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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第14話「京都―休憩」



 ネギとタケルが担任するクラス、3-A。

 3年生を担任する各教科の先生たちに3-Aの長所を尋ねると、口を揃えて「元気なところ」だと言うだろう。短所を尋ねたならきっとこう言うだろう「元気すぎるところ」だと。

 加えて、担任はネギ・スプリングフィールド。
まだ数え年で10歳でしかない少年。いくら慕われていてもソレは別の話、彼女達を抑えるには役不足だ。

 副担任は大和猛。

 まだ16歳の、本来なら高校2年生生でしかない彼にも、当然だが威厳という点では足りていないかもしれない。だが、普段からネギとは別の意味で慕われているらしい彼の言葉になら3-Aの女子達は恐らく言うことをきくだろう。

 しかし残念なことに、なんせ彼は2年前まで中学生だった側の人間だ。彼女達のソレを見ても、気持ちが理解できてしまい、軽く注意するくらいで済ませてしまう。まぁ、だからこそ、3-Aの女子達も彼の言うことを聞くのだろうが。

 そして何と言っても大事なことは、京都修学旅行が2日目の夜を迎えていたということ。それはつまり、生徒達が最も元気を有り余らせる時間で。

 結局つまり、何が言いたいのか。

 3-Aの生徒達がその夜を静かに過ごすはずがなかった。

「こらぁ! 3-A! いーかげんにしなさい!!」

 騒いでいた3-Aの女性徒たちを廊下に呼び寄せて、生活指導員の新田先生が叱りつけた。

「――これより朝まで自分の班部屋からの退出禁止。見つけたらロビーで正座だ、わかったな!!」

 肩を怒らせて遠のいていく新田の姿に、生徒たちはガックリと肩を落とした。

「ぶー、つまんない。枕投げしたかったのに」
「ネギ君と猥談を……」
「ネギ君と一緒の布団で……」

 口々に文句をたれる生徒達に学級委員長である雪広が「いーからはやく部屋に戻りなさい」と注意をうながす。

 全員が部屋に戻ろうとして、「くっくっく、怒られてやんの」

 朝倉和美が姿を現し、突如提案を持ち出した。

「ゲームをして遊ばない?」
「ゲーム?」

 名づけて「唇争奪、ネギ先生と修学旅行でラブラブ大作戦」。いかにも裏がありそうな笑顔で持ち出された話に、のらないような3―Aの生徒はほとんどいなかった。




 朝倉 和美の問題もなぜかは分からないが、すぐに解決したようで、タケルがホッとしていた矢先だった。

「――そういうことだから、もし生徒を見つけたら心を鬼にして廊下で正座させてね」

 教師の瀬流彦先生に優しく言われ、タケルは「わかりました」と頷いた。

 ――あの3-Aの生徒達がそう簡単に引き下がるはずない……か。瀬流彦先生もそう思っているからこそ、わざわざ副担任である自分のところへ来たんだろう。

「教師も大変だな」

 現在時刻午後11時2分前。幸か不幸か、昨日に寝すぎたせいで、全く以て眠気はない。その場で考えること約5分。

「……」

 妙案でも思いついたのか、手をぽんと叩き、呟いた。

「ジュースを片手に露天風呂……」

 これほどにいい案はない、と本日2度目の風呂場に向かったタケルだった。




午後11時を過ぎ、本来は生徒どころか教師も入浴禁止の時間に彼女達は風呂場でくつろいでいた。

「ふ~、いいお湯ねーー」

 少々おっさん臭いアスナの呟きに、刹那が苦笑を浮かべた。

「神楽坂さん……まるでお年寄りみたいですね……」
「ちょ、な、なによー、そんなこと言わないでくれる~~?」
「す、すいません」
「そもそも桜咲さんだって、さっきおっさんみたいな顔して――「しっ!」

