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アマガミという現実を楽しもう!

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第10話:オリエンテーションキャンプ(3)

 知子が捻挫した時から1日経った。
 起床して、朝飯を食って、知子に足の様子を聞いて、と午前中の時間はゆるゆる進んでいった。事件といえば、俺のクラスの男子生徒が朝目覚めて初めての”あれ”を体験したことだけが事件になったくらいだ。この時期の子って大変なんだよな。


 本日の昼間は、施設から歩いてすぐのところにある、屋外のキャンプ場を使った飯盒炊飯実習であった。先生によれば、班毎に飯盒でご飯を、そしてあらかじめ施設で用意してくれた野菜と豚肉、ルーを使ってカレーを作れとのことだ。
 俺はこういうアウトドアキャンプは好きだった。前世でまだ新米社会人だったころ、同期の連中とよく車で山にいったり、ネットサーフィンによる情報収集や詳しい奴に教わってきたため知識は豊富であるし経験もある。火の起こし方や、テントの建て方、美味い米の炊き方など、いろんなことを学んできたものだ。
 先生が各自作業を始めるように指示を出し、俺達も自分達が使う作業場に移り、作業を開始した。まな板、包丁、鍋、食器一式、オタマに飯盒、蛇口から水が出るかを俺は確認して、料理できるなと判断して皆に指示を出し始める。



 あらかた野菜を切り終えて火を通せる状況になったあたりから、俺は周囲の様子を見渡す。野菜の皮を包丁で剥くのに苦労していたり、米を洗わないまま水を入れてかまどに持っていこうとする生徒が見える。今晩の彼ら彼女らのお腹が本気で心配である。
一度視線を俺の班に戻すと、遠野の班の魔女二人が、切り終えた材料を鍋に入れ炒めていた。それなりに厚底の鍋を見つめて端やらおたまを混ぜている姿が恐ろしい薬を作っているような魔女を思い浮かべたのは俺だけではないはずだ。何か魔女・飛羽愛歌が呪文をぶつぶつ言っているのが聞こえるのは何だろう…、空耳だと思いたいものだ。
 もう一度周囲を見渡すと、知子と響、それに同じ班の男子生徒2人が作業をしているのが見えた。彼女らは野菜を担当し、男子生徒二人はおコメを研ぐ作業を担当しているようだ。
知子は、手元にあるジャガイモの皮むきと格闘していた。難しい顔をしている、どうやったらいいかわからない様子だ。それでも、「えいっ」と気合を入れてジャガイモに切りかかる。勿論、あっという間に皮が無くなった。その代わり食べられる部分の体積が4分の1以下になってしまったが。大雑把過ぎるにも程があるぞ。確か、原作だと里仲なるみに料理を教わっていたんだっけか。小さくなったジャガイモを見たとき、あれぇ?と頭の上に「?」が見える気がするくらい、不思議そうな様子をしている。
 手先は器用なはずなんだけど、多分あまり経験がないんだろうな。頭の後ろでクレヨン○○ちゃんの主人公なりの汗が流れるような気がした。そういえば、あの作品のアニメはもう始まっているんだったな。料理は慣れだし、スクール時代の合宿でも洗濯・掃除はしっかり出来るから、料理をしっかり出来れば結婚生活をその手の理由で壊すことはなさそうだ。
 視線を知子の右隣に移す。響は黙々とニンジンの皮むきをこなす。早く慌てず、そして正確にニンジンの皮があっという間に剥かれていく。「ニンジンの」という言葉が無かったら少し卑猥な文章になってしまうため、深く考えないように。それにしても何という手際の良さだ。響って確か料理がうまいって設定だった気がするな。原作だったか覚えていないが、逢に対して「塚原の味じゃないと」と夕月・飛羽が言っていたような気がするし。ここで既にその能力が発揮されていたんだな、そういえば小学校の調理実習でもかなり手際が良かったしなぁ。あいつも将来、器量の良い嫁さんになるぞ。



