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探し求めてエデンの檻

作者:オイラム
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2-1話

 
前書き
 ―――変わりたい/変わってしまえば、と思っていた。

 劣等感を抱き、劇的な変化も感動をもたらさない自分。
 何もかもが楽しく、未来に希望を抱いて生きているなどという理想の自分。
 そんな自分に変われないのなら…世界が変わって欲しいと望んだ。
 そうすれば、いっそ泥塗れな足跡を振り返る事のないから。

 心の奥底で火種を抱える仙石アキラは、見知らぬ土地に放り出されていた。

 

 
 見たことのない森だった。



「何だ、ここ……?」

 見渡す限りの緑の中にオレはいた。

 映像や本の中でしか知らない、鬱蒼とした密林。
 ジメジメとしていて、喉に重く通るような鬱陶しい湿気を感じる。
 巨大な雨林が入り乱れ、まるでひとつの迷宮のように入り組んでいて上を見上げれば生い茂る濃緑に囲まれていて、空がとても狭く見えた。
 とてつもない圧迫感を感じて、自分自身がとても矮小に思わせてくる。

「ジャ…ジャングル……?」

 そう形容する以外に言葉は見つからなかった。

 一般的な樹木にしてはあまりにも太く、あまりにも歪で、あまりにも不格好。
 人が住みやすくするためにある樹木の形じゃない、未開地の秘境としか言いようのない植物達。

 見た事のない動物や鳥が飛び回り、あちこちで鳴き声がいくつも重なって聴こえる。
 文明の形をさせた人工物など一つもなく、アスファルトもコンクリートの欠片も見当たらない。
 均等(きんとう)さなどなく、自然のままの形で伸び放題の草が生えているデコボコの地面しかなかった。

「な、んで……何だよ、どうなってんだ…!?

 世界が変わったかのような光景。
 そんな所、オレは一人取り残されていた。

 わけがわからなかった。
 頭が混乱して状況の把握よりも、誰もいないのに問い掛けるだけで、情報の処理が出来ない。
 わずかな自制心は手探りで情報を得ようとして、脳裏(のうり)で記憶を掘り出す。

 そして思い出す。
 昨日までの記憶がオレの中で反芻する。

「そうだ……確かオレ、飛行機ん中で………?」

 昨日…正確には気を失う前までの記憶では、自分は飛行機の中にいた。
 グアム旅行の帰りで、航空機に乗っていて…その時だった。

 あの航空機で“何か”が起こった。

 それがなんだったのかはわからないが、未曾有(みぞう)の事態なのを直感的に悟った。
 突然の事態に慌てふためく事しか出来ず、オレの意識は知らぬ間に途切れていたのだ。
 そして、目覚めた時には…オレは今、この場所に放り出されていた。

 まさか…と嫌な想像が頭を巡る。

 飛行機から何かがあったとすれば…墜落。
 そう…あの時、航空機は“落下”していたのだ。 浮遊感を覚え、体全体が持ち上がるような体験をした。
 そして、オレ一人が投げ出されて…。

 もしかしたら……俺以外はもう/そんなはずがない!
 不安から最悪の想像、それを否定する思考が同時にせめぎ合う。

 誰もいない。
 その事実は冷たい風となり、どうしようもなく心に波が立たたせてきた。
 人間とは一人では生きていけない、という孤独を突きつけられたような気がした。
 なぜ自分だけしかいないのか、このわけがわからない状況に中に放り出されてストレスを感じ、オレの頭の中で悪い想像が加速するのが止まらなかった。

 ―――オレはたまらず走り出した。


「りおんっ! こーちゃんっ! エイケンっ! 皆っ!!」

 アテもなく、雨林の中へと駆け出した。
 迷路のような林の中をさ迷い、草むらを蹴散らし、誰かを探し求めた。

 皆は? エイケンは? こーちゃんは? りおんは!?
 誰でもいい。
 自分以外に人がいればそれでもよかった。

 パニックの衝動に駆られて、休みなく走った。
 走りながら声を張り上げていた。

「おおぉぉい! 誰かーーッ!! なんで…誰も………りおん! りおぉんっ!」

 応えて…応えてくれよ…ッ!!

 声だけでなく、心の中でそう強く念じていた。

 怖かった。
 何も知らない場所に放り出された事に。
 知り合いどころか人すらいないようなこの状況に。

 何よりも…未知の世界に放り出されているこの状況でオレはたった一人なのが怖かった。
 自分の置かれた状況を理解したくないから…頭より先に、心が受け入れなれないでいた。

 …息が絶え絶えになる。
 疲れで体が悲鳴に上げて、心臓が爆発しそうだった。

 捜索というにはお粗末で、それこそ我武者羅(がむしゃら)に走って宛もなく走り回って、そして声を出せなくなるほど疲れ果てた。
 ペースも考えず、衝動で走り回って体中が疲労困憊になっても、孤独が心を押して足を前に進ませた。
 やがて、木の棒を杖代わりにしてでも足を引き摺ったが…とうとう、体は動けなくなった。

「む…無人島、なのか…ここは…!? なんで、なんで誰もいねーんだ…」

 汗が全身に吹き出ていて気持ち悪い。
 どれだけ走ったのだろうか…マラソンの時でもこれほど長く走ったことはない。
 バレー部のトレーニングでも、ここまでにはならないほどにクタクタになっていた。

