Black Engel and White Engels
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魔法少女はじめました
エイブル・アーチャー1999
「その日、公園にて」
前書き
戦争に重要なのは、補給>戦略>戦術らしい。
なんだか、戦闘シーンがうまくいかないのはそういう理由なのかもしれない。
1999年3月23日・1700・東京都練馬区石神井公園
その日、私は石神井公園で散歩を楽しんでいた。
両親が離婚して5年。小学校5年の時に離婚して寂しい時もあったけど、パパもママも実はまだお互いにお互いのことを思いやっていて、私が行き来することを許してくれた。
今日はママの家に遊びに行った帰りに、久しぶりに石神井公園まで来た。
池にはボートが浮かんでいて、家族連れやカップルがボートに乗って楽しそうにしている。
5年前まで、私もあんな風に家族でボートに乗って、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、普通の家族だったはずなのだけどなぁ・・・
そんなことを思いながら、私、平井百合子は公園にあるカフェの席に座って、ぼんやり眺めていた。季節は春。桜はもうすぐ咲く頃だけど、私の心はいつもこの時期になると、こんな風になる。
学校ではクールで物事を客観的に見ていると思われがちだけど、本当は普通の家族に憧れる、そんな私。
なに感傷に耽っているのだろうか?
そう思って私は、席を立った。
公園から近くの石神井公園駅に行くために遊歩道を歩いていると、私の頭の中に声が響いて来た。
「誰か?誰か、僕の声が聞こえますか?聞こえたら・・・」
そう、か細い声が頭の中、そう、例えて言うなら頭の中に音声が直接聞こえる、そんな感覚を覚えた。
「まさか。テレパシーじゃないのだから。」
そう言って、私は歩を進める。
しかし、やはり気になる。
そう思って私は、声の聞こえてきた公園の林の方に向かった。
公園の林はきれいに整備されていて、春の散歩にはもってこいだった。
しかし、時刻はすでに17時を回っている。早くしないと日が暮れてしまう。
そう思って私は周囲を見渡した。
すると、遠くにそう数百メートル先に白い物体があるのが目に入った。
「あれ、何?」
そう思って、私は小走りにその物体に駆け寄った。
物体だと思ったその白いものは、どこか愛嬌のある狐だった。
「狐?都心のど真ん中で?」
私はそう言って、その狐らしき生物を掴んだ。
ここは東京23区の外れといっても23区。密集した住宅街のど真ん中で狐が出たなんて話は聞いたことがない。
「とりあえずは動物病院に運ばないと。話はそれから。」
私はママにランチを持っていったボックスをきれいにして、その生物を入れた。
1800・東京都新宿区高田馬場
その日、私は高田馬場のチェーン喫茶店である人物を待っていた。周囲は春休み中の学生と合格が決まったのであろう、地方から出てきたばかりと思う新入生でごった返していた。
しばらくするとスーツに身を包んだ見慣れた男が入ってくるのが分かった。
「こっちだ。」
私はそう言って手を挙げ、彼を自分が座っている2人がけの席へ案内した。
「遅くなりました。」
そう言って男は1通の書類を私に差し出した。
表題には「第1次調査報告書」とだけ記載された書類だ。
「国立天文台が地球に落下する超小型の隕石を確認したのが昨日0200。そこからJAXAと文科省、内閣官房、そして我が方に来たのが朝0700。超小型にもかかわらず、大気圏突入時に消滅しなかったことから何かしらの特別な材質でできたものだと判断したものの情報が少なく、正規ルートはお手上げ。で、こっちに回ってきたもののこっちも情報がなく出来た報告書がこれというわけです。」
スタッフの服部正樹くんの報告に耳を傾けながら、私はコーヒーを啜った。
