた。

そんな私に最初は興味を惹かれて、傍迷惑ながらも勝手に人が集まり、次第に飽きて、そして離れて行った。
私は動物園の珍獣か…と、無関心ながらもそう思っていた。
私的に、学園生活の妨げになる存在だった為に、人が遠ざかった事には安堵はした。

そんな私だが、これまた傍迷惑な事にコアな人種には需要があったらしい。

常に物憂げな表情を浮かべた、深窓の令嬢の様な美少女。
私はよく、昔から容姿だけは一流的であると言われてきた。
まぁ、自身でも解っているがこの性格だ。宝の持ち腐れであると、私自身も思う。

そんな私の姿にその人種は心を擽られるとかなんとか。正直興味も無かった。

とある日の事であった。
私の事を好きだと告げる上級生に、文字通り私は告白された。

当然の様に、即答でお断りをした。恋愛沙汰など、当時の私は興味など無かったのだ。
それが気に喰わなかったのか、その上級生はしつこく食い下がり、最後には力に物を言わせようとした。

そんな時の事だった。
私が先輩と、暮桜霧嗣という少年と出会ったのは…。

私はその上級生より、先輩に助けて貰った。
学園物の小説やドラマではそこから二人の恋物語に発展して行くものだが、当時の私は特に先輩に対して、恩以外のものを感じたりはしなかった。

どうせもう会う事もないだろうと、社交辞令的に頭を下げてその場を切り抜けた。

だが、その日の翌日。私は先輩と出会う事になった。
それは私が周囲から解放されて、漸く一人になれる時間である昼休みの事だ。

暖かい春の陽気。その日は何となく、外で昼食を取りたい気分であった。
学校に備え付けられた施設である、中庭や庭園は人が多くいるので却下。
私は、人気の少ない裏庭で昼食を摂る事にした。そこで先輩と二度目の出会いを果たしたのだ。

二度目の出会い。
そうは言うが、ただ同じ空間で共に食事をしただけだ。

そこに会話などはなかった。軽く昨日の事について会釈する位だ。
先輩も私も一人で、そこには学園という穏やかな場所には不釣合いな、不気味とも言える静寂が支配していた。

だが、私にはその静寂が逆に心地よかった。
まるであらゆる枷から外されたかの様で、解放感を私は感じていた。

それから私は、昼食は裏庭で摂る様になった。
そして何度目かの昼休みの事だった、先輩が私に話を掛けてきたのは。


それが、始まり。
私と先輩の関係の…そして、私という人間の始まりだった。

色褪せて見えていた景色に徐々に色を、私の心に感情を灯す事になる、劇的な出会い。






1







それからはぎこちないながらも、口下手ながらも、会話をする様になった。
誰かと身近になって話す事など、今までの私の人生の中ではあり得ない事だった。
一番身近であり、遠い存在である両親ともそんな話などした事はなかった。

そんな先輩と過ごす時間、交流を、私は知らぬ内に大切なものであると感じ取っていた。
そして、彼が所属する同好会にも所属する事になった。今の大学のサークルの前身になった存在だ。

先輩は普通の中学生ではなくて、“揉め事処理屋”と呼ばれる仕事を学業と兼用していた。
私を助けたのは、その普段の仕事の職業病の様なものであると。

その時ほど、人に感謝した事はない。
私に力で物を言わせようとした上級生。その存在がいなければ、私は先輩と関わる事はなかったと。

中学時代。
霧嗣先輩や他の私が気心を許せる人達がいた時間は楽しかった。
本当に、楽しいと思う刹那は瞬く間に過ぎて行く。それを永劫味わっていたいとすら思った。

彼らが卒業してからの学生生活は、また灰色の日々。ロボットガールとして日々を過ごした。

高校、そして大学は先輩や皆がいるという理由で同じ高校・大学を選んだ。
何時の間にか、私という人間の大多数を先輩が占める様になっていた。


―――だけどもう、その先輩も“この世界には存在”しない。


どういう訳か、嘗ての仲の良かった人々も先輩の事を忘れてしまっている。
まるで世界から消された様に、私以外の誰もが彼の事を覚えていない。

だから…だから、私は……。






2







真綾side
《某所・交差点》


今日の天気は雨であった。
ここ数日間の間、空は灰色に染まって、空より怒涛の如くの雨が降り注いでくる。


「…………」


私はただひたすらに、長い時間の中を待っていた。

雨で濡れそぼつ衣服や髪など気にせずに、ただ私は其処にいた。
濡れた冷たさが身体を襲う。だが、それ以上に私の心は冷たくなっていた。

先輩が命を落とした交差点。其処はまるで事故などなかった様に、綺麗になっている。

先日確認した事だが、先輩という人間はこの世界には存在しない事になっていた。

長い付き合いのある卒業した先輩達も、霧嗣先輩の事など知らなかった。憶えていなかった。


―――暮桜霧嗣という存在は、初めから世界に存在していなかった?


