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木ノ葉の里の大食い少女

作者:わたあめ
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
  ユヅル

 ――ズクン、ズクン。
 あれからまた一日休んで、バランス感覚の回復してきたマナとはじめ、それに紅丸は出発することにした。マナは長い間木の実しか食べていないのでぐったりとなっている。
 ――ズクン、ズクン。
 まだまだユヅルは目を醒まさなかった。息は小さく、とてもゆっくりとしている。呼吸に上下する胸の動きすら小さいから、時たびその穏やかな寝顔をしてどきっとなることがある。そして慌てて耳を口元に寄せたり、手を左胸にあてたりしてみれば、ひどくゆっくりな寝息と、手の中で小さく震える虫のように脈打つ心臓の鼓動が聞えた。
 ――ズクン、ズクン。

「……そろそろ行こう。ユヅルは私がおぶるから」

 ――ズクン、ズクン。
 頷いて、マナは獣人分身を使った紅丸と共に、しゃがんだはじめの背にユヅルの体を乗せた。首の付け根の灰色の呪印は動く気配を見せない。偶に視線を向ければそこで哂っている――そんな感じだ。
 ――ズクン、ズクン。

「はじめ、ダイジョブかー?」
「大差ない」

 ――ズクン、ズクン。
 はじめが飛び上がったので、マナもその後を追って走り出す。紅丸が術を解いてマナの頭に飛び乗った。
 ――ズクン、ズクン。
 マナの頭は朦朧としていた。多分長い間木の実しか食べてない所為だ、とマナはそれを空腹で片付けてはじめの後を追う。喉も渇いていた。乾いた唇を今一度唾で湿す。チャクラが減ってきたな、そう思ってハッカ特製の兵糧丸を齧ってみたが、効果は全くなかった。
 ――ズクン、ズクン。

「……くっそー……」

 ――ズクン、ズクン。
 どのくらい駆け続けただろう。やっとこさ塔が見えてきたが、ユヅルを負ぶさって走っていたはじめは流石に限界なようで、木の上に腰掛けると大きく溜息を吐いた。
 ――ズクン、ズクン。
 腹を空かせたマナも崩れるようにしてその傍に着地する。はじめから貰った木の実を数個口に放り入れた。途端口の中をなんとも言えない苦味が襲う。ばかな、この木の実は甘酸っぱい味のはずなのになんで。
 ――ズクン、ズクン。

「あーもー、アタシなんか食べ物とって来るー!」
「……任せても、いい、か?」
「任せとけ、はじめはユヅルのことよろしくなー」
「……承知、した」

 ――ズクン、ズクン。
 息絶え絶えに言って、はじめは頷いた。マナは紅丸と共に走り出す。
 ――ズクン、ズクン。
 
 ――ズクン、ズクン。
 火の国木ノ葉隠れの外れ、小さな村にその少年は住んでいた。
 ――ズクン、ズクン。
 少年は呪った。自分を生んだ母も愛しい姉も憧れの兄も、全て全て呪った。
 ――ズクン、ズクン。
 呪いにかかった者達は、或いは行方をくらまし、或いは命を喪い、少年の呪いにかかりし者は、一人も無事ではいられなかった。
 ――ズクン、ズクン。
 少年は呪い続ける。愛しき者も疎ましき者も皆呪いにかかりて危難に陥る。
 ――ズクン、ズクン。
 少年は呪い続ける。己の意思も関係なしに、ただただ呪う。彼が呪うことを望まずとも、彼は呪い続ける。
 ――ズクン、ズクン。
 それが少年にかけられた呪い。「呪う」という呪いであった。
 ――ズクン、ズクン。
 呪印が痛んでいる。呪いの蛇につけられた呪いの印は呪いの少年を、呪いの神の呪いの夢に引き込んでいく。
 ――ズクン、ズクン。
 少年は今眠りの淵に於いて、絶望と憎しみの内に果てていった犬神の夢を見ている。
 ――ズクン、ズクン。
 犬神が呪う。蛇の頭よ砕けてしまえと。絶望と憎しみの内に、お前も死んでしまえと。少年は呪う。
 ――ズクン、ズクン。
 噫、羨ましきと。
 ――ズクン、ズクン。
 呪いの少年は呪いの蛇のつけた呪いの印に引き込まれて、呪いの神の呪いの夢にいる。
 ――ズクン。
 少年は目覚めない。

