木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
内なるサクラ
【 はるの サクラ
VS
やまなか いの】
いのはどうしていいのかわからなかった。
妹分みたいに大切だった女の子。いじめられて泣いていた女の子。親友になって、そしてライバルにもなった彼女。
彼女を殴り、蹴り、彼女と命がけで戦う。心を鬼にしてでも彼女に勝たなければいけないのかもしれない。けれどいのの心はどうしても、鬼にはなりきれないのだった。
いのの青い瞳に浮かぶそんな動揺を見てとったのか、サクラが口を開いた。よく通る声で宣言する。
「……今となっては、あんたとサスケくんを取り合うつもりもないわ」
すっくと伸ばされた背筋、爛々と強く輝く翡翠色の目。短く切られた髪はさっぱりとしていて、前よりも彼女によく似合っているように見える。胸は堂々と張られ、翡翠色には以前にはなかったような、自信にも似た強い輝きがある。
「なんですってぇ?」
突然の発言に思わず声を荒げるも、サクラはびくりとも動じない。
「あんたなんかじゃサスケくんとはつりあわないし、もう、あたしの方が完全にアンタなんかより強いしね。眼中なし!」
眼中なし、という所に力を込めて、吐き捨てるようにいう。いのの顔色がさっと変わった。
死の森で長い時間をかけた髪を切り捨て、仲間達を守るためにそれこそまさしく命がけで戦ったあのサクラを思い出すと、涙にぬれた翡翠の瞳の強い光を思い出すと、自分ではあんなことは出来なかったかもしれないと思うのと同時に悔しくなる。
ただそれでもその馬鹿にしたような発言は許せなかった。
「サクラ、あんた誰に向かって口きいてんのかわかってんの!? 図にのんなよ泣き虫サクラが!」
激昂したいのが叫ぶように吐き捨てる。振り乱された金髪が勢いよく空を舞った。
「なな、なんかさ、なんかさ……サクラちゃん言い過ぎだってばよ! いのの奴すっげえ目ェしてこえーもん!」
「お、女とは恐ろしいものだ……」
怯えるかのような声のナルトの傍で、はじめがごくりと唾を呑んだ。恐怖に抱き合っているナルトとはじめを白眼使いでないながらに白い目で見ながら、んー、とカカシは数秒サクラといのに視線を戻した。
「違う、な」
へ? という顔つきの二人に解説してやる。
「サクラは、いたずらに自分の力を誇示したり、傷つけるような子じゃあない。いのに容赦されたり手加減されたりするのが、嫌なんだよ」
サクラがふっと、微笑を浮かべた。
その手が額宛ての結び目にかかる。軽く一引っ張りするだけでそれは容易く解け、サクラのその名に見合った色合いの髪がふわりと宙を舞う。いのが目を驚愕に見開いた。
それはいつぞやのサクラの言った言葉。
――これを額にするときは、女の忍びとして、貴女に負けられない時
――いい案ね。……私も、その時まで
額宛ては違うところにつけていようと、そう胸のうちに小さくつぶやいて、笑ったあの時。サクラのこの行動が意味するのは、これからはもうライバルでもなく親友でもなく、一人のくノ一としていのと対峙するということなのだ。
「わかったわ、サクラ」
そして二人の額宛ては、各々額に巻きつけられた。
――今度こそ、全力で、正々堂々……勝負!!
二人は奇しくも胸の中で同じ言葉をつぶやき、そして互いに飛び出した。
いのの拳とサクラの拳がぶつかり合ってうなりをあげた。それを見ていたほかの試験参加者たちが目を見開く。先ほどまでいささか子供っぽく思われる喧嘩をしていた少女たちであるとは思えないほどに迫力があったからだ。
一旦距離を取って構え合う。親友だからって手加減はしないし、知り合いだからって容赦はしない。――絶対に。
二人は再び飛び出した。走りながらサクラが印を組む。途端サクラが三人に増えた。
「ただの分身の術? アカデミーの卒業試験じゃないのよ! そんな教科書忍法であたしを倒せると思ってんの!?」
――じっくり見極めればどれが分身なのかくらいすぐに……!
――チャクラを一気に足へ……、そして、地面を弾くッ
チャクラコントロールだけなら、サスケよりも上手い自信があった。一気に足にためたチャクラで床を弾きいのに急接近、どれが本物かを見抜かせる暇を与えさせない。
――早いッ!