何故だか、世界はそうして回っている。
私一人だけがおかしくなったのか?


「……そんな、訳はない」


否、私は否定する様に首を左右に振る。
確かに先輩はこの世界に存在していた筈だ、私の傍にちゃんと存在していた。

私はしっかりと覚えている。
言葉よりも、記憶よりも、この手が憶えているのだ。

嘗て先輩と繋いだこの手が、先輩を…あの人の事を憶えている。


「……私は、貴方を独りにはしません」


ずっと言いたかった事が、伝えたかった事が私にはあるのだから。
これは昔、先輩にふと質問をした時の事だ…。






3







「ねぇ、先輩?」

「んっ、どうした真綾?」


黄金色に染まる、サークルの部室。その日はどういう訳か、私達二人だけであった。

先輩はパイプ椅子に体育座りをしながら、窓より入り込む西日によって染まる天蓋を見上げていた。

首だけを動かし、私の言葉にそう答える先輩。
私はそんな彼に、当時読んでいた小説の疑問を口にした。


「人って、死んだら何処に行くんでしょうね?」


それは窓より入る西日の光が私を感傷的にさせたのか、何時の間にか口を伝って言葉となっていた。
それに先輩は一考する様な仕草をして、言葉を紡いだ。


「…さぁな。一般論としては、天国か地獄じゃないのかな?」

「……先輩個人としての感想は?」

「…秘密だよ」


悪戯っぽく笑みを浮かべた後、先輩は窓の外へと視線を向けた。

その時、私は不意に見てしまった。その先輩の横顔が儚くて、今にも消えてしまいそうな顔をしている事に。

その儚げな表情の理由を、意味を知りたかった。だが、私はその言葉を泣く泣く飲み込む。

先輩は自らの事をあまり話そうとはしてくれない。そこにはきっと何かしろの理由があるのだろう。

きっと其処から先は、私が踏み込んでいい所ではない。

それでも、この人の事を理解したいと思う。深く、先輩について知りたい。
それは私が今まで生きてきた人生の中で、初めて思った感情であった。

今は聞く事は出来ないけれど、何時の日か先輩の口から教えて貰いたい。


「……ただ、死に別れた人達と同じ場所に逝くには、それと同じ死に方をしなくちゃいけない…そう思うよ」


独白の様に、先輩はそう口にした。

言葉にした先輩の顔は窓の方を向いていて、窺う事は出来なかった。
けど、その声音と言葉には何処か現実味を帯びていた。そうして理解した。

ただ一つ解ったのは、過去に先輩は大切な人達を亡くした事があるという事だ。

私も過去に事故で両親を亡くした。
けれど、その時の私には先輩の感じている事と同じ事を感じる事は出来なかった。






4







「…今、私も同じ場所に逝きますから」


激しい雨が地面を叩きつけ、視界が悪化している中。それは見えた。

貨物車、私にとって死を運ぶ者だ。そして幼い少女、私を救ってくれる者。

声が聞こえてくる、若い女性の声だ。
悲鳴に近いその声に、信号を半分まで渡った幼い少女が首を傾げる。

青信号であるのに、信号を無視して突っ込んでくる貨物車。
それを目にして、私は一気に道路へと飛び出した。

この状況に辿り着くまで優に一週間の時間を費やした。
そうして、子供を助ける様に庇う様に抱き締める。


―――突如として鳴り響く、貨物車のクラクション。


それは私の死を刻む汽笛。
貨物車は急に止まる事も出来ずに、私の体を易々と弾き飛ばした。

思考が真っ白になる程の衝撃が襲う。そうして鈍い音を立てながら頭から地面に激突する。

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……!!!

あまりの痛みに痛覚器官が麻痺を起こす。
撥ねられた時におかしくしたのか、手足が歪な方向に曲がっている。

聴覚器官も麻痺したのか。
朧気ながらも、周囲から悲鳴に満ちた声が聞こえてくる。


「……お姉ちゃん、大丈夫?」


それでも、その声は確かに聞こえた。
私が抱き留めて、庇い切った幼い少女。その少女と視線が合った。

心配そうに此方の様子を窺う少女に、私は自分でも上手く出来たと思う笑みを浮かべる。


「……だいじょ、う…ぶ、です、よ」


そう告げると、少女は無邪気ながらも礼を告げる。それに幾ばくかの罪悪感を感じる。

この子を利用する様な形になった。けれど、最後に人の役に立てたのならば、無価値な私の人生にも意味はあっただろう。

解る、理解出来る。私の生命はもう長くはないと。
それを聞きながら、身体から温かい液体が流れ出て行く事を感じて…。

そうして私の意識はそこで黒く染まった。


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