皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第31話 「文句があるなら、宰相府までいらっしゃい」
前書き
皇太子殿下はお悩み中。
第31話 「会議は踊らない」
オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクである。
ノイエ・サンスーシに、オーディンに赴在する門閥貴族と辺境の貴族達が一同に集まった。
二千とも、三千ともいわれる貴族達が一堂に会するなど、今までなかったことだ。
そして集まった事によって、意外な事実が判明した。
帝国貴族には、四つの勢力がある。
一つは私こと、ブラウンシュヴァイク公爵を盟主とする一門。
二つ目はリッテンハイム候爵を盟主とする一門。
そして三つ目は……そのどれにも入っておらぬ辺境の貴族達。
さらには帝国軍という具合だ。
半円状の会議場の中央、議長席には、皇太子殿下がおられる。
私、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の一門が左右に分かれ、中央の議員席には辺境の貴族達が緊張した面持ちで、鎮座している。
「貴族による貴族院議会の発足をここに宣言する」
銀河帝国皇太子にして、帝国宰相閣下の宣言が発せられた。
どの貴族も顔に緊張した表情を貼り付けておる。
この日のために、貴族達は自分の領地の現状と問題を調べていたらしい。
青ざめた表情は、自身の認識以上に問題の規模が大きい事に、気づいたためのようだ。
はっ、何を今更と、言いたい気分だ。
貴族の私兵を半減させる事には、誰もが積極的ではないにせよ。
賛成した。
維持費もばかにならん。表向きはどうであれ、内心では憂慮しておったのだろう。
誰も本心では嫌がらなんだ。
そして兵士達を民間に戻す、少子化対策についても同じだ。
この辺りは、共通の問題であるために、異存はなかろう。
嫌がって弾かれるのも、怖いしな。
問題は……。
「宰相閣下の仰られる農工業の効率化には、恐れおおい事ながら、いささか反対致します」
との意見が多いことだ。
理由は、値崩れを怖がっているのだ。
消費者が少ない現状に対して、生産量の拡大は過剰生産となり、かえって収入の減少を招く。しかも皇太子殿下が、出征を控えていたために、食料の消費量が前年よりも減っている。
頭の痛い問題だ。
こればかりは強権を振るっても意味がない。
その事は皇太子殿下ご自身が、一番よく解っておられる。
「とはいえ、人口増加策を実行すれば、今よりも人数が増える。そうなればあっという間に、食料危機に陥ってしまうぞ。今から効率化を実行しなければ、間に合わない」
それもまた、その通りなのだ。
まるで出口のない迷路を彷徨っているようだ。
「卿らの言う事も分かるが、採算が合う前に、領民の方が飢え死にしてしまうわ」
喧々諤々といった有り様だ。
しかしまさか門閥貴族たちがこの様に、帝国の経済に対して議論する事になろうとは、思ってもいなかったぞ。
■ノイエ・サンスーシ 薔薇園 フリードリヒ四世■
珍しい事にルードヴィヒが薔薇園にやってきた。
何も言わずに小一時間ほど、ジッと薔薇を見つめている。
何を考えているのやら……。
「……おやじ」
ルードヴィヒが振り返りもせずに、声を掛けてきた。
「何じゃ」
「皇帝になりたかったか?」
ふむ。皇帝になりたかったか、なりたくなかったか、と問われるとなりたくなかったな。
兄も弟もなりたがっておったがのう。
「正直に言うと、なりたくなかった」
「そうだろうな。俺だってそうだ」
疲れたような声じゃ。
帝国はそれほどまでに、重いか……。
帝国二百五十億の人間じゃ。軽いはずがない。
それでも背負ってもらわねばならぬ。
そなたは銀河帝国皇太子なのじゃからな。背負う事のできなんだ、わしの言う事ではないが……。
「名も知らず、咲く花ならば……か」
ルードヴィヒが、咲き誇る大輪の薔薇を眺めながら言う。
名も知らぬ花々、か。
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムは名も知らぬ花ではない。
現在、この銀河において、もっとも有名な花じゃ。
うん? シュザンナがマクシミリアンを、抱きかかえてこちらに近づいてくる。
いかぬぞ。それ以上近づいてはいかん。
シュザンナが軽く頷いて、立ち止まる。
うむ、それでよいのじゃ。
帝国宰相の思考の邪魔をしては、ならぬ。
ルードヴィヒが振り返った。
あいもかわらずふてぶてしい、可愛げのない表情を浮かべておる。
「もう、良いのか」
「ああ」
「そうか」
振り返りもせずに立ち去っていく。
力強い足取りじゃ。
そうじゃ、それでよい。
平凡な幸せも、人生も望むべくもない身の上じゃ。
どうせ咲くなら、いっそ華麗に咲き誇るがよいわ。
「のうマクシミリアン。あれが銀河帝国皇太子、そなたの兄の姿じゃ」
そなたはあのようになれるかのう。
ルードヴィヒと、入れ違うように近づいてきたシュザンナ。
その腕の中にいるマクシミリアンに向かって言う。
「陛下?」
「なにをどうすれば、あのように強靭に育つのか?」
我が子ながら分からぬ。
ゴールデンバウムの呪縛から、解き放たれておる。