すぐに目と鼻の先に接近してきたサクラをどれが本物か見極める術もなく、いきなりうち二体が消えるなり、チャクラのこもったサクラの拳がいのに命中した。吹っ飛んで床を転がるいのに、サクラが宣言する。
「今までの泣き虫サクラだと思ってると、痛い目見るわよ! 本気できてよ、――いの!」
確かにサクラはもう前のサクラではないのだろう。いのは体を起こすと、「そう言ってもらえると嬉しいわあ」と出来るだけ不敵に言ってのけた。
「お望み通り、本気でいくわよ!」
再び飛び出した少女二人の拳が交錯する。サクラの右手の拳はいのの左手に受け止められ、反対にいのの右手の拳はサクラの左手に受け止められていた。となるとここからはどちらの力が大きいかが勝負になる。各々の右手を前に押したり左手で押し返したりしながら、二人は睨み合った。
後ろに飛び退って距離を取り、双方同時に手裏剣を投擲。弾かれあった手裏剣が火花を散らす。
それから十分ほど経ち、腹を空かせたマナが地面に寝そべりながら二人の試合を見るようになってもまだ、二人の戦いは続いていた。不意に同時に出された拳が各々の顔に命中する。お互い吹っ飛ばされる様子に、うわあ、とナルトが顔をしかめた。
「っあんたが私と互角なんて、あるはず無いわよ!」
傍観者同様、いのも予想外に長引いた戦いにイライラしたのだろう。ややヒステリックに叫んだいのに、呼吸を荒げながらもサクラは嘲るような笑みを浮かべた。
「見た目ばかり気にして、チャラチャラ髪なんか伸ばしてるあんたと、このあたしが互角なわけないでしょ?」
眼中なし、という先ほどの言葉を言外にまた言われたような気がして、いのの顔が怒りにゆがんだ。すらっとホルスターからクナイを抜き放つ。
「アンタッ! 私をなめるのも、大概にしろォッ!」
本気でキレたいのに、シカマルは呆れた顔つきになり、チョウジは顔をしかめた。
「……ばーか、挑発にのりやがって……。いのの奴、なにしだすかわかんないぞ」
「ぼく、あんないのイヤ……」
いのが長いポニーテールを掴んだ。クナイを握って、そして彼女はその髪を切り飛ばした。金色の髪が太陽の光のかけらのように輝き、シカマルやチョウジやナルトたちの目が大きく見開かれる。驚いていたサクラはすぐに不敵な表情を取り戻した。
「いやいや、切ればいいってもんじゃねーだろ」
とマナが呟く。単純ね、とサクラが嘲るように笑った。
――ヤベ、完璧キレてやがる
長い髪を勢いよく切りおとすその姿にいのが本気でキレたことを悟ったシカマルの顔が引きつる。
「こんなものォッ!」
それをサクラと自分との間に投げ捨てる。金髪がひらひらと飛び散った。はじめとナルトはガタガタ震えて抱き合った。それほどにキレたいのは迫力があったということだろう。
「さっさとケリつけてやるわ……すぐにアンタの口から、参ったって言わせてやる!!」
いのが叫んで、印を組んだ。
「っつうか、おい! まさか……!」
「いの、もしかして……!?」
いのが組んだ印――それは心転身の印だ。山中一族に代々伝わる印であり、対象の精神を乗っ取ることが出来る術。彼女はサクラを攻撃で圧倒しなくても、サクラの精神を乗っ取れば彼女にギブアップと言わせて勝利することが可能だ。
「……焦る気持ちもわかるけど、それも無駄よ?」
「ふんっ、どーかしらねえ?」
その間いのの両手は照準機のようにサクラに狙いを定めている。山中秘伝の術を、サクラは書物で読んだことがあった。
「忍法・心転身の術。術者が自分の精神エネルギーを丸ごと放出し、敵にぶつけることにより、相手の精神を数分間乗っ取り、その体を奪い取る術。けど、その恐ろしい術には重大な欠点があるわ」
いのの青い瞳を見据え、サクラは淡々とつげる。
「まず第一に、術者が放出した精神エネルギーは、直線的、かつゆっくりとしたスピードでしか飛べない……。第二に、放出した精神エネルギーは、相手にぶつかり損ねて逸れてしまった場合でも、数分間は術者の体に戻れない。更に言うなら、その間、術者つまりアンタの本体は、ピクリとも動かない人形状態」
まるでミスミの腕の中で首を揺らしていたカンクロウの傀儡のように、チャクラ糸がなければ動けないただの人形でしかなくなってしまう。そもそも心転身の術はスパイ用であって戦闘用ではない。それは乗っ取った体がダメージを受けると本体も同じほどのダメージを受けることからも伺える。
「だからって何よ!? やってみないとわかんないでしょう!?」
「いの、お前金髪だからってナルトみてえな発言しようとしなくてもいいんだぜ……? 第一金髪つっても色合い違うし」
「それいろいろ関係ないと思うってばよマナ」
叫ぶいのに、マナがクソ真面目な顔で呟く。その傍のナルトが顔を傾げつつ突っ込みをいれた。
「外したら終わりよ。わかってるの? ねえ」