「なるほど。確かに第1次報告だね。最も、起こってから35時間で完全な報告書を求めてはいないよ。引き続き情報の収集にあたってくれ。」
そう言って、私たちは席を立って店を出た。
高田馬場駅の方に向かって歩いていくと、服部君が私に尋ねた。
「如何ですか?新しい宿舎は?」
「最高だよ。何が最高かって、高円寺で飲みに行けるのがいいねぇ。」
そう、私はこれまでの宿舎の他に都内に宿舎を構えることになったのだ。場所は高円寺のマンション。中古の物件ながらきちんと各種クリーニングが施された居住性抜群の宿舎である。
「それは良かったです。で、進捗状況は?」
「勝負の決まっているゲームを強引に少しでも有利な状況にもって来ようとしているのだ。無理も承知だし、高倍率のチップをかけているのもわかっている。相手の持ち札はフルハウスでこっちがワンペア、かな?そんな状況のポーカーを少なくともフルハウスでeven、できればフォーカード以上で上がりにしないと後がない。」
「分かっています。」
「それを踏まえて言うとだね。」
私はこれまでの真剣な口調を少し砕いて言葉を続けた。
「勝負は始まったばかりだ。1983年の状況開始から16年。祖国が統一され、嘉手納が巨大な宇宙基地になって来年には有人宇宙船の打ち上げだ。そんなタイムラインの中でこれを行うなんてどうやっても無理ゲーでしかないよ。」
そう言って僕はテーブルの上に置かれたファイルを右人差し指でコンコンと叩いた。
「そうですね。普通に考えれば無理ゲーですね。」
僕はにやりと口元を上げた。
「それを強引にフルハウスに持っていくために“我々”がいるのではないかね?服部君。このゲームは我々の勝ちで行かせてもらおうではないか?そのために持てるすべてを用いて周辺情勢を安定化させたのだからな。」
「計画名はなんとしますか?」
服部君が笑顔を浮かべて言った。
「エイブル・アーチャーだ。」
「エイブル・アーチャーですか?80年代にNATO軍が対東側の軍事演習で使用したコードネームですね。」
「そうだ。これは、我が勢力の戦いなのだよ。」
私は、毅然とした顔で言い放った。
1900・東京都府中市
私は、ランチボックスに入れた狐をもって、府中駅からほど近い獣医のところまで持っていった。その獣医は、家から程近く、飼っているフェレット“ムンク”の主治医でもある。
「先生、います?」
そう言って私はドアを開けた。すると、中から白衣を着た先生が出てきた。
「おお、百合ちゃん。どうした?」
「公園で狐を保護したのですけど、見てもらえます?傷がそれほど酷くないので、石神井公園から連れてきたのですけど・・・」
そう言って、私は狐を先生に渡した。先生はその狐の外傷を確認すると、精密検査に入った。
「お代は今度、ムンクの検診の時に付けておくから安心しなさい。あと・・・精密検査には時間がかかるから、明日にでもいらっしゃい。きちんと手当しておくから。」
先生にそう言われ、私は謝辞を述べて病院をあとにした。
病院のすぐそこに、自宅はある。
「ただいま。」
私はそう言って自宅に入る。自宅ではパパと二人暮らしだが、今日、パパはいない。なんでも講演があるとかで、仙台にいる。今の東北における旧石器時だの発掘と、その発見率は異常だと言う内容らしい。私にはよくわからないけど・・・
「おかえり。」
家の中から声がして、私はびっくりした。びっくりして、恐る恐る家の中に入ると、キッチンで食事の用意をしているひとりの女の子が目に入った。
「百合ちゃん、今日おばさんのところに行くって言っていたし、おじさん仕事で仙台だって言っていたから、寂しんじゃないか思って、ね。」
そう言って、ウィンクを飛ばしたのは、私の幼稚舎からの友達、久瀬絵里ちゃんだった。
「絵里ちゃん、よくうちの鍵持っていたわね。」
「ん?パパが貸してくれた。百合ちゃんをと一緒にいなさいって。」
