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インフィニット・ストラトスの世界にうまれて

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海に行ったら、黄昏る その二

時間はあっという間に過ぎ、今は夜の七時。
ほどよくお腹を空かせた人間たちが大広間を三つ繋げた大宴会場に集まっていた。
ここにIS学園の一年生が全員集まっているんだ、二百人を優に超えているだろうから大宴会場は想像していたよりも大きい。
そんな場所で俺たちは食事をすることになるんだが、女子たちにとって一つの重要案件があった。
それは誰が一夏の隣に座るかということである。
俺も一夏のそばのほうが気楽で良かったんだが、俺が一夏のそばに座るということは、当然一夏のそばに座れる女子の人数が減ることになる。
俺に対して大ブーイングが起こること必至で、ヘタをすればぼっち街道まっしぐらである。
そこで俺は女子たちと話し合い、近くもなく、それでいて不自然なほど遠くもない、一夏と会話するにもなんとかなるという微妙な位置に座ることになった。
一夏は俺がそばに座れなかったことに、

「残念だったな」

何て言ってくれた。
いいやつだな、一夏。
ようやく席が決まり、腰を落ち着けた俺の目の前には膳がある。
確かに並んでいる料理は悪くないが、今日は特盛りの牛丼が食べたい気分だったよ。
目の前にある料理は、カワハギの刺身と小鍋、山菜の和物が二種類。
それに赤だしの味噌汁とお新香だ。
出された料理は美味しく頂いたさ。
料理を箸で摘みながら一夏を眺めてみれば何とも楽しそうだな。
箸を使い慣れないセシリアのために『はい、あーん』をしてあげたり、それを見た周りの女子たちが騒ぎだし、騒ぎを聞きつけた織斑先生が乱入してきたり、本ワサが美味いと言った一夏を見たシャルロットはワサビを丸ごと食べていた。

「ベインズくん、箸使うの上手だよね?」

何て俺の隣に座った女子に言われたので、

「まあね。俺は元日本人みたいなもんだから」

と真顔で答えてみた。

「へえ、もしかして日本に住んでいたことがあるんだ。なるほど、だからなんだ」

俺が伝えたい事と、彼女が俺の言葉を聞いて感じたことは違うということだろう。
理解されないだろうと思いつつもこんなことを言ってみた。

「いや、違うよ。俺がこの世界に生まれる前、前世が日本人だったからな」

「ふーん。ベインズくんってそういうの信じるタイプだったんだ」

そう言った彼女の顔は意外なものを見たような表情をしていた。
まあ、こんな反応になるのは解っていた。
そう思うからこそ俺は簡単にこんなことを言えるんだが。
俺の言っている『前世が日本人』だなんてとっぴな言葉を、信じるヤツはまずいないだろうからな。
こうして周りにいる女子たちと会話を楽しみつつ食事はつつがなく終わった訳だか、俺の身体に異変が起きたのはその頃だ。
差し込むような腹痛が俺を襲ってきた。
俺は会話中の女子に中座を許してもらい、心配そうにしている女子に「大丈夫だと」告げ、大宴会場を飛び出した。
実際は全然大丈夫じゃなかったんだが。
とにかく近くにあるトイレの個室へと駆け込んだ。

食事に下剤を入れられた、食事に下剤を入れられた、食事に下剤を入れられた。
いつの間に俺の食事に下剤を入れたのかは知らないが、なんてことをしてくれたんだよ。
俺は今、トイレの個室の中で腹痛と格闘していた。
お腹はきゅるきゅると鳴り、痛みがお腹全体を荒れ狂う。
さながら、内蔵をギュウギュウと雑巾絞りされたようなそんな痛みだ。
身体の中身がすべて出てしまいそうな感覚に襲われながら、俺はトイレの個室の中でうめき声を上げ苦しんでいた。
どうして食事に下剤を入れられたと解ったかというと、その原因となった人間がドア越しにいるからだ。
ドアを挟んだそこにいた人間――。

