ネギまとガンツと俺
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第13話「京都―初見」
2日目の朝。
タケルはぐっすりと眠ったおかげでその体調を回復させていた。
「――それでは麻帆良中の皆さん、頂きます」
「……頂きます」
今日は奈良で自由行動。各班で見てまわることになっている。
――さて、どうするか。
食事に舌鼓を打ち、ゆっくりと咀嚼しながらも顎に手を置いて考える。少し離れた所ではネギを中心になにやら騒いでいて煩い。生活指導の新田先生が「全く」とため息をついているが、タケルも正直に言って同感だった。
なぜ、他のクラスのように座って食事することすら出来ないのだろうか。
「せっちゃん何で逃げるん~~」
「わ……私は別に!」
そこかしこを走り回る木乃香と刹那に、さすがにタケルが立ち上がった。
「そこの二人……こっちに来い」
「う、タケル先生……はい」
「は~い」
食膳を持ってトボトボと歩く姿に、わざとらしくため息をつく。
「暴れるならせめて自分のクラスエリアで、だ」
「……せやかてせっちゃんが」
「いえ、ですから……私は別に……」
またもや腰を浮かす二人に、タケルはガックリと肩を落とし「わかった」と呟く。
「キミたちはここで食事だ」
ちょいちょいと箸で自分の隣の席を指す。
「ええ!」
「え?」
困ったような、だが嬉しそうな声を出す刹那と純粋に嬉しそうな木乃香。その姿に、
――桜咲さんも、別に近衛さんを嫌っているわけではないんだな。
と一人頷き「先生命令だ」と付け加えておく。
「あ~、そらしゃーないわ。せっちゃん、先生命令なんやし、一緒にご飯食べよう?」
「……ぐ、しかし」
尚も愚図つこうとする刹那に、タケルが追い討ちをかける。
「もし従わなかったら、修学旅行が終わるまでずっと近衛さんと二人三脚だ」
「な、なな!?」顔を赤くさせて慌てふためく刹那。
「う~ん、せっちゃんと一緒にいれるんは嬉しいけど二人三脚はしんどいなー……せっちゃん、ご飯食べよ?」
にこやかに食事を誘う木乃香の姿に、タケルはウンウン頷き「じゃあ仲良くな」と立ち上がる。
「あれ、先輩は~?」
「いや俺はもう全て食べた」
「ちょ、ま、先生!?」
――仲が良いっていうのは、少しうらやましいな。
食堂を出る手前で立ち止まり、生徒達を見渡す。座りながら談笑している生徒達がいれば、走り回ってギャーギャーと騒ぐネギに生徒達もいる。落ち着いて、それでいて笑顔を浮かべて食事する教師陣。
昨日はほとんど寝ていたため、何も思わなかったが、改めて見直せば感じる。
どこか浮ついていて、楽しげで。見ているだけでワクワクする。
――修学旅行、だな。
嬉しくなった反面、どこか感傷にも似た感覚がタケルを包み込んでいた。その感覚が彼自身でもよくわからず首を傾げて、部屋を出ようと歩きだし――
「タケルさん~~!」
「ん? ……って、グボァ」
人間魚雷となってタケルの腹部に激突してきたネギに、頬をピクピクさせながら尋ねる。
「な……なんだ」
「僕5班の皆と一緒に回ることになったんですが、タケルさんもどう「遠慮する」
ネギが全てを言い切る前に断る。断られたことによりショボンと肩を落とすネギの頭に手を乗せる。
「少し用事がある」
「……用事?」
悲しそうな顔だったネギが首をかしげた。
「ああ」
「……そうですか、じゃ仕方ないですね」
ペコリと頭を下げてアスナの元へと駆けていく姿に頬を緩ませる。と、また近くから声が聞こえた。
「……先生用事があるアルか?」
「古さんか……どうした?」
「今日の自由行動、私達と一緒に回らないか聞きにきたアル」
「……俺と?」
「そうアル、カエデもいるアルよ~?」
ニヒヒとオバサン臭い笑顔を浮かべる彼女が、なぜ楓の名前を挙げたのかわからず「?」と首を傾げる。そんなタケルに、クーが耳元を寄せた。
「今なら自由行動時間にカエデと2人きりなれるっていう特典付きアルよ?」
「……?」
「どうするアル?」
「いや、いっている意味がよくわからないが、遠慮しておく」
「え~~~、何でアルか」
「……いや、だから用事が」
「む~」と頬を膨らませて「もういいアル」と行ってしまった。困ったように頭を掻くタケルだった。
奈良公園。
「わー、ホントに鹿がたくさんいる」
喜ぶ生徒達を尻目に、タケルは移動を開始した。
――ここら辺にいるのか?