私は呆れたように言ってしまった。うちのパパと絵里ちゃんのパパは大学時代の同期で親友。そのため、絵里ちゃんとも幼稚舎より前から仲がよく、一緒の学校に行っていた。
昔は引っ込み思案だったけど、今では少し積極的になったと思う。
「で、これはママの手作り。」
そう言って、絵里ちゃんが差し出したのは、きんぴらごぼうだった。確かに、おばさまの作るきんぴらごぼうは絶品だ。
「でね、今日は泊まっても良いって!」
いつの間にか、絵里ちゃんはお泊まりの準備もしていたようだ。
頭が痛い・・・でも、まい、いいっか。
いつもママのところから帰ってきても私一人で寂しかったし。
それを察して、おじ様とおば様がそうしたのだろう。
「うん。そうだね。今日はゆっくりして言って。」
私はそう言うと、絵里ちゃんがしている夕食の準備を手伝うべく、キッチンの中に入った。
1999年2月14日・某所
我が国に存在しているのかと思うぐらい薄暗い、そう、イメージ的にはドイツの黒い森のような鬱蒼とした森の中に、その建物は立っていた。
その館の、灯りのついていない一室で、数名の人の形をしている生物と、数体の異業の形をした生物が話をしている。
「だから、まずは“ラファエル”を狙うべきだ。やつは長男で王位継承権を持っている!」
「いや、“ウリエル”を狙うべきだ!やつは次男ながらその単身での攻撃力は侮れない!」
「いや、“ミカエル”をこそ狙うべきだ!奴は三男でだから、関心が手薄なはずだ。そこを持って拘束し、王国への見せしめにするべきだ。」
「そもそも、“ガブリエル”はどこに行ったのだ?まずやつを探すのが先ではないのか?」
意見は百家争鳴となり、3つの派閥に分裂しつつある。
傍から見れば、全力を挙げレ3つを各個撃破すれば良いものの、人類社会であっても、はたまた異形の世界であっても、意見が分裂すればそれに応じた派閥ができるのは常であるらしい。そして、その異形の者たちは3つの派閥に分裂した。それは、後に行政府情報庁によって、A・B・Cと区分されることなる。
当時のIA工作活動執行担当官エドワード・ランズデール曰く、
「3派閥合同で行動された場合、当方の対処はなかなか苦慮したであろう。」と手記を書き残している。
2100・東京都府中市
私たちは食事を終えると、リビングにあるテーブルで紅茶を飲みながら、今日あった話あれこれについてお喋りをしていた。
「でね、パパったらひどいのだよ。私だけで旅行に行くのは反対だって。」
そういう絵里の顔を見ていると、家族っていいなと、やっぱり思ってしまう。
確かに、絵里は幼馴染だし、久瀬のおじさま・おばさまには良くしていただいている。絵里の双方ともご健在の御祖父さま・御祖母さまにも実の孫のように良くしてくださっている。でも、やっぱり他人だなとふと感じてしまう。
「あ、百合ちゃん。また他人行儀なこと考えていたでしょ?」
また絵里に指摘されてしまった。
「ダメだよ。うちの家族全員、百合ちゃんのこと実の孫だと思っているし、あたしも百合ちゃんのこと、双子だと思っているのだから。」
「その中には蒔絵も入っているでしょう?」
「そう!だから本当は私たちって三つ子なのだよ。」
そう言って、絵里ちゃんは微笑んだ。
私は、その笑顔に微笑みを返した。
「ありがとう。絵里ちゃん。」
その時、私の頭の中にあの石神井公園で聞いた声が聞こえてきた。
「誰か、誰か助けて!」
すぐにでも駆けつけたいが、ここで私が出て行ったら、絵里ちゃんが不審に思うだろう。
その時、私は家に買い置きしていたベリープディングの材料を切らしていることを思い出した。この時間なら、駅前のグローサリーストアがまだ空いている。
「あ、絵里ちゃん。ごめん!パパが帰ってくるときに作るベリープディングの材料を切らしていることを思い出しちゃった!駅前のグローサリーまで行くから、待っていて!」
「うん。分かった。」
