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皇太子殿下はご機嫌ななめ

作者:maple
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第35話 「さあ、こちら側に来るのだ。ラインハルト」

 
前書き
今週も忙しかった。
もうやだー。 

 
 第35話 「夜空の星の瞬く影に」

 悪(ルードヴィヒ)の笑いが木霊する。
 星から星に泣く人の、なみだ背負って宇宙の始末。
 銀河帝国皇帝フリードリヒ四世。
 悪(ルードヴィヒ)に泣かされ続けている、ラインハルト・フォン・ミューゼルよ。
 余が手を貸してやろうではないか。
 のう、ラインハルト。ともにやつをぎゃふんと言わせてやろうではないか!!

 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムです。
 俺はあいもかわらず、引き篭もりの日々。
 もう数ヶ月も、宰相府の敷地から一歩も外に出ておりません。

「こんな事でいいのかっ!!」

 そう自問自答する日々を過ごしています。
 書類の山を切り崩し、嘆願書の森をかき分け、法案の海を乗り越える。
 インドア・サバイバーな、俺。
 人は俺を銀河帝国宰相と呼びます。
 
 これが帝国宰相の日々じゃあ~。
 泣きながらパンを齧った事の無い奴には解るまい。
 ノイエ・サンスーシの囚われ人。
 改革の結果、俺の生活はよくなるのだろうか……?
 よくならないのであれば、夢の希望もありゃしない。
 贅沢は言いません。
 一月に一日でいいんです!!
 休みが欲しい。
 労働基準法を制定するぞー。
 農奴でさえ、十日に一度は休みがあるというのにっ。
 何で俺だけー。
 憎い。
 休みを取ってるリヒテンラーデのじじいと、ブラウンシュヴァイクが憎い。
 親父は親父で、ラインハルトを利用して、何か悪巧みを考えてやがるしよぉ~。
 まったくどいつもこいつも。
 ろくなもんじゃねえな。けっ。

 ■幼年学校 ジークフリード・キルヒアイス■

「キルヒアイス。やつを何とかしなくては、ならないと思うんだ」
「ラインハルト様……」

 幼年学校の寮内で、ラインハルト様が握りこぶしを振り上げて、力説しております。
 話題になるのは、決まって宰相閣下。
 打倒、宰相閣下に燃えるのは結構ですが……。
 そのドレスを脱いでから仰ってください。

「いきなり脱げ、だなんて……」
「悪い意味で、宰相閣下に影響されていますね」

 わざとらしく、頬を赤く染めるラインハルト様に向かい、嫌味ぽく言ってはみたものの。
 ラインハルト様は、一向に応えた風もありません。
 ずいぶん、ふてぶてしくなったものです。

「諸悪の根源である、皇太子をなんとか、とっちめてやろうと思う」
「やめた方が良いと思います。返り討ちにされるのが、目に見えるようですから」
「何ということを……。やる前から諦めてどうするっ!!」

 握ったこぶしをぶんぶん振り回して、力説しておられますが、動くたびにスカートが揺れる。
 そういえば、最近はあまり、ラインハルト様のズボン姿というものを、見てないような気がしますね。
 これでいいのでしょうか?
 わかりません。
 というか、わかりたくありません。
 わたしはまともです。正常です。ノーマルなんです。
 ラインハルト様とは違う。
 同類とは思われたくない。壁に掛けられているわたし用のドレスを睨みつつ、そんな事を思う今日この頃……。
 帝国はどうなってしまうのでしょうか?
 この腐った幼年学校内でも、わたしだけでもまっとうに生きなければっ!!
 両親の願い通りに教師になるべきかもしれない。それとも経営学を学ぶべきか。だけど軍人にならなければ、学費を返還しなければならない。宰相閣下はそれぐらいは、出してやろうと仰ってくださっている。甘えた方がいいのだろうか……。
 悩んでしまいます。
 それにやる気があるのも結構ですが、相手は“あの”宰相閣下です。
 正直言って、ラインハルト様では、勝てそうにありません。

「またおしりぺんぺん、されますよ」
「言うなっ!!」

 ラインハルト様がわなわなとこぶしを震わせて、俯いてしまいました。
 よほど悔しかったのでしょうか?
 しかしながら宰相閣下は、ラインハルト様をからかうのがお好きですし、またラインハルト様も、一々反応するから遊ばれてしまうんです。
 しらっとした顔をしていれば、つまらなくなって、からかってこなくなると思いますね。

「いやだ!! あいつをぎゃふんと言わせてやりたい」
「またまた~」

 無駄な事を、という言葉を飲み込みました。
 その反応がいけないと思うのです。
 からかってくださいと言わんばかりの、その態度。
 実は結構、楽しみにしていませんか?