 俺は米と水を入れて火にかけた飯盒の様子を見に行く。勿論、米は必要以上に丹念に洗ったぞ。この時期の精米技術がどのくらいかは知らないが前世の水準よりは低いはずだ。本当は炭を入れると美味しいんだけどなぁ…。
 かまどの近くまで足を運ぶと、中島君が消えた火をもう一度着けようとしていた。直接木の小枝にマッチや発火道具を使うが、どうにもうまくいかないらしい。こういうときは、枯れた葉やら紙やらを使えば火種になって、その後に小枝を少しずつ入れればいいんだっけ。そういうわけでそこらに落ちている湿気ていない葉っぱや紙をかまどに入れて火を起こした。着けた種火が風で消えてしまうか、その前に小枝に火がつくか、この一瞬を待っている時にドキドキするのは俺だけか?
 枝に火がついて俺達はほっとする。これであとは火の管理をすれば大丈夫だ、と俺は中島君にいい、彼には調理場に戻ってもらうことにした。飛羽や夕月が魔女の何かを作らないかを監視してもらうためだ。


「火守をしているの?」


 後ろを振り向くと知子が立っていた。足元はまだまだ恐る恐るという感じで俺の方に寄って来る。


「ああ。足は大丈夫なのか?」
「平気、走ったり急いだりは出来ないけどね」


 足を擦りながら、あはは、と笑う。うん、いつもの知子だ。


「あれ?お前、さっきまで野菜と格闘していなかったっけ?」
「…火の守から戻ってきた男子から、『頼むから俺達の栄養を捨てないでくれ!』と懇願されてこっちになったのよ!全く失礼しちゃうわね!」


 頬をリスのように膨らませる。いやぁ知子には悪いが、その男子の言い分も分かるぞ。


「それで、お前はその足で火の守が出来るってのか?しゃがんだりするんだぞ?」
「で、できるもん!」


 ムキになってるな。おまけに口調が子どもっぽくなってキミキスの菜々みたくなってるぞ。ここは俺が何とかして助けてやらにゃあな。


「ほれ、お前のところの火が消えかけているぞ。ほれ、この小枝を分けてやるから小枝をかまどに突っ込め」
「大丈夫よ、一人で探せるわ!」
「落ち着けよ」


 知子の頭にぽんと左手を乗せて優しく撫でる。昔からのコイツのなだめ方である。知子は「ひぇぇ…」と顔を赤くして周囲を見ている。しまった、人の目があるのを忘れていた。


「す、すまん。つい手が。」
「う、ううん、平気よ。ありがとう」


 うぅ…、たまに人の目に配慮せずこういうことをしてしまう癖は改善した方がいいのかもな。そんな風に自分の行動を猛省しながら、俺は手元の枯れた枝を掴んで俺達の班の飯盒の上に先を置く。すこし振動しているようだ、まだまだこれからだ、といった感じだな。

















 カレーは美味かった。変な薬が入っていないか、内心ビクビクしながら更に盛り付けられたカレーに手を着けたが、そんな懸念も吹き飛んでしまった。夕月と飛羽に「美味しくなる魔法とか秘術とか掛けたのか?」と失礼極まりないことを聞いたら夕月に「美味いなら、素直に美味いといいな!」とどつかれたが。うん、これは俺が悪いな。素直に美味かったといえばよかった。「萌え萌え、キュン☆」だから飛羽よ、お前はどこでその先の時代の知識を習得して来るんだ。
 そんな風に波瀾ではあったが上等な食事を終えたら、後は使った場所の掃除や後片付け。それを終えたら既に4時過ぎ。このあと2時間は各自、自由時間であり、その後は命の洗濯である入浴タイムである。俺は他の連中よりもさっさと先に入る派だ。人数の混雑も無いし、ゆっくり身体を洗う時間も得られる。それでもやはり先客はいるもので、他のクラスの連中もそれなりの人数であった。
 これには理由があった。女子の入浴時間と現在は重なっているからだ。このうちの何人かは、この機会を狙っている紳士達であろう。女子の会話を聞こうとする奴ら、何かよからぬことを考えて相談している奴らなどがちらほら見える。まったく、紳士の多い空間だ。



『でさ~、…で…なのよ!』

 女子の声が天井から聞こえる。天井を見上げると、湯気が向こう側から入ってくる。
 実はこの男子風呂と女子風呂とは天井で繋がっていたのだ。とはいうものの声が反響したりこちらの声が大きいため、俺の耳に入ってくるのは断片的な情報しか入ってこない。銭湯に行ったら男子風呂と女子風呂を隔てる壁がそれほど高くなく、二人くらい肩車すれば覗けてしまうマンガみたいな状況だと思ってもらって構わないだろう。
 女子風呂ね、このくらいの歳になってしまうと一緒に入る訳にはいかないしな。俺はこの身体になってから、女子風呂には入った数は五本の指に納まるくらいだ。赤ん坊の頃は身体が自由に動かないから仕方が無かったんだよ!!歩けるようになってからは、母さんに連れられても入りたくない、男風呂で入れるとマセた主張をしたからな。身体は子どもだけど心は大人だから、ここで社会的な倫理観を崩壊させられたら将来変な趣向を持つかもしれなかったし。








