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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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決勝戦 五学年~前編~


「戦いはシンプルにして、最大の効果を得る。即ち」
 続いた言葉に、ライナはテイスティアと顔を見合わせた。
 まだ負けたとは言え、フェルナンドの戦いの方が戦略を考えていただけマシかもしれない。
「もう一度教えてくれませんか」

「君は聞いていなかったのか。いい……」
「なるほど、『敵の艦隊一に対してこちらの艦隊一をあてる。そのうち三勝をすればこちらの勝利は揺るがない』でしたか」
 一言でフォークの言葉を繰り返して、ライナは更に言葉を続けた。
「言葉はわかりました。その意味です――これは作戦会議ですよね?」

「当然だろう?」
「では、その意味を教えてくれますか」
「そのままの通りだ。五艦隊のうち、三艦隊を倒せば必然的にこちらが勝つ。そして、それができない人間はこのチームにはいないと思っている」
「つまり策や戦略はないと」

「この面子であれば、細かい作戦や戦略など無駄になるだけだ。一人一人が高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に戦えば、負ける事などあり得ない」
「……」
 ライナが目を丸くして、テイスティアを見る。
 もはや彼は苦笑をしているだけであった。
 冷静に考えれば、相手の五学年は五千、四学年は四千であり、他は二千でしかない。

 例え一学年から三学年までの三艦隊に勝利したところで、他の二艦隊に負ければ、戦力差から負けが確定するのだが、それを言っていいかどうか、考えあぐねている。
 視線に気づいたのか、フォークは小さく咳払いをした。
「むろん。三勝したところで相手のトップに負けては損傷艦艇数で敗北が決まるだろう。だから、アレス・マクワイルドはこちらの二将で押さえる。ウィリアム、ハーバー」

「は。任せてください。勝てというわけではなく、時間をかけろと言われれば、幾らでもかけて見せましょう――ただ、あまり時間をかけ過ぎると、間違えて勝ってしまうかもしれませんが」
「嬉しい言葉だ。その間に私が敵の二学年と三学年を押さえる――その間に諸君ら二人が、それぞれの敵を撃破し、連携し――敵を叩く」
 どんという言葉とともに机におかれたのは、フォークの拳だ。

 笑みを広げる様子に、テイスティアが一応とばかりに口を開いた。
「その戦術では、相手の戦術に対応ができないと思いますが」
「無用な心配だ、テイスティア候補生。明日はシンプルな決戦になるだろう、これはあくまでも予想であるがね」

 + + +

「……ふむ」
 その戦いは互角であった。
 決勝大会にしては、初めての決戦の想定。

 開始直後に、一万五千の艦隊は準備をする暇もなく、即座に激突する事になる。
 正面からの戦いは、戦略や戦術性などはなく、単純な自力での力になる。
 そのため、テイスティアとサミュールでは、若干サミュールが押しており、フォークが受け持った他の二つの艦隊とは、艦数差からか若干フォークが押している。

 フレデリカとライナでは、ライナが圧勝だ。
 決して弱くはないが、フレデリカは事務能率は秀でていても、艦隊での戦闘能力となるとライナには劣るようであった。むしろ相手を褒めるべきか、冷静な攻撃の前にほっておけば全滅しかねない。そんなフレデリカに対して、アレスは自らの艦隊から二千ほど援軍を向けているが、それでも相手の優勢となった戦場を互角にするだけだった。

 そのためアレスに殺到する二艦隊に艦数で劣るアレスは、ともすれば焦りが見られる敵に対して、攻撃をさばく事に専念していた。
 結果として被害艦数はほぼ互角であり、先ほどから一進一退の攻防が続いている。
 傍目に見れば、主席と烈火の激しい攻防に見れるだろう。それでもヤンとの一戦を経験しているアレスにしてみれば、相手の攻勢は取るに足りないものだったが。
 原作で、ヤンが不調に陥ったことが書かれていた。

 決してミスをするわけではないが、うまく歯車がかみ合わない。
 アレスの現状は、まさにそんな状況であり、そのことをアレスは理解してる。
 それが冒頭の呟きであって、彼は眉をひそめる原因であった。
 敵の攻撃は主席とだけあって、決して馬鹿にしたものではない。

 自分やサミュールならばともかく、フレデリカには負担は大きいし、フォークを相手取る二人も、気を抜けばいつ一気に攻め込まれるかわからない。
 動かなければならないが、アレスは眉をひそめている。
 わからないのだ。
 敵の思惑が。