 言葉を遮られ、何事か尋ねようとして、刹那の顔が戦闘時のモノになっていることに気付き、アスナも気付いた。

「……敵?」

 小声での問いかけに、刹那は短く「まだ、わかりません」とだけ答える。

「~~♪――~♪~~~~♪」

 なにやらリズムを刻んでいるようにも聞こえる。一体だれが、と二人して風呂の岩陰に隠れて入り口に目を凝らす。と、徐々に音も鮮明になってきた。

「――ババンババンバンバン、アビバ……」
「ちょ、ちょちょっと……あれって」
「……タケル先生、ですね」

 湯気が厚い上に、岩場に隠れて覗いているため、まだその姿は見えないがその音はどのように聞いてもタケルの声だ。ここは混浴なので男性が入ってくることもありうる。何せ今は、本当は生徒も教師も入ってはいけない時間帯なのだから。

「いい湯だなぁ~、アハハン♪ いい湯だな~、アハハン♪」

 素っ裸で、片手にジュースのビンを持ち、タオルを頭に乗せて、上機嫌に歌を歌いながら。

 ちょっと2人で笑いそうになったのを堪えて、湯気に隠れた人陰を見つめる。徐々に湯気が晴れて、距離も近づき、タケルの姿が鮮明になった、

「きゃ――ムグ」

 ネギのソレとは違い、大人になりかけているそのぶら下がったイチモツに、悲鳴を上げそうになったアスナの口を押さえ、刹那が冷静な目でタケルを見つめていた。その目に映っているのは当然、タケルのイチモツではない。

 まず、驚いたのは体つき。

 服の上からでは単なる中肉程度の男にしか見えないのだが、その実際は違っていた。

 筋肉質……という体つきではなく、かといって細いというわけでもない。一番適した言い方としては、余分な肉がないため、筋肉質に見える体。と表現したほうが正しいだろうか。

 予想以上に実戦で鍛え上げられた体だといえるだろう。

 だが、一番驚いたのはそこではない。

 最も目立つ表面的な部分。傷痕だ。

 腕、左肘に残された傷痕が痛々しい。腹部、抉られたような傷が生々しく残っている。その他にもうっすらと、だが確実にはっきりと見えるほどに体の至るところにたくさんの傷を残していた。

「……どれほどの修羅場を?」

 そんな小さな言葉と共に、刹那はフと思い出した。

 彼が副担任として赴任してきて間もない頃、一人で夜道を歩いていた時に現れたバケモノのこと。そしてそのバケモノを一刀のもとに切り捨てたタケルがいたことを。

 そして、思い浮かぶ仮説。

 あんなバケモノたちと日々戦っているとしたら? それこそアレほどの傷が出来てしまうのではないだろうか。

 ――いや、だが一体何のため?

 彼の仕事があのバケモノ退治なのだとしたら。

 先日に見せた彼の恐るべき殺気、技量。その全てに納得がいく気がした。

 一人頷く刹那に、首をかしげていたアスナだったが、彼女もタケルの傷痕に気付いたらしい。彼女もまた「何、あの傷」と顔を青くさせている。

 そんな女性達に裸を見られているとは夢にも思っていないタケルは、やはり普段の姿からは一切想像できないほどに嬉しそうに湯浴みを済ませ、風呂に体を浸からせた。

「っくぁ~~~~、いい湯だ」

 これこそ本当のおっさんだとまるで女性陣に見せ付けるかのように、息をついたタケルはジュースを一口飲み、空を見上げた。

 昼や夕方とは違い、空に太陽はいない。代わりに、月がその姿を雲の隙間から覗かせていた。太陽の光を反射し、地球に映し出しているその姿は、生命力に溢れた太陽とはまた違い、幻想的で、どこか儚い光を導いている。星々がきらびやかに輝き、月こそが空の王だと主張しているかのようだ。

「……」
「「?」」

 急に静かになったタケルに、二人して首を傾げる。

「……」

 ただ、無言で空を見つめていた。先程まで幸せそうだった顔もいつの間にか、無表情にもどっている。

 どうしたのだろうか、と二人して身を乗り出したのが失敗だった。

「ちょ、神楽坂さん? そんなところに手を……!」
「え、あ。アハハごめんごめん、っていうかそういう桜咲さんこそ!」
「え、あわわわ。スイマセン!! け決してそんなつもりは……!」

 慌てて体を離し、そして

「「「あ」」」

 タケルと視線がかみ合った。




「「「……」」」

 奇妙な緊張感が場を支配していた。浴場の端にタケル、丁度反対側にアスナと刹那。これがもし裸を見た側が男だったなら、もっと話は簡単に済んでいただろう。だが、厄介なことに裸を見たのは女性側で、見られたのは男。しかも全身くまなく。