やってみなければわからないというのが効く状況は二種類。
一つ、それほどまでに窮地に追い込まれている場合。
二つ、やり直しがきく、つまり死ぬ可能性が低い、もしくはあまり手間をかける必要がなく、素早く次の作戦に移れる場合。
この二つを満たしていなければサクラの言うとおり、失敗したらすべて終わりだ。本物の戦場にあがったらそれは死をも意味する。よって通常、やってみなければわからないというのが通用するのは極少ない状況下に於けることであり、戦場で一か八かをかけるのは余りに危険が多すぎる。
しかしそれくらいいのも承知しているはずだ。もしくは怒りでもう何も考えられないのだろうか。
その上いののこの術はシカマルの影真似と併用しての連携術だ。シカマルの影が相手の影を縛ってもくれないのに一体どうやってサクラにあてるつもりだろう。
狙い難くさせるためだろう、さっとサクラが走り出した。金髪が彼女の足に散らされる。ぐるりといのの周りを走って一周するサクラを見ることなく、ただいのはサクラが元いた場所に戻るのを待って――
「ばかっ、よせ!」
そんなシカマルの声も虚しく、いのは既に術を発動していた。
「忍法・心転身の術!」
サクラが思わず立ち止まったその瞬間、どさりといのが膝から地面に崩れ落ちた。試験場を静寂が覆う。
「どっちだ……?」
今立ちすくんでいるサクラの体内にある精神は誰のものだろう。ふふふ、とサクラが笑い声をあげた。
「残念だったわね――いの」
サクラ、だった。
「万事休すか……」
「やっちまったぁ……」
シカマルとチョウジがあちゃー、という顔をする。
「じゃあ、終わりね!」
そういって彼女が踏み出そうとした瞬間、サクラは自分の足が何か縄のようなものに引き止められるのを感じた。
「これはっ……?」
前方、崩れ落ちたはずのいのの両手が地面に当てられている。その両手とサクラの両足を、チャクラがつないでいた。
「かかったわね、サクラ」
すっとその頭が擡げられ、青い瞳がいたずらっぽく輝く。
「やっと捕まえたわあ」
「まさかっ、」
「そのまさか。さっきの印を結ぶ行為はただの縛り。ちょろちょろ動くアンタをこの仕掛けに追い込むためのね……。どーう? 全然動けないでしょう。私の髪にチャクラを流し込んで作った、特性の縄よ」
よくよく見れば、いののチャクラを通している物質は確かに彼女が切り落としてばらまいたばかりの金髪だ。いのは片足でチャクラ縄を押さえてチャクラを流し、サクラの体を固定して、自由になった両手で印を組んだ。
「これであんたの体に入っていってギブアップっていってしまえばおしまい。――百パーセント、外れることないでしょう?」
自分の術の欠点くらい、いのが一番よく知っている。父たるいのいちもこの術を伝授する時にそのことについて講釈を垂れていたし、そんな欠点を知っていてこそいのはシカマルの影真似の代替品となるものを探していた。そして彼女はその代替品に自分の髪を選んだのだ。
「……あのバカ、キレてたのは芝居だったのか」
「逃げろ、サクラちゃん!」
「サクラ!」
サクラが必死に縄の呪縛を解こうとするも、なかなか思うように動けない。じゃあ、といのが精神エネルギーを集中させた。
「心転身の術ッ!!」
それと同時に、彼女の髪を伝って流れていたチャクラが途絶えた。精神エネルギーが身体を離れ、身体エネルギーと練り合わせてチャクラを練成することが出来なくなったからだろう。いのの体がまたしてもがっくり下がって、サクラの両腕がだらりと垂れた。
「残念だったわね……」
体の中にいるのは誰だ? いのか? サクラか? 言葉だけではまだまだ判断できない。顔を上げたサクラの表情から見て取れるサクラとは別人の面影に、マナは一瞬で悟った。
「サクラ」
中にいるのは、いのだ。
サクラの手がいのの意思によって持ち上げられる。その中に宿るのがいのの意思でも、外見も声色も完全にサクラのものだ。サクラの体でいのが言ったギブアップはつまりサクラの降参を意味する。
「私、春野サクラは、この試合、棄権しま――」
「ダメだぁ!!」
不意に聞こえた絶叫に振り返れば、ナルトだった。
「サクラちゃああーん!!」
「……チッ。うるさいわねアイツ」
「ナルト、お前ってば他人の試合に干渉するのやめろよ……」
はあ、とマナがため息をつく。しかしマナのそんな言葉にもナルトはどこ吹く風で、
「折角ここまで来たのに、ここでサスケバカ女なんかに負けたら、女が廃るぞぉーッ!!」
と大声で叫ぶ。
「だからそんなこと言ったって無駄……ッ!?」
不意に体の自由が失われた。なにっ!? と問いを投げかけるも答えられる者はいない。悪寒が体を襲い、震えながらいのは頭を抑える。すると出し抜けに少女の、サクラの声が聞こえた。
――ナルトの奴うるっさいわねー!
