レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission10 ヘカトンベ
(7) ???? ~ マンションフレール302号室
前書き
この世には壊せないものがある
「ただいま」
ルドガーは読んでいた本から顔を上げた。悄然と部屋に入ってきたのはユティだった。
「遅い。もうとっくに外暗くなってんぞ」
「ごめんなさい」
「……あったかいもんでも飲むか?」
「はちみつミルク」
「了解」
ルドガーはソファーを立ち、キッチンに向かった。冷蔵庫を開けて蜂蜜と牛乳を探し出し、鍋に牛乳を注いでコンロにかけた。
準備の間にユティはソファーに落ち着いて、ぼんやりと下方に視線を泳がせていた。
「できたぞ」
「アリガトウ。いただきます」
ユティはカーディガンで両手を覆い、マグカップをその両手で持って飲み始めた。
「あの後、どうしてた?」
「ヘリオボーグとラフォートの研究所に別れて向かった。骸殻の力の元はクロノスだから、精霊研究の中にヒントがあるんじゃないかってジュードが言ってな。俺もヘリオボーグで文献やら過去のデータとにらめっこだ」
「収穫は?」
「ゼロ。初日はこんなもんだろ。エルにはアルヴィンが、シルフモドキ? だっけ。伝書鳩みたいなの飛ばして手紙送って現状報告するって。エルはGHS持ってないから」
「そう」
「アーストとローエンは一時帰国して、国の書庫に手がかりがないか探すって言ってくれた。賢者クルスニクの弟子だか子孫だかが六家とかいう貴族らしくて、そこから遡れないかやってみるって。王様と宰相ならどこの文書もフリーパスだからさ」
「へえ」
「エリーゼが世話んなってるシャール家ってのがその六家の一つらしくてさ。エリーゼ、ドロッセルに古い歴史書とか見せてもらえないか頼んでみるって言ってくれたよ。やっぱしっかりしてるよな」
「そうね」
「……何だよ、ノリ悪いな。いつもならもっとネタ振ってくるくせに」
「気が滅入ることがあっただけ」
「確かに今日は一日ハードだったもんな……」
ユティはマグカップをテーブルに置いた。
「誰も殺さずに『カナンの地』に行く方法、探しても見つからなかったら、どうする?」
あれやこれやと考えていた段取りが爆破された気がした。
ルドガーはソファーの上で三角座りをして俯いたユティをまじまじと見返す。確かに彼女はシビアだったが、彼女自身がそれを弱音の形で吐き出したことはなかった。
「――見つかるまで探すさ。社長も言ったろ。『カナンの地』は逃げないって。だからお前がそんな顔するなよ。ティポとかローエンとかとは違った意味でムードメーカーなんだからさ。お前が沈んでると俺もミラも気になってしょうがない」
ルドガーはユティの横に腰かけ、ユティの髪をぐちゃぐちゃに掻き回した。
ユティはちらりと客間を見やる。
「ミラとは上手くいったみたいね」
「ま、一応な。恋愛どうこうじゃなく、ミラが正史世界で生きてく上で俺はどうするかって話になったけど。おかげで俺たちがどういう付き合いをしてけばいいか分かった気がする」
「ミラのためにも、簡単にくたばらないでね」
「分かってる。あんな悪趣味な試練とやらで、くたばってたまるかってんだ」
ことさら飾り立てた意思表明になってしまったが、障害は果てなく大きいから、これくらいの大言壮語がちょうどいいかもしれない。
この時のルドガーは、不安を抱えつつも、まだそう考えられるだけの余裕があった。
2日、3日、4日と調べても、「魂の橋」に代わる案も、代案の糸口さえ出て来なかった。日が経つにつれ、仲間たちの口数は減り、表情に焦りが見え始めた。
どうにか方法を見つけなければ仲間を殺さなければならない、というプレッシャーも彼らを追いつめた。エルのように、「カナンの地」に行かない、という選択肢は彼らにはなかった。
5日、6日、7日と調べる頃には、作業はもはや惰性だった。他に手段などないのだと思い知らされるための時間と言ってよかった。
エリーゼやミラといった感情的になりやすい者は、泣いたり怒鳴ったりもした。誰も彼女らを咎めなかった。すでに皆が、進展ゼロ、収穫ゼロの日々に憔悴しきっていた。
じわじわと、彼らの心を、諦めという毒が冒していく。
“こうしている間にも、世界がいつ破綻するかも分からないのに”
“××××を殺せば、今すぐにでも「カナンの地」に行けるのに”
仲間のそんな悪意のない殺意を、ルドガー自身もまたうっすらと感じ取っていた。
――彼らの破綻は、もはや目の前だった。
後書き
ついに大問題、主の命題にルドガーたちがぶつかりました。
いや本当これナ○コ本気? と聞きたくなった人も多いでしょう、「魂の橋」問題です。EDに関わる第一の選択肢ですよ。
ちなみに作者は最初は兄さんを選ぼうとしました。明らかにBAD誘ってるっぽかったので(BAD大好物です)。そしたら案の定期待を裏切らないレベルの血塗れの兄弟Ktkrでした。
拙宅のルドガーたちは誰も犠牲にならない方法を探し出そうと動き始めました。それが行き着く先はどこなのか……読者の皆様はもうお分かりですよね?(ニヤリ ヒントは前書きです。
原作と異なるのは、ルドガーが「自分のため」に魂の橋代案を見つけようとしている点です。自由な主人公の彼ですから、一般人感覚は生贄になるなんてとんでもない! と思ってもアリじゃないですかね? もちろん拙宅のルドガーは兄さんもエルも犠牲にしたくありませんが、普通の人間なら自分の死のカウントダウンのが切実です。そういう発想から生まれたのが拙作です。
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