大神オーディンが遣わしたとしか、思えぬわ。
■宰相府 ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム■
TV画面の向こうには、オーベルシュタイン准将がいる。
「閣下、ヨブ・トリューニヒトが、フェザーンに向かっているようです」
「そうか、とうとう動いたか」
第五次イゼルローン攻略戦は、中止になったな。
情報部の持ってくる情報よりも、人の動きの方がたくさんの意味を持っている。
さて、と。ばかな貴族達をフェザーンに送るとするか。
貴族院にも入れなかったような奴らだ。
オーディンに置いていても、意味がない。
ばかな事をしてくれた方が、首を挿げ替える事ができる。
是非して貰いたい。
「閣下?」
「うん? いや~あいつらの後を、誰に任せるかを考えていたんだ」
「いささか、気が早くはございませんか?」
「そ~か~やるだろ?」
「まあ確かに」
意見が一致したな。
けっけっけ。
ヨブ・トリューニヒト。君に期待しているぞ。
もっともお前の意思など、関係ないがな。
ルビンスキーと接触したら、腹抱えて笑ってやる。
抱腹絶倒、七転八倒。後悔先に立たず。主導権は渡さない。
せいぜいプロメテウスぶったエピメテウスをやってろ。
■ノイエ・サンスーシ シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ■
ノイエ・サンスーシにラインハルトがやってきました。
まあ、なんてかわいらしい子でしょう。
噂では、女装趣味があるとか?
よく似合いそうですこと。
そうそう、わたくしも協力してあげましょう。
「ラインハルト。こちらにいらっしゃいな」
近づいてきたラインハルトに、マクシミリアンを紹介しました。
ラインハルトは皇太子殿下に、かわいがられているのです。それと同じようにマクシミリアンも、ラインハルトに、かわいがって貰いたいものですね。
皇太子殿下はああ見えて、マクシミリアンの事を、気に掛けて下さっておりますし。
多くの人間にたくさんの愛情を貰って育って欲しいものです。
「わわっ」
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですよ」
ラインハルトがマクシミリアンを抱きかかえようとして、恐々と手を伸ばしています。
思ったよりも柔らかいので、びっくりしているようですね。
あまり小さなこどもに慣れていないのでしょうか?
ぷにぷにと頬をつついています。
ああ、誰もがやりたがる事ですねー。
小さなこどもの頬は、つつきたくなるものでしょうか?
柔らかいし、ぷにぷにしていますからね。
「ちっちゃい手」
マクシミリアンが、ラインハルトの差し出した手を、握り返しています。
にぎにぎと力いっぱい握っています。
「ぷくぷくしてる」
「こどもの手はこういうものですよ」
「そういえば皇太子殿下が言っていましたね。この子が大きくなる頃には、もう少しマシな帝国を残してやろう、と」
「よくそう仰っていますね」
「その気持ちが、なんだかよく分かる気がします。この子は自分では何もできないんですよね。生きる事も、行動することも。一方的に守らなければならないぐらい弱い存在」
まだ幼いマクシミリアンは、自分の意思で行動することができません。
本気で皇太子殿下が排除する気になれば、いいえ、気にも留めずにいるだけで、たやすく死ぬ。
それぐらい弱い存在なのです。
年齢の事だけでなくて、後ろ盾やその立場や境遇など、もです。
皇太子殿下が、後ろ盾になって下さっているお蔭で、生きながらえているようなもの。
「守ってあげたい。そう思います」
「ラインハルト」
「この子だけじゃありませんが」
「そうですね」
■ノイエ・サンスーシ ラインハルト・フォン・ミューゼル■
「た~す~け~て~」
ベーネミュンデ侯爵夫人がドレスを持ったまま、追いかけてくる。
皇太子のせいだ。
絶対にそうだ。
いったい何を言ったんだ。
「さあ~ラインハルト。あなたの女装趣味の手伝いをしてあげますからね」
すっごくいい笑顔だ。
むかつくー。
俺は着せ替え人形ではないぞ。
そんな趣味はないんだー。
「またまた~」
分かっていますよ。と言いたげな笑みを浮かべる、ベーネミュンデ侯爵夫人。
それは誤解です。
誤解なんですー。
「かわいいでしょ? この二重のボックス・プリーツを施した襟元のフリル」
肩を包むケープも用意してありますからね。という笑顔がにくいー。
どうしてこうなってしまったんだ……。
やはり、奴の所為だ。
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウム。
奴の仕業なのだ。
「ちゃんと、アンネローゼさんの願い通りに、用意してあげたんですから着ますよね?」
「あ、姉上ー」
なにを言ったんですかーっ!!
まさか姉上の仕業だとは、思ってもいなかった。
思わぬところに敵はいるものなのだと知った。
十二才のことだった。
「がぁ~っでむ!!」
後書き
腐っているのは、宰相府のみにあらず。
みんな同じさー。
帝国は腐りきっていたりする?
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