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必死なのだ

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第三章

 その騒然とした有様を見て彼は迎えに来た支社の日本人社員である大星力也に対して言った。
「これはいよいよまずいかもな」
「ええ、そう思いますよね」
「まさに開戦前夜だな」
 そうした状況だった。
「これはな」
「何が起こるかわかりませんよ」
「砲撃が起こったらこの首都は本当に火の海だしな」
「もう皆気が気でないですよ」
「じゃあ、今から支社に入ってな」
「閉鎖の用意ですね」
「それにな」
 それに加えてだった。
「皆逃げないとな」
「期日はどれ位ですか?」
「もう支社長に連絡してるけれど五日だな」
「五日ですか」
「早ければ早いだけいいな」
 赤穂は真剣な面持ちで自分より七歳程若い後輩に告げる。
「それだけな」
「早い場合のチケットは」
「それも何とかするさ、というかもう日本人どんどん逃げ出してるだろ」
「日本人だけじゃなくて他の国の人間もですよ」
「残るのはアメリカ軍位か」
「この国の前線部隊ですら逃げそうですよ」
「いや、その人達は逃げたら駄目だろ」
 戦うべき軍人が逃げては話にもならない、自衛隊が災害救助に出ないのと全く同じことである。
「大丈夫じゃないな、本当に」
「ですよ、空港からも飛行機がどんどん出てますから」
「それ見て来たよ、本当に凄い勢いだな」
「何時何が起こってもおかしくないですから」
 こうした状況だった、そして。
 赤穂は大星と共に支社に入った、そこではもう社員達がてんてこまいになって荷物なり何なりを収めていた、そして。
 それを包んでその都度だった。
「まだ郵便生きてるな」
「はい、何とか」
 支社長の席にいる初老の男の立ち上がっての言葉に若い社員達が応える。
「いけてます」
「それで使え、それで日本まで送れ」
「今のうちにですね」
「そうだ、急げ」
 大石は必死の顔で社員に告げる。
「それで不要な書類はだ」
「それはですね」
「重要なものは全て本社にファックスで送れ」
「部門は」
「秘書室だ」
 そこにあてろというのだ。
「うちのあそこは機密がしっかりしてるからな」
「ではそこに」
「ああ、そこだ」
 大石はこのことも必死の顔で言う。
「そうしてくれ、いいな」
「あとお金もですね」
「金は誰かが契約先の銀行から下ろしてきてくれ、全額な」
 大石はこのことについても言った。
「それは」
「俺が行きます」
 ここで赤穂は自ら名乗り出た、そのうえで大石の前に出た。
「今来ました」
「おお、本社からの助っ人か」
「そうします、それでなのですが」
「何だ、それで」
「まずは落ち着いて下さい」
 必死の顔で焦りながら指示を出し続けている大石への言葉だ。
「ここは」
「しかし今は」
「支社長はどっしりと構えていて下さい」
 トップとして、だというのだ。 
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