早足に歩く。
実は朝から粘っこい視線をずっと感じていた。
攻撃的なものではない、ただ無機質に覗く観察。これが一番似合う表現だろう。そんな、気分が少し悪くなる感じ。
それは近くもなく、遠くもなく。おそらく魔法によるもの。タケルにはその魔法を察知する術はないので地道に監視元を発見しなければならない。
当然、旅館内はくまなく探したが、それらしいものは存在しなかった。
何となくだがこの付近にいる気がする。そのため、奈良で誰かと一緒にまわるわけには行かなかった。
「……とはいっても」
周囲を見渡して困ったように呟く。
人も多いし、何より場所が広い。ミッション慣れしているだけのタケルにその視線元を見つけるなど到底出来そうになかった。
「ガンツ、表示してくれないか?」
ミッションでもないのに、ガンツが動くはずはない。それでも藁にもすがる思いでコントローラーを取り出した。
「……表示あるんかい」
少しだけ間抜けな声が呟きとなって漏れる。
――最近なんでもありだな。
転送による武器の瞬間移動といい。探し人の位置の表示といい。しかもミッションクリア時の怪我の治療もある。
――次に獲得できる100点武器を考えるのが恐いな。
森の中に入り、姿をステルスで消して、屋根を飛んで移動する。
……いた。
突然に見えなくなったタケルを探しているのか、しきりに首を動かしている。ただ、焦った様子はなく、腰を屋根に落ち着けてリラックスした雰囲気が出ている。
ネギと同じ位の年齢だろうか、その表情は全くの無表情で、タケルにとってはどこかで見たことのあるようなないような、そんな顔だった。ざっくばらんな短い白髪が特徴的でもあり、まるで見たことのないような学校の制服を着ている。
タケルはしずかに後ろに立ち、ステルスを解除。
「何か用か?」
「! ……これは――」
驚いた、と表情を動かさずに呟き、振り返る。
「……いつから気付いていたの?」
その瞳から攻撃意思は感じられず、タケルは横に腰を下ろす。
「朝から」
「どうしてここが?」
「……企業秘密だ」
「そう……」
まるでお互いに感情がないかのような会話が繰り広げられる。
そこで、タケルは気付いた。
――俺みたいだな。
どこかで見たことがある顔だと思ったのはその容貌に、ではない。その表情にだ。
「それで、何か用?」
「……俺の台詞だ」
ずっと監視しておいてそれはないだろう。そんな顔のタケルに、少年は「ああ、そうだったね」
と頷き、呟く。
2人のいる場所は奈良公園内で最も高い建物の屋根の上。奈良公園の景色が一望でき、下では鹿と触れ合う人達がはしゃいで遊んでいる。その姿に目を細め、まるで呑気な声で尋ねる。
「それで?」
「君に仲間になってもらいたい」
単刀直入な彼の答えに、考えるように目を閉じる。
「昨日、近衛さんをさらおうとした集団の、か?」
「……少し違うね」
少年は立ち上がり、空を見上げた。
高い場所のせいか、強めの風が心地よく肌を打ち、空からの鳥の鳴声と地面からの人の声が交互に耳に届く。
「今、僕たちは世界を救うために動いている」
腕を広げ、風を感じるように目を閉じ、タケルに向き直る。
「僕は計画を遂行するだけの人形だから、本当のところ計画の成否はどうでもいい。ただ、君がいたら助かるのも事実だ」
どうかな? と言う。ジッと見つめるその瞳からは何を考えているのかわからない。立ち上がった少年とは対照的に、屋根に寝転がる。自然と視線は空へ向かう。少年も、タケルにつられて空を見る。
太陽が暖かく照りつけ、空は青く澄み渡り、雲はまるで視界を彩るかのように流れている。時々思い出したかのように飛び回る鳥がさらに空を華やかに飾りつける。
「俺はミッションを遂行するためのコピーだ。だから本当は自分のことがよければ他はどうでも良いと思っている。」
まるで少年と合わせ鏡のような答えを、のんびりと。
「おまえのいう『世界を救う』という言葉がどういう意味を含んでいるか、この際置いておく。だから、そうだな……この先、気が向いたら。もしかしたら……――」
――これじゃ、だめか?