「さすが天才束さんが作った強力下剤だねー。効果てき面だ」

初めて聞いた篠ノ之束の声。
他の人間もそうなのだが、一夏周りにいる人間は妙にどこかで聞いたことがある声ばかりなのは仕方がないのかもしれない。
ドア越しなので表情は解らないが、声のトーンは悪い事をしたなどと微塵も思っていないような軽い物に感じた。

「何でこんなことをしたんですか、篠ノ之束」

俺は自分のお腹を押さえつつ、喉から声を絞り出したかのような声を出す。

「いっくんの邪魔をさせないためだよ」

「何で俺にそんなことを言うのか解りませんが、邪魔するつもりもあらませんし、しませんよ。下剤を使う前に一言俺に相談して欲しかったですね」

「あれ、あれ? 意外と素直だねー。薬が効きすぎたかな? 嫌だと言ったら一週間ほど苦しんでもらおうかと思ったけど、まあいいか。次に何かあったらキミに相談することにするよ。ここに薬置いとくから飲めば腹痛なんて一発で治るよん。ところで、キミの名前はなんて言うんだい」

俺は間髪置かずに答える。

「アーサー・ベインズ」

「あっくんか。覚えとくよ」

さっきとは声のトーンはあきらかに違い低めの声。
俺に約束を忘れないでと告げた人物は、間もなくドアの向こうから気配が消えた。
篠ノ之束。
人の食事に下剤を入れるなんて、なんて迷惑なヤツなんだ。
天才にして天災とは良い喩だよ、まったく。
しかし、他人に興味を持たないはずの篠ノ之束が、なんで俺の名前何て聞いたのか解らないけれど、天才の考える事は凡人たる俺のにはきっと推し量ることなど出来ないだろうな。
とりあえず這い出すようにトイレの個室から出た俺は、置いてあった薬をさっそく飲んで自分の部屋に戻る事にした。
篠ノ之束が言った通りに薬を飲んだ俺の身体の調子はみるみる回復していた。

ようやく苦痛から解放され、自分が元の健康体に戻った事に幸せを感じつつ部屋に戻った俺に待っていたのは……恒例といってもいいコントだった。

「お帰りなさい、あ・な・た。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

胸の辺りで手を束ね、期待に満ち溢れた表情をした山田先生がにじり寄ってくる。
流石に裸エプロンという格好はしていなかったが、こんなことをする山田先生のことを思わず可愛いと思ってしまったのは一生の不覚だろう。

「ご飯は食べたし、お風呂にします」

俺は山田先生から視線を逸らし、そっけなくそう言って着替えを取りに向かう。
山田先生の表情はちょっとだけ悲しそうに見えた。
俺の心がチクリと痛む。
なぜだか罪悪感を感じる。
じゃあ俺はこんな風に言えば良かったのか?

「先生でお願いします」

と言って山田先生を抱きしめ、

「一緒に大人の階段を昇りましょう」

なんて言える訳がないだろう。
てなことを考えつつ、風呂で身体の汚れと疲れを洗い流し、さっぱりとした気分で出ると、そこにはすでに布団が敷いてあった。
気休めにしかならないだろうが、旅館の人に頼んで部屋のを仕切るための衝立てを用意してもらったんだが、それがまったくといっていいほど意味をなしていなかった。
衝立ての奥に布団が二つ並んでいる光景を見たからだ。

「……山田先生」

俺が疲れたような声で言うと、

「冗談です」

と言って並んでいた布団をいそいそと引き離しにかかっている。
今日は疲れた、もう寝よう。
俺は髪を乾かした後、山田先生に先に休みますと言って邪魔にならないように部屋の奥の方にある布団に入って横になる。
今ごろセシリアは、同じ部屋の女子たちに浴衣をひん剥かれた挙句、自慢の黒の勝負下着を見られ、

「セシリアはエロいなぁ」
とか言われているのだろうか。
それとも、一夏ハーレム五人衆はすでに一夏の部屋へと入り、織斑先生と女子会を開催しているのだろうかと考えていると、俺は疲れのせいもあっていつの間にか眠りの世界へと誘われていた。
 
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