絵里ちゃんのその返事を出かける準備をしながら聞くと、私は玄関のドアを開けて外に出た。
「行っちゃった。」
私はそう呟いて、自分の携帯電話を鞄の中から取り出した。
「もしもし。あ、リニス?声聞こえた。うん、うん。やっぱり、ね。」
私は、話せば長くなる事必死の自分の使い魔であるリニスと念話、いや、テレパシー飛ぶに差し支えない代物を用いずに、文明の利器たる携帯で通話している。無論、念話は使えるが・・・
「百合ちゃん、私を巻き込まないように黙っていたのだろうけど、話して欲しかったよ。私なら事態を穏便に解決できたのだろうけどね?」
「あなたが出て行ったら、索敵そして殲滅じゃないですか?分かっていますか?ナンシーとケイトという2人の戦争狂が動くじゃないですか。絵里ちゃんを非常時に救出するためと称して、ナンシーは自分の作戦中隊を特殊部隊との共同作戦と称してケツを叩いて訓練させていますし、ケイトの情報部隊は既に各所に浸透して、IAの領分を侵しているって問題になっていますし・・・・」
あははは。私は力なく笑うしかなかった。2人とも、私の支援業務を行う、業務支援室の責任者のはずなのだけど、出身が特殊部隊と情報機関なだけあって、その業務には過剰な熱心を持って当たっているらしい。
「で、どうなの?対抗勢力とかいそうなの?」
「ケイトの話ではまだ確認されていません。あ、え?今、となりにケイトがいて話をしたのですが、そっちに工作班8名を向かわせるそうです。」
「作戦班は来ないよね?」
私は若干、呆れたように言った。全く、みんなして私に対して過保護なのだから・・・
「まだ作戦班は待機中です。」
そう言って私は胸をなで下ろした。
「ところで今、リニスはどこにいるの?」
「いまですか?今、百合ちゃんの家の前まできていますよ。ケイトと一緒に。」
一番過保護な人物がここにいた。あちゃー。
2105・同所
私は、急ぎ足で夕方あの狐を預けた動物病院へ向かった。
そこに向かう100m手前ぐらいになったとき、世界が変容したような感じがした。
“閉鎖空間”というべきだろうか?私以外の気配は何もないような感じだ。そう思って、動物病院へ向かうと、そこは一面の瓦礫のやまと化していた。
「な、なんで・・・?」
ふと目をやると、そこでは、男の子が異形の生物と戦いを繰り広げていた。
その様子は、私の方からもはっきりと分かった。
「リニス、あの生物に見覚えはない?」
「ないですね・・・あの生物には、コアのようなものは感じられません。おそらく・・・」
「何かしらの細胞が寄生している可能性がある。ということだね。」
「そうです。」
ケイトを百合ちゃんの家の留守番、もとい情報班の管理を任せ、私たちは百合ちゃんが入ったと思しき閉鎖空間内へと入っていた。
「どうすればいい?私、変身したほうがいい?」
「そうですね・・・一応、身を守るためにもそうしてください。」
そう、リニスにアドバイスされて、私は右の指を鳴らした。
一瞬にして、私は迷彩色のジャケットに、同じく迷彩色のスラックス。首には白色のマフラーを巻いたスタイルへと変身した。そして、左腕には、内部が四次元空間になっている盾を備えている。
「はぁ~い。お待たせ。」
そして、このスタイルになると、なぜか口調が変化する。
「今回の獲物はなにかしら?」
そう言ってもリニスは無反応で、高倍率の暗視装置付き双眼鏡で百合ちゃんの様子を見ています。
「つれないわねぇ~。少しぐらい反応してもいいじゃぁない?」
なおも、リニスは無反応で状況を見ています。いつものことなのです。
私は黙って、縦の中から同じように双眼鏡を取り出して、状況を見ています。
「あなたはどう思うの?今の戦況を?」
私は口調を元に戻して、話を続けます。
「彼は無理でしょうね。どうも負傷しているように思います。となると・・・」
「ここに迷い込んだ、いぇ、意図して入り込んだ百合ちゃんが危ないってことねぇ。」