 +

「ほらよ、はじめ」
「ああ、すまないな。……どうした、顔色が悪いぞ」

 はじめと紅丸にとってきた肉を放り投げる。いつも携帯している木で造ったお碗に肉と水筒の水をいれ、がぶがぶスープを飲んだり肉を食べながら、はじめの言葉には「アタシよりも寧ろユヅルの顔色のが悪いだろ」と返した。
 ああ、と振り返ってはじめは、紫に変色した唇に土気色の肌のユヅルを見て頷く。その額には手拭いが乗せられていた。曰く、先ほどから水を飲ませたりと色々な措置をとっているのだが、中々よくならないらしい。
 紅丸が肉からふいと顔を背けて丸まった。肉を食べながら、はじめも聞いてくる。

「……これは何の肉だ? あまり食べたこと無い味だな」
「何だと思う?」
「……鹿? 兎? それとも……」
「へび」

 怪訝そうに肉を眺めたはじめにそう告げれば、はじめは噎せ返って肉を喉に詰まらせた。その背をバンバン叩いて肉を吐き出させる。はじめは信じられないと言わんばかりにこちらを見つめてきた。

「へ、へび……?」
「そ。森ん中ででっけーのが死んでんの見っけたから、肉切れとってきた。へびスープだよへびスープ」
「お前、よくそんなものが食えるな……」
「お前だって食ってたじゃねーか。それによ」

 アタシ今、お腹空きすぎておかしくなりそうなんだよ。肉を食べても、味がしねえんだ。まるで灰でも食べてるみてぇでさ。
 マナは言いながらスープを飲み干した。もう食べ終わっているらしい。

「……そ、そうか……こっちは暫く食欲でないぞ……」

 お腹空きすぎて味覚を失うのは果たして狐者異らしいのか狐者異にあるまじきことなのかはわからなかったが、マナの感覚がちょっと他人と違っているというのは一応理解できた。はじめとしては大蛇丸なんぞに会った後で蛇なんか見たくもないというもんだ。

「なんかさー、力つく感じはあんのな。チャクラ持ってるからかな、この蛇も。けどよ、味しねえの。なんかなー、他の肉食べたい」
「チャクラ?」

 チャクラを持っている蛇を食べて力がつくなんてことはあるのだろうかと疑問に思ったが、しかしマナは狐者異だ。食に対する感覚は敏感なのだろう――狐者異にはそんなこともあるんだろうなと、はじめはそうすませることにした。

「そろそろ行こうか」
「そーだな。塔いったら何か食えるかも」

 マナが立ち上がり、ユヅルをはじめに背負わせるのを手伝い、二人して塔へ向かって駆け出していく。紅丸はマナの頭の上に縮こまってくぅうんと鳴き声をあげた。
 やっとついた塔に入ると、はじめは雪崩れるように中に転がり込んだ。ユヅルを地面に下ろすなり、どっさりと崩れ落ちる。マナもばったーんと顔から地面に激突し、そしてそのまま動かなくなった。

「い、生きているか、マナ?」

 見ると額から血が流れていた。完璧に気絶している。あたふたしながらはじめは自分のホルスターをまさぐって、そして二本の巻き物がごろごろと地面を転がりながら開いていくのを見て目を見開いた。

「人?」

 人、という文字と共に口寄せの術式。咄嗟に身構えていると、そこから煙りがあがって二十代くらいの女性が現れた。短く切りすぎたみたいな前髪と、キバよりも更に短く、色の薄い茶髪。日に焼けた肌に白い上着で、その上着は片腕だけ袖がない。袖のないその方の腕はもう片方よりやや短く見え、そして生気のない白をしていた。左肩から右腰にかけて奇妙な青いスカーフを巻きつけてあり、右腰と左腰のところに青い結び目がある。スカートは紺で、黒いスパッツを履き、ホルスターも額当ても持たないその女性は、薄い青の瞳を煌かせて、にこっ、と笑った。

「貴女は、」
「私は白腕のユナトって言うの。ハッカとガイの元ちぃむめいと!」

 白腕のユナト、という所でその特徴的な白い腕を持ち上げ、微笑。彼女はマナとユヅルを眺め、「大分消耗してるみたい」と呟くと、またにっこりと笑みを浮かべ、大仰な仕草で両腕を広げた。

「第二の試験突破、おめでとです!」
「へ、あ、……あ、ありがとうございます」
「むー、テンション低いー。皆疲れちゃってるっぽいけどさあ、わあいとかそんなリアクションないのー?」
「わ、わーい」

 唇を尖らして子供のように拗ねた彼女に、引き攣った表情ではじめが万歳、もとい降参のポーズをとった。
 
「とりあえずそこの二人は医務室行きかな。きょーは三日目……早くも遅くもないね。とりあえずお部屋かしたあげるから寝てなよはじめくんも紅丸ちゃんも。紅丸ちゃんは、キバくんたち到着してるからそこで赤丸ちゃんところいってもいいと思うけどね」