「……と、とりあえず、今日見たことは忘れてくれるとありがたい」

 さすがに、全て見られたと知った彼の顔は恥ずかしさから赤く染まっている。

「「はい」」

 アスナも刹那も頷き、離れた場所で湯に浸かっているタケルの顔を見つめてヒソヒソと声を交わす。

(あの傷のこと……聞いても大丈夫かな?)
(ど、どうなんでしょうか。下手に触れてしまうのも……)
(そ、そうよね)

 そんな彼女達に、どうにも居心地が悪くなってしまったタケルが仕方ないというか、当然というべきか。

「あ、あ~、スマンが俺は先に風呂を出る。キミたちもほどほどにな。」

 今度はしっかりと前を隠して、立ち上がった。

「え、あ、そうですか?」

 何となく答えた刹那に、だがアスナが断固として言い放った。
「いえ、先輩。折角なんでいろいろと先輩のこと教えてくれないですか? ……ほら、私達先輩のこと何にも知らないですし」

 ――ね? とウインク。

 確かに美少女の彼女がそれをやれば効果は絶大だろう。現に刹那はほんの少し見惚れてしまったのだから。

 ただ、惜しむらくはタケルまでの距離があったことだった。湯気に妨げられてそれが彼の目に映ることはなかった。

「……俺のことを?」
「はい。ね、桜咲さん?」
「そう、ですね。私も是非聞いて見たいです」
「……そうか」

 どこか嬉しそうに聞こえたのは気のせいではないかもしれない。

「それで、聞きたいこととは?」
「……え? ああ……その、桜咲さん!」
「は、私ですか!」

 突如話を振られた刹那が「そんな唐突に!」と目で訴えるも、アスナは「♪~♪~~」と明後日を向いている。今の内に話題でも考えるつもりなのだろう。

 刹那は困った顔で、視線をさまよわせ、そして決意したのか、おずおずと話を切り出した。

「……先生、その傷は?」
「げっ」

 ――いきなりソレいっちゃう?

 アスナの声が小さく響いた。それはおそらくタケルの耳にも届いたのだろう。一度、空を見上げ、彼女達に視線を送り、ため息をついて見せてからまた空を見上げた。

「……そうだな」

 呟き、考えるように、顎に手をやり、じっくりと間をおく。その間、彼女達は固唾を呑んで見守っている。

「なんだろうな……俺にも少し、わからない」
「わからない?」
「最初は生きるため、そして殺しあうために。今は単にそれだけじゃない気がする……おかしくなってきている、のかも……しれない」

 一言一言ゆっくりと、まるで自分に聞かせているように呟いた言葉は、彼女達を惑わせるには十分だった。

「……それって」

 続きを聞こうと、先を促したアスナ達に「そういえば」とタケルは話を変えた。

「桜咲さんは近衛さんと照れずに付き合えるようになったのか?」
「「……へ?」」

 それは明らかな話題転換。この話はこれで終わりという合図なのだろう。人生経験の少ない彼女達でもそれは十分に理解できた。

 小さなため息をつく。お互いに目を合わせて微笑み、頷いた。

「それがね、先輩。桜咲さんってば、今日も――」
「いえ、ですからそれは!」

 とめどなく話し出した二人。

 その彼女達の心遣いに「ありがとう」と。

 彼は小さく頭を下げたのだった。




 風呂あがり。

 ほくほくと歩く彼等だったが、なぜかロビーで10人以上の生徒とネギが正座している姿を見てさすがに苦笑。

「全く……」と呟く彼等がいたとか、いなかったとか。




 夜。

 大地に蠢き、植物に融けこみ、昆虫を捕らえ、動物を吸収し、人間を襲い。

 其は遂に世界にたった。

 求めるのは命のみ。ただ、単純に純粋にそれだけを求めて、この地で生きてきた。

 だが、それも今日で最後。

 標的は魔法に囚われない希少な生命、大和猛。

 数えられないほどの命を己が糧とした其は朝へ向け、最後の睡眠に入った。

 
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