 もう、体力の限界だった。
 足は膝から崩れ落ち、前のめりに倒れて草がチクチクと肌を刺す。

 人など一人もいなかった。
 裂けそうなほど声を張り上げても、木霊すら返事を返さない。
 体には乳酸が充満しまくっていて、気力も尽きたため大声を上げる事もできず項垂(うなだ)れた。

「もう歩けねーよ…無理っ、もう無理…! ノドが乾いて死にそうだよ…何かねーのかよ…自販機とか…コンビニとかよぉ…!!」

 替わりに出てきたのはありったけの弱音。
 泣きたくなった。 ここに布団があれば、頭から被って蹲りたい。
 体を丸めて、あまりにも情けないほどにネガティブになる。
 何もかも嫌になる。
 疲れとストレスが助長して、行き場のない怒りは汚い言葉をはけ口にした。

「くそぉ…くそぉっ!!」

 なんでこんな事に…なんで自分が…自分だけが…!
 疲れた…寂しい……帰りたい……自分の部屋に戻りたい…。

 自分の安息の場所として、最も記憶に濃い自室を求めるが、それが叶う事はない。
 この冷たくて寝心地悪い地べたが、今のオレを抱く(むしろ)だった。 

 荒らげた呼吸から、溜め息のように酸素を吐き出す。
 自閉していたため、視界は開いていても今まで見えなかった視野が戻ってきた。
 だが見る景色は見飽きた自然の権化(ごんげ)。 あるのは動植物ばかりの光景で、新しいものはなかった。

「………あれ?」

 ふと、なんとなく眺めるその光景に引っかかるものがあった。

 あの樹の形…位置…そして隣り合っている岩…上を見上げれば天蓋の空いた空…。
 自分はいつの間にか…見覚えのある場所に行き着いていた。
 …最初に目覚めた場所である。

「…っ…あれ、は…!?」

 信じられない物を見た。

 自分が最初にいた場所。
 寝そべっていた名残であるかのように草を押し潰した跡のすぐ傍に、ポツンと置かれたソレ。
 オレは体を引き摺るように腹這いに、ソレに近寄る。

 そこにあったのは……キャップ帽だった。

 頭に被る物。 人が身に着く物。 オレ以外の人間の物…。
 オレは動転していて、人の痕跡は身近にあったのにそこにあったのを気付いていなかったのだ。
 こんなに…こんなに近く、あったのだ。

 人が……人がここにいたんだ。
 ただの帽子なのに……それが希望の塊のように思えたのだ。

 落ちている帽子を手に取り、それを胸に押し付けた。
 疲労で気怠(けだる)い体にわずかに力が出て、心が軽くなったような気がした。

「……そういえば、これは……」

 抱きしめてクシャクシャに潰れたその帽子を見て、記憶に掠めるものがあった。
 その帽子の色には見覚えがある。 これと同じようなものを、昨日見たはずなのだ。
 思い出すのは、キャップ帽に隠れた蒼い髪と…(つば)の下で海のように蒼い透き通った眼を持った女性。

 彼女が…不思議な女性が、オレと同じ不思議な世界にいる。
 謎だけが増えても何一つ情報を処理できないのに、あの女性がいる事にどんな意味があるのか、理由を探す自分がいた。

 はたして、帰結するのはやはり疑問の言葉だけだった。

「なんで…」

 帽子一つにモヤモヤしていると…カサリ、と葉鳴りの音が耳に入ってきた。
 咄嗟(とっさ)に視線をそっちに向けると草むらが揺れているのが見えた。
 何事か、と思ってそれを見守っていたらのっそりと、毛むくじゃらの頭が顔を出した。

「なっ……」

 で、でけぇ…。

 それは見たことがない動物だった。
 だるまのように境目が見えない首で、顔はずんぐりとした間抜け面――よく言えば愛嬌のある顔――だが、体格は土佐犬のようであり、そのサイズに少し呆気に取られた。
 体は長毛種の犬のように腹の下と尾に体毛を蓄えており、その背はアルマジロのように丸くて(まだら)模様をさせているという奇妙な外見。

「ミュウ…」

 ミュウ、とか変な鳴き声のするそれは、小さくも細い眼で視線を地面に落としながら鼻をフンフン、とひくつかせている。
 オレの事など全くに眼中になく、マイペースにのそりとした動きで四脚を進めた。

「(アレって…もしかしてビーバーって奴か? あのダムを造る動物の…)」

 確証はなかった。
 そもそもビーバーの正確な姿など覚えていない。
 あのずんぐりむっくりとした顔に、流線(りゅうせん)滑らかな背中に尻尾…なんとなく朧気(おぼろげ)にあるビーバーのイメージと似ているような気がした。
 だが……あれほど豊かな毛並みがあったのか…自信がなかった。

 まぁ、そんな事を考えるほどの余裕はオレにはなかった。

 この動物について行けば水場にたどり着けるかもしれないという浅はかな希望があった。
 喉の乾きの事もあって、このビーバーと思わしき生き物に望みを賭けたくなった。
 なけなしの体力を奮って膝に喝を入れて、その動物の後ろ姿を追う。


 その気合が途切れないよう、オレはキャップ帽を強く握り締めた。

 
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