「問題は百合子さんが戦えるかどうかです。何らかの措置が起こった場合は、戦闘可能になると思いますが・・・」
「それは、私のように“変身”ということなのかな?それとも、自動小銃と拳銃とSMGといった武装をしての戦闘ということなのかな?」
「現段階では、はっきりしたことは言えません。ですが・・・・」
リニスが言わんとすることはわかります。この状況を打開するためには百合ちゃんが戦闘するか、私が介入するしかありません。私は自分の装備している盾から、分隊用通信機を取り出しました。無論、対亜空間通信障害装置付きです。
「ケイト、化学防護班を編成できる?30分以内に私の指定する箇所に急行させて。」
「また急で、しかも絵里さんからとは珍しいですね。至急、連絡します。即応ゲートを利用しますので、30分以内に府中市への展開は可能ですよ。それとも空自の府中基地にしますか?」
「その点の判断はケイトとナンシーでしてください。よろしくお願いします。」
そう言って私は通信を切った。正直、部隊の配置なんて私の知ったことではない。
そんなことはケイトとナンシーの仕事!そう思って私は再び状況を確認します。
異形の生物はなおも狐状の生物を追い回して、攻撃を加えています。
百合ちゃんは、がれきをうまく防御壁に使用しながら、徐々に戦闘現場に近づいています。
「ったく、何やっているのよ!」
私は思わず毒つきました。なんで百合ちゃんは戦闘現場に近づいているのでしょうか?いや、その理由はわかります。多分、あの狐状、ええ、もう狐でいいでしょう。あの狐を助けたいのでしょう。今のところ、異形の生物の攻撃を躱すのが精一杯で反撃はできていません。
「だからって、できることとできないことがあるでしょう!なんで高校2年にもなって、それがわからないのよ!」
私のその毒つきにリニスが反応します。
「絵里ちゃん。落ち着いて。百合ちゃんは今の自分の状況に、あの子を重ねているのじゃないかな?私もそうだったからわかるけど、仮に念話が使えたとしたら、この世界で自分一人だと感じている。そして、みんな優しくしてくれるけど、両親の愛情という根幹部分があまり満たされていない。愛情に欠落した者同士が、自然とひかれ合っているのじゃないのかな?」
「だから、余計腹がたつのよ!」
そう言って、あたしは自分のイージスから01式軽対戦車誘導弾を取り出しました。
「判っているわよ!そんな事。だからみんな百合ちゃんの事心配だし、蒔絵のことも心配なのよ!両親の愛情という根本の問題だって、あたしも知っているわよ!あたしだってそうだったのはリニスだって知っているでしょう?根本が埋まらないのは分かるわよ。でもね、だからって、それを相手に重ねて、自分が危険をしてどうするのよ!」
正直、私は怒っていました。百合ちゃんでもリニスにでも、あの狐に対してでもありません。
あの異形の生物と、それを粉砕できる力がありながら黙って見ている私に対してです。
「これから、あの狐を援護します。LMAT、発射!」
発射機から飛び出した対戦車ミサイルは正確に誘導されて異形の生物に着弾しました。しかし、一応火薬量は通常の10%程度に抑えてあります。
「どう?」
私はリニスに着弾確認を求めました。
「命中確認。生物、活動を停止・・・いや、僅かながら活動しています。百合ちゃん、狐に接近。回収の後元の場所まで後退中。」
まぁ、火薬量を調整したので粉砕できるとは思っていませんでした。ただ、あの運動性能の10%とはいえ火薬による爆発を生き延びるとは、やはり異形の生物です。
「狐、百合ちゃんと交信中。状況は不明。」
「ありがとう。」
そう言って、私はさらに倍率を上げて狐と百合ちゃんの様子を見ます。
「百合子、君と契約して、魔法少女になって世界を救って欲しいんだ。」
と、突然10時間前にであったばかりの狐に、日本語で求められた場合どのような対応をするのが正解なのでしょうか?
