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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission10 ヘカトンベ
  (4) マクスバード/リーゼ港 ③

 
前書き
 もう二度と くり返すものか 

 
 クロノスとの連戦により、ルドガーもガイアスたちも満身創痍だった。

(全力でやっても時間を巻き戻して全快とか、反則にも程があるだろ大精霊!)

 双剣の片方を杖代わりにルドガーは何とか立つ。気合で構えを取っているガイアスはともかく、マクスウェル姉妹など荒い息をしながら前屈みだ。

「念入りに命の時を停めるとしよう」

 悠然として、クロノスは片腕を上げる。
 終わる。こんな所で。こんな形で。
 悔しさに奥歯を強く噛んで瞼を瞑りかけた。


「――イイエ。停まるのはアナタの狂った時計」


 ズドン!!

 クロノスの胸から槍が生えた。ルドガーにはそう見えて、さらに上を見上げた。
 傷を押さえて黒い血を流すクロノス。その手傷を与えたのは何者か。

「ユ、ティ……」

 ストリボルグ号で初めて会った日と同じだ。どこからどう飛び降りたのか。上から骸殻をまとったユティがクロノスを強襲したのだ。

「な…ぜ、ただの骸殻の刃が…我を貫く…!?」
「アナタ何も見てなかったのね。人間ギライもここまで極めると清々しいわ」

 ユティはフリウリ・スピアから手を離し、空中で一回転してクロノスの正面に着地した。クロノスは背中からフリウリ・スピアを生やしたまま、苦痛と怒りをないまぜにユティを睨み据える。

「本物の『クルスニクの鍵』は、彼じゃない、ワタシ一人よ」





(あーあ。またルドガーの活躍のチャンス、奪っちゃった。『鍵』を武器に変えられるのも骸殻と一緒で事前に言ってなかったから、ルドガー、ショック……だったみたいね。やっぱり)

「別に驚くことでもないでしょう。一世代に『鍵』は一人いるかいないか。何世代かに一人しか産まれないって統計的にも伝わってた。一世代に二人いるなんて、考えておかしいと思わなかった?」

 それでも口は言葉を吐き出す。そう在るようにユースティアは育てられた。目的のために邪魔な感情は排するように。
 かつて誇らしかったそれが、今は重い。
 重いと感じるように、ユティは変わった。変えられた。後ろにいるたくさんの人たちのせいで。

「その槍、アナタが後生大事に隠してきたオリジンの、無の力を武器化した『鍵の槍』。どう? 自分の体で味わってみた気分は。温存した分、出し惜しみなし。叩き込ませてもらった」
「…人間、っ風情がァ!!」

 ユティは一度変身を解き、また骸殻をまとった。フリウリ・スピアがクロノスの背から消え、彼女の手に戻った。
 フリウリ・スピアが結界に向けて投擲される。穂先が表面に当たった瞬間、結界は弾けて消えた。

「ルドガー!!」

 真っ先にエルがルドガーを目指して駆けて来た。
 ジュードたちもぞろぞろ出てくる。回復担当のジュードとエリーゼはミラたちの手当てに回った。

「ルドガーとミラとミュゼと王様、レッドカードでチェンジ。傷は治癒術で治っても体力回復には効かないんだから。ココは――ワタシ、に、やらせて」
「けどそれじゃお前…! ユティだって兄さんと同じ…時歪の因子(タイムファクター)化してるはずだろ!?」
「ええ。でも命に係わるほどじゃない。ワタシだけがたった一人、クロノスに巻き戻しをさせずに戦える。ワタシの命、安くはないけど、アナタのためなら惜しくもない」

 ユティは普段通りにフリウリ・スピアを構える。クロノスもまた応えて灰黒色の立体術式陣を展開する。
 先に動いたのはユティだった。駆け出し、クロノスに槍を突き出――そうとして、
 巨躯の赤い男に遮られた。