「そんな事は無い。ないったら、ない」
「ふう~ん。そうですかー」
「なんだ、その目は?」
「いえ、なにも~」

 何というのか……。
 宰相閣下にじゃれついているようにしか、見えませんよ。
 アンネローゼ様に甘えていたのが、そのまま宰相閣下に移行してしまったようです。

 ■フェザーン自治領府 ブルーノ・フォン・シルヴァーベルヒ■

 フェザーンにバカな貴族と、ヨブ・トリューニヒトがやってきた。
 一目見た瞬間、宰相閣下の仰る事が理解できた。
 まともに相手をしないほうが良い。
 確かにその通りの奴だった。
 バカな貴族の方はトリューニヒトの所へ行っては、交渉の真似事をしているが、バカの考え休むに似たり。トリューニヒトの方が辟易しているらしい。
 ざま~みろって。
 権限も与えられていないのに、交渉の真似事をしている時点で、失点なのだ。
 家が取り潰されるかもしれない、という事も分かっていないらしい。
 バカな、本当にバカな貴族どもだ。
 さ~まとめて潰そう。

「まったく、なにを楽しげにしているのか」
「なにを言う、オーベルシュタイン。これも帝国改革の一環である」
「ただの悪趣味だ。宰相閣下は趣味で人を貶めたりはせぬ」

 まーそうかもしれないなー。
 あのお方は、フェザーン商人のように利に敏い方だからな。

「それにしても同盟側の政治家だけでなく、軍人も宰相閣下と会いたいらしい。捕虜交換の際、会談の場を作って欲しいと、言ってきてるぞ」
「なにを話したいのだ。それによっては宰相閣下も、会談の場を設けることに異存はあるまい」
「宰相閣下の事を知りたいだけだろう」
「ばかばかしい。そのような事では、論じるに値せぬ」

 一刀両断だな。
 あっさりと切り捨てやがった。
 同盟の連中の好奇心のためだけに、忙しい宰相閣下のお時間を取らせるわけにもいくまい。
 オーベルシュタインも熱くなってきた事だし、話題を変えるか。

「ふむ。卿の言う事には一理あるな。その件はこちらでも考えておくが、ところで卿は結婚しないのか?」
「突然なにを言い出すのだ?」

 おや、驚いているな。
 もう少しつついてやろう。

「いや、大事な事だぞ。いま帝国は人口増加、拡大策を講じている。政府の中枢にいる卿が、結婚しないというのは、不忠になるのではないか?」
「障害のある私と結婚しようという女性などおらぬだろう」
「なにを言う。劣悪遺伝子排除法は廃法になったのだ。そのような事は問題にならぬ。それとももしかして卿は、ラインハルトの様な者が好みなのか?」
「違う。違うぞ。私はまともだ。あれは宰相閣下が、ラインハルトをからかって遊んでいるだけだろう」
「そうだろうな。宰相閣下もお疲れだ。ささやかな楽しみがあっても良いだろう」
「ラインハルトは、反応するからいかんのだ。相手にしなければ良いものを」
「だから、からかわれるのだ」
「まったく困ったものだ」

 いかん。話を逸らされてしまったようだ。
 しかしこれ以上は、俺も結婚していない事だし、薮蛇になりそうだ。

 ■自由惑星同盟軍統合作戦本部 アレックス・キャゼルヌ■

「よう、よくきたな」
「キャゼルヌ先輩、お邪魔しますよ」

 ヤンのやつとアッテンボローが揃ってやってきた。
 用件は多分あれだろう。
 あの皇太子の演説。あれを演説と言っていいのかはわからないが。
 つい先日、捕虜交換に先立って、皇太子が同盟、帝国の両方に向けて通信を発した。

『銀河帝国宰相ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
 帝国と同盟に囚われている兵士諸君。
 ずいぶん長く待たせたが、諸君らは故郷に帰ることができるようになった。
 諸君が出征した時よりも、少しはマシな帝国になったと自負している。
 帝国の兵士達には、不安もあろうが心配しなくていい。
 安心して帰って来い。
 帰還する兵士諸君は、軍に戻るも良し。民間に入るも良し。好きに選ぶといい。
 どこに行こうと、それぞれの階級を一つ上げ、新たな階級に応じた恩給を持って応えるつもりだ。
 帝国は諸君の故郷だ。
 良い思い出もいやな思い出もあろうが、それでも故郷に違いない。
 帰っておいで。俺が出迎えるから。
 そして諸君の顔を見たとき、改めてこう言わせてもらおう。
 おかえりなさい、と』

 これを聞いたとき、驚いたね。
 これが銀河帝国皇太子にして帝国宰相の言葉かと。
 そして本気でイゼルローンまで、出迎えるつもりなのだ。

「故郷に帰っておいで、ですか」
「あれには驚きましたね」
「しかしうまい手だ。政治的な発言ではなくて、郷土心に訴えてる。帰参した兵士達は、皇太子の帝国改革の強力な支持者になるだろうな」

 おや、ヤンのやつが何か考え込んでいる。
 どうしたんだ?