『そうい…ともちゃん、今日も遠野……付き添っ……ったね』
『ね~、昼間も……撫でても……し。やっぱ……さん、遠野君と……てるのかな?』


 呼ばれた気がして、俺は天井を見上げた。俺のことでも話しているのか?


『川田さ……今度詰め寄っ……ようかな?遠……もいいけ……』
『……とも……ん…顔に出……分かり……からね~』


 何だ?何を話しているんだ?知子の話題も出ているようだけど、 昨日の足を痛めたやつの話か?駄目だ、反響していたりこっちの声でかき消されて良く聞こえない。


『ん~、でも……、遠野……塚原さん…一緒にい……よく見…よ?』
『…原さん、…のこと…きなの?』
『ごめ……さい、期待……るようだけど、拓君に聞……ら、きっと「あいつ……腐れ縁だよ」と…思うわ』
『え~、うっそ……』
『遠野君と……に行ったり……んでしょ?』


 響も一緒にいるのか、多分この声はそうだとおもうけど。そうなると会話の内容が気になってくるぞ。壁に耳を当てれば分かるかもしれないが、そんな変態的なことは俺には出来ん。校舎にエロ本隠したり、エロ本を品評するくらいのオープンな紳士ではあるが、変質的な行為に手を染めるほど俺は落ちてはいないぜ。橘みたいな変態紳士には流石になれない。


『……、怪しい……ぁ。でも遠野君……変わって……じゃない?』
『そうね、何か英語の……が入った本読んでる……るし、………近寄りがたい気……。顔も言……普通よ…ちょっと良い……だし』


 良くは聞こえんが、なんか俺の悪口を言ってくれているのかね?俺は長風呂のしていて少しのぼせかけている。ああ、少しぼんやりしてきた。


『…れは違う……拓君は確かに変わ……ところもあるし、話しにく……思うかもしれないわね。でも、後輩の面倒見…いし、好きなこと……一生懸命、そ……凄く優しいし…』
『へぇ~!…原さん……遠野君のこと良く知っ……んだね』
『それ…い好き……こと…!』
『だ、だから、それ……って…!』

(さ、さすがにこれ以上は限界だ…)

 会話よりも身体の熱を冷ますべく、風呂から出ることを決めた。更衣室と浴場を隔てる取っ手に手をかけてから、後ろを振り返ると天井から女子風呂を覗こうと肩車を決行するよからぬ輩共がいた。思春期の男児が一度はやってみたいと思う浪漫であろう。保健体育の教科書だけでは満足できない年頃だし。若者よ、大いにやるが良い!変態の罵りを受けて、蔑まれる視線を浴びて快感を感じる真性のMか覚悟のある人間ならな。そしてばれないようにすることが目標だ。
 俺は、この場に留まっていた場合、俺にも先生からいらぬ疑惑を立てられかねないので、早めに着替えて外に非難することにした。俺が風呂から出てそれなりの時間が経った時、その俺の懸念が現実のものになる。











 俺はさっさと換えのジャージを着用して、娯楽室のソファーの上でだらだらと身体を横にして過ごしていた。響も数分後、上下黄色のパジャマを着て女子の風呂場から出てきた。黄色に合うよな、響。そして左右を見渡して、娯楽室のソファーで横になっている俺と目が合う。俺は右手を上げて「よう」と合図をした。響も手を上げようとしたが、後ろに視線を移して何かに気がついたように下ろし、そして俺から目を逸らす。…俺、何かしたか?ひょっとしたらあの会話で何かあったのか?
 響に続いて出てきた二人の女子生徒が響に合流する。そして、響の視線がちらちら向かう先にいる俺を見て、何かニヤニヤしながら響の後ろを脇でつっついている。響は困っているようだ。何かあったのだろうか。しかし、深刻ではなく何かでからかっているみたいだから、俺が気にするレベルのことではないだろう。二人は何かを響を言い残すと、口に手を当ててニヤニヤしながら去っていった。