 相手が主席を集めたのは理解が出来る。
 決戦を想定に選んだのもまだ理解が出来る。
 だが、この戦闘は何だと思う。
 万歳アタックと言わんばかりの、攻勢に対して、アレスは動けないでいた。

 以前――マルコム・ワイドボーンがアレスを三次元チェスと戦闘は同じだと評価した。
 敵の動きを見れば、敵が動ける範囲や出来る事をアレスは誰よりもわかっていた。
 そこに弱点をつく事で敵のできない範囲を狭めていく。
 アレスにとっては三次元チェスも戦場も同じであり、それはライナ・フェアラートに似ている。もっとも、機械的に行動するライナが理論的に判断しているとすれば、アレスはそれを直感で補っている。

 だからこそ、このような戦いはアレスを悩ませる。
 即ち。
 ――弱点ばかりだが、油断を狙っているのだろうかと。
 様々な考えが頭を浮かぶが、その答えは全て今が攻めどきということだ。

 アレスに勝つために主席を集め、戦場まで指定して、それだけということはあり得ない。
 そう思えば、積極的に攻めることを無意識的にアレスは避けている。
 敵の攻撃に対して、ほぼ機械的にさばく――むろん敵の攻撃は学年主席の攻撃であり、士官学校でもトップレベルの攻勢だ。

 それを見た周囲が、激しい攻防と理解しても無理はないのかもしれなかった。
 アレスにとっては不本意なことであったが。

 + + +
 
「テイスティア先輩」
『どうしたの?』
「端的に申し上げます。チャンスかと」

『チャンス?』
「マクワイルド先輩の攻勢がいつもよりも緩い気がします」
『……そうだね』
 プライベート通信の向こうで、歯切れの悪い声が聞こえた。

 相手はどういうわけか、これまでの苛烈さがない。
 手を出せば一気に燃やされると感じる恐怖が感じなかった。
 ここで二人が一気に戦線を押し上げれば、アレスはその対応に追われるだろう。
 勝つことも考えられる。

 そんな考えを否定するかの言葉に、ライナは眉をひそめた。
「何か間違えているでしょうか?」
『ううん、フェアラートさんは間違えていないよ』

「ならば、テイスティア先輩の考えを教えていただけませんか。それとも烈火のアレスがこのような負け方をするのは不本意なのでしょうか?」
『相変わらずストレートだね』
「今は時間が重要になるかと思いますので」

『そうだね。もう少しまとめてから言いたかったけど』
「端的に申し上げて。時間の無駄です」
 ライナの断言に、通信の向こうで小さな笑い声が聞こえた。
『アレス先輩は烈火なんて呼ばれているけど、本当は守勢の人なんだ』

「そうは思えませんが……」
 言葉に、ライナは以前の戦いを思いだす。
 一度火が付けばとても手が付けられない。
 だからこそ、火が付く前に動くべきだと、ライナは思った。

『後の先といえばわかるかな。敵の行動に対して発生する欠点や弱点を、実に的確に付いてくる。それで相手を崩して、後は――』
「なるほど、それならば理解できます」
 ライナはモニターの前で、小さく頷いた。
 烈火の呼び名と宇宙母艦を使った突撃戦術。

 それらからアレスは攻勢に強いと思われがちだ。
 実際にライナもそう思っていた。
 しかし、その話を聞けば納得が出来た。前回のライナの戦いも、そして過去に見たアレスのシミュレーター記録も、それらの多くはアレスが積極的に攻めるというよりも、相手の攻撃を利用することが多かった。実際にライナもバグという不本意な形であるが、こちらの生じたミスから一気に攻め込まれている。

「お詳しいのですね」
『見るのは得意だし。アレス先輩はずっと見てきたから」
「こちらが下手に仕掛ければ、そこから逆撃を食らう可能性が高いと思われますか?」
『それもある。何よりも、このまま消耗戦になれば、こちらの方が最終的に有利になるだろうしね。でもそれは長くは続かないと思うから、出来るだけ長く……ね』

「少しでも消耗させるべきと」
『うん。そうすれば……何とかなるような気がする。駄目かな?』
「端的に申し上げて。理由になっておりません。ですが……今は先輩を信じて見たいと思います」
 礼の言葉を聞けば、ライナは再び戦場に意識を集中させる。

 アレスがこの状態からどう動くのか。
 それに対して、テイスティアがどんな行動をとるのか。
 さすがのライナにも想像が付かない。
「でも、だからこそ楽しくなってきたと、そう思案いたします」

