銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~
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決勝戦 五学年~中編~
きっと……。
フレデリカ・グリーンヒルは映る画面を見ながら、思った。
同学年ながら、ライナとフレデリカの差は大きい。
一対一では、瞬きする間に戦いは終わってしまうだろう。
実際、戦いが始まってからライナの正確な攻撃の前に同数の艦隊は一気に減らされた。
すぐにアレス・マクワイルドから援軍があったが、それでも互角。
勝てないと、そう思わされた。
父からは甘い世界があるわけではないと告げられていた。
むしろ厳しいだけの世界であると。
それでも、そんな厳しい世界で何かの役に立ちたくて、フレデリカは士官学校に入学した。
それは甘い考えであったのだろうか。
自分には無理だったのか。
そう思いかけた考えを、フレデリカは振り払った。
自分が出来ないと思うのであれば、出来るようにすればいい。
今が役に立たないのであれば、役に立てるようになればいい。
もはや守られているだけの弱い人間ではないのだと。
それは、あのエルファシルだけで充分だ。
「考えなさい」
言い聞かせるような呟きが、筺体に漏れた。
戦術的才能も、戦略的な閃きもないフレデリカが、学年でも優秀に慣れたのは、記憶力と分析力のため。
ならば、それをいま使わず、いつ使うのか。
なぜ、ライナの攻撃が急に弱くなったのか。
アレスの援護をもらい、こちらが戦力を回復させたためではないと思う。
そうであれば、圧力が弱くなったのはもっと前であっただろう。
原因はわかっている。
アレスの指示によって、攻撃を開始してからだ。
こちらの攻撃がアレスの指示であると気づかれたからだろうか。
それでは、自分の攻撃とアレスの攻撃の何が違う。
「考えなさい……何が違うかを」
拳を握りしめて、フレデリカは思い返す。
今までのアレスとの戦いを。
そして、今と過去の戦いの差を。
照らし合わしたのは、ライナの艦隊の動きだ。
フレデリカの記憶は、はっきりと過去のライナの動きを想像が出来た。
そして、思う。
守っていると。
それまでは攻撃に対して、ライナは艦列を大きく崩すことはなかった。
それが反撃となって、処理をする事でフレデリカは手一杯になっている。
しかし、アレスの攻撃が始まってからは反撃よりもむしろ、艦列をあえて崩してまで防御に専念している。
何故という答えはすぐには浮かばない。
通常で考えれば、艦列を崩して反撃をやめる意味はない。
現実に、そのためにフレデリカは楽になり、逆にライナは劣勢になっている。
なぜかと思い、フレデリカはそこで周囲に視線を向ける余裕が出来た。
そして。
+ + +
僅かばかりの隙間は他の艦がすぐに埋める事が出来る。
しかし、そこにできた隙間を他の艦はすぐに埋める事はできない。
それはライナ・フェアラートが危惧していた結果であり、まさにフレデリカが気づいた瞬間であった。
「全艦隊。主砲斉射三連――いけっ!」
アレスの号令とともに、それまで形ばかりは保っていたフォークとウィリアムの連携点が見事に破壊された。
気づき、急いで修正するも、攻撃が散発なものに変化する。
艦隊での攻撃は一斉に攻撃するからこそ、攻撃としての意味がある。
単発的な攻撃など、相手の防御フィールドにかき消されてしまう。
それでは相手の集中砲火を止める事などできない。
防御を考える事なく、撃ち込まれる砲撃に艦列は一気に乱れていった。
「下がるな、敵に隙を与えるな!」
フォークの号令が下るが、現実として隙は隙として生まれてしまっている。
艦隊がいきなり増えないように。
開いた隙間を急に埋めることなどできない。