 彼女らが去った後、響はこちらに歩を進めた。俺は普通に「よう、もう上がったのか」と問う。響はそんな俺の方を見て、「ええ」と端的に返される。なんかいつもとはトーンが違う感じだ。動揺している、そんな時の響に似ている気がする。様子も雰囲気もなんだかいつもと違う感じだ。
 そのいつもの違う様子に加えて、風呂に入った後なのだろうか、いつも結んでいた髪を解いてしっとりと濡れ、頬もほんのり赤い。なんか、艶やか感じがするぞ。18歳未満とはいえ、ドキッとさせられるな。


「何か風呂で俺の名前が出ていたけど、俺について話していたのか?」
「聞いていたの?それは感心できないわね」


 響はジト目になって俺を見る。風呂の中から女子中学生の会話を盗み聞きする俺の姿でも想像しているのだろうか。うん、そんな姿の俺は紛れも無い変態だな。だから早くそんな想像の俺を払拭させないと。


「上でそっち繋がっているんだから聞こえない方がおかしいだろ」
「ふふ、冗談よ。知子や私が拓君と仲良いね、という内容よ。それで、私か知子のどちらかが拓君と付き合っているんじゃないかって」


何だ、そんなことか。いつものように腐れ縁で済ませてしまえば楽に収まるじゃないか。何回もそれは聞かれたことだろ?


「昔からの腐れ縁だし、そう見られてもおかしくないのはいつものことだろ?」
「…やっぱりね。拓君ならそういうと思った」


 目を瞑って、響が小さくぼやく。そして、俺の横に腰を下ろす。やけに近い気がするが、それは俺の気のせいだろう。
 このソファーでは、まばらに浴場から出てくる女子生徒や男子生徒にじろじろ見られるため、俺は響をこの場から少しはなれたベンチに腰掛けないかと誘い、響を連れて移動を始めた。



 近場の自動販売機をこっそり使って飲み物を2本買い、そのうち1本を響に渡す。響は最初、規則で決められているからと言って受け取らなかったが、俺が買って渡したんだから俺のせいにすればいいさ、と響に蓋の開いた飲み物を少し強引に渡す。バスに酔っていた時に助けてくれたそのお礼さ。
小学校から名を馳せている規則破りの常習犯としての俺は未だに健在だからな。


「く~っ、冷たくて美味いな~!」
「本当ね。拓君、ありがとう。」


 冷えたコーヒー牛乳やフルーツ牛乳が本当は欲しいところだが、自販機に入れられないからな。これで我慢してくれよ。
 冷たい飲み物を飲んでほっとしたせいか、風呂でのぼせかけた疲れと眠気が急激に襲ってきた。そんな頭の状況の中で、響のクラスの女子が入浴時間って事は、知子も入っていたのではないのかという疑問がぼ~っと浮かぶ。


「そういえば知子は?一緒だったんじゃないのか?」
「もう部屋に戻って寝てると思うわよ。やっぱり足に無理をさせるわけにはいかないそうから」
「そうか。あいつに無理はさせて痛い顔をさせるのは嫌だからそいつは何よりだな」


 疑問がなくなったところで、俺の思考も限界が来た。
 ん~、と俺は伸びをして大きくあくびをする。そんな様子を見ながら、響はクスクス笑っている。これは、眠いと思っている時の俺の癖らしい。こいつ、俺をどんだけ観察しているんだよ、暇だったのか?しかし、眠たいな。むう、明日も早い…し、部屋に戻ら…ないと…


「拓君、もう寝た方がいいんじゃないかしら?」
「…ん」


 眠いのは…確かにそうなんだが、もう少し…まったり…してからそうする~…


「ねぇ…拓君は……」


 ん……


「知子の…こと…やっぱり…き…なの?」


 なんか……行ったか?知子…がなんだって…?


