レンズ越しのセイレーン
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Mission
Last Mission アルケスティス
(1) マンションフレール302号室~ロドマンション
前書き
これはシアワセだけを編み上げたモノだから
懐かしい夢を見ている。
――“今日から俺が、君の家族だ”――
ユリウスに引き取られて2年ほど経った頃だった。幼いルドガーは雷が苦手で、いつもユリウスに飛びついて震えていた。
ユリウスは13歳でルドガーは5歳。今から思い返せばさぞ迷惑だっただろうに。ユリウスは決してルドガーを突き放さず、雷が去るまで膝に抱いてくれていた。
――“こうすれば怖くないだろ?”――
大きく硬い掌がルドガーの両耳を塞いだ。雷鳴は完全には消えなかったが、耳を覆う兄の手から兄の心音が聴こえて、とても安心した。
寝る時間になっても天気が崩れたままだと、言い出せないルドガーの様子を察して、いつもユリウスのほうから提案してくれた。
――“今日は一緒に寝るか”――
この歳になって考えると、自分は本当にユリウスに甘えっぱなしだったのだと気づかされる。
いつから自分は兄の愛情を疎ましく感じていたのだろう。自尊心の芽生え、思春期、理由はきっとどれもありふれたもの。それくらい自分でできる、と言っても聞く耳持たないユリウスが――本気で大嫌いで、本気で大好きだった。
もう戻れない。ルドガー本人が突き放してしまった。押し込めた情念を身勝手にユリウスにぶつけて、ユリウスがルドガーに費やしてくれた歳月を否定してしまった。
もう、戻ることなど、できないのだ。
朝もや消えやらぬ早朝。アルヴィンのアパートにユティが訪ねてきた。
「どした、ユティ。朝っぱらから」
アルヴィンは覚めたばかりの目を幾度もこすり、何とか対応する。
「渡す物があって来た」
ユティは紙袋から、洒落た包装紙とリボンで飾られた平べったい品を出し、アルヴィンに突き出した。
「アルフレドにプレゼント」
「お、嬉しいね。けど急にどうしたよ」
「今あげるのが一番いい気がした」
アルヴィンは訝しみながらも封を開けようとする。するとユティがそれを両手で止めた。
「――連絡、入ったよ。今日、ビズリー社長、『カナンの地』へ向かうって」
寝起きの気怠さが吹き飛んだ。
「どうするんだ」
「もちろんルドガーに付いてく。それがとーさまの言いつけだもの」
「当のルドガーはどうするって言ったんだ?」
「――死にたくない、って」
「そうか……」
ルドガーが死を拒む。それは「魂の橋」を拒むことを意味する。安心し、同時に落胆もした。そして何より、中途半端な自身が情けなかった。
自省していると、ふいにユティがGHSを取り出して何やら操作した。直後、アルヴィンのGHSのバイブが振動した。
「ユリウスの番号とアドレス、送っといた。――必要、でしょ?」
「……そうだな」
ルドガーを「橋」にしないなら、残る候補は一人だけ。そしてこちらには情状酌量はできない。
分かっていた。それでも幼い日を思い出し、アルヴィンの胸の決意は鈍った。
「ココから先は修羅の道」
静かに、持ちっ放しだった「プレゼント」に手を置くユティ。
「だからコレはまだ開けないで」
じっ、とアルヴィンを見上げる蒼眸。アルヴィンはそのまなざしの強さに気圧された。
「全部終わってから、見て」
後書き
最終章に入りました。木崎です。
ユリウスを見捨てなければいけない最悪のタイミングでユリウスが恋しくなるような夢を見てしまったルドガー。運がいいのか悪いのか。
夢って案外現実の行動に影響を与えるんですよね。今まで心に沈んでたことを夢に見ると、急にそれが恋しくなったり。難しい感覚でうまく文章にできませんね。すみません。
公式でユリウスがルドガーに語った昔話はクラウディアの記録から推察した作り話という設定がありましたが、資料集が出る前に書いたので、ルドガーの中で冒頭のユリウスの思い出は本当にあったことという扱いにしました。あしからずお読みください。
この先はもう後書きも書けない勢いで書いていきたいと思います。頑張ります。もう少しお付き合いください。
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