私はとりあえずその状況を確認するしかありません。
「どういうこと?」
「僕の国はこことは違う世界にあったのだ。あるとき、突然現れた“チェルノボグ”帝国の侵略によって、国は滅亡してしまった。僕の国を再建するには、この世界にあるという“ショワンウー”を使わないといけないのだ・・・僕はそれを探しに来たのだ。」
なんでしょう?この少女漫画の世界は?一体いつからこの世界は、いえ、そもそもこの話は別の世界での出来事なので関係ないかもしれませんが、そんな正義の味方と悪の組織が戦う世界になったのでしょう。
いえいえ、現実を考えるなら、おそらくその世界の帝国が送り込んできたと思しき異形の生物と、現にここにいる狐は戦っていました。つまり、この狐を信頼するなら、目の前の生物が敵ということになります。私は、この子を信頼することにしました。
「わかったわ。契約しましょう。」
そう言うと、私の周囲に柔らかい光が出てきて、私の体を包みます。
次の瞬間、私の服装が変化して、黒とグレーを基調にしたアウター、グレーを基調にした蝶ネクタイに同じ色のスカート、黒のシャツにボウタイそして黒のタイツというスタイルに変化しました。そして、左腕には盾。
「ちょっと!なんでイージスがあるわけ!?」
双眼鏡で状況を監視していた私は絶叫しました。なんで、別の経緯で魔法少女になった私と百合ちゃんが同じ装備をしているわけ?
「落ち着いて、絵里ちゃん。異形の生物が行動を再開しそうよ。」
リニスの落ち着いた声に冷静になった私は、双眼鏡を異形の生物に向けます。ATMが命中した当初は軽微な行動だったものが、徐々に元の動きへと戻っていくようです。
「第二次攻撃準備。」
そう言って、私はLMATの火薬量を通常の50%にしたATMを発射機に装填しました。
「化学防護班、編成終了。あと5分で府中基地に送り込めます。」
分隊用通信機からケイトの声が聞こえます。
「了解。こちらは現在、敵と交戦中。ただし、相手には気づかれていない。現状を維持するため、増援は不要。繰り返す、増援は不要。」
後ろで、触手が私を狙ってくるのが分かりました。
「マジカルアロー!」
なぜかすんなり出てきた技名を言って、私は発生させた弓から光の矢を触手に向かって撃ちました。触手がちぎれ、相手が、敵が悲鳴を上げます。
その隙に、私は相手の懐深く飛び込んで、攻撃を仕掛けます。
「スティンガー!」
そう言って、私は光の刃を発生させて、相手の体を切りつけます。
血液ではなく、黒い煙かオーラのようなものが体から吹き出します。
スティンガーで相手を行動不能なまでに傷を負わせて、私は元いた位置に戻ります。
「これで終わりよ。ハイパーアルティメットビーム!」
発生させた弓から、私はビームを発射します。ビームは相手の心臓と思われる部分に命中して、強烈な光を発生させました。そして、次の瞬間、敵の体は豪音と共に粉砕されました。
「や、やったのね・・・」
私は変身を解いて、その場にへたりこんでしまいました。
いつの間にか、閉鎖空間も解除され、元の見慣れた光景が広がっています。
「全く、あれじゃあ細胞の採取ができないじゃない。」
わたしはそう言って、百合ちゃんの家のベランダから様子を見ています。すでにケイトは府中基地に向かっていて、化学防護班の指揮を執るように指示が出ています。
「まぁ、粉砕されても焼けていない細胞がある可能性がありますからね。」
そう言って、リニスが念話で話しかけてきます。
突然リニスがいるとまずいので、リニスは家に帰らせました。
全く、事後処理と今後の対策が必要です。
百合ちゃんを何とかして守らないといけません。
そのためには・・・そろそろ彼女に事実を告げなければなりません。最も、彼女は順応するんじゃないでしょうか?
そんな気がします。
「ただいま!」
わたしはそう言って、玄関のドアを開けました。
ついさっき自分の身に起こったことは今でも信じられません。
でも、いくつか分かったことがあります。
魔法が存在する世界があったこと、その世界では私たちの驚異になる存在がいること。
そして、私がそれを守ることに幸か不幸かなってしまったこと。
それは絵里ちゃんには言えません。
こうして、私の、私たちの戦いが始まった。
後書き
次回
突然魔法少女になって戦うことになってしまった百合子
そこに現れるもうひとりの少女。
少女と戦うことになった百合子。
絶体絶命の中、奇跡が起こる・・・・?
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