 静かにライナは微笑んだ。

 + + +

 敵の攻撃を捌きながら、アレスは呻いた。
 セラン・サミュールに対して通信を送れば、すぐに返事がある。
『何でしょう。アレス先輩』
「ふと思ったんだが……」
『ようやくですか。このまま戦いが終わるまで何も思いつかないのではと心配してました。それで、この事態を打開する案なのですか?』

「打開というか――あいつらは馬鹿なのか」
『あいては学年主席ですよ?』
「だよな」
『ですが。ダゴンでも敵のあほうに助けられたと、リン・パオ元帥は言っておりましたけどね』

「いや……そうは言うが、この阿呆どもは一応は、味方なわけなんだが」
『絶望だ! アレス先輩、私は初めて絶望を体験しました!』
「初体験だな。おめでとう」

 言葉を返しながら、アレスも頭を押さえていた。
 頭痛だ。
 学年主席が五人集まって、考えるような作戦ではない。
 いや、正確に考えたのはフォークであろうが――それに対して誰も止めなかったのか。

 いまだ起こらぬアムリッツァを想像して、アレスは息を吐いた。
 総司令官の命令だから止められなかった。
 そんなのは言いわけにならない。
 止めるように説得をしなかった周囲も、十分悪い。

 少なくとも――。
 そう考えて、アレスはため息を吐いた。
「フォークならば、総司令官をおだてつつ、自分の意に沿う形に作戦を変えただろうな」
 説得すら諦めて、意に沿うような行動をとれば、結局は周囲の――。

「テイスティア。これは半分はお前の責任でもあるぞ?」
 後輩に対しては厳しい言葉であるかもしれない。
 だが、今は戦術シミュレーターで負けるしかないが、次は何百万の命が失われる。
『テイスティアがどうかしましたか?』
「いや。阿呆とわかれば、待つ必要はない」

 呟いて、アレスは全艦隊にメッセージを送信した。
「サミュールは、ポイント23に。グリーンヒルは、33を……」

 + + +

「動きましたね」
 静かに呟いたライナの言葉通り、相手の攻撃が変化した。
 砲撃が代わる。
 それは、それまでのような散発的なものとは違い、意思を持った攻撃だ。

 こちらを崩すという目的。
 艦隊戦でいきなり艦列が崩壊することは少ない。
 同じ攻撃、同じ距離で撃ちあえば、差が出ないのは当然のことだ。そこで少しでも敵を崩し、崩れた部分を広げることが重要となる。
 そんな最初の攻撃を、少なくともテイスティア以外は理解していないだろう。

 他の艦隊は何の対策を取ることもなく、相手に対して攻撃を加えている。
 だが、敵の攻撃は的確にこちらの連携線を狙っている。
 一つの艦隊といえど、艦隊は艦同士が集まる集団である。
 一つ一つの戦艦や巡航艦が集まり、一つの艦隊として動いているのだ。

 そのため、ある艦が潰れた場合は別の艦で補完を行い、艦隊として機能させている。
 だが、補完する艦が潰されればどうなるか。
 さらに別の艦が補完をする事になるが、本来は行う予定ではない任務だ。
 そこにタイムラグが生じる。

 敵の艦隊は、その僅かなタイムラグを利用して、こちらに攻撃を加えてくる。
 そこに相手の意志は関係がない。
 三から一を引けば、二になる。
 どんな名将であっても、三引く一を三にはできない。

 それは例え理解できていたとしても、ライナにすらできない。
 なぜなら、その点を理解しようとしても、理解できた頃には戦場は推移している。
 それができるのは瞬時に弱点を見極め攻撃するアレス・マクワイルドの才能があってこそのこと。
 その能力が故に、おそらくは一対一で、真正面から向かい合えば誰も勝てない。

 無様ですね。
 敵の攻撃の意図に気づかない他のものではなく、それに気づいていながら何も出来ない自分こそが。
 そう小さく呟きながら、ライナも出来るだけ連携を切らさずに行動を加える。
 もはや左右の艦隊から援護が期待できない現状であれば、それは時間稼ぎにしかならないかもしれない。

 それでも負けると言うのは面白くありません。
 相手がこちらの弱点を狙うと言うのであれば、こちらもそれに対抗すればいい。
 あれから全く成長していないと、そう思われるのはライナ・フェアラートのプライドが許さない。

「主砲斉射三連――撃ちなさい!」

 
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