それが可能であるのは、隙間を隙間としないようにしてきたテイスティアとライナだけである。
そんな二人も、周囲の援護がなくては射的の的となる。
一斉に始まったアレス艦隊の苛烈な攻撃の前に、艦数を急速に減らしながら、出来る事は中央に集まり、少しでも集中して防御することだけであった。
「何をしている。目の前の艦隊に集中しろ、下がるな、下がるな!」
悲鳴に似たフォークの号令は、もはや指示として機能していなかった。
下がらない為にどうすればよいのか。
どこを狙えばいいのか。
それは号令というよりも、むしろただの愚痴だ。
それでも命令を受けた艦隊が、目の前の艦隊に対して、攻撃を加える。
だが、すぐに横からの攻撃を受けて、モニター上から消失した。
フォークの艦隊とは対照的に、アレス艦隊は相互に連携をして、攻撃をしている。
敵の艦隊に対して、一つの艦隊が防御に集中すれば、他の艦隊が援護する。
それは当り前のことであったが、当たり前のこととしてこなすには、相当な時間が必要であっただろう。アレスを相手にして、連携訓練を繰り返してきたアレス艦隊だからこそ、出来たことであった。
次第に中央に集中する艦隊に向けて、アレス艦隊がゆっくりと手を広げていく。
左翼を三学年が――右翼をサミュールが、同じタイミングで少しずつ包囲を広げていく。
正面からではなく左右の攻撃の前に、フォーク艦隊はなすすべもなく崩されていった。
「気をつけろ、相手は包囲を狙っている」
『そんな事は知っています』
フォークの言葉に、どこまでも冷静なライナの言葉が、響いた。
+ + +
『で。どうなさるおつもりですか、テイスティア参謀長』
全艦隊に向けて一斉に送信された言葉に、筺体の中でテイスティアは小さく苦笑した。
しかし、すぐに顔を引き締める。
「包囲される事は、予想が出来たよ」
敵の攻撃の前に、予想される攻撃パターンは二つ。
正面から鋒矢の陣形による中央突破。
そして、包囲による殲滅戦。
戦いとしてのパターンは、その二つしかない。
鋒矢の陣形による突撃であれば、おそらくは負けていただろうと思う。
アレスを初めとする突進に対して、連携すらとれていない現状では対抗すべき策はない。
だが、テイスティアは戦いの中で、それはないと思っていた。
理由を聞かれれば、テイスティアにも何となくとしか答えられない。
無理に理由をつけるとすれば、最初の戦いでアレス艦隊も予想外に損害を与えられたため、損害が大きくなる中央突破よりも包囲殲滅をするのではないかと思ったからだ。
だが、あくまでそれはテイスティアの想像であって、どこにも確証はない。
もしそんな事を言えば、ワイドボーン先輩であれば、激怒していただろうとテイスティアは思った。
それでも。
テイスティアは自分の直感を信じた。
いや、正確には自分の直感を信じてくれたアレス・マクワイルドを信じたのだ。
だから。
「僕が先頭になって、中央のアレス艦隊を突破する」
呟いた言葉に、しばらくの沈黙があった。
『死ぬ気ですか』
「死ぬつもりはないけれど、そうかもしれないね。でも、それで突破が出来れば、相手の後背を狙う事ができる。まだ戦いは終わっていないよ」
『それで突破する場所がアレス・マクワイルド先輩ですか。端的に無謀とお答えします。もし中央突破をされるのでしたら、別の場所を狙うのが良いのではないかと思慮いたします』
「ううん。アレス先輩だからいいと思う」
テイスティアはライナの言葉を否定した。
「アレス先輩の艦隊は二千を一学年生の援護に回している。実質的な数だと僕の艦隊の数の方が多い」
そのためにわざと同期であるサミュールに対して、積極的な攻勢を行わず、防戦を主体にして艦数を維持していたのだ。
さすがにそのことはフォークを前にして言えなかったが。
「連携はセランと相手の三学年はさすがだ。でも、アレス先輩の隣にいる一学年と二学年はそれに比べるとまだまだ甘い。でも、甘いからとそこを狙えば、アレス先輩とセラン達に援護されて、こちらが潰されると――そう思う」
