P3二次
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XI
土曜日、日曜日と裏瀬くんは寮に顔を出さなかった。
連絡をしてみても不通。
桐条先輩らに事情を話して今日の昼に江古田先生に事情を聞きに行ったのだが……
江古田先生、そして件の女生徒の一人である森山さんは学校に来ていなかった。
前者からは欠勤の連絡が来たそうだけど――――違う。
恐らくは、裏瀬くんが何かをしたのだ。
土曜の夜に別れた時の彼は酷く怖い顔をしていた。
よっぽど山岸さんって子のことが大事なのだろう。
…………こんな時に嫉妬してしまう自分が嫌い。
「だーかーらー……今、裏瀬さん忙しいんすよ。桐条だか何だか知らないけど、こればっかりはねえ」
「話を通して貰えれば分かる。彼に言伝を頼む、山岸風花の件で来たと」
裏瀬くんの暴走を危惧した私達は午後からの授業をサボって開店前のエスカペイドへ来ていた。
それで桐条先輩がバーテンさんに話をつけているんだけど……
「忙しい、そう言ってるでしょ?」
前の時は怯んだフリだったようで、バーテンさんは頑として拒否の姿勢を示している。
「今のあの人、キレてんでね。マジで遊びがないんだ。お分かり?」
怒りで思考が鈍っているのではない。
むしろその逆で思考が純化していると言うことだろうか?
「それに、アンタが居るのが特にマズイ」
「私が?」
何故桐条先輩を指名されたのか、本人も疑問なようで困惑している。
「普段なら割と他人の意を汲んで口出しとかはしないり理解を示すタイプだけど、さっきも言った通り遊びがない」
言い方を変えるならば余裕がないと言うことだろう。
それほどまでに切迫している彼は見たことがない。
「そんな時に顔出して見ろよ――――アンタの驕りで余計に火を注いじまう」
「驕り、だと?」
桐条の先輩の声が剣呑さを帯びる。
一体どう言うことかと他の人を見るけれど皆も渡しと同じように困惑しているようだ。
「怪談の件、アンタも気になってたんだろ? だから岳羽ちゃんを焚き付けたりした。
僅かな引っ掛かりがあったってのは否定出来ない。となるともう、驕りと言う他ないだろう」
呆れたようにバーテンさんが唇を吊り上げる。
「俺らでもかなりのことは調べられた。たかがチンピラだぜ? じゃあ桐条ならどうよ?
マンパワー、資金、比べるべくもない。それをフル活用してりゃ、二日の時点で調べはついてたはずだ」
一日に怪談の話が出た、そこで桐条が動けば発覚は早かったはずだと指摘する。
「……!」
「裏瀬さんは気になると思えば即行動の人だ。そこに手抜きは一切ない。今回の件はちょっとアレだがね」
…………確かにそうだ。
桐条先輩ならばもっと有効な手を早くに打てたはずだ。
気になると言いつつゆかりを焚き付けるような真似をしなくてもよかったはず。
「切れる札を切らずに後手に回って無様晒す。それは裏瀬さんも同じだが……
この件に関しちゃ俺の手抜かりだ。キツク言い聞かせてればそれで終わってたんだしな。
軽く脅しつける程度で済ませずに身体に教え込まなきゃ馬鹿は覚えないってのによぉ……情けねえ」
山岸さんのイジメを止めたのは裏瀬くんで、この人に命じたのだろう。
で、それを二人共負い目として感じている。
裏瀬くんもバーテンさんも自分の甘さを恥じているのだ。
だからこんなにも苦い顔をしている。
「家の力に頼りたくない? まあ、そう言う気持ちも分からんでもないよ。あの人だってそこらは分かってる」
けど、今の状態でのこのこ顔を出せば――と言うことだろう。
「まあ所詮は結果論って言えばそこまでだが、人間は理屈じゃない。分かるだろ?」
「……ああ」
「正直、今のキレてるあの人に近付いて身の安全を保障出来るかは分からんのよ」
裏瀬くんやバーテンさんが責任を感じているように、桐条先輩も負い目を自覚したようだ。
誰も彼も、責任感が強すぎる。
非の在り処を自分だと思ってしまう、美徳とも言えるが……正直生き辛いとも思う。
「だが、それならば尚更私も退けん。悪罵であろうと何だろうと喜んで受けよう。だから――――」