「……かもしれないけど、…私は…拓君のこと…男性として……」


 …ん?……


「好……」


 ………























 この時、俺は眠っていたのか分からない。身体が仰向けになって、頭に柔らかい何か当たっている気がする。そしてぼそっと何かを聞いた気がする。


『拓君といつまで、こういうことができるのかしら。ねぇ、拓君?』
『ごめんなさい、知子。でも、今日くらい多めに見てくれないかしら』


 髪が撫でられていたような気がするが実はあまり覚えていない。


































『キャーッ!覗きよーッ!!』


 俺が目を醒ましたのは複数の女の子の叫び声だった。俺は横になっていた身体を起こして声が聞こえた方を向いた。


(覗き?あいつら本当に覗きプロジェクトを決行して、結局見つかったのか?身体を起こして様子を見に行…身体を起こす?…つまり横になっていた?まてまて、状況を把握しよう。俺の身体下半分は未だにベンチの上にある。後ろを向けば驚いた響の顔、俺の身体が起きた事にびっくりしたようである。そして俺の頭が置いてあったところを俺の座高から計算すればちょうど響の太股の位置。…そして目を醒ました時には確か黄色が視界全体に広がっていた、つまり俺は響の身体側に身体を向けていたってことか?)


 じっと、響を見る。俺と目が合うと、いつも冷静なあいつの顔が茹蛸みたく赤くなっていき、目線をそらす。俺達の間には、何か胸の中がもどかしいような、くすぐったいような、何か口を開けないような雰囲気が満ちていた。


(つ…つまり、俺は響に膝枕をしてもらって、それだけではなく、顔を身体側に向けてしまっていた…ってことだよな。まずいな、何を話せばいいんだよ。状況を判断すると、つい寝てしまって、響さんのその二つのフトモモに頭を乗せてしまって、さらにはその美しい身体の方をずっと向いていました、と。最後の部分は何をどう言い訳すればいいのかな、そうこの行為はチョウチョが美しい花のm…、やめよう。こいつに変態扱いされるのは俺は嫌だ。)


 俺の思考が停止しかけたり稼動しかけたりしている中、聞こえてくるのは、覗き犯を捕まえようとする女子生徒の動きと逃げようとする男子生徒の動きを表現する音のみであった。
 廊下では男子浴場から逃げ出そうとする生徒達を見回り中の先生が押さえにかかっているようだ。バタバタ聞こえる複数の足音、女子生徒の男子生徒たちに対する怒号や侮蔑の声、逃げようとしているであろう男子達の悲鳴、先生達の叱責が聞こえる。


「…とりあえず、先生に状況を聞いてから、それからお互い部屋に帰りましょう。」
「へっ、あ…ああ…」


 響の提案にボケ―ッとしていた俺は生返事を返した。それから俺達は、先生に何があったかを聞きに行って状況を理解した。俺の部屋の奴も混じっていたから、俺が巻き込まれないようにアリバイ工作をする意味合いもあったんだろうな。本当に賢い奴だよ、お前は。


「拓君、さっきの話なんだけど…何か聞いてた?」
「話?どの時点の話だ?」
「そう…うん、ならいいわ。おやすみなさい。明日も頑張りましょう、拓君」

 響はそう言うと、自分の部屋へと戻っていった。俺はその後姿が小さくなっていくのをずっと見ていた。何か後ろを追って傍に行きたくなる、そんな背中を俺は呆然とその場で見ていた。











 それからのオリエンテーションキャンプは平々凡々な内容で消化され(夕月や飛羽のせいで大体は俺は毎日が阿鼻叫喚であったが)、特に変わったこともなかった。知子も足の様子が次第に良くなり、いつもの調子でちょっかいやらおせっかいを掛けてくるようになったし、響もお母さん見たく俺達の様子を笑いながら見守っていた。
 しかし、何かが変わったのではないか、と俺は帰りのバスで相変わらずの吐き気と戦いながら思った。知子は少し「いじらしさ」というものをこのオリエンテーションの前後で感じるようになった。響も、笑顔で俺達を見るが少し寂しそうな顔が見えるような気がした。これは、彼女達の思春期に特有である精神的な変化を表したものなのか?それとも、俺の心のありようが変わってしまったのか?…











 学校に戻ったら日常に戻る。戻ったら何か分かるかもしれないな。そして、帰ったらまた豪快な笑い声と共に、主将のメニューが待っているんだろうな。明日が楽しみだ。






 俺はビニール袋を眺め、夕月と飛羽の背中からの攻撃に耐えながら俺は日常に戻る楽しみを思い浮かべていた。





















 ちなみに中間のサービスエリア手前で、俺は胃の中の物を戻しました。
 うん、次からは俺を一番前の席にしてくれ。














(次回へ続く) 
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