だからこそ、例え無謀と言われようが、アレス・マクワイルドに向けて中央突破を仕掛ける方が良いと、テイスティアは呟いた。
『可能だと思うのですか』
「少なくとも不可能ではないと思う」
『しかし……』
呟かれた言葉は一瞬。
『いいえ。ならば、私は反対いたしません』
「ありがとう。フェアラートさん」
『貴様ら。こちらを無視して、勝手に話を進めるとはどういうことだ?』
『ならば、総司令官の案があるのであれば、おっしゃってください』
『……っ!』
舌打ちが聞こえた。
音声でしか届かないが、おそらく本人は怒りをあらわにしているだろう。
舌打ちばかりではなく、歯ぎしりまで聞こえそうだった。
だが、テイスティアは言葉を待った。
『いいだろう。だが、失敗した時の責任はリシャール・テイスティア。全て君にあるぞ! 全てだ!』
「はい」
テイスティアはゆっくりと頷いた。
+ + +
包囲の中央で身じろぎをしていた艦の動きが代わった。
それは相手の四学年――リシャール・テイスティアを先頭にした鋒矢の陣形だ。
上手くなったなと思う。
砲火にさらされながら、艦列を整えて、矢を形作る。
それはコーネリアの艦隊運用を見ているようであった。
もちろん本家には劣るであろうが、学生であれば十分だ。
ましてや、過去のテイスティアを見ていればなおさらに。
形作る矢を見れば、アレス・マクワイルドはどこを狙っているかわかった。
こちらの左にいるフレデリカでも、右にいる二学年でもない。
自分だ。
アレスに対するよりも、アレスが援護する方が厄介だと思ったのか。
矢の狙いは確実にこちらに向けられている。
おそらく、それはこの状態になってフォーク艦隊が勝てる唯一の策。
この展開を、どの段階から考えていたのか。
迷いのない行動に、アレスは苦笑する。
馬鹿ばかりだなと。
「死ぬ気か。阿呆」
勝てる可能性があったとしても、先頭になるテイスティアの生存率は低い。
むしろ生き残る可能性の方が少ないだろう。
それでも、アレスに勝ちたいと思ったのか。
成長と考えるべきか、あるいはこの世界に引きづり込んだことを謝るべきか。
思案したのは一瞬。
全力を持って挑む相手に対して、余計なことを考える時間は多くはない。
コンソールを叩いて、アレスはテイスティアに相対する。
数はほぼ互角。
むろん左右からの援護が期待できるだけ、こちらが有利であろうが、敵は決死の覚悟で突撃を加えてくる。例え本当の戦いでないとは言え、フレデリカや二学年にとっては初めての出来事であろう。
良い経験にはなるであろうが。
『先輩。テイスティアがやる気ですね』
「そのようだね」
『どうします?』
「どうするとは?」
『……全体を下げて、テイスティアだけを縦深陣に引きづり込みますか』
親友の覚悟に水を差す言葉であるとは理解しているのだろう。
酷く言いずらそうに、しかし、サミュールは的確に作戦を告げた。
確かに、それはアレスも考えた作戦だ。
包囲を全体的に下げる事で、突出したテイスティアだけを各個撃破する。
「やめておこう。全体を下げれば、あちらの一学年の主席が隙を逃さない気がするしね。それに……」
『それに?』
思いだしたのは、三年前の一戦だった。
初めての戦術シミュレーションの決勝戦。
全力を出したアレスに対して、ヤン・ウェンリーは全力で答えてくれた。
ただ勝つというだけであるのなら、他にも方法はあっただろう。
だが、それ以上に成果をアレスは得る事が出来た。
たかが戦術シミュレーション。
「後輩の本気に、先輩が答えなくて、軍人が名乗れるか?」
アレスの言葉に対し、サミュールが笑った。
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