「ッ!?」
「お? どーしたいの」
「うぅ、うッ、うう……!」
身を乗り出したマナが落ちないように支えつつ、ハッカも身を乗り出していのに乗っ取られているはずのサクラに視線を向けた。
――それにしてもそう。私がいのなんかに……
頭を抑え、サクラ――いのが体を捩ってうめき声をたてる。内部から抗おうとしている精神にいのの精神が放り出されようとしているのだ。
「サクラ!? っそんなバカな……ッ!」
何が起こったんだと疑問に思っていた観衆たちも、どうやらサクラの精神が抗っているらしいということに気づいたらしい。彼らの興味深げな視線がこの二人のくノ一の精神のどちらが強いのかを見極めようといのに乗っ取られたサクラに注がれる。
「……どうしたんですか? 棄権ですか?」
問いかけるハヤテの穏やかな声に、答えたのは棄権した時と同じ声だ。けれどその声を出した精神は、違う精神だった。
「だぁああああっ! 棄権なんかして、たまるもんですかぁああ!」
――しゃーんなろォッ!
内なるサクラ――それはサクラがずっと胸のうちに隠してきた自分の一面だった。乗っ取られた普段のサクラの精神に変わり、内なるサクラがいのの精神を強引に押しのける。
――な、なんですってえ!?
そんな、あなたどうして。そういう暇もなく、普段の表のサクラの精神がいのによって押さえつけられたことにより、代わりにいつもサクラによって押さえつけられていた内なるサクラの精神が膨れ上がり、その精神エネルギーが巨大化する。
――あたしが術をしくじるなんてっ……!
内なるサクラの両手がいのの意識体をきゅうう、と締め付ける。
――いの! 私の体の中から早く出て行かないと、豪い目にあうわよ!
両手で頭を抑えながらもがいていたいのの精神が、ついにそれを諦めた。
――だめ! このままじゃ、あたしの方がもたない……! 解!
印を結ぶのと同時にいのの精神エネルギーが放出されて、自身の元の体に戻っていく。それと同時に精神的にも肉体的にも消耗していたサクラが地面に崩れ落ちた。
いの・サクラ共に大分消耗しており、息は荒い。息を乱しながらも、いのはサクラをにらみ付けた。
「精神が二つもあるなんて……アンタ何者よ!?」
「美しさと並び立つ強さ……女の子はタフじゃないと生き残れないものよ!」
心転身が解かれたことにはいののチャクラ不足も含まれていたかもしれないが、しかしそれよりも大きいのはサクラのいのというライバルへ対する闘争心なのかもしれない。それがナルトによって呼び覚まされ、結果内なるサクラを覚醒させいのを追い出すに至ったのだろう。
二人が飛び上がって、思い切り駆け出す。疲弊して残りのチャクラも少ない二人にとって、これは最後の一発。皆は固唾をのんで二人を見つめた。
「「これで、――最後ッ!!」」
拳が互いの頬に打ち付けられ、各々の額宛てが吹っ飛び床にぶつかる。二人の口から吐き出された血が空を散る。床に打ち付けられた二人は一度は立ち上がろうとしたものの、しかし直ぐに力尽きてまたどさりと地面に倒れこんだ。
「両者、試合続行不可能。ダブルノックダウンにより、予選第四試合、通過者無し」
いのとサクラがそれぞれの上忍に引き上げられ、十班、七班にリーと九班がそちらに駆けつける。それぞれの仲間や想い人、友達の名を呼ぶ少年少女たちに、カカシはそっと指を口元にあてて静かにするよう合図した。
治療は必要ないだろう。暫く寝ていればさめるはずだ。マナはそっとしゃがみこんで、二人の寝顔を見上げる。どくんどくんと心臓が高鳴った。
緊張してるのかな。呟いて胸元を押さえる。ああ、違うかとマナは二人の寝顔を見て首を振る。
羨ましいのだ。
それは友情に対してだろうか。外貌についてだろうか。個性の強さについてだろうか。
違う、どれも違う。でもこれらでないなら一体何が羨ましいのだろうか。わからない。ただマナの胸には漠然とした羨望だけが残された。
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