と付け加えたタケルが立ち上がり、少年と顔を見合わせる。少年が考えるように呟いた。
「……君も作られた命なのかい?」
「人形ではないが」
タケルの意地の悪い言葉には反応を見せず、少年は頷く。
「わかった、君に関してはまた後日にスカウトさせてもらうよ」
「ああ」
「……今日は少し、有意義だった気がする」
じゃあ、と少年の足元から水が舞い上がり、少年に巻きついていく。少年が水に溶けようとその姿を水に覆った時、タケルが呟いた。
「俺は大和猛」
その言葉に、水がピタリと止み、答えが返ってきた。
「僕はフェイト。フェイト・アーウェルンクス」
そして、水はその場に落ちて、フェイトごと溶けて消えた。
「……また、な」
その言葉は風に吹き消されたが、きっとそれはフェイトに届いた。なぜか、そう思えるタケルだった。
自由時間を終えて、旅館に戻っていた。
夕方過ぎ、タケルは先生方との打ち合わせを終えて、部屋から外を眺めていた。
陽が暮れ始め、全てを赤く染め上げている。空ではカラスが数羽で連なり、平和な鳴声を挙げ、地面に目を向ければ、何人かの生徒が楽しそうに、談笑を交わしていた。
「世界を救う……か」
昼に会ったフェイトのことを考えていた。子どものはずなのに、それらしさが一切ないのは、彼が自身を人形と評したことに関係があるのだろうか。
世界を救うという彼の言葉は胡散臭い。それはもう圧倒的に。超がつくほどに。
だが、本当は世界などどうでもいい。タケルにとって、大事なのは自分だけ。他がどうなろうとも知ったことではない。
いざとなれば、誰であろうとも切り捨てる。それが大和猛の本質であり、歩んできた人生。
彼の人間性に惹かれるものがあったのは確かだった。まるで、この世界に来てから、初めての友人が出来たような、そんな感覚に陥った。
正直に言ってしまえば、彼と共に行ってみたいとも思えた。彼が一体何を考えているのか、目的は何なのか。それら全てを知りたいとも思った。
――ならば、なぜ彼の仲間にならなかった?
そう問われれば、タケル自身も答えをつまらせるだろう。
「はぁ」
小さなため息が漏れる。
どうにもここの世界に来てからというもの調子がおかしい。それはもちろん体調不良などではなく、自分の性格、というか行動というか。そういったものが、知っているはずの自分とはところどころ矛盾している。
教え子が軽い怪我をしただけで助けに出たり、ミッション中に教え子を気にしたり、ネギたちの厄介ごとに首を突っ込んだり。
……一番最後のはタケル自身が苛立っていたせい、というのが大半だが。
彼にとって、大事なのは自分だけ。
――そう思っていたんだが。
ネギやカエデ、優しくしてくれる教師達に、明るく接してくれる生徒達。この世界にはタケルが経験したことのない温かみがあったせいか、どこか自分がヌルくなっている気がする。
彼等という存在はタケルの中で、確かに大きくなってきている。
――……そういえば、そもそもこの世界に来たのもアキラをかばったから、だったか。
今の自分が100点系の星人と戦えば、確実に勝てない。なぜだかそんな気がする。
「……」
それを認めたくなくて、首を振り、部屋に戻ろうとして「タケルの旦那ぁ!」と何やらモサモサしたモノが顔に張り付いた。
「……?」
それを手でつまみ、眼前に。
「……ネギのオコジョ……だったか?」
「カモと呼んでくだせぇ!」
タケルの手から離れて肩に移動。格好つけたつもりなのか、ビシリと立ち上がった。
「何のようだ?」
もちろん、カモのアクションは無視して尋ねる。
「それっスよ、旦那!」
「?」
「実は……」
ゴニョゴニョと切り出されたカモの話に、タケルはため息をついた。
「うう~~、ああーーどうすれば……」
廊下を走る一人の少年、ネギがいた。半ば目を閉じ、頭を抱えながら走っているせいか、フラフラと蛇行して今にも誰かにぶつかってしまいそうに……ぶつかった。
「いたた、あうう、すいません」