 その言葉を聞いて安心したのかはじめは喉を震わせるように長い溜息を吐くと、マナやユヅルたちと同じにばったりと倒れこんだ。紅丸が目を瞑って丸くなる。仕方ないです、と溜息をついてユナトは、部屋の一角にかけられてあった鈴を鳴らして医療班を呼ぶことにした。

 +

「火影さま」

 サバイバル開始四日目、突如として入って来たヒルマとユナトの姿に火影はなんじゃ、と問いかけた。

「アンコ姉さま――失礼、アンコさんに用があって参りました。少しお時間いただけますか」

 アンコ姉さま、というヒルマの声は敬意に満ちていた。ヒルマは幼い頃から自分と一緒に遊んでくれたり、面倒を見てくれたアンコのことを実の姉のように慕っているのだ。ユナトもヒルマの背後で「お邪魔するです」と笑い、ドアを閉じる。

「今回の中忍試験参加者、火の国木ノ葉隠れの里、シソ・ハッカ率いる第九班の構成員いとめユヅルの首の付け根に呪印がつけられておりまして。ユナトさんがアンコねえ、いえ、アンコさんの呪印を見たいとおっしゃっているのですが、」
「そのこと自体は構わないけど……いとめユヅルに? 大蛇丸はうちはサスケに呪印をつけたと言っていたはず……!」

 思わず立ち上がりかけるアンコの手は呪印に置かれている。まだ痛むらしい。アンコは信じられないような面持ちで、ジジイにしかデレないジジデレ女とその傍に立つ、犬神の犠牲になった女の子を見た。

「ええ。……やはり、違っていますね。アンコ姉さまのは黒なのに、あの子のは灰色だ。いとめユヅルのはさして力を持っているわけではなさそうですね。けれど確かに体力を削られています。顔は土気色だし、唇は黒くなっているんです。熱も出ていないのに、ひどく具合が悪そうで」
「力を持っているわけではない呪印……でもそれでもきっといとめユヅルを殺すには十分なのかもしれないわね。……でもどうしていとめユヅルを――?」

 その狙いが犬神であるとしても、ユヅルが死ねば犬神は他者の体に憑依するし、それにそもそも笑尾喇をつくったのは大蛇丸だ。アンコは元師匠であった大蛇丸がそれをつくっていたことを知っているし、その力を最初に試されることになったのがヒルマの母だったことも。
 そしてヒルマの母は殺されて、大蛇丸に使い捨てにされたアンコはヒルマと共に木ノ葉に保護された。幼いヒルマは大蛇丸のことは覚えていなかったけれど、憎悪と絶望に狂って世界を呪った犬神に白い瞳の母親が殺されることだけは鮮明に覚えていたらしい。
 呪印はよほど精神力が強い者で限りとても負荷できるものではなく、最悪の場合そのまま死んでしまう。アンコは呪印を与えられて尚生き残った数少ない人間だ。
 自分はあの時高熱を出して苦しんでいたのを憶えているが、ヒルマとユナト曰く、ユヅルの顔色は悪くても寝顔は穏やかだという。

「あたしが直々に見てくるわ。どこ?」
「こちらです」

 アンコが連れられた病室に、土気色の顔に黒く変色した唇の、死人のような子供が眠っていた。息はしている。額に触れてみたが熱を出しているようではないし、呪印に目を向けると確かに灰色をしている。変ね、とアンコは呟いた。大蛇丸の目的がわからない。サスケが標的ならばサスケにだけしておけばいいものを、何故ユヅルにまで?

「とりあえず、この子のチームメイトに会わせて。それからハッカにもね」
「ハッカは、昨日九班到着直後にユヅルくんの具合が悪いと告げると断末魔みたいな叫び声をあげて“待っていろユヅル、私が世界一周してでも貴様を治す薬を見つけ出してやる!!”と宣言しつつ世界一周に出かけたです」
「……あの人バカ? いくら彼が木ノ葉最速のミントだとしても、そんなことできるわけないじゃない」

 呆れて目を回すアンコにヒルマが苦笑し、ユナトは「ガイそっくりです」と肩を竦めた。

「まあ、逆立ちで世界一周と言わないくらいまだマシでしょう」
「その内言い出すと思うです。ま、明日にはきっといち早く戻って誰よりも早く第三試験場で待機してるはずです」

 ユナトが呟くように言う。
 果たしてユナトの予言は実現した。 
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