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緋弾のアリア-諧調の担い手-

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そして彼女の道行きは
  後輩、晴れない心

 
前書き
後輩編すたーと!
感想等、お待ちしております。

 

 


???side
《???・???》
AM:11時23分


「…………」


私の名前は日朔真綾という何処にでもいる様な、何の面白みのない女だ。
今年で齢20を迎えて、通っている地方都市の大学でも無事に進級する事が出来た。

ただただ毎日時間を無駄に浪費して、機械的な意味の無い日々。
目的が定まらず、当てもない人生を歩んでいる。

既に私も20代に突入しようとしている。もう自分で全ての選択をしなければいけない。
けど、そんな最中。何もかもが私は定まっていない。本当は、もう将来の身を固める構想を思い描いていなければいけないのだけど。

だけれども、私は未だに就職をするかどうかも決めてはいない。
かといって、誰かと結婚して専業主婦になると言う訳でもない。そんな相手も、悲しげながらいない。

ただ流される様に進学を選び、そうして選択を先延ばしにしているのだけに過ぎない。
何かが足りない、何かが欠落している、満たされないと、私はここ最近そう思う事が多々ある。

それは私生活が満ち足りないとか、人間関係が上手く行かないとか、そう言った類のものではない。

毎日を灰色という色の日々を過ごして、そして周囲の人間は私に話掛けてすら来ない。
最後に人と会話をしたのは、何時の事だったか?……そんな事はどうでもいい。些細な事だ。

我ながら生活には無頓着だし、それに今更進んで人間関係を新たに築きたいとは思わない。
私は基本的に、閉鎖的で冷たい人間なのだ。

それでも人の輪の中で生きて行くのならば、不和を生まない程度に付き合っていかねばならない。
それが私にとっては、人生の中での面倒事だ。


「……ハァ、本当に何かが足りないわね」


大学の午前の講義の最中。

私は授業内容等そっち退きで、思考の海に意識を飛ばしていた。
今の講義をしている教授の話は無駄に長く、授業内容は対して進まないので、考え事をするには持って来いだけれど…。


「……ハァ」


再度、溜息が洩れる。

何かが喉の奥に引っ掛かっていて、それが其処から先へと出てこない。
出てくるのは溜息ばかりだ。結局、その講義時間は無駄に潰した。






1








一日が終わった。
今日の受ける講義全てを終えた頃には、既に世界は夕立色に染まっていた。

今日も今日とて、何もせずに、一日の時間が瞬く間に流れてゆく。
このまま帰ってもいいが、今日は…。


「今日は、サークルにでも寄って行こうかな」


その足をサークル棟へと向ける。
私は閉鎖的な人間であるが、一応の所はサークルに属しているのだ。

様々なサークルが軒並ぶ建物に足を踏み入れ、何の変哲もないサークルの扉を開いて中に入る。
其処にはサークルの部室であるのに、誰一人も人が存在しなかった。

その割りに、部屋の至る箇所にはよく判らない物が鎮座していたりする。


「……紅茶でも淹れようかな」


この部室には茶淹れ道具等、色々と完備されている。
それらは先立ち達が置いていった代物だ。
まぁ、押し付けられたと言ってもいいか。既にこれらは私の私物と化している。


「…ふぅ」


淹れたてのインスタントの紅茶に口を付けて、一息吐く。
部屋の窓からは西日が燦々と舞い降りて、室内を黄金色に染め上げている。
少女の艶美な濡れ羽色の髪が、淡く光を帯びる。

このサークルには今は私一人しかいない。
この部屋に一人だけ、その事実に言い知れない違和感を覚える。その感覚が酷く気持ち悪い。

先立ちである先輩達が既に旅立ち、部員兼部長を私は兼任している。
今年で私一人となったが、部員の勧誘等は行っていない。

無口・無表情・無愛想と来ている三拍子で揃っている。
そんな閉鎖的な私が勧誘活動をしても、人など集まらないだろう。
こんな意味のない無意味なサークルよりも、人はもっと有意義なサークルに靡く事だろう。

それに来ないならば、来ないで、別にそれで構わない。
別に部員など欲しくない。今から他人と仲良くしたいとも思わないし、思えない。

それでも、このサークルは人の温かさに溢れていた。
私にとってこのサークルは、気心の知れた人達が、私の好きだった“□■”先輩が籍を置いていた。

不意に。
刹那的に思考を遮る様に、雑音が頭を支配する。


「……っ…アレ」


好きだった?誰が誰を?
本能が訴えかけてくる、危険信号を発している。


―――それ以上は、踏み込んではいけない。


何かを、大切な何かを忘れている様な気がする。
言い知れぬ、空虚感が私を襲う。思考に老け込むと、気持ちの悪い感覚に陥る。

―――ドクンッ

不意に心臓が痛い程に高鳴り、動悸が激しくなる。春の半ば程であるのに、背中を冷ややかな感覚が撫ぜる。


「……帰ろう」


此処に居てはいけない。本能的に、そう何故か感じ取った。息苦しさを感じて。
カップをそっちのけにして、私は急いでその場から離れる為に帰路に着いた。






2







「……ただいま」


自宅に帰宅した頃には、既に夜が更け始めていた。
頭上には薄く、星々が瞬いている。

家の扉を開いて、そう口にする。
だが、帰ってくる返答は何時まで経ってもない。

外門が立て付けられた、二階建ての一般家庭にしては大きすぎる純和風の一軒家。
この家に住む住人は私一人のみだ。他に家族と呼べる人間は住んでいない。

私の両親は私が中学生の時に亡くなった。
その事はどうでもいい。元々仕事ばかりで碌に会話を交わした事もないし、普通の家族の様に円満な食事を摂った事も、もう覚えていない。それ程に昔の事だ。