「安かろうが惜しくなかろうが命は一人一つきりだ。安易に捨てるな」
「ビズリー・カルシ・バクー……」

 立体陣が消えた。さすがのクロノスも正史世界の「最強(ヴィクトル)」が出ては様子見せざるをえないらしい。

「『カナンの地』に入る方法なら、私が知っている」
「「ええ!?」」

 ルドガーとミラの声が重なった。知っているのなら今までどうして教えてくれなかった、と全力で聞きたさそうな声。

(無理もない。この二人は特に関わりが深いはずなのに、クルスニク一族の事情に通じてないものね)

「エル」
「え? ――へ!?」

 ユティはエルの肩を抱いて前に引っ張り出し、ルドガーからより引き離した。

「強いクルスニクの者の魂、だろう?」

 ビズリーの暴露が、至近距離にいたエルとユティだけに届くように。

 エルは真っ青だ。利発なエルは気づいてしまった。幼いゆえに、小難しい理屈を弄さず、ただ結果がどうなるかを、ジュードたちより速く弾き出した。

 ――「橋」を架けるためにはクルスニク一族の死が必要。では「橋」を担うべく殺されるのは何者なりや?
 そう、ルドガーだ。エルにとってこの世界で生きる寄る辺である、ルドガー・ウィル・クルスニクなのだ。

 もちろん今この場にいないユリウスもリドウも、ビズリーの中では候補に入っていよう。だが、ここでエルに「ルドガーの代わりに死ぬ人間はちゃんといるから安心しろ」と言うわけにはいかない。利としても、情としても。

「貴様――」
「おっと。最後の『道標』、『最強の骸殻能力者』は分史世界で手に入れた。正史世界には、まだ残っているぞ。私と『クルスニクの鍵』、同時に相手をしてみるか?」

 ビズリーは、骸殻をまとったままのユティを指してきた。

「ビズリーさんも骸殻を…!?」
「――ならば」

 気づけばクロノスに懐に入られていた。空間転移。対処が間に合わず、腹を強かに蹴られて地面に転がった。

「は――うぇっ、ゲホッ、ゲホッ!」

 弾みで骸殻が解け、二つの懐中時計が手の届かない場所へ転がってしまった。
 クロノスがユティに向けて転移の術式を編み上げる。

「『クルスニクの鍵』だけでも!」
「させるか!!」


 ――この時、ユースティア・レイシィは人生16年で最大の驚きを知った。

 路地裏に置いて来たはずのユリウスが、横ざまにクロノスにタックルしたからだ。


「ユースティア! 時計を!」

 ユティは慌てて立って懐中時計まで走り、銀時計の一つを掬う勢いでユリウスへと放り投げた。

(って、何してるの、ワタシ。ユリウスととーさまは同じ人じゃないって、間違えるなって。でも、だって、とーさまの声で目で、そうしなさいって、言われた、らワタシ、わ、たし…)

 クロノスの転移術式に巻き込まれながらも、ユリウスは器用に銀時計をキャッチした。

 ――同じ過ちを犯したなら、結末もまた同じくなる。
 クロノスからユティを庇って(・・・・・・・)、彼は再びこの世界から消失した。 
 

 
後書き
 秋を飛ばして冬が来ましたね。お健やかにお過ごしでしょうか? 木崎です。
 ついにオリ主が骸殻&鍵の全力モードで戦いました。秘密秘密のオリ主がやっと。作者なのになんか感慨深いです。もーこの子ってば本当に隠したがりで。
 展開自体は原作とほぼ変わりません。クロノス巻き戻し→ビズリー登場で牽制→ルドガーを庇ってユリウスが代わりに転移に巻き込まれる――変わりません、よね?(不安げ) ですが、原作ではルドガーを庇ってだったユリウスですが、拙作ではオリ主を庇っての行動にしました。「路地裏からよくここまで走って来れたな兄さん」? そのために前回治療シーンを入れました。因子化の痛みは……根性で振り切ったことにしてください。
 相変わらず嘘はつかないけど本当も言わないオリ主です(自分が鍵と明かしつつエルには一切触れない、ルドガーが鍵じゃないと思わせてクロノスの標的から外す等々)。
 書いてみると色々散らかった回になりました。原作でも割と展開速くて困った回でもありました。 
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