レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission Complete ソスピタ
Julius & Alvin
アルヴィンに檄を飛ばされてからしばらく、ユリウスはアルヴィンがいるアーチ下の階段に行った。
アルヴィンはヌイグルミ型増霊極を抱える少女と一緒にいた。
「ぁんだよ。頼まれたってもう励ます言葉なんて出ねえぞ」
「要らないよ。さっきので充分効いた。ただ……話がしたいと思ってな。何でもない話でいいから」
すると、ヌイグルミを持つ少女が「向こうにいますね」と言って彼らのそばを離れて行った。
「……気を遣わせてしまったな。あんな小さな子なのに」
「そりゃ今のおたく見たらチビッコは逃げたくもなるさ」
「そんなに酷い顔をしているか、俺は?」
「無理してんだろーなってのが、俺にも分かる程度にはな」
ユリウスは苦笑し、階段に座っていたアルヴィンの横に腰を下ろした。
「アルフレド」
「何だ」
「ユースティアのこと、どう思っていた?」
ユリウスにとって、初めて会った頃のユティは「使い勝手がよさそうな世間知らずの娘」だった。だが、分史世界での真実と、自分との関係を知らされ、その気持ちは消えた。
別の感情が胸で芽を吹いた。
その正体が分からないまま、当のユティが死んでしまった。
アルヴィンへの問いは、同時にユリウス自身への問いであった。
「どう、か……そうだな、無理やり言葉にすんなら、一緒にいて救われる子だった」
「救われる?」
「あの子は俺がアルクノアだったって知ってた。ジュードたちはそれに触れないようにしてたけど、あの子、初めて会った時にウソツキでいい、って言ったんだよ。『ウソツキのアナタがワタシはいい』って。初めは何のことかよく分かんなかったけど、あの子はさ、俺が元アルクノアだっての気にしなかったっつーか……あいつらがいる時も堂々とそこんとこ言ってくるんだな。だからさ、あの子の前じゃ、アルクノア出身って恥ずかしいことじゃねんだ、って思えた。そのくらいハッキリ懐いてくれてた」
アルヴィンは長く息を吸い、吐いた。
「今なら納得いくわ。きっとユティに処世術とか策謀とか教えたのは未来(ぶんし)の俺なんだろうな。だからあんだけ無警戒に慕ってくれたんだろ。――おかしいよな。一緒にいる時は訳分かんねえ子だとしか思わなかったのに、いなくなった途端に、あの子がどういう子で、どんな気持ちだったか、何もかも分かるなんてさ」
「そうか――」
「おたくは?」
「俺?」
「ユティのこと。あんたはどういうふうに見てたんだ?」
待ち合わせで樹からぶら下がってこちらを驚かせた。
雪の影を撮影したいからとモン高原でビバークまでした。
暗い場所だとユリウスの腕にしっかと捕まってきた。
気まぐれに分史世界で生花を贈るとひどく大切そうにそれを受け取った。
蝶のように舞い、敵を迷わず殺し続けた。
「――俺は、安らいだ。あの子といる時だけは辛い現実を忘れて、穏やかな気持ちになれた」
「だから、安らいだ、ね」
メチャクチャに見えて、それでも本当は、ただの父親が大好きな少女だった。
「俺は、俺はあの子を……」
夜のしじまに惑っていた小さな蝶。
愛した人を救うために己が命を泡のように散らした娘。
レンズ越しに独り「世界の本当のこと」を見続けた蒼眸。
――思い出すほどにきらめいて。
ユリウスは夜光蝶の銀時計を握りしめて俯いた。これが、芽吹いた想いの、意味。
「あの子をもっと……」
どん。アルヴィンが背中を叩いた。ユリウスはかつての弟分に甘え、下を向いて嗚咽を殺しながら、少女との日々を回想した。
――もっと愛して、いたかった――
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