「前から考えていた事ですが……」
「どうした?」

 ヤンのやつ、言おうか言うまいか迷っているようだ。

「あの皇太子。同盟の事を歯牙にもかけていないような態度を見せています」
「相手にしていない? そんな事は無いだろう」
「ええ、内心はどうであれ、対外的には相手にしていないように、見せかけています」
「どういう事ですか?」
「それが分からないんだ。一見して和平を考えているのかとも思ったんだけど、それだけでもないようだし、かといって好戦的でもない」
「だがお前さん、前に言っていただろう。こちらが手も足も出ないぐらい追い込んでくるって」
「ええ、それは確かに今でもそう考えています。ですが……」

 いったいなにを考えているのか、分からないか。
 嫌な気分だな。
 まるで気づかないうちに、首を絞められているような気がしてきた。
 気づいたときには、窒息する寸前になりそうな。
 思わず自分の首筋を押さえた。

「しかし相手にしてないって、どうして分かるんです?」
「同盟の事を話題にして無いからだろう。最初に帝国と同盟の兵士諸君と言ったっきり、同盟の事を出していない」
「あくまで帝国の兵士達を相手に語りかけているんだ」
「そして帝国はトップにいる皇太子にして宰相が、自ら帰っておいでと語りかけた。翻って同盟はどうだ?」
「政治家は支持率と納税者が増えることだけを考えていそうです」
「政府の誰も、帰還兵に帰って来いとは語りかけていない。この差は大きいぞ」
「あの皇太子は人間を分かっているんですね。うちの親父も同じような事を言ってたのを、思い出しましたよ」
「そういえば、アッテンボローの親父さんはジャーナリストだったな」

 人間、人の心か……。
 それを分かっている皇太子が改革を行っている。
 いまよりマシな帝国。いまよりマシな未来。いまよりマシな……。
 未来を信じられるというのは、何よりも強い。
 皇太子の命令一つで、兵達が死地に赴く。飛び込んでいく。
 いまよりもマシな未来を、帝国を作るために。

「こうして見ると、皇太子が出征を控えていたのも、計画通りだったのかもしれません」
「どういう事だ?」
「皇太子は無駄な戦いはしない。無駄に兵を殺さない。必要な段階で必要なだけ軍を動かす。逆に言えば、皇太子が軍を動かすときは、必要な戦いであると思わせることができます」
「なら、兵は文句一つ言わずに戦うだろうな。皇太子の指揮の下に」
「未来を作るために、ですか」

 こ、怖いな。これから同盟が戦うのは、戦争に嫌気が差している軍じゃない。
 未来を作るために死に物狂いで向かってくる軍だ。
 あらためて怖い相手だと思う。
 あの皇太子。この銀河をどうするつもりなんだ。
 怖いと思うのと同時に、それでもそんなにひどい事はしないだろうと、そう思わせるところがある。
 非人道的な行いは許さないだろう。
 たとえ同盟を征服したからといって、やりたい放題な事は認めないはずだ。
 敵にさえ、そう思わせる男。
 敵にすら信用を持たせることができる君主。
 会った事も無い相手なのに……。
 そう思っている自分がいる。

『民主共和制にとって、あの皇太子殿下は最大の敵ですよ』

 ヤンの言葉が脳裏を巡る。
 確かにな。あの皇太子が最大の敵だろう。
 あんな名君が二代も三代も続くわけが無い。必ず暴君が現れる。
 その時のためにも、民衆共和制を生き残らせなくてはならない。
 負ける訳には行かない。
 知らず知らずのうちにこぶしを握り締めていた。
 じっとり汗が滲む。
 そんな俺をヤンのやつがじっと見詰めている。
 これからが同盟にとって正念場なんだな。
 俺がそう言うと、ヤンは軽く頷いた。 
 

 
後書き
電子レンジとフードプロセッサーで和菓子ができるという本を買ってしまいました。
買ったのはいいけど、作ってる暇が無い。
きみしぐれを作るつもりだったのに……。 
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