レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission Complete ソスピタ
Ludger & Jude
「もしもし、ヴェルか。今は副社長秘書なんだよな。…………。じゃあ最初で最後の命令だ。マクスバード/リーゼ港にある女の子の遺体。回収してくれ。…………。首を一直線に貫通してる。できれば見てくれだけでも整えてやってほしいんだ。…………。頼む」
ルドガーは通話を切り、GHSをホルスターに戻した。
「ヴェルさん、何て?」
「今からエージェントを向かわせるって。収容はロド総合病院だそうだ。全部終わったら、会いに、行かないとな」
ジュードは安心と切なさが混ざった表情を浮かべた。ルドガーとて分かっている。
全て終わった後、会いに行ってもユースティア・レイシィは応えない。
死んだのだ、彼女は。
「ユリウスさんと一緒にいなくていいの?」
ジュードが目を流した方角をルドガーも見やる。埠頭のアーチの下の階段に、ユリウスとアルヴィンが並んで座っている。
「今はいい。いま兄さんと顔合わせると、八つ当たりしちまうから」
「そう……」
「――なあ、ジュード。結局あいつがしてきたことって、歴史をどのくらい変えたんだろうな?」
世界を創り直すために来た、とユティは語った。彼女の至上目的はユリウスを殺すことだっただろうが、世界を創り直すことも彼女にとって大事なことだったと分かるのだ。あんなに一所懸命に写真を撮り、正史の環境を異常と言いながらも尊んでいた彼女を知っているから。
「分史の偏差みたいに分かりやすいメーターがあればいいのに。どんなワルイコトがイイコトに変わって、どんなイイコトがワルイコトに変わったんだろう。それが分からないんじゃ、ユティがやってきたことの意味も価値も、1コも分かってやれねえよ。あいつは自分を殺してまで俺を生かしてくれたのに」
――悲壮な覚悟も慈愛もない。ただの消去法で自殺しようとした。そんな弱虫野郎の身代わりになってユースティア・レイシィは死んだ。
選ばないで、とユティは前に言った。家族か、友か、その二つしかない選択肢ならどちらも選ばないで、と訴えたかったのだと今は思う。
ユティが選んでほしかったのは、ルドガー、自身。ルドガーが自分に銃口を向けない、ルドガーが生き延びる道。
「僕も……分からない。僕らは神様じゃないから。僕らが生きてるこの歴史を外から俯瞰して、あそことあそこが違った、って比べたりできないし。分史世界の偏差だって、あくまで正史を指標にした相対的なものだったでしょ」
ルドガーは俯いた。視線はどこともない宙を彷徨う。
何でもいいからユティが成した行為に意味づけをしたかった。そうでないと、自分は友人の心を何一つ分からなかった非道い男で終わってしまうから。
「……これは、僕個人の意見だけど」
ジュードが言った。ルドガーはぼんやりと顔を上げる。
「ルドガーはあの時、銃を自分に向けた。ユティがいるのにそうしたってことは、ルドガーが銃を取ることだけはとりあえず絶対に近いレベルで起きる出来事で、それを変えた彼女は、確かに一つだけ、運命を大きく変えてみせたんだ」
ジュードは握った手を胸に当てる。そこに宿った何かを繋ぎ止めるかのように。
「ユティが死んで、本当に胸が、痛い。でも僕はどうしても、感謝の気持ちのほうが強いんだ。死んでしまうはずだった君と、こうして今向き合って話せてるのは奇跡だって、命で教えてくれたんだから。その『世界』を拓いてくれた彼女に」
彼女がいたから自分がいる。彼女が生かしたから自分は生きている。
いまルドガーの中で鼓動を打っているのは、ユティがくれた命だ。
ルドガーは胸を押さえて、泣いて堪るかと、天を仰いだ。
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