「ああもう頑固だなアンタ! マジ勘弁してくれよぉ……」
中間管理職の悲哀と言うべきかな? 何とも哀愁を感じてしまう。
だから私も助け舟を出そう。
「バーテンさん――――私達、絶対役に立ちます。裏瀬くんに利益を齎します」
「…………嫌な言い方だなぁ」
此方を気遣いつつの辛い言葉を吐いたりもするけど、あくまでバーテンさんは裏瀬くんのために動いてる。
不利益にしかならないと分かっているからここを通そうとしない。
けど、役に立つと言われたら……示せる根拠なんてなくて、信じてもらうしかないのだけど……
「必要とあらば桐条の力も使おう。それならばどうだ?」
桐条先輩は頭が回る。
だからこそ有効な札を切って見せた。
さっきバーテンさんはこう言ったのだ。
マンパワーも金も桐条とは段違いだ、と。
ならば桐条先輩の言葉は、否定出来る要素がない。
「はぁ……OK、分かった分かった。俺の負けだよ」
「すまない、ありがとう」
「待て。その前に二つ忠告だ」
「忠告?」
「奥へ行くんなら――――ショッキングな光景が広がってると思ってくれ」
ショッキングな光景……桐条先輩と真田先輩はピンと来てないようだが私達は別だ。
土曜の夜、私やゆかりは裏瀬くんの暴力を目にした。
確たる理由を以って効率的に凄惨な光景を彼は作り上げたのだ。
きっと似たようなことがこの先では行われている……
「んでもう一つ、俺は止めた。ここから先へ進むのは自己責任だ」
「わ、分かりました。忠告、ありがとう御座います」
バーテンさんに礼を述べて奥の扉を開けると――下着姿の男女が床に転がっていた。
「き、君は桐条君かね!? た、助け――――」
男の方は古文の江古田先生だった。
「黙れ。俺は発言を許可してない。もう一本いっとくか?」
ソファーに腰掛け冷たい目で江古田先生を見つめている。
その手に持っているのはダーツで、よく見れば先生の身体に何本か刺さっている。
「…………!!」
「裏瀬! 君は――――」
「先輩ストップ! さっき言われたこともう忘れたの? ねえ裏瀬、何でこんなことしてんの?」
常識的な感性から激昂しそうになった桐条先輩をゆかりが制する。
私も唖然としてたから、そのサポートには助かった。
「岳羽か。昨日お前言ってたわな、江古田はこのこと知ってんのかって」
「う、うん」
「知ってたよ。んで情報を止めてたのもコイツ、更に言わせてもらうならイジメについても知ってやがった」
確か江古田先生はE組の担任で……うわぁ、そう言うことだったんだ。
「わ、私は――ァギィイイイイイイ!!」
「だから個人的制裁兼――――そこの馬鹿への見せしめがてらこうやってんだ」
馬鹿と呼ばれたのは色黒の女生徒、如何にもなギャルだ。
彼女に情報を吐かせるために江古田を甚振っているのだろう。
それもダーツと言う痛みを想像し易い方法で。
「コイツだけ足取りが追えんかってな。さっき拉致って来たばっかなんだわ。なあ?」
「違うのよ……こんな……こんなことになるなんて、思わなかった……」
彼女の顔に浮かんでいるのはは江古田がされていることへの恐怖だけではないように見える。
「俺への嫌がらせ、風花に対しては遊びのつもりだったんだろ? んなこた分かってんだ……よ!!」
女生徒の顔のすぐ横にダーツが突き刺さる。
わざと外したように見えるけど……本当は当てたかったようにも見えた。
理性で最善を選び取って無理矢理外したが……今の裏瀬くんは感情が剥き出しだ。
「俺が聞きたいのは何をしたかってことだ。答えろ、俺もいい加減おかしくなりそうなんだ」
…………初めてかもしれない。
こんな裏瀬くんを見たのは。
焦燥、怒り、それらを無理やり押し殺して冷静に振る舞おうとしているが、出来ていない。
どこまでも人間らしいそんな……ああ、それだけ山岸さんが大切な人なのか。
本当に自分が嫌になる。
羨ましいだなんて思ってしまう自分の浅ましさが嫌だ。
「五月二十九日……風花を体育館に連れてって……外から鍵をかけて……」
「閉じ込めたのか!?」
桐条先輩が驚きも露わに叫ぶ。