故に、別段悲しさや虚しさを感じる事はなかった。

今は親族が身元保証人になって、遺産の管理もして貰っている。
親族からの仕送りと親が会社経営者であった事、亡くなった時の保険金。
それで、不謹慎ながらも今は不自由のない暮らしをさせて貰っている。

親が亡くなった時に悲しさや虚しさが沸き出て来なかった。
そして今の状況にそう思うという事は、私は相当の親不孝者であろう。

今では葬儀より前、最後に生きている時に会った事も覚えていない。
まぁ、私にとっては産みの親で育ての親であるが、その程度の人達であったのだろう。


「……おやすみ」


夕食も摂る事なく。
部屋に着くなり、寝巻きに着替える事なく、そのままベットに崩れ込んだ。






3







忘れた訳ではない。
多分私は其処が何処であるかを覚えているし、登場人物の事も覚えている。
実際にこうして、風景付きの夢を見ている。

それなのに、私はこの光景を、夢以外で思い出す事が出来ない。
忘れた訳ではない、この記憶を現実で引き出す為の“引っ掛り”がないのだ。

思い出す機会が現実のどこにもない。
思い出そうとすれば思い出せる筈なのに、そうやって“彼”の事を振り返る余地を与えない。

そもそも、彼とは一体誰であったか?

思考に雑音が混じって、雑影が記憶を埋め尽くす。
システムがエラーを発する様に、赤く、赤く危険信号を発した。






4





眠りから覚めた、翌日の朝。
早くに目を覚ました私は、特にする事もなく早々朝食を摂って、大学へと通学をする。

頭上を見上げる。今日の天気は曇りであった。
まるで私の心境を映し出したかの様に、空には灰色の分厚い雲が広がっていた。
今にも雨が降り始めそうな天気である。


「……何かしら?」


いつも通る通学路の十字路。
そこには何やら人が集まり、騒々しく、パトカーや救急車等の警報音が聞こえてくる。

普段の私ならば、無感心を装って気にもしない出来事。
けど、私は知らず知らずの内に足を止めていた。

―――…事故?

そこから推測される出来事は正にそれであった。
気が付いた時には、私は考えるより先に行動に移り出ていた。


「……事故でもあったのですか?」

「…ああ、信号無視をした貨物車が住宅地に突っ込んでね」


私は近くにいた、野次馬の一人たる初老の男性に声を掛ける。
人と久々に会話したと、内心で思いながら話に耳を傾ける。


「なんでも、貨物車が信号無視をした際に、横断歩道を渡っていた女の子がいたんだ。危うく轢かれそうになった所を後ろから来た少年が身を挺して庇ったんだよ」


そう聞いた瞬間。心臓を掴まれた様に、激しい動悸が私を襲う。

―――……事故…少女…庇って…

雑音混じりに、頭の中に声が反響する。
まただ。あの言い知れぬ、底知れない気持ち悪い感覚が私の身を襲う。


―――思い出してはならない。


そう私の心が悲鳴を上げる。ここから先は開けてはいけないパンドラ箱であると。
けど、思い出さなければならない。不思議とそう思った。それが私の義務であると。
この私の心を支配する、虚無感と空虚感。失われたそれらを、埋める為に。

だから私は、パンドラの箱という名の“記憶”の扉を叩く事に決めた。






5







「……お譲ちゃん、泣いてるのかい?」


そう言われて、私の意識が現実に引き戻されて来た。
そうして、何時の間にか頬を伝っていた一筋の涙を拭う。


「…いいえ、何でもないです。大丈夫ですので」


そう頭を振って告げる。
そうして私は一礼して、足早にその場を離れる。
その横顔はまるで長年の憑き物を払拭したかの様に、すっきりとしていた。

しかし、それとは裏腹にその横顔は寂しげな色を帯びていた。






6







真っ直ぐ大学に向かうなり、真綾は本棟を迂回して、サークル棟を歩いていた。
目指す場所は私の…いえ、“私達”のサークルの一室。


「……このカップ」


扉を開くと、昨日そのままにして行った紅茶のカップが置いてあった。

目に映ったカップにそっと、手を伸ばす。
忘れてはいたが、これは“□■”先輩が、私に似合うからと誕生日にプレゼントしてくれた物だ。

先輩はこの部室から見る朝日や夕焼け空が好きであった。今は残念ながら曇り空しか見えない。


「…思い出しましたよ、“霧嗣”先輩」


暮桜霧嗣先輩。私が好きになった人の名前だ。何故忘れていたのだろうか、先輩の事を…。

自然と心を安堵感が包む、だけど…。
真実を知ったにも関わらず、私の心は晴れる事はなかった。

人々にとって真実とは、望まれぬモノが常であると誰かが言っていた。

だけど、それよりも私は先輩の事を忘れてしまっていた事の方が嫌だった。
たとえ、それが望まれぬ結果だとしてもだ。

私は部室で一人、先輩を想い、涙を流した。


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