「……ネギか」
ネギが尻餅をついているのとは対照的に、ぶつかった相手は真っ直ぐと無表情に立ち尽くしていた。
「た、タケルさん……」
ネギがどこかホッとしたような声を漏らしたのは気のせいではないだろう。だが、タケルは容赦なく、最もネギが触れられたくない話題に触れる。
「宮崎さんに告白されたらしいが?」
「う、うう!? なんでそのことを……? って、あ! い、いえ決してそんなことは」
一瞬だけ本音が。すぐに誤魔化すようにアタフタと去ろうとするネギの腕をつかみ「少し、歩こう」
珍しく言い出したタケルに、ネギはその顔を強張らせた。
彼等は旅館を出て、散歩していた。
「……」
「……」
先程から互いに会話はない。タケルはいつもの通りだし、ネギは最も知られたくない人に知られてしまったことから顔を青ざめさせている。
ネギにとって、タケルは頼れる教師でもあり、魔法使いでもある。だからこそ、今度のことは知られたくなかったのだ。
教師である自分が、生徒である宮崎のどかに告白されたなど、タケルにどれほどに軽蔑されるか、もはや口すら利いてもらえないのではないか。そんな思いがネギにはあった。
「……カモからだ」
唐突に話を切り出された。一瞬、なんのことか理解できなかったが、すぐに把握した。この話をカモから聞いたということだろう。
「そ……そうですか」
――カモ君、絶対減給だからね。
心の中でオコジョへの罰を決めて、再び言葉を待つ。
「ネギ、お前はどうするつもりだ?」
その言葉に、ビクリと背を震わせ、頭を抱える。
「奥ゆかしいと言われる日本女性に告白された以上、やはりここは英国紳士としてそれなりの責任をとらないと、しかもしかも――」
「……」
溢れ出る言葉に、尚更混乱してきた。タケルはただ無言で耳を傾けている。
「――……でも、お姉ちゃんに『先生と生徒はそういう関係になっちゃだめよ』って。ああ~~、だめだーー、僕は先生失格だ……」
最後には勝手にいじけだしてしまった。その姿に、タケルは言う。
「そんなことで悩んでたのか」
「そ、そんなことって……」
その言葉はまるでネギの悩みや宮崎のどかの気持ちがバカにされたように聞こえて、ネギは少しけムッとしてしまう。
「教師だから、とか。生徒だから、とか。姉の言葉とか、自分が英国紳士とか……そんなことは全て忘れて、お前自身はどう思っているんだ。お前自身の気持ちは……どうなんだ?」
「……え?」
――僕自身の、気持ち?
ストンと言葉が胸に落ち、急速に頭が冷えた。
一台の車が通り過ぎていった。恋人同士だろうか、男性が運転席に、女性が助手席につき、穏やかな顔で微笑んでいる姿が印象的だった。
ここが山に囲まれているせいか、風が吹けば森がその木々を揺らし、葉をざわつかせ、命の伊吹を耳に届ける。鳥が鳴けば、山全体に木霊させ、耳を済ませていれば聞こえてくるその綺麗な歌声に、心を奪われる。
まるで、自然体が一番だと、それらが教えてくれているようだった。自然とネギの顔が前を向き、それを認めたタケルは今度こそ柔らかい口調になった。
「それを伝えればいい、それほどに悩むことか?」
「そう、か……そう、ですよね!」
どこか弾んだ声になっていた。心の中のモヤが一気に晴れたのだろう。
「タケルさんにはいつもお世話になりっぱなしで……」
お辞儀をするネギに、タケルは「いや、これ位なら気にするな」と言い「礼ならお前のことを心配していたカモにでもいってやればいい」
話は終わったのか、そのまま旅館へと足を向けだした。その後ろ姿に「はい!」と元気よく答えたネギの顔は確かに元気にあふれ、子供が見せる無邪気なソレだった。
その後、朝倉 和美という新聞部の女性徒にネギの魔法がバレたという事実を聞いたとき、さすがに呆れたようなため息をついたタケルだった。
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