私だってそうだ。
もし、山岸さんが閉じ込められたまま零時を迎えてしまっていたならば……
「よ、夜中んなって自殺とかされるとマズおからってマキが一人で学校行ったんだ……でもマキ帰って来なくて、翌朝……」
「校門の前で倒れてた、か」
ゆかりの顔もまた険しい。
それだけ彼女らがやったことは悪質なのだ。
「風花を出さなきゃって体育館行ったらまだ鍵が掛かったまんまで……
ヤバいって開けたんだけど、そしたら風花消えちゃってて……
アタシらビビって次の晩から夜な夜なあの子を探しに行ったの……
でもその度、行った子が帰って来なくて……みんな次々マキみたいに……!」
彼女の顔に浮かんでいた恐怖、その理由の一つがこれってわけだ。
正直なことを言わせてもらうならば自業自得だ。
「――――もういい。馬鹿の自業自得だ。喋るな。息が臭い」
有りっ丈の悪意が感じられる声色。
裏瀬くんの顔は能面のようだった。
「なあ江古田ぁ、学歴に傷がついちゃいけない……そんな理由で親を丸め込んでよぉ、保身に走るのは楽しいか?」
「こ、子供には……ご、ごめんなさい! わ、わわ私は――――」
無言のまま立ち上がった裏瀬くんはそのまま歩み寄って、江古田を蹴り飛ばした。
蛙が潰れたような悲鳴が上がるが――これも自業自得だ。
「下衆め……!」
桐条先輩は怒りと自責を滲ませた声で江古田を罵った。
「江古田、森山、風花が見つからなかったら落とし前はキッチリつけさせてもらうぜ」
「ま、待ってくれ! わ、私は何もしていない!!」
「発覚を遅らせるような真似をしたのに? ああもういい、言い訳は飽きた」
淡々とした声が恐怖を誘う。
それは私達に向けられているわけではないのに……
身を焼くような嚇怒の念がヒシヒシと伝わって来るのだ。
「ヤクザの情婦、んでテメェは……臓器、かな? オッサンだがそこそこの値で売れるだろう」
聞いているだけで怖気が走る。
そんな中、
「――――待て裏瀬」
桐条先輩が制止の声を上げる。
「あ?」
「君は今、冷静ではない。怒りは分かるが、余りにも苛烈すぎる」
「当たり前だろ。俺は正道でことに当たっちゃいないんだ。公共の敵らしいやり方をさせてもらってる」
スゥっと裏瀬くんの瞳が細まっていく。
「ついでに言うなら、ここへ踏み入ったお前ら――――目撃者だわな。俺のやり方の」
口封じ、唇がそう動くのが見えた。
「制止の声を振り切ってここへ来たんだろ? じゃあ覚悟は出来てるよな?」
マズイマズイマズイマズイ、バーテンさんの言ってたことがモロに当たってしまった。
今の裏瀬くんに冷静さはもう欠片もない、あるのは激情だけ。
「待て! それは私が無理矢理ここへ来ただけで彼らは――――」
「ごちゃごちゃペラ回してんじゃねえよ!!」
桐条先輩の細い首に裏瀬くんの手が押し付けられる。
そのまま壁に押し付けられた先輩が小さな呻き声を上げ、真田先輩が止めに入ろうとするが……
「裏瀬お前!!」
「――――動くな真田、コイツの首圧し折るぞ。桐条の御嬢様だか何だか知ったこっちゃねえ」
「…………ッッ!」
誰一人動けなかった。
人間に本来備わっているはずの傷付けることへの忌避感など彼にはない。
冗談抜きでこの場に居る全員が死ぬかもしれない。
「……しの、話を聞け」
桐条先輩の腕が自分を掴んでいる手首を掴む。
それによって拘束が緩み激しく咳き込む先輩。
だが、その目は真っ直ぐ裏瀬くんを見つめている。
「ここで、起きたことは……誰にも口外させない。万が一漏れようと、桐条の力で揉み消す。
マスコミであろうと警察であろうとあらゆる圧力を以って消させてもらう。
だから……冷静に考えてくれ。彼女や江古田を、非合法な手段で罰する必要はない。
我々が山岸を救い出せばいいだけだ。報いは十分受けただろう……?」
苦しそうにしながら、それでもハッキリと桐条先輩は告げる。
…………何とも強い人だと思う。
けど、ここに来る前にバーテンさんが言ってたように――人は理屈じゃない。
正論だけで動かせるほど出来た生き物ではない、先輩はそれを分かっているのだろうか?
「無論、これだけでは信を得られまい。何せ言葉だけなのだからな。ゆえに……」
言うや裏瀬くんの右太腿に巻かれてあったホルスターに手を伸ばす。
そこには刃渡り三十cmほどのナイフが収められていた。
江古田達に使うつもりだったであろうそれを一体何に――――
「――――行動で誠意を示そう」
刹那、紅い華が咲く。
桐条先輩が自分の左手の甲を刺したと理解するのが一瞬遅れた。
「ッッ……! これを以って誠意とさせてくれないか? どうか落ち着いて欲しい」
「――――」
驚きに目を見開いていた裏瀬くんだが、すぐにその顔を手で覆った。
「……ふぅ、アンタ意外と過激なんだな」
「君程ではない。それで、どうだろうか? 望むならばもう片方も貫くが……生憎ナイフを握れそうにない。君がしてくれ」
桐条先輩の目はどこまでも真剣で、この場に居る誰よりも裏瀬くんに近かった。
一般人とは隔絶した域でものを考える人間が居る。
それは俗に天才なんて言葉で評されるが、二人は正にそれだ。
常人の理解出来ない範囲で分かり合っている。
「――――悪かった。少し、頭に血が上り過ぎてた。オーライ、もう落ち着いたよ」
顔から手が外される、そこにあったのは何時もの軽薄な表情だった。
裏瀬くんは謝意を述べた後、部屋にあった薬箱のようなものを手に応急処置を施し始める。
ものの数分ほどで処置は終わり、先輩の手には包帯が巻かれていた。
「応急処置だ。後で病院に行った方がいい」
「ああ。だがそれよりも何よりも優先すべきことがある。君の止血が的確だから死にはしまい」
「剛毅な女だ……悪い、俺はちょっとアンタ見縊ってたらしいわ」
「いや、それも仕方のないことだ。私は――バーテンの彼や君が言うように、色々と驕っていたらしい」
「アイツ……余計なことを……」
口ではそう言いつつも裏瀬くんは少し嬉しそうだった。
彼とバーテンさんの間には確かな信頼関係があるようだ。
「ああそうだ、罪悪感……葛藤、そんなものをする資格など私にはないのにな……」
「桐条?」
「いや、何でもない。それより詳しい話を詰めよう。とりあえず彼らを隔離出来ないか?」
「分かった」
桐条先輩の言葉で江古田の顔が喜色に染まる。
だが、
「何かを勘違いしているようだな江古田教諭。先程言っただろう? 下衆、とな」
桐条先輩の氷のように冷たい声が響き渡る。
「森山、彼女がやったことは許されざるものなのは確かだ。
何せ人の命を遊びで害そうとしたのだからな。そんなつもりはなかった? だが結果はこうだ。
結果は総てに優先する。そして江古田、貴様もだ。貴様のくだらない保身が山岸風花の身を危ういものにさせた」
時は待たない、時は平等なのだ。
江古田のくだらない誤魔化しがなければ……そんなIFを考えてしまうのは仕方ない。
だって私達は人間だから――悔やんでしまうのだ。
「裏瀬の処置はやり過ぎだが、かと言って非が貴様にないかと言えば否だ。
命は助けよう。だが口を噤め。もし山岸に何かあれば私は貴様を消すことに何の躊躇いもない」
その言葉に江古田の顔が蒼白を通り越して死人のそれに変わる。
…………先輩の中でどんな意識の変革があったかは分からない。
けど、裏瀬くんとのやり取りで何かが変わった――――正に氷の女帝。
「仮に助かった――いや、山岸は恐らく得難い人材だ。必ず助ける我らがな。
が、それでも貴様に何の咎もなしと言えるほど私は優しくはない。桐条の圧力を使い、二度と教壇に立てないようにしてやろう」
「ま、待ってくれ! な、何もそこまで……」
「黙れ! 教職の本分を忘れ保身に走った人間を許せるほど私は寛容ではない」
桐条先輩の大喝破、裏瀬くんの炎のような苛烈さはない。
彼女のそれは凍てつく氷獄のごとき冷たさだ。
「が、この件に口を噤み、総てを胸の裡にしまって心を入れ替え教師として生きるのならば許そう」
「する! します! わ、私はこのことを口外しないし、だから――――」
「分かった。そして森山、君もだ。余計なことを言えば……分かるな?」
何と鮮やかな手腕だろう。
恐怖を掴んであっと言う間に口止めを確約させた。
反故にされても桐条の力を使えば容易い、何て辣腕……
「裏瀬、これでいいかな?」
「……ぐうの音も出ねえ。見事な仕切りっぷりだ」
裏瀬くんは先程までの怒りはどこへやら、もう完全に落ち着いていた。
「――――美鶴、俺はアンタに従うよ」
あ、名前…………
「ああ、ありがとう」
後書き
仮にも将来的に桐条を背負って立つから
多分先輩もこれぐらいやってくれるんじゃないかなって今回の話を掻きました。
それと、主人公が色々乱心してた